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モノクロな世界で光る赤い月  作者: 如月弥生
【1章】獣の世界
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2話「レベリングのし過ぎに注意」

 帰り道を教えてくれるのかと期待した。

 匿われた家は、経営しているのか定かではない小さな宿屋だった。客、というか来客は僕で実に3か月ぶりだという。そんな閑古鳥を何十匹も買っている状態でどうやって生活をしているのだろうか。職を得たなんて、嘘っぱちでしかなかった。世はまさに大ニート時代。

 足元の見えない未来に怯えつつ、大きな麻袋を担いできたヴァルに着いてこいと言われるがまま宿屋を出ると、そこには日本ではないどこかの街の風景が広がっていた。眠らされて東アジアのどこぞの国にでも飛行機で飛ばされたのだろうか。上を見ても下を見てもほとんどが木造建築だ。小さな山に作られた都市らしく、その頂上には城が建てられているが、何故か城だけが西洋風でこの都市に馴染んでなかった。最上段を城、そこから3段下に宿屋があり、まだ下にも1段ある。計5段のウェディングケーキだ。都市は円状の外壁に囲われており、東西南北に門、門から城に向かって大通りが伸び、収束している。それぞれの大通りの間には、上から水路が設けられており、段の境界には豪快な滝が家々の上から顔をのぞかせていた。

 どこに連れていかれるのだろうか。匿うなんてのは嘘で、警察に突き出されるんじゃなかろうか。それとも彼は優しい人で、逃がしてくれようとしているのではないだろうか。ヴァルの一挙一動すらも見逃さない。観察する僕に気付いたのか、こちらを振り向いたヴァルと目が合う。近づき、腕を上げるものだから殴られるのかと身構えたが、そうではなかった。

「ちゃんとフードも深く被っとけ。それと、なるたけ目も合わせんな」

 大通りに差し掛かる直前だった。なるほど、人間だと気付かれたらまずいということだろう。乱暴に投げられた薄いコートには、ご丁寧に擬装用の香水もまかれている。正直鼻が曲がる思いだが、危険な目に合うよかマシだ。まあ、獣人の存在自体、にわかには信じ切れていないのだが。道中僕が人間であることに気付かれたか、怪訝に思ったか、白眼視する者も何人かいた。想像以上に身の回りには気を遣った方が良さそうだ。

 門をくぐると長く下り坂が続き、麓には森が都市を取り囲む。所々小さな村が点在しているのも確認できた。

 坂道を下り、森をずんずん突き進む。

「あの……どこまで行くんですか?」

「聞いてなかったのか?仕事しに行くに決まってんだろ」

 ぶっきらぼうで刺々しい物言い。獣人にとって人間は敵。なんとなく分かってきてはいたが、一々ビビッてしまうからもう少し柔らかい話し方をしてほしいものだ。

「何の仕事だよ」

「直分かる」

 ヴァルに聞こえないほどの小声で呟いたつもりだったが、どうやら聞こえていたらしい。耳ざとい、いや、これも動物の能力を身に着けた獣人の特性なのかもしれない。

 これ以上彼を刺激したくはないので、黙々と彼の背を追うこと数十分。森を深く深く進み続けると、なんだか見覚えのある場所に辿り着いた。

「ここって……」

 ここは先刻謎の動物に襲われた場所。

「あぁ、お前が寝てた場所だ」

 別に寝ていたわけじゃないんだが。でも、どうしてここに戻ってきたのだろうか。そういえば。

「助けてもらったお礼、まだ言ってなかった、ですよね」

「いらねぇよ、礼なんて食えやしねぇ」

 ヴァルは吐き捨てると、荒れて倒れた木に座り、一際険しい顔を見せる。

「それより、なんでこんなとこで寝てやがったんだ」

「寝てたわけじゃないんですけど。なんつーか、見たこともない変な生き物に襲われて……」

「そういうこっちゃねぇよ」

 まだ説明途中だったが、遮られる。

「どうやってここまで来たのかって聞いたんだ。分かるだろぉ。人間の国からここまではそう簡単に来れるような道のりじゃなかったはずだ。徒歩なんて尚更。見たところ持ち物もろくに持ってなかったしよぉ」

 そう言われてポケットを探ると、なるほど確かに何もない。何もない?あれ、スマホは?財布は?

「ポッケに入ってた変な板切れと紙屑なら代わりに捨ててやったぜ。感謝しなぁ」

「捨ててんじゃねぇよぉ!下手(したて)に出てりゃてめぇ、何してくれてんだ!あぁどこ捨てたんだ?ここか?ここに捨てたのか?」

 ここで処分したんならこの辺捜せば見つかるはず……。

「んなことより質問に答えろ」

「んなこととは何だ!連絡とる手段どころか、これじゃ一文無しじゃねぇか!」

 涙目で訴えるもヴァルはどこ吹く風。仕方がない、諦めきれない気持ちを必死に抑え込む。

「どうやっても何も、気付いたらここにいたんですよ。僕が教えてほしいくらいだってのに」

 言葉の端に棘が混ざった。苛つきを仕舞い込めなかった。

「気付いたら、だとぉ?お前、マジもんの『彷徨い人』なのかもしれねぇなぁ」

 『彷徨い人』とは何だろうか。

「異界から迷い込んできた、とかほざく人間が昔この国に訪れ、迫る人間の脅威と共に戦った、っておとぎ話が絵本になってんだ。それになぞって、今では亡命した人間のこともそう呼んでるんだけどな」

「異界……」

 その言葉が今の状況を説明するに相応しいものに思えた。日本でもない、現実でもない、これは僕の全く知らない世界なのではないか。スマホも知らない、日本札も紙切れだと言い捨てられた、獣人の存在、そうした説明できない要素に丸々理由を与えられる。でも異世界転生なんて今時ベタすぎないか?もう使い古されて、今は追放物が主流らしいし。やっぱただの夢なんじゃないだろうか。最近獣人がヒロインのアニメ見たばっかだし、それがベースになってんじゃね?

「どうすんだお前、これから」

「そりゃあ、帰れるんなら帰りたい。でも、獣人都市なんて聞いたこともねえし、ここは日本のどの辺なんですか?」

 ヴァルは首を傾げる。

「二ホン?なんだそりゃあ。そんな名前の人間の国はなかったはずだがなぁ」

「人間の国?」

 そこでなら、まだまともな情報を集められるだろうか。

「あぁ、いくつか大国がある。お前が『彷徨い人』なのか記憶喪失なのかは知らねぇが、行こうなんて考えねぇ方がいい。人間(あいつら)は国から一度逃げた奴には容赦しないって話だからなぁ」

 ここは僕の知っている生易しい世界ではないのか。ヴァルの話が本当なら、僕はとんだ異界に迷い込んでしまったようだ。

「あぁ、そうする。しばらく居候……いや、監視されることにします。……というか、こんな話をするためだけにわざわざここへ?」

 聞くとヴァルは立ち上がり、森の更に奥を指差して、ぶっきらぼうに言う。

「なわけねぇだろぉが。言っただろ、仕事だ」

 そうだった。でも、宿屋を営んでいるんじゃなかったのだろうか。

「宿屋の経営だけじゃ家計は火の車、どころか一文無しだ。旅に出る獣人なんて希少だからな。宿屋だって都市で一軒だけ。この国でも他の国でも引きこもりだらけだ。まさしく現代って感じだよなぁ」

 言いながら、担いできた袋を乱暴に僕の目の前に落とす。

「だから最近じゃあ、なんでも仕事がありゃ引き受けるようになった。今日は魔獣狩りだ」

 なんでも屋なんて、そんなベタな。

「ま、魔獣だと?魔獣なんていんのか、この世界には」

「あぁ?お前も遭遇してただろぅが。魔獣の前で寝るたぁいい度胸だと思ったんだがなぁ、知らずに寝てやがったのか。ただの間抜けだなぁ」

そうか、この世界に来たばかりの時襲ってきた動物が魔物だったのか。どうりで恐ろしいと感じたわけだ。別に死んだふりして寝てたわけじゃないけど。

 森の奥に進むヴァル。僕は置かれた袋を担ぎ着いていこうと歩き出す。袋は狩った魔獣を入れる用の袋なのだろう。かなり重厚な作りになっていて重い。

 魔獣の気配を探しているのだろうか。右に左に視線を動かし、耳を尖らし、肌で空気の変化を感じ取っている。

「魔獣は気配を隠す。気ぃ抜いてたら、居たと気付いたときにはもう胃の中だ。いいな、感覚を研ぎ澄ませ。野生の勘を信じるんだ」

 獣人のお前と一緒にすんなよ。それに、魔獣狩りならヴァル一人でやった方が効率もいいだろうに。僕は魔獣相手に何もできない。ヴァルの真似してきょろきょろしてみるも、気配も何も感じない。耳を澄ましてみるも、木々が擦りあう音しか聞こえない。索敵能力も攻撃力も防御力も初期ステータスなんだから、活用方法としては囮になるくらいだろう。

「今のお前じゃ囮にもならねぇ。せいぜいが魔獣の餌ってとこだろ」

「じゃあ何を手伝えって言うんです?」

 ヴァルは立ち止まり、こちらを振り向く。空気を凍らせるような冷たい目。拳に力を籠め、腕を振り上げる。ここでようやく僕は気付いた。

「お前も強くならなきゃいけねぇよ。この国で生きていくんなら、自衛の術を身につけなきゃぁな」

 瞬きの間に肉薄していたヴァルの顔、口から不敵な笑みがこぼれる。伸ばした腕は的確に心臓を貫いていた。

「気づくのが遅ぇ。俺が魔獣の説明してる頃にはとっくに俺らを狙ってたぜ、こいつ」

 血でどっぶり汚れた腕を引き抜くと、僕の背中数センチ後ろで牙を剥かせていた魔獣は、どさりと派手な音を立てて地面に落ちた。ヴァルは掴んでいた魔獣の心臓を握りつぶす。真っ赤な血と共に、何やら不思議な煙が霧散した。そして僕に冷徹に言い放つ。

「いいか、お前の仕事は魔獣を殺せるまでに強くなることだ。そしたら気に食わねぇ獣人の一人や二人、殺せるようになるだろ」

「それは、どういう……」

「それと、その堅苦しい口調もやめろ。見た感じ、タメだろ、俺ら」

 タメだとしても、ヴァルは少し口が悪いと思う。

 獣人を殺せるくらい、強く。それはつまり、ヴァルを超えるということ。

「俺を殺せるようになったら、そりゃぁもう最強ってことだ。それまでは俺が鍛えてやる。分かったか」

 獣人の中で最強を謳う青年。そんなぶっきらぼうな彼の力強い言葉。僕は少なからず、興奮していた。強くなれる、強くしてくれる。男子なら一度は思い描いたであろう妄想の世界が、今現実に。

 僕もまた力強く答える。

「あぁ、よろしく頼む」

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