プロローグ
真っ赤な木。真っ赤な水。真っ赤な土。真っ赤な空。真っ赤な空気。
真っ赤な手。真っ赤な足。真っ赤な体。真っ赤な顔。真っ赤な目。
真っ赤な世界においても尚赤く光り輝く月。赤一色の世界では月でさえ、眩しい。思わず瞼を下ろしそうになるが、「奴」がそれをさせてはくれない。
天を仰ぐように地面に倒れる僕を、傍らに立つ「奴」が見下ろしてくる。奇しくも目障りだった月を覆い隠すように。
「奴」に影がかかり、煩雑なモザイクがかけられ、顔はぼんやりとしか見えない。それでも、目が合うのがわかった。その瞬間、沸々と怒りが、憎しみが湧き上がる。堪えられない。耐えられない。怒りが。憎しみが。殺す。殺す。お前を殺す。言葉にしたつもりだったが、憔悴しきった体からはただ感情だけが零れるばかり。そんな情けない体たらくを見せつけるように、「奴」の手から、真っ赤に染められた母が零れ落ちた。
〇
この夢を見るのも、もう何度目だろうか。グロテスクな光景を見せられたせいで寝覚めが悪い。一体何の記憶だろうか。こんな出来事あった覚えはないし、昔プレイしたゲームの一場面とかだろうか。ベッドの頭に置かれた目覚まし時計を見れば、針はもう昼過ぎを報せていた。もう学校に行く必要がなくなったからといっても、なんだか罪悪感が湧いてくる。罪悪感というか背徳感。あんまり寝すぎると時間がもったいない、なんて考えも湧いてくるが、こんな事は高校卒業後大学入学前というモラトリアムにしか体験できないのだから貴重な経験ができたと考えよう。
一人暮らしの朝は遅い。無駄に早起きを急かしてくる親も、ベッドに飛び乗って起こしてくる妹もいないのだから当然だ。朝飯も食べるのめんどいし。昼前に起きれば、朝昼兼用の一食で済むのだから効率が良い。高校生から一人暮らしなのは地元では珍しいらしいが、仕方がないというか、我儘を通したというか。説明すると長くなりそうでめんどいから手短に。
親が死んだ。親戚に預けられた。その親戚が転勤。着いてくるかと言われたが、それを断り地元に居座る。
一人暮らしは苦労も多いが、知り合いが時たま食料やら生活用品やらを送ってくれるので、それで何とか乗り越えている具合。
地元に残ったのは、やっぱり我儘だ。
僕は両親を覚えていない。僕がまだ小学生だった頃、事故に遭い、死んだそうだ。僕もその事故に巻き込まれ、それ以前の記憶を失った。地元に残りたかったのも、そんな両親との距離をこれ以上離したくなかったから。こんなこと考えるのは不自然なことなのかもしれないけど。
モーニングルーティーン、というかヌーンルーティーンを着々と済ませていると、机に置かれていたスマホが音を鳴らした。どうやら友達がラインを送って来たらしい。どうせろくでもない内容だろう。しばらく未読のまま放置してもいいが、何か大事な連絡だといけない。顔を適当に洗い、歯を磨きながらスマホを開く。
誰からの着信だろうかと。まさかの女子。まさかでもないか。いつもウザ絡みしてくる女子だ。ゲーム友達でもある。何かとラインしてくる。正直めんどい。
『今日の打ち上げ来るよね?忘れてないよね?』
どうやら僕がドタキャンすると思っているらしい。いくら無理やり参加させられたからと言って、約束を破るほど落ちぶれちゃいない。それは彼女に落ちぶれたと思われてるってこと?
少々癪だが、それも日ごろの行いのせい。課題忘れてゲームするわ、授業中にゲームするわ、受験期間にゲームするわ。ゲームしかしてねぇな。適当にライン返して昼飯でも食べよう。そう思って冷蔵庫を開けると、またラインが来た。返信早すぎ。
『今暇でしょ。ちょっと来てほしいんだけど』
めんどくさ。まだ昼飯食ってないんだけど。どうせろくな用事でもないだろうし。でも打ち上げの後に呼ばれる方が面倒だな。そもそも打ち上げって、なんの打ち上げだよ。
『昼飯まだだから、七番ラーメンでいい?』
既読。
『は?いいよ』
は? ってなんだよ。
暇な午後に予定ができた。近所の人気ラーメンチェーン店、『七番ラーメン』に行くために、すぐさま準備を整える。この時にはもう、今朝見た悪夢のこともほとんど忘れてしまった。忘れたっていい。どうせ作り物で、まがい物だ。髪を整え、腕時計をはめて、そして形見の指輪をはめて。僕は家を飛び出した。
両親から貰ったものは、この指輪と、名前だけ。
これは、『時雨 海斗』の復讐の物語だ。
初めまして、如月弥生です。拙い文章で、読みづらいかと思います。それでももし、興味を持っていただけたなら、これからも読んで頂けると幸いです。評価、感想のほど、よろしくお願いいたします!