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4 本当に聖女にしか治せないのか


移植や治療に関する直接表現や否定的意見が出てきます。

苦手な方はこの話をスキップしてください。


内容は、

「聖女に即座に直してもらわなくても、部位欠損は治療できる」

「やることは見えたけれども、コネクションと金が足りない」

です。





 勉強の方は順調だった。


 12歳の時から勉強を始めていただけあって、エインズワース王国一の医学大学の授業に、僕はついていくことができた。


 そして、何をどうすればいいか、ようやく分かってきた。


「殿下。部位欠損の復元については、聖女様の高位治癒魔法でないと元通りにはできません。しかしながら、切断されたモノが綺麗な状態で残っているなら、魔法がなくとも対応可能です」

「治癒魔法が使えれば、治療時間も短縮できます。物理的な手術のみだと2、3時間はかかりますが、低位魔法が使えれば接合の正確性と速さが上がる分、1時間半程度ですむようです」

「中位魔法の使い手なら、モノをくっつけるだけなら10分もかからないようですね。傷跡の綺麗さは手術よりも格段に上のようですし」


 報告する仲間達に、僕は問いかける。


「モノがない場合の部位欠損はどうだ。本当に、聖女以外に治す方法はないと思うか」


 僕の問いかけに、仲間たちは顔を見合わせて、気まずい顔をする。


「そうですね」

「高位治癒魔法以外の魔法で、欠損部分を復元できるものはないようです」

「……殿下。魔法の発達していない国では、移植という技術もあるようです」

「移植?」

「はい」


 僕よりも5つ年上のアルハイドが、何やら躊躇うような言い振りで説明を始める。


「移植というのは、失った部位を、他の人間から貰って繋げる技術なのです」

「はあ!?」

「他の人間から!? あげた側の人間はどうなるんだ!」

「あげる側は、当然その部位を失います。ですから、亡くなったばかりの人間の体から、その部位を分けてもらうのです」


 その場にいた全員が目を見開いた。中には蒼白になっている者もいる。

 僕達は手術治療現場を何度も見てきて耐性はついているため、退席する者まではいない。

 しかしそれでも、自分の体を当然に再生することができる国に生まれた僕達にとって、他人から体の一部をもらうという技術は衝撃的なものだった。


「そんな技術を導入したら、自分達が助かるために死体を作ろうとする奴が出てくるんじゃないか」

「そうですね。そのため魔法のない国では、臓器売買などの、身を売る闇商売もあるようです」

「そ、それは……」

「論外だ! そんな技術、悪用される未来しか見えない」

「そ、それに、人のものをくっつけて生きていくだなんて」

「接合した部位は、長期間をかけて本人に馴染み、元の形に変化していくようですよ」

「そんなことが……」

「い、いや。聖女様を助けるためとはいえ、そんなことはできない! で、殿下……」


 議論をしていた仲間達が、不安そうな顔をして僕を見る。

 僕は頷いた。


「アルハイド、情報に感謝する。よくその知識を得てくれた」

「……はい」

「そして、まずはその技術に敬意を。魔法がない中で治療方法を編み出した努力、何よりこの技術が、体を提供する側の親族に相当な決断を迫るものであることは、想像に難くない」


 僕の言葉に、仲間たちが自分を恥じるように俯いた。


「ただーーその上でなお、その技術は我が国では広めない。少なくとも、僕はそう判断する」


 仲間達も、情報提供したアルハイド自身も、僕の言葉にハッと顔を上げる。


「倫理的な課題は大きな問題だ。魔法なくして人の体を回復させるその技術は尊ばれるものとは思うが、高位治癒魔法に親しんだ我が国に導入すると、反発は大きいだろう。聖女の稼働時間を減らすという難題に当たり、できる限り国民感情を逆撫ですることは避けたい」

「は、はい」

「殿下ならそういうと思ってました!」

「いや、でも、じゃあどうするんだ」

「部位欠損は聖女様しか治療できない。それを盾に、聖女様は馬車馬みたいに働かされてきたんだぞ」


 ざわつく仲間達に、僕は告げる。


「実は考えがあるんだ」


 驚く彼らに、僕は続ける。


「君たちは、聖女の治療する姿を見たことが?」

「……一度だけなら」

「小さい頃、親が流行病を治してもらうときに現場を見ました」

「私は妹が虫歯を治してもらったときに!」

「俺は自分の高熱の治療のときだな」

「では、聖女が部位欠損を治す姿を見たものはいないんだな?」


 僕の言葉に、皆頷く。

 聖女の治療の現場は、治療対象の患者とその家族以外は、神官などの許された者しか立ち入ることができない。

 だから、彼ら一般国民は、聖女が治療する現場を見る機会がほとんどないのだ。

 しかも、一度の魔法で一気に治療するために、同じ種類の病気や怪我ごとに病室を分けて待機させられるから、部位欠損の場面を見たことがある者はさらに希少だろう。


 だけど僕は、彼女の治療する現場を何度も見てきている。


 ――彼女の婚約者だから。


「聖女は、部位欠損を治すことができる。そして、そのタイミングはいつでも構わないんだ」

「タイミング、ですか」

「そうだ。君たちの周りで部位欠損を直してもらった人がいたとしても、きっと怪我をしてすぐに治してもらったんだろう?」

「それはそうです。体を失うほどの怪我をしたとなれば、出血も多く、緊急性が高いですから」

「うちの近所で事故に遭ったおじさんは、その日のうちに聖女様の治療に優先的に回されて、ピンピンして帰ってきましたね」

「そうだろう。……だけど、怪我をしてすぐに治す必要はないんだ。命さえ永らえていれば、部位欠損を直すのは、傷口が塞がった後でも可能だ」


 ぽかんと口を開けた仲間達に、僕は続ける。


「聖女のところには、国民だけじゃなくて、聖女の噂を聞きつけた他国の人間もやってくる」

「はい……」

「右腕を失い、傷口が完全に塞がった状態でも、ジェシカは難なく腕を復元していた。僕は何人も、エインズワース王国の中位魔法で傷口を直してもらった部位欠損の患者が、ジェシカの力でその部位を取り戻す姿を見てきた」


 仲間達は固まっている。

 彼女の起こす奇跡は、こんなにも僕達の想像を超える。それが、認識の誤差を生む。


 部位欠損は聖女しか治せない。

 即座に聖女の力に頼るしかない。


 それを建前に、周りの認識不足を利用し、彼女は今の境遇に落とし込まれたのだ。

 彼女に全てを任せる必要なんて、本当はないというのに。


「で、ですが殿下。治癒魔法をかけてしまえば、傷口はなかったことになります! 中位魔法で直した傷は、体の方が完成した状態と認識するんです。高位治癒魔法で上書きしても、魔法も治癒される体も部位欠損を認識せず、欠損は復元されません!」

「エインズワース王国の大学1年生で習う内容です! やたらに魔法をかけると、逆にそれ以上治すには、物理的な手段に頼るしかなくなると」

「実際に授業で実験もしました。……高位魔法は別次元なのか? いや、そんな馬鹿な……」


 ざわつく彼らに、僕は頷く。


「みんなの驚きは分かる。実は、授業を受けながら僕も驚いたんだ。なぜ、()()()()()()()()()()()()()()で、魔法で治せなくなってしまうと言っているのかと」

「で、殿下……」

「魔法で怪我が治ったところに魔法をかけても治らない。ならば、魔法をかけた場所を削ぎ落とせばいい」


 ギョッと目を剥く彼らに、僕は続ける。


「右腕を失い、その傷口を中位魔法で治したのであれば、その部分をなんらかの形で切り落とす。その後に、ジェシカの高位魔法をかける。すると、元々あったはずの右手が現れる。こんな治療は、ジェシカの周りでは日常茶飯事だ」

「そ、そんなの、聞いたことが」

「国民は、中位魔法や外科手術で治療される前に、ジェシカの高位治癒魔法で直接直してもらうからな。こういった事例に至るのは、他国の人間の治療がほとんどだ。そして、他国の人間は治すために来国し、治ったらすぐに帰っていくから、国民に治療の情報が広まらなかったんだろう」

「医療大国のエインズワース王国の大学でも、こんな治療法の話は出てこなかった」

「エインズワース王国に『聖女』は存在しないからな。高位治癒魔法を使うところを誰も見る機会がない。だから誰も気がつかないし、気がついても検証することができないのだろう」


 我が国オルタナシア王国では聖女の力をフル活用しているが、他の国ではそうではない。

 広い地域にたった一人しかいない高位治癒魔法の使い手の存在は、国を乱す。一人の治せる範囲は限られたものだ。その利権を争うことを防ぐため、高位治癒魔法の使い手は、何かあった時に救いを差し伸べる象徴として、力を使うことを禁じている国が多い。


 実際、医療大国であるエインズワース王国では、聖女は『巫女』として祭り上げられ、よほどの大災害の時以外はその力を使うことを禁じられている。他の国も似たり寄ったりだ。我が国以外に、高位治癒魔法を何度も見ることができる機会のある国はない。


 そして、だからこそ、国民に分け隔てなく聖女の力を使う我が国は成長できた。

 他の国と違って、国民に聖女の恩恵を分け与える良い国だとアピールしてきたのだ。


 聖女という存在の犠牲の元に。


「信じられない……。誰も、低位治癒魔法と中位治癒魔法で実証とかしなかったんだろうか」

「軽い傷口を治す低位治癒魔法と、ぱっくり言った傷口を治す中位魔法でどうやって検証するんだよ。傷口をもう一回切って中位魔法で直しても意味がないだろう」

「部位欠損まで治す高位治癒魔法を使わないと、こんな治療法があるなんて気がつかない……」

「現場を知らないっていうのはこういうことか。クソッ、じゃあ聖女様があんなに頑張っている意味は、なおさらないじゃないか!」


 クレイグの叫びに、他の仲間達は目を瞬く。


「理解が早いな、クレイグ。――そうだ。なんらかの方法で命さえ繋ぎ止めておけば、聖女を夜中に叩き起こして治療するほどの緊急性はない」


 僕の言葉に、皆の目つきが変わる。


「じゃあ後は、人数の問題だ」

「聖女様が毎日治療している人数はこれか。高位治癒魔法の治療時間と治療範囲ってえげつねェな」

「まず最初は、夜間だけで大丈夫なんじゃないか。夜間は本来の治療時間じゃなくて緊急の患者しかいないから、患者数も抑えられてるはず」

「良い着眼点だ。夜だけなら――よし、国内全体でも急患は毎日500人程度だぞ!」

「まずは毎日500人の治療。場合によっては、朝になるまでの時間稼ぎ。それができる医療体制を用意するのが第一歩だね」

「後は、国民の意識改革だな。みんな、いつでも治してもらえると思って油断して過ごしているからな……っておいおい、夜間の急患のうち4割は事故による怪我じゃないか。ったく、夜は大人しく寝てろよ!」

「職業柄、夜に活動する人たちは仕方がないとして……夜間は聖女の治療がないことを大々的に広報することで、人数を抑えられるんじゃないか」


 僕達がやろうとしていることの第一歩は、ジェシカの寿命を伸ばすことだ。

 ジェシカの不在に対応できる状況をすぐに用意することは難しい。

 だからこそ、まずは彼女が寝られる時間を確保し、彼女を過労死から遠ざけること。

 そうして、聖女切り替えのための魔の1ヶ月を可能な限り先送りにする。

 そこからじわじわと、医療体制を充実化させ、最終的に、聖女を他国と似たり寄ったりの位置付けに落とし込むのだ。


 やれること、やらなければならないことは、段々見えてきた。


 そして、ここまでくると、必要なのは、コネクションと――金だった。





※注意

作者は移植に関して否定的な立場ではありません。

この話自体、完全にフィクションとして執筆していますのご了承ください。



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