1 仔猫(終) ※ジェシカ目線
「みゃー」
「にゃうにゃう」
20歳になったある日。
私は初めて仔猫という存在と出会った。
この頃の私は、22時から3時までお休みを貰えていたので、前よりもずっと健康だった。
だから、3日に1回は、オズと会う時間に横たわらずに色々なことを話していた。
だけど、オズが生き物を連れてきたのは初めてだ。
しかも……。
(か、可愛いいいぃぃ……)
オズはなんと、ふわふわの仔猫を二匹、連れてきてくれたのだ!
グレーの毛玉と、黒の毛玉が、籠の中でぽわぽわもつれて騒がしくしている。
ぽこぽこと猫パンチを繰り出すたびに、ピンク色の肉球がチラチラ見える。
なんて可愛いの、なんて可愛いの、なんて可愛いの!!
「……ジェシー」
「……」
「ジェシカ」
「……」
「ジェシカさん」
「……」
手を引かれて、ようやく私はオズに視線を戻す。
「オズ、可愛い!!」
「……僕は可愛くないし」
「オズ!」
「分かってるよ。分かってるけど……」
「連れてくるんじゃなかった」と呟く婚約者に、私はジトリと恨みがましい目を向ける。
「なんでそんな酷いこと言うの!」
「ジェシカが僕に構ってくれないから」
「え」
パチクリと目を瞬く私に、オズは拗ねた顔でそっぽを向く。その表情は子供っぽいのに、サラサラの銀髪が揺れて、妙に色っぽさを醸し出していた。
オズの色は王族の典型的なもので、髪は白く輝く銀色、瞳は澄んだ水色をしている。そして、切長の眉に大きな瞳、白い肌は、ともすれば女性とも見まごう美しさを漂わせるものだった。
実際、拗ねているオズは可愛い。
その辺の女性神官より、ずっとずっと可愛い。
何より、そんな可愛くて大好きなオズの体に、籠から飛び出した2匹の仔猫がよじよじと張り付いていた。
私は、オズに言われた言葉を全て忘れて、その光景に釘付けになった。
「ここって天国なのかな? 私、まだ生きてる?」
「ジェ、ジェシカ?」
「目の前に楽園が見えるの。可愛すぎて心臓が痛い」
「え!? あの、ちょっと、心配になるからそういうギリギリの発言やめてくれないかな! 心臓、本当に大丈夫!?」
頬を染めて目を潤ませながら、手を合わせたお祈りポーズでオズと仔猫を見つめる私に、オズが動揺している。
生きてて良かった。
こんな素敵な光景を目にする日が来るなんて……!!
私、幸せです!!
「ジェシカ。仔猫、可愛いだろう? クレイグの家で生まれた仔猫のうち、この二匹はアルハイドの家に引き取られることになったんだ。今日はその移動もかねて連れてきたんだよ。どうしてもジェシカに見せたくて」
「オズ、ありがとう!」
「う、うん。……もう一回聴きたい」
「オズ、ありがとう!!」
オズの手を両手で握って、我ながら最高の笑顔でお礼を言うと、オズは床を見ながら、「連れてきて良かった……」と嬉しそうに呟いている。
あれ? さっき、逆のことを言ってなかったかしら。
「仔猫……ってことは、この子達はもっと大きくなるのよね?」
「うん。そうだな、このくらいまで成長すると思うよ」
「小さいわ」
「……あんまり大きいと、放し飼いにはできないからね?」
膝の上でウトウトするグレーの仔猫を撫でながらも興味津々で話を聞く私に、オズはご機嫌で話をしてくれる。
「みんな、仔猫のこの時期までが一番可愛いって言うんだよなあ。僕はもうちょっと成長した後の方が好きなんだけど」
「そうなの?」
「うん。この時期って、なんていうか、人形みたいな可愛さなんだよね」
「……人形?」
首を傾げる私に、オズは、オズの膝の上にいる黒猫を撫でながら頷いた。
「生まれたばかりで、よちよち歩いてて、可愛いんだけど、まだあんまり自分の意思がなくて、みんないい仔でさ」
「いい仔……」
「でももう少ししたら、個性が出てくるんだよ。食べ物の好き嫌いとか、気性の荒さとか、好きな場所とか、好きなおもちゃとか。そういうワガママな部分が見えた方が、その仔のことを知ることができて、なんだか愛おしいだろう?」
「……」
なんだか、覚えがあるわ。
オズ、前に、そんなこと言ってた!
『人間のジェシカが好きだ。みんなの理想の聖女なんてどうでもいい!』
…………。
「ジェシカ?」
「やっぱり、オズって変態だわ」
「え!? 僕、そんな誹りを受けるようなこと言ったかな!?」
慌てるオズに、私は思わずくすくす笑ってしまう。
「……ごめんね、オズ。私が言い過ぎたわ」
あの時よりも沢山、目いっぱいにオズへの愛しさを詰め込んで微笑むと、オズは顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた。
美人なオズが真っ赤になると、恥じらう乙女のように可愛い。
本当に、愛しい人だなぁとしみじみ思う。
「オズの言うことが本当か見てみたいから、よかったらまたこの仔達を連れてきてね」
「う、うん。アルハイドに頼んでみるよ。多分大丈夫だと思うよ」
話が逸れて、オズはようやく落ち着きを取り戻したようだった。
私は膝の上の仔猫を見ながら、そっと囁く。
「……あなたも、ワガママになっちゃうの?」
私の囁きに、グレーの仔猫は、くぁ、と口を開けて可愛いあくびをした。
なんとも図太い、元気でいい仔である。
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