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モノクロな世界で光る赤い月  作者: 如月弥生
【1章】獣の世界
6/24

5話「初期装備は基本弱すぎるくらいに設定される」

 アポロンとの戦闘、衛兵からの逃走を経て、ようやく家路にありつけた昨夜遅く。既に日付も変わっており、眠いやら腹減ったやら疲れたやらで、その後すぐに眠りについた。

 そして、翌朝。

「で、君は一体何者なんですか」

 ナナが作ってくれた朝飯を一同で食べつつ、首に巻き付いたまま家まで着いてきた死体の少女に問いかける。

「死体じゃないです、生きてます」

 地の分にツッコミいれないでくれるかな。それとも何か、思考読まれてたりするのかな。死体の少女改め、生きていた少女は言いながら、白米をがつがつと犬のような食いっぷりを見せる。食いながら喋るもんだから、米粒がいくらか飛び散って汚い。はしたない。本当に女の子なのか疑い出した。

「気付いてなかったのかよお前ぇ。戦闘中もずっと心臓バクバク鳴らしてやがってすげぇ気が散ったってのによぉ」

 ヴァルは言いつつ野菜を頬張る。案外丁寧な食べ方するんだな。

「それは、仕方ないでしょ。死んだふりしてたら突然目の前で規格外の戦闘起きたら恐怖で心臓バクバクなりますよ。落っことされて開いた頭の傷から血もドバドバですよ」

 の割には処置雑だろ。頭に包帯ぐるぐる巻いてあるだけじゃねぇか。それだけで傷治るはずないだろ。アニメとかマンガでよく見るけどね。ちゃんと手当てしたうえでの包帯だからね。頭おかしいんじゃねえのか。あ、頭怪我してたわ。

「良かったじゃねぇか、結果生き残れたんだしよぉ。あのまま順当に担がれてたら、生きた屍になるのは目に見えた結果だったぜぇ」

 生きたままの少女を眠らせて上まで運ばせる。それを大事な商品だと言っていた。誘拐の類では済まされない。やはり、僕たちが加担させられていたのは。

「奴隷商売ってことか」

「なんで売られることになった。誘拐かぁ、それとも、親にでも売られたかぁ?どちらにしろ間抜けな話だ。力がなきゃぁ生きていけねぇよなぁ」

 少女は目を伏せた。その時の出来事を思い出して恐怖でも甦ったか。そんな少女にヴァルは追い打ちをかけるように言葉を浴びせる。

「改めて聞くがよぉ、てめぇはナニモンだぁ?ただの人間じゃぁねぇよなぁ?」

 人間、ヴァルの鼻はそう言っているらしい。まぁ確かに、奴隷にするくらいだ。獣人が毛嫌いし、差別する人間であるのが適当だろう。僕も何となくだが分かっていた。人間であるなら、僕は若干仲間意識を覚えつつあった。似た境遇ではないが、この獣人の国では同じハズレもの。少しでも心の助けになるのではないか。そう考えた。けれど。

「そうです。私はただの人間じゃありません。……人間と獣人のハーフなんです」

 少女は言いたくなさそうに、けれど言わなければならないから、か細くゆっくりと答えた。

「ある人間の国に住んでいたんですけど、そこから逃げ出してきたんです。私だけでも逃げてって、お母さんは……。必死にここまで逃げてきたら、獣人の国で、それで、怖い人たちに捕まっちゃって……」

 年の頃はまだ13、4か。まだ精神的にもか弱い女の子が一人で苦痛を味わってきた。それを思うと胸が痛む。

「それで奴隷として売られたってかぁ。まったく、間抜けな話だなぁ」

「ヴァル!」

 ナナがヴァルを諫める。

 少女はいつのまにか静かに泣いていた。これまでを思い出している内、話している内、心が耐えきれなくなったのだろう。

「これからお前ぇ、どうすんだ」

 ヴァルが食器に顔を叩き付けられながら、少女に問う。つーかナナの諫め方怖すぎじゃね?割れた食器の破片顔に刺さってるよ。血ぃ流れてるよ。

「……わかんない」

 それもそうだ。奴隷の未来からは解放されたとはいえ、未だ周りは敵だらけ。話では、人間の国は一度逃げ出した者には容赦をしない。この国に残ろうが、元の国に戻ろうが、少女に居場所はない。かといって、どちらにも行かず、気まぐれに彷徨い歩くというのも無理難題だろう。食料の調達も愚か、逆に魔獣の食料になるのが落ちだ。

「なぁ、ヴァル……」

「何言い出すつもりだシグレぇ。てめぇを匿ってから、ただでさえ火の車だった家計が更に厳しくなったんだ。この上もう一人追加だぁ?車燃やし尽くすつもりかよぉ」

「鎮火する勢いでめっちゃ働く。

「俺なしで魔獣狩れねぇ奴が何言ってんだ。鎮火するなんて戯言吐く前に、ち〇こ売って金にして来いやぁ」

 まじで恐ろしいこと言うなよ。生きてけねぇよ、男として。

 けれど、ヴァルの言うことも確かだ。魔獣狩りどころか、引き受ける仕事は全部ヴァルのサポートしか出来ていないのだから。そんな足手まといの僕が、匿ってもらっている身である僕が何を言えたか知れたもんだが、それでも、少女を放っては置けない。同じ境遇として、同じ弱者として。

「大丈夫だよ、シグレ。時雨が何も言ってないのにすぐ少女を匿うって話が出るあたり、最初っからヴァルも考えてたってことだからね。それに、放っておけないよね、この子のことも、私からのお願いも」

 ナナは改まると、ヴァルに正面から。

「この子、(うち)で匿ってあげよ。ひとりぼっちで行き場のないこの子を見てると、昔の私たちを思い出してしまって……。だから、ね、お願い」

 ナナのお願いにヴァルは逆らえない。これまで何度かナナが悪用しているのを目にしてきた。ナナはヴァルより年下だから、妹的ポジションを利用しているだけだと考えていた。ヴァルもナナも一人っ子で、親を亡くして知り合いのオジサンに引き取られた、としか聞いていなかったから、何か深い事情が過去にあったのかもしれない。

 ヴァルはすぐにナナから目線を逸らすと、今度は少女を見つめる。その瞳はどこか遠くを見ているようで。

 溜め息一つ、深々と吐くと、

「仕方ねぇなぁ。匿ってやる。そのかわり、面倒はお前が見ろよなぁ。ったく、人間臭ぇなぁこの家も」

 魔獣を入れる用の袋を担ぎ、目で着いてこいと僕を仰ぐ。

 残りの朝飯を急いで胃袋にかき入れ、ヴァルの背中を追う。しかし、忘れていたことがあってふと立ち止まり、振り返る。

「そうだ、名前、聞いてなかった」

 人間と魔獣のハーフの少女ははにかむと、今度ははっきりと言葉にした。

「サクラ」

 獣人の匂いが着いた擬態用のコートを羽織り、玄関扉を開け、待ってくれていないヴァルの背中を走って追いかける。背中を押す生暖かく、心地良い風。そんな春風にぴったりの素敵な名前だ。



   〇



 東西南北を十字に貫く大通りに出ると、今朝は何やら騒がしかった。帽子をかぶった少年が何かを叫んでいるようだった。それを聞く町人たちも驚き、不安を顔に滲ませている。

「速報、速報だ!国王が死んだ!国王が何者かに殺された!犯人は不明!現在捜索中ぅ!」

 昨晩僕らが起こした騒ぎに関してではないようだと安堵できる話の内容ではなかった。国王が死んだということは、実質民を仕切る存在がなくなったということ。それはつまり、国の不安定化、敵国である人間たちにとっては喜ばしいニュースだろう。

「大丈夫だ。国王の跡は現王子が継ぐだろ。国の統制に関しては問題ないと思うぜぇ。ただなぁ……」

 ヴァルは冷静に情報と状況を分析しつつ、興味ないねという風に南門へ足を向ける。しかし、何やら気がかりでもあるのか、表情は晴れていない。

「何か問題でもあるのか?」

「だから問題ないっつってんだろうがぁ。王政もこれまでのを維持ってのになるだろうよぉ。ただ、人間国との関係をも維持できるかは分からねぇけどなぁ」

 人間国との関係。それはこの国の獣人を見ていれば分かるように、関係は最悪だ。双方がお互いを嫌い、憎み、殺そうとしている。昔から、獣人国と人間国の間では戦が絶えなかったようだ。だが、ここ数十年間は戦を起こしていない。休戦状態におかれている。といってもお互いに疲弊しきって戦えなくなり、今は睨み合いの最中なんだとか。

「また戦争が始まるかもしれないってことか?」

「どうだろうなぁ。流石に俺にも分かんねぇ。まぁ、何も起きねぇだろうけどよぉ」

 フラグの建設を確認。絶対何か起こるパターンだよこれぇ。逆に何も起こらなかったら物語として成り立たないもんねぇこれぇ。

 僕だけが抱えられる不安を胸に今日も南門をくぐる。ここまで歩いてきて、確かに見回りの衛兵が多かった。数えてきたわけではないが、倍はいるんじゃないだろうか。とはいえ門番ともすっかり顔馴染みになった僕らを疑うことはない。昨晩の騒動も、国王殺害という飛び切りドでかいニュースで霞んでくれたおかげか、誰も触れてはいなかった。顔写真付きの手配書とか出てたらどうしよう、と内心びくびくしていたのだが、カメラも写真もない古代文明の世界だ、何も心配はない。

 森に入ればいつもの魔獣狩りのスタートだ。よぉし、今日こそはおおきづちを倒せるくらい強くなるぞ。と意気込み鼻息を荒くしていると、ヴァルにストップをかけられた。

「このまま地道に鍛えてもいいと思ってたんだがなぁ、方針を変えようと思う」

「なんでだ?まだ体作りも全然……」

「お前、あの時、あのゲロ野郎に対して何も出来なかっただろ」

 ゲロ野郎とはアポロンのことだ。なぜそこを抜粋して仇名にしたんだ、というツッコミは置いといて、確かにあの時、アポロンという格違いの強敵を前に僕はただ茫然と眺める事しか出来なかった。手も足もでないとか、それ以前の話だ。攻撃をいなすパワーも、避けるスピードもまだ身に着けていない。だからこそと意気込んでいたのだが。

「このまま鍛え続けても、この先しばらくは、ゲロ野郎と対峙しても何も出来ないままだ。だから、技を習得しろやぁ」

 技?

「前話のタイトル覚えてっかぁ?『初めてのボス戦は必殺技習得のチャンス』、って言ってんのに結局習得せず終いだったじゃねぇかよぉ。それどころか戦ってすらいなかったじゃねぇかよぉ。タイトル詐欺にもほどがあるってんだ。だから、必殺技、まではいかなくても、何かしら技を身に着ける必要がある」

 技を身に着けること自体には賛成なんだが、動機がなぁ。それ悪いの僕じゃなくて作者じゃね?

「技っつってもなぁ、すぐには思い浮かばねぇよ」

「お前が馬鹿なのは分かってる。だが、すぐに強くなってもらう必要がある。これまでみたく、メインストーリーだけでレベル上げ、なんて甘い考えでいるわけにゃぁいかねぇんだよぉ」

 言うとヴァルは拳を握り、戦闘の構えをとる。周りに魔獣もいないのにどうして……。

「今から俺と戦え。その間に技を身につけろ。それまでは死ぬまで攻撃を続けるかんなぁ」

 何を言っているのか一瞬理解できなかった。戦う。誰と?ヴァルと?まさかそんなわけ。

 そうやって茫然と立ち尽くす僕を理解させるためか、ヴァルは猛烈な敵意をもってして牙を剥く。

 戦わなければ死ぬ。コンマ数秒で理解させられるほどのヴァルの覇気。いつもこんなに凶暴な戦士の隣で戦っていたことへの畏怖。

 地を蹴り、豪速で飛び掛かってくるヴァルの姿を正面に、僕も負けじと拳を握り、覚悟を決める。これは戦士と戦士のぶつかり合いだ。

 迎撃、相手が先に動き始めた場合、速さで上回れない時は迎撃をするしかない。攻撃を受け流し機を窺うか、回避して一旦距離を取るか。拓に見えるが、拳を受ければパワー負けすることは必至、取る選択肢は回避しかない。

 動体視力を最大まで高め、顔面を殴打されるギリギリで拳の軌道を読み、顔だけで躱す。ほぼ直感だけの回避に体が追い付かず、骨髄だけが何とか頭だけを動かしてくれた。回避できた、喜び、そして安堵、落ち着き脳を回転させる。そうだ、一旦距離を取るんだ。ヴァルに攻撃させていたら僕に一生チャンスは訪れない。一歩後ずさり、力を込めて後ろに跳躍、数メートルだが距離を取れた。追撃が来る前に体制を立て直して――。

「チャンスを待とうなんて甘い考えは捨てろぉ」

 声は耳元で。コンマ数秒でリーチを掻き消され、既に手遅れ。回避を出来る態勢でもない。攻撃を受けるしかない。拳が視界いっぱいに映し出され、僕は咄嗟に両腕をクロスさせ顔を覆う。しかし、冷静沈着、観察力も応用力も優れているヴァルが脳死で顔面だけを狙い続けるわけもなく。拳を上向きから下向きへ。フェイントにかかった僕の胴体はがら空き。そこへ容赦なく拳を叩き込まれ、僕はなすすべなく吹っ飛ばされた。地面を何度か跳ね、転がり、勢い良いまま木に受け止められる。受け身をとってもダメージは隠しきれない。

「相手が誰だかわぁってんのかぁ?格上中の格上だぜ?ピンチしかねぇんだよ」

 体罰だろこんなの。指導の域超えすぎだろ。なんて文句を言う暇さえ与えてくれない。痛みに叫ぶ体を無視して、僕はヴァルの攻撃を避け続けるしかない。時間にして十数分、だが僕にとっては永遠にも思える時間、ひたすらに避け続け、逃げ続ける。単純な格闘攻撃しか繰り出さないおかげ、そして恐らく手加減してくれているであろう威力のおかげで、かろうじてながらも始めよりは避けられるようになっていた頃。ダメージが嵩み、足が崩れ落ち、避けれたはずの蹴りを喰らった。ガラス程度の薄い防御では威力をほろんど殺せず、木に二度目のダイビングキャッチをしてもらう羽目に。

 このままでは本当に技を習得する前に殺される。こうなったら、拳を受けながらでも殴り返すしかないか。いや、所詮は人間。態勢を崩されながらじゃあの強靭な肉体にはダメージを負わせられない。

 じゃあどうする。どうすればいい。どうしようも……。

 そう、諦め、数えきれないほどのヴァルの突撃から視線を逸らす。うつむく。傷から流れ落ちた血が拳を染める。指先を伝い、地面を濡らす。僕がぶつかった衝撃で落ちた太い枝に座れる。小枝の先、葉っぱが赤く染まり……。枝?大きさは丁度僕の足と同じ長さか、それよりも短い。太さも殴っても簡単には折れないであろう、丁度良さげな木の棒が手元に。

 視界の端、ヴァルが間数十センチまで肉薄し、僕を木諸共蹴り飛ばす。

 寸前。

 僕はその木の棒を握り締め、横に一閃。枝先がヴァルの頬をかすめ、切り傷から血が生まれ出る。

 ヴァルは滴る血を下で受け止めると、子供のように楽しそうな笑みを顔に浮かべる。いや、子供にしては悪い顔だ。おもちゃを見つけた狂人のような笑み。

「ピンチに遭遇しても、九割九分九里で人は死ぬ。だが、残りの一里を引いた時、人はピンチを糧にして急成長するんだ」

 ハハッと短く、音にして笑うと、これまでよりもさらに目を鋭くして僕を見下ろす。

「いいぜぇ、ようやく見つけたかよぉ、お前の技ってやつを。面白れぇじゃねぇか」

 僕もヴァルと似た乾いた笑いを言葉にし、ゆっくりと立ち上がる。ふらつく足を気力で抑え、血で滑る剣(木の棒)をしっかりと握り締める。そうすれば、体が勝手に答えてくれるような気がした。

 自然と剣を構える姿はヴァルには様になって映っていたことだろう。

 さぁ、第2ラウンドの開始だ。

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