8話「クエストはクリア後でも受注できることが多いから、まずはメインストーリーに集中しよう」
怪我も治り、ようやく満足に体を動かせるようになった。
とはいえ、今日は魔獣狩りの仕事も入ってなかったので、ナナの買い出しに付き合わされている。ヴァルも買いたいものがあるとか言って着いてきた。
「何を買うんだ?」
「私はとりあえず、食材だけど、ヴァルは?」
「剣を買おうと思ってな。鍛冶屋のおっちゃんとこでよぉ」
どうやら僕の療養中に思う存分魔獣を狩って、大分金が入ったらしい。まぁ、狩り過ぎて、もうしばらくは魔獣の肉はいらねぇって肉屋のおっちゃんに突き返されたそうだけど。
「買ってくれるのか?」
ナナの言った通り、確かに優しい所はあるみたいだ。
「残念だけど、今は剣は売れないかなぁ」
しかし、八百屋に向かう前に鍛冶屋に立ち寄った所、店主のおっちゃんに売れないことを宣告されてしまった。
理由を聞けば、
「丁度今、王宮から剣やら盾やらの鍛冶依頼が入ってきててなぁ。割と数が多くて、店に並べる商品まで手が回らねぇのよ。だからすまんなぁ」
忙しいなら仕方がない。吉報が舞い込んだようなもんだし、この話はなかったこととして考えればいい。
「あぁ、でも、仕事手伝ってくれるなら、打ってやらないでもないぜ。割引したるから、結構上物の剣にも出来るだろうな」
「そりゃぁ、いいな。安く済むなら好都合だ。で、仕事ってのは?」
「完成したら、王宮まで届けてほしいんだ。結構な量あるし、俺一人で運ぶのも無理でなぁ。それに、最近腰が痛くてよぉ。もう歳なのかもなぁ」
鍛冶屋のおっちゃんは確か、まだ40後半だったはず。発展途上の国だし、平均寿命も低いのかもしれない。
「息子に跡継がせるのかぁ?」
「息子?」
鍛冶屋は頭に?を浮かばせる。
「あぁ、いただろ。ひょろっちい奴が」
鍛冶屋は思い出し屋ように声を上げる。
「あぁ、息子ね。あいつなら、この前家出したっきり帰ってきてねぇのよ。今頃、どこで何してるんだかなぁ」
おっちゃんはしみじみとした顔つきで空を見上げる。
「加齢臭に我慢できなくなったんじゃねぇのかぁ?」
そんな理由で家出するのは生意気な女子高生くらいだろう。
「え、そんな俺臭い?」
「あぁ、臭ぇ。鼻がもげそうだ」
そりゃお前が鼻良すぎるだけだろ。
「臭いとか言うんじゃねぇよ!男が言われたら傷付く言葉トップ3には入る言葉だぞ!」
お前が聞いたんだろうが。
「どうせ酒ばっか飲んでんだろ。飲み過ぎると加齢臭が酷くなるって聞いたことあるぜぇ」
「マックばっか食べてても酷くなるからね。あとお菓子とか。動物性脂肪や糖質が加齢臭を酷くする物質を作り出すんだから」
ここにきて、今まで何ら興味を示さず、ぽけー、と遠くを見つめていたナナが話に割って入ってきた。
「お菓子やら酒やらって、典型的なダメ人間の食生活じゃねぇか」
「うるせぇよ!俺には生活面を支えてくれる嫁さんもいないんだから仕方ないだろ!」
「とりあえず、野菜さえ食べれば大丈夫だと思うよ」
ヴィ―ガンの薦めかよ。
「野菜ねぇ。そういえばよぉ、八百屋は最近不景気らしいじゃねぇか。亭主が嘆いてたぜ。相談に乗ってあげたら、もしかすっと仕事貰えるかもしんないぜ」
鍛冶屋のおっちゃんと別れ、今度は噂の八百屋のおっちゃんに会いに来た。不景気とは言っていたが、数日前、ナナの買い出しに付き添った時は不況っぷりは感じなかったが。確かに店の前まで来ると、以前より明らかに品揃えが悪いようだ。
「どうしたのかって?どうもこうも、昨日、仕入れ先の村から突然商品が届かなくなっちまったんだよ」
「いや聞いてないけど。尋ねる前に答えてんじゃねぇよ」
「いやぁ、そっちの方がテンポ良く話が進んで都合がいいと思ったんだけど」
登場人物が作者に余計な気回してんじゃねぇよ。余計なお世話だろ。
「理由は分かってないのか?」
「痔が悪化して、農業どころじゃなくなったんだろぉ」
そんな汚い理由だけは絶対違う。
「んー、出来れば村まで訪れて事情を知りたいんだけどねぇ。壁の外に出るってなると、ほら、魔獣に襲われかねないから。野菜なんて壁の外の村でしか作ってないし、どうしたもんかねぇ」
言いながらちらちらと視線を送ってくる八百屋のおっちゃん。最後まで言わなくても分かるよね、話の展開的に分かるよね、みたいな視線やめろ。ばっちり目だけで意図伝わっちゃってるよ。癪だなぁ。
「分かった。俺達でその村まで行って事情を聞いてやる。代わりに問題が解決すりゃぁ、しばらく俺達にはタダで売れやぁ」
「えぇ、流石に報酬高過ぎじゃぁ……」
「じゃあてめぇの足で村まで行ってくれ」
「うぐぐ……仕方ない。壁の外には出たくないしなぁ。こんな太った体じゃぁ、魔獣の格好の餌だよ」
八百屋なんじゃねぇの?野菜食ってないんか?
「やっぱマック最高だよね。フライドポテトが止められない」
食生活改めろ。野菜食えな。
渋々おっちゃんが条件を飲んでくれたおかげで、結局今日も壁の外に行く羽目に。早く剣術を極めたかったから、僕としては好都合だ。ヴァルと二人で行くものと考えていたら、ナナも着いて行くと言う。放っておいたら、またヴァルが暴れてシグレを怪我させちゃうかもしれないから、だそうだ。男二人のむさ苦しいパーティーから一変、女性が加わって華やかなパーティーになった。
今日はいつもの南の森ではなく、都市の西側へ出る。西門から街道を歩いて一時間。距離にして5キロ強ほど。ヴァルもナナも体力があるから、異様に歩くのが早い。村に着く頃にはスタミナ切れでへとへとになっていた。
「見えたぞ、あれが目的の村だ。たぶん」
多分ってなんだ、曖昧かよ。自信ないのかよ。ヴァルって地図も読めない方向音痴君だっけ?
肩で息をしていた僕も顔をあげと、ヴァルが多分と言った理由が方向音痴でない事を理解させられた。
「何があったんだ?」
僕は呟くと、しばらくは茫然と突っ立っている事しか出来なかった。ナナも同じように目を見開いたまま。ヴァルだけがいつもと変わらない澄んだ瞳で村へ足を踏み入れていく。
村は既に、村と呼べる代物ではなくなっていた。
問題の畑は荒れ果て、作物は食い荒らされている。畑だけじゃない。家も、井戸も、何もかもが普通じゃない。荒らされ、原形を失っている。それは、そこに住んでいた住人達も同じで。肉隗があちらこちらに散らばり、一つの顔が僕に助けを求めるような表情を貼ったまま固まって動かない。死体の中には衛兵と思しきものも混じっており、魔獣から村を守ろうと抵抗したが、空しく散った絵が目に浮かぶ。
これって、ナナが話していた、ヴァル達の故郷と同じ……。
「何があったか、そんなの決まってんだろ」
ヴァルは死体と思しき肉片に近づくと、屈み、間近で観察する。
「乱暴に噛み千切られてやがる。こりゃぁ、魔獣の仕業だ」
魔獣が村を滅ぼした。奇しくもヴァル達の過去と重なる状況。ナナは言葉が出ない様子で未だ立ち尽くしたまま。ヴァルはゆっくりと村の中央まで歩くと、耳をそばだて、周囲を見渡す。何かを探しているようだ。
「いねぇか」
聞こえるかどうかの小声でヴァルが呟けば、それに応えるように、一軒の小屋から大きな物音がした。三人同時に音のした方へ振り向く。扉は既にない。壁を突き破って姿を現したそいつは、今までの魔獣からは感じたことのない妙なオーラを放っていた。
のっしのっしと森を支配する獣のような足取りで。喉の奥で静かに鳴き、僕らに気付いた魔獣は鋭い眼光で睨みつけると、尖った牙を見せつけ威嚇してきた。
その姿は正しく闇に染まった虎の王。血に染められたのかと錯覚してしまうほどのどす黒く濁った赤い瞳。思わず怯んでしまうのも無理はない。体躯は僕たちの倍を優に超えているのだから。
黒一色の体に、額に刻まれた妙な紋様が怪しく光る。
「てめぇが犯人か。コ〇ンに出てきそうな真っ黒な体しやがってよぉ。悪ぃがここで狩らせてもらうぜぇ。最近ご無沙汰で体が鈍ってきたところだったんだ」
ヴァルは魔獣を睨みつけると、僕らを一瞥することもなく、戦いの姿勢を取り始める。
「てめぇらは先に街へ帰って衛兵でも呼んで来い」
確かにそれも大事なことだ。あとで必ず成さなければならない。けれど。
「逃げろっていうの?冗談だよね。私たちも戦うよ」
ナナが僕が言う前に、戦う姿勢を見せる。正直、ナナには先に逃げてほしかったけれど。
「足手まといだ」
「村を滅ぼせちゃうような魔獣相手に、ヴァルを一人置いていけって言うの?」
「俺が負けるとでも?」
「相手がびびって逃げちゃうかもしれないでしょ?ここで逃がしたら、被害はさらに大きくなるんだから、確実に息の根を止めないと」
可愛い顔してさらっと恐ろしい言葉を口にした。
「大丈夫、私ももう弱くないから」
ナナは言うと、ヴァルの隣に並んで立つ。二人の睨みに、魔獣も気を引き締めたように、態勢を低くし、唸り声を響かせる。
「シグレはまじで足手まといだから、俺らがピンチになった時まで遠くから見とけやぁ」
反論したいけど反論できない。せめて剣さえあれば、何か手伝えることがあったかもしれないが。
でも、この二人が揃って魔獣に負けるなんて有り得ない。僕はサポートに徹しよう。
ヴァルは深く息を吸うと、魔獣が足を動かしたと同時に、懐へ飛び込んだ。