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亡国のリオレインシリーズ《異世界恋愛》

亡国の元王子は、妹の護衛騎士を娶りたい。

作者: 長岡更紗

 足がもつれ、うまく進めなかった。

 目の前にいたはずの王と王妃が遠くなり、ルフィーノは『待ってください!』と叫びながら手を伸ばす。


「っは!!」


 伸びた手は天井を掴むように突き出されていた。ベッドに密着している背中は、夏とはいえ異常な発汗で濡れている。

 ルフィーノは上体を起こすと、手元のランタンを灯して懐中時計を確認した。

 夜中の二時。

 はぁっと息を吐く隣には、六つ下の妹アリーチェがすやすやと寝息を立てている。


 まだ十歳のアリーチェの方が図太いな。


 そう思いながらルフィーノは、そっとアリーチェの頭を撫でた。


「王子、眠れないのですか?」


 隣のベッドにいた王女(アリーチェ)の護衛騎士のフラヴィアが、亜麻色の長い髪をなびかせながらベッドに座っている。


「すまない、起こしてしまったな」

「いえ、私もエドアルドの寝相のせいで、寝られなかったものですから」


 そういって、フラヴィアは隣に眠る男に目をやった。

 狭い安宿。ただのツインルームに、四人がぎゅうぎゅう詰めになって眠らなければいけない状況に、申し訳なさが先立つ。


「場所を替わるよ、フラヴィア。アリーチェと一緒に寝てやってくれ」

「いえ、それでは王子が寝られなくなってしまいます。私なら大丈夫ですから」

「いやなんだよ。君がエドアルドの隣で寝ている事実が」

「しかし……」


 フラヴィアと言い合っていると、アリーチェが「ん……」と寝返りする。

 ルフィーノは慌てて口を噤むと、手だけで『出よう』とフラヴィアを促した。


 部屋を出ると、狭い廊下を通って食堂の方に出た。当然のことながら誰もおらず、月の見える窓から顔を出す。

 フラヴィアは遠慮するように後ろにいて、ルフィーノはちょんと手招きした。


「隣においでよ。夜風が気持ちいい」


 夏の暑い夜にいい風が入る。フラヴィアが隣で同じように風を受け始めると、嘘のようだなとルフィーノは心で呟いた。


「王子、大丈夫ですか?」

「もう王子じゃないよ。我がリオレイン王国は滅んでしまった。父上も母上も、もうこの世にはいない」

「王子……」

「ルフィーノ、と呼んでくれ」


 そう言いながら、ルフィーノは月を仰いだ。

 この一ヶ月間、色んなことがあった。リオレイン王国から逃げ出し、敵兵蔓延(はびこ)るアリビ多民族国をなんとか抜け、治安が良く敵国の手も届かないハウアドル王国を目指している。


「すまない」


 ぽそりとルフィーノの口から謝罪の言葉が降りてきた。

 隣にいるフラヴィア、それに寝相の悪いエドアルドは、王族専門の護衛騎士……つまり超エリートだ。どこに行っても通用する技量を持っていながら、こんな逃亡劇に付き合わせてしまっている。


「なにをお謝りになっているのですか。私は王子……ルフィーノ様とアリーチェ様の護衛騎士でいられることを、誇りに思っています」

「ありがとうフラヴィア。きみのそういうところが好きだよ」

「光栄至極に存じます」


 ルフィーノの告白は、フラヴィアにはさらりと躱されてしまう。これはいつものことだ。

 元々フラヴィアはアリーチェの専属の護衛で、正式配属されたのは二年前のこと。しかしその前から護衛騎士見習いとして頑張っていたフラヴィアの姿を、ルフィーノはずっと見てきている。

 それから今日まで、好きだと言ったことは何度もあった。立場をわきまえているフラヴィアは、ルフィーノの言葉に真面目に応えることはしてくれなかったけれど。


「ずっと、好きだった。フラヴィアが、見習いとして入った頃から、今でも」

「ありがとうございます」


 月を見ながらの告白は、やはりまともには取り合ってもらえないようで。今度は視線をきっちりとフラヴィアに移して微笑んでみせる。


「この一ヶ月、つらいことが多かった。けど、唯一いいことがあるとしたら……きみと結婚したいと言っても、誰も反対する者がいないことだと思う」

「……っけ?」


 フラヴィアが変な言葉をあげて固まった。あれ? とルフィーノは苦笑いする。


「もしかして今までの僕の告白は、全然届いていなかったのかな」

「こく……はく?」

「好きだといっていたと思うんだけど」

「あ、あれは……親愛の表現かと……」

「なんだ、本当に気付いてなかったのか。立場上、そう言っているだけかと思っていたよ」


 そういうと、ルフィーノはフラヴィアの亜麻色の髪に触れた。

 こんな風に気安く触れられるのは、王子という肩書きがなくなったおかげでもある。だから、真剣に告白ができる。


「ルフィーノ様……」

「フラヴィア」


 今はまだ、フラヴィアの方が背は少し高い。

 年齢差は七歳。もちろんフラヴィアの方が年上で、追い越せることはない。

 でも、身長なら。


「僕はきみにとって、まだ子どもなんだろう。けど覚えておいて。僕はいまに君の身長を抜かし、大人の男となる」


 ルフィーノの言葉にフラヴィアなんと応えていいかわからないようで、困ったような……それでいてうれしそうな顔で口の端をあげている。


「そのときにはプロポーズをする。だからそれまでに、僕のことを真剣に考えて欲しい」

「ルフィーノ様……」


 いつも凛としているフラヴィアの顔が、少しほぐれた。

 そんな顔を見てしまうと、ずっと耐えていたルフィーノの男としての欲望が頭をもたげてしまう。

 ルフィーノは、今まで触れたことのない彼女の右手をとった。

 振り解かれることも諌められることもないことを確認し、思わず笑みが溢れる。


「君を、僕に夢中にさせてみせるよ」


 ルフィーノはフラヴィアの手をとったまま腰を落とし、その甲に唇を落とす。

 女性にしては大きめのしっかりとした手つき。それでさえも、ルフィーノには愛おしい。

 ほんの一瞬だけ唇が触れると、ルフィーノは立ち上がった。

 フラヴィアは少しぼうっとしていたかと思うと、左手で自分の頬をおさえている。


「フラヴィア?」

「あつい、です……」


 なにかを言ってもらえるだろうと期待してしまっていたルフィーノは、そんなフラヴィアの言葉に苦笑いする。


「夏だからね。でもここは風が通って涼しいよ?」

「いえ、暑いのではなく、熱くて……」


 暑い、ではなく、熱い……その意味を考えて、ルフィーノはドキンと胸を鳴らした。

 ルフィーノもまた、熱がおさまらない。

 頬に手を当てたままのフラヴィアをそっと抱き寄せると──

 愛しい女性に、優しく口づけていた。








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2021/11/10 20:36 退会済み
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