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1 聖女の結婚式(終)




「聖女の結婚式だ、大々的にやるぞ!」



 事の起こりは、僕の知らないところで長兄が言い出したこの一言だった。



 この頃、23歳の僕はジェシカと結婚するために、各所を駆け回っていた。


 式を挙げ、籍を入れるだけなら簡単なことだ。

 だけど僕は、ちゃんと二人で結婚休暇を取りたかったし、ジェシカに子どもができてもいいように、産休制度も環境も整えておきたかったのだ。


 その隙を突かれた。


 僕が知らない間に、聖女と第三王子が国を挙げての結婚式をすることが決定事項のように出回っていたのだ。そして、制度を整える法案が通った頃には、まるで事実みたいにみんなの心に刻み込まれていた。

 しかも、僕にはこのことが伝わらないよう厳しく緘口令(かんこうれい)が敷かれていたらしく、僕の耳に届いたのは法案成立後だったのだ。




「ウォルト兄さん!!!」




 執務室に駆け込んできた僕を、長兄は普段どおりのおおらかな笑みで迎え入れる。


「オズワルド。なんだ、今執務中なんだが」

「急ぎの用事です!」

「ふむ……みんな、下がってくれ。すまないな」


 僕の怒りを感じとった長兄は、周りを囲んでいた官僚達を部屋の外に下がらせる。


「兄さん、どういうことですか」

「うん? なんのことだろう」

「思い当たることがあるでしょう」

「沢山ありすぎて、どれのことだか……」

「兄さん!!」


 両手を上げて降参ポーズをとる長兄に、僕は息巻く。


「ジェシカと僕の結婚式を、国を挙げて執り行うと聞きました」


 怒っている僕に、長兄は朗らかに笑う。


「ああ、なんだそのことか」

「兄さん!」

「お前、もしかして従来どおりの式をやるつもりだったのか? 流石にそれはジェシカ嬢が可哀想だろう」

「……そんなつもりはありませんよ」


 聖女の結婚式は通常、神官と王族だけに囲まれて執り行う。

 花嫁衣装も神殿が指定したもので、式自体も誓いの言葉を言うだけで終わる簡素なものだ。

 『神聖な儀式だから』という建前で行われていた形式だが、なんのことはない、聖女に治療以外の時間を与えることを惜しんだことが理由のふざけた式だった。

 当然だが、僕はそんな酷い結婚式を挙げるつもりはない。


 ――とはいえ、だ。


「国を挙げてということは、今から他国に参列の招待状を送るのですか」

「もちろんだ」

「式はいつの予定です」

「そうだな、まあ最速で1年後だろうな」

「兄さん!」

「はっはっは、お前も堪え性がないな。そんなに早くジェシカ嬢と一緒に住みたいのか?」


 そうなのだ。

 ジェシカと結婚するということは、僕はジェシカと一緒の家に住むことができるということだ。

 ジェシカは今、神殿の聖女宮に住んでいる。

 だけど、結婚したら、彼女は王宮の僕の宮に来てくれるのだ!


 僕はジェシカとの結婚生活を、本当に本当に楽しみにしていた。

 毎朝起きたらジェシカがそこにいる生活。この世の楽園。

 僕のここ1年以上の頑張りは、全てそのためにあった。


 だから、環境が整った今、最速の半年後――いや、5ヶ月後には結婚式を挙げ、すぐに結婚休暇に入る予定でいたのだ。


 それなのに! それなのに!!!


「早く一緒に住みたいに決まっているでしょう!!」

「いやー、お前は本当に煩悩に忠実だよな。愉快痛快」

「兄さん! 東国ではこういうことをする奴は、馬に蹴られる刑罰を受けるらしいですよ!」

「はっはっは、ここは西国でよかったなあ」


 歯噛みする僕を、長兄は笑って一蹴する。


「お前の予算だけじゃなく、国の予算で式を挙げられるんだからいいじゃないか」

「不要です!」

「そうかそうか。ジェシカ嬢は1年後の結婚式を本当に楽しみにしているのに、可哀想になあ」

「え?」


 固まる僕に、長兄はニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 ジェシカが一体、なんだって?


「ジェシカも知ってるんですか」

「ジェシカ嬢の結婚式のことだ。彼女が知らないのはおかしいだろう」

「僕は知らなかったんですけど!」

「はっはっは」

「兄さん!!」


 なんとジェシカは、全て知っているのだそうだ。

 知らなかったのは僕だけ。やっぱり、僕だけ!


 なんなんだよ、この国の国王は!!


「1年後の式をどうにか半年後にしたいなら、まずはジェシカ嬢を説得することだな」

「ここまで国民に噂が広がっていて、変更なんてできる訳ないって分かってて言ってるだろ!?」

「俺の弟は賢いなあ」

「このクソ国王!」

「褒め言葉をありがとう」


 けらけら笑っている長兄を背に、僕は勢いよく執務室を飛び出す。


 なんでジェシカまで僕に黙っていたんだ。

 ちょっとくらい、教えてくれてもよかったじゃないか……。


 長兄への怒りと、そんないじけた気持ちを胸に、僕は急いでジェシカの元に向かったのだった。




****




「オズ! いらっしゃい」



 予定とは違う時間に訪ねた僕を、ジェシカは満面の笑みで迎えてくれた。

 その朗らかで幸せそうな微笑みに、僕のいじけた気持ちが半分ぐらい霧散した。

 僕はジェシカに弱いのだ。


「どうしたの。時間変更だなんて、らしくないのね」

「……ちょっと、急ぎで聞きたいことがあって」

「なぁに?」

「……」


 首を傾げ、無垢な瞳で見つめてくる天使に、僕は言葉を詰まらせる。

 いや、しかし聞かねばならないのだ。

 怯むな僕。ここは男を見せるところだ!


「結婚式のことなんだけど……」

「! もしかして、法案が通ったの?」

「う、うん……」


 ぱぁああ! と表情を緩めたジェシカに、僕のいじけた気持ちはさらに半分くらい霧散した。

 心の闇まで祓ってしまうなんて、流石聖女。

 いやしかし、頑張るんだ僕。


「オズ、ありがとう! これでやっと、オズと結婚できるのね!」

「うん、そうだね。それであの、結婚式のことなんだけど」

「あっ……うん。ごめんね、オズ。実は私ね、先に聞いちゃったの……」


 頰を染めてこちらを見てくるジェシカに、今度は僕は首を傾げる。




「オズが私のために、国を挙げての結婚式をしたいって頑張ってくれたんでしょう?」




 ウォルト兄さーーーーーん!!??


 一体何をジェシカに吹き込んでいるんだ!!


「本当にありがとう。お礼をなかなか言えなくてごめんね。オズが私に、法案が通るまで期待させないように内緒にしてくれてるんだって聞いてたから……私も頑張って知らないふりをしてたの」


 せこい!

 ジェシカの優しさを利用する手口!

 兄さん、口止めのやり方がせこい!


「私ね。オズが、私がこの本を好きなこと、覚えてくれてたなんて思わなかった」

「……うん?」


 ジェシカが、面会室の書棚から、そっと一冊の絵本を取り出す。


 それは、この国の代表的な絵本の一つで、お姫様を救うために王子様が魔物を倒し、最後は国を挙げての結婚式をするハッピーエンドの物語だ。


「私が好きなこの絵本みたいに、国を挙げての結婚式をするんだって頑張ってくれていたんでしょう?」

「え!? あ、うん、ええと、誰から聞いたの?」

「クラリス王妃殿下よ」


 妃殿下ぁああーーーー!!?

 あなたもグルですか!!!


「私、本当に嬉しくて」

「ジェシカ」

「この絵本の王子様って、まるでオズみたいでしょう? 銀髪で、水色の瞳で」

「そ、そうかな」

「そうなの。だからね、小さい頃はこの絵本の王子様とオズを重ね合わせて、『私には王子様がいるんだから、私は幸せ』『王子様が私の醜い気持ちを倒してくれてるんだから大丈夫』って思い込もうとしてたの。苦しくて仕方がなかったあの頃の、私の支えだった」


 彼女は、どこか懐かしそうな表情をして絵本を見ている。

 彼女の告白に、僕は胸が締め付けられるようだった。

 僕は今まで、その絵本が好きだということしか聞いていなかった。彼女がそんな思いを抱えていたなんてことは初耳だったのだ。


 思わずそっと彼女の肩を抱き寄せると、彼女は本当に幸せそうな顔をして、僕の肩に頭を擦り寄せてくる。


「実際は絵本と現実は違うって知っていたんだけどね。私を助けてくれる人はいないし、この絵本みたいな結婚式は聖女の私には無理だって、最初に教えられていたから」

「……うん」

「だから、オズが全部本当のことにしてくれるなんて思ってなくて」


 ジェシカが、僕を見つめながら、目に涙を溜めて微笑んでいる。



「オズ。私、本当に嬉しいの。私のために沢山頑張ってくれて、ありがとう」



 ジェシカはそう言うと、そっと僕の頬にキスをしてくれた。




 僕は落ちた。




 5ヶ月後に結婚式?




 なんのことだったかな……。





****




 翌日。


「ウォルト兄さん」

「なんだ、賢い弟よ」

「結婚式のことなんだけど……」

「うむ。みなまで言うな、分かってるぞ。最初から1年後の予定だったよな」


 このクソ兄貴!



 ジェシカとの結婚式が遠のいた僕は、その夜、ワインを飲みながら、悔しさでちょっと泣いた。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] いや、あの、普通ならそれもいいと思います。 王子の結婚なんて慶事なら国家的行事にするのも王制の国ならおかしくないでしょう。 でも、国策、そしてそれすら逸脱した理不尽な強要によって身体…
[良い点] 泣いた。マジ泣いた… 素敵なお話をありがとうございました…
[一言] とても良かった…!
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