氷上に咲いた一輪の花
しばしの読書時間を楽しんでいただければと思います・・・
ずきずきという痛みを感じ私は目を覚ました。
この痛みは外から吹き込んでくる風による寒さ等によって生じているものではない。
というのも、外へ出る際に使用する洞窟唯一の出入り口には氷のレンガないしブロック状のものをいくつも積み重ねて寒さ対策を徹底しているのだから。
となると・・・私は、この痛みの原因となる正体について判った気がした。
――私は、仰向けに寝そべった姿勢のまま、左腕を肘からゆっくりとあげていき、そのまま左耳たぶの方へと持っていく。
そうして、左耳を痛くしていたと思われるそれに指先が触れた。
(・・・やっぱり、あなただったのね・・・)
左耳たぶをがっちりと掴んでいる生物をゆっくりとはがしていく。
「決して暴れたりしないでよね・・・って貴方に言ったところで判らないわよね・・・」
――約三〇秒後。私は先ほどまで左耳たぶに引っ付いていた生物を無事にはがし終え、それをそっと地面の上に置いた。
「貴方、一体どこから入ってきたの、キャメロン?まぁ、私のところまで来るには一カ所しかないのだけど・・・」
私は、ついさっきまで左耳たぶにくっついていた、いや、爪で挟まれていた正体が完全に判った。
その正体とは、この惑星に棲息しているアイスガニの子どもの個体、キャメロンだったのだ。
何故、アイスガニのキャメロンというのか・・・って、それは、いつの日かに私はとあることを考えついたのち、見慣れないカニのような生物の甲羅を舐めてみたのだ。そしたら、どうだろうか。
舐めた瞬間、口の中に爽やかな香りとバニラエッセンスのような甘みが広がったのだ。
その結果、私は未知のカニの子どものような生物に『アイスガニ』と命名し、舐めてからしばらく経過すると今度は、ある果物のような風味が遅れて口の中に溢れかえったことから『キャメロン』と呼ぶことにしたのだ。
そして、上記の二つをまとめて『アイスガニのキャメロン』と私は呼ぶことにしている。
・・・・・・まぁ、まだアイスガニの他個体については舐めてみたことがないため色々と謎はあるわけなのだが。それはそれ、これはこれなのだろう。
ともかく、キャメロンを左耳たぶから引きはがしたことですっかりと痛みはなくなっていた。
「・・・キャメロン、私、以前にもこんなことやってはいけないって言わなかったっけ?貴方が私の言葉を理解してくれてるのかは知らないけど、今度また同じようなことをして私の眠りを妨げたら判ってるわね?まぁ、今回は見逃してあげるから早く巣に帰りなさい。ほら・・・」
私がキャメロンに巣に戻るように伝えると、キャメロンは言葉を理解してくれたのか、くるりと体の向きを変え洞窟の出入り口の方へとちょこまかと歩いていく。
その後、器用に氷のブロック状の高さが約一メートルと五〇センチ以上はあろうかという障害物を乗り越えて視界から消えていった。
「はぁー・・・キャメロンも悪い生物ではないのでしょうけど、どうして私、あの子に懐かれてしまったのかしら?これも、あの日のことがきっかけなの・・・?」
ぶつくさとそんなことを呟きながら私は、アイスガニのキャメロンと初めての出会うまでのことを思い出していた。
現在から約三カ月前のこと。私は、父と母と少し変態な兄の家族四人で自然豊かな惑星『コッカスポッカス』に住んでいた。
――そしてある日、私のこれまで何気なかった日常、少し退屈に感じてしまうくらいの平和な家族との日々が一変することとなる。
それは、まだ午前四時頃のこと。私がトイレに行くためにぼやけた視界で布団から抜け出したときだった。
・・・ピンポンパンポーン・・・というコッカスポッカス放送局から全国民に向けての重要なお知らせがある際に鳴る合図の音が流れてきたのだ。
しかし、約一分が経過しても何かが始まるわけでもなかったため、ひとまず私はトイレへと駆けこみ膀胱内にたまっていた老廃物を含む液体全てをきれいさっぱり排出したのだ。
その後、私は先ほどの放送の合図が何らかの間違いであったのだと考え、まだ温もりの残る布団へと再び入り込んだ。
(・・・あ~すっきりした。なにはともあれもうひと眠りと行きますか・・・)
安心してもう一度眠れる、二度寝ができる・・・とそのときの私は感じており、徐々に瞼を閉じていく。
その刹那、ウー・・・ウー・・・けたたましいサイレンの音が私の鼓膜に伝わってきた。
「うっ、うるさい。なんなの?これは・・・?」
あまりにも突然の出来事だったため、私はサイレンに負けじと大声を出してしまっていた。
そんな、私の声や突如として鳴り出したサイレンの音に眠っている家族三人が気づかないなんてことはなく・・・
「うるさいわよ、コハク。今、何時だと思ってるの!?静かにしてちょうだい・・・」
「おいっ・・・!せめてもう少し声量とやらを抑えてくれないか。俺は昨日の仕事の疲れがまだ抜けきってないんだぞ!」
母と父に怒られてしまった。
私だけのせいではないのだが、まぁ、怒られてしまうような大声を出したのは事実だし何も言い返せなかった。
私のことを怒ってきた母と父に対し、私の兄はというと・・・
「・・・・・・」
終始無言のまま私の方を見つめてくるのみ。それに心なしかわずかに丘になっている私の首よりも少し下のところに視線が向けられているような気がした。
そのため、私は両手でその箇所を覆い隠すようにして兄のことを鋭い視線で睨み返す。
それなのに、兄はまだ私の発育途中の部位ばかりに熱い視線を送ってくる。
実に気持ちが悪い・・・その一言でしかなかった。
・・・それはさておき、外ではサイレンの音が鳴り響いているというのに私の母と父は私とサイレンに邪魔された睡眠に戻ろうと意識を集中させている。
(はぁ~・・・どうしたらこんな状況のなかで寝ようと思えるのかしら?どういう神経なの?なんだか、これからこの世の最期を迎えるような気分にすらなってくるのだけど・・・)
次の瞬間、わたしの悪い予感は的中することとなる。
『んんっ・・・あーあ・・・。えーっと、こちらはコッカスポッカス放送局です。国民の皆さん、今すぐに自宅の地下にあるシェルターへと避難を開始してください。もし、万が一にシェルターが近くにない場合は、すぐにでも耐久性のある建物の屋内へと避難してください。こちら、コッカスポッカス放送局では国民全員の命の保証をすることはできかねます。そのため、とにかく今は避難あるのみです。
宇宙から数百に及ぶ隕石が地上に向かって落下してくるのも時間の問題です。では、こちらからは以上で・・・ザー・・・ザザーーー・・・』
とのことだった。コッカスポッカス放送局からの大切な連絡が終わると、砂嵐のような雑音・・・いや、現象?が発生した。
(えっ・・・?今、なんだって?私の聞き間違いでなければ宇宙から隕石群が降ってきてるって言ってたよね?!とにかく、お母さんとお父さん達とどこかに避難しないと・・・)
私は、これまでの十六年間の人生の中で感じたことのない焦燥感に駆りたてられていた。
「お父さんにお母さん、今すぐに起きて!大変なのよ、今すぐどこかに逃げないと・・・」
「ん?そうだな・・・って今の放送は俺の聞き間違いじゃないのか?」
うっすらと目を開けて私の言葉に反応してくれた父に対して私は、こくりと頷いてみせた。
「・・・夢でのないんだよな?」
「うん。今、ほっぺたつねってみたけど痛かったから夢でもないよ・・・」
「そうか・・・それなら大変だな。『母さん、起きなさい・・・』。母さんは俺が起こして連れていくからコハクは庭で待ってなさい。そして、何かあれば報告しなさい。すぐに私達も向かうから・・・」
私は、何故シェルターではなく庭なのか疑問に感じた。が、今は素直に従うことにした。
・・・約一分後。私は、玄関で靴を履き終えるとすぐに庭へと到着した。
私は、あれほどまでに額やら鼻筋やらに脂汗を浮かべている父を初めて見たかもしれない。
それと、兄のデバイが一体どこに行ったのか不明だったが、庭にいないということだけは確かだった。
(兄は何をしているのだろうか?お父さんののことを手伝っているのかな・・・?)
なんてことを考えながら一人、庭で父と母と兄のことを待っていた。
その間は、ドクンドクン・・・とかなりの速さで私の心臓が拍動しているのを感じられた。
・・・約二分が経過。兄のデバイが口を開けて息をきらしながらこちらめがけて走ってくるのが判った。
その三〇秒後、父が母のことを胸の前でお姫様抱っこした姿で華麗に登場・・・とはいかず、いかにも足だか腰を痛めたという表情をして歩いてくるのが判った。
「・・・あーぁ、いてて・・・。とりあえず全員いるな?」
父が辛そうな表情を浮かべながら私と兄の方をちらっと見た。
そんな父に対し、私と兄は力強く頷いてみせた。
「・・・で、あの、一つ確認しておきたいんだけど、うちにシェルターなんてあったっけ?それと、頭上に小さく見えている黒い影の集団なんだけど、あれが全部隕石なのよね?」
私はふとそんなことを尋ねてみた。
「そうだね。まず、僕らの頭上にありますは、おそらく石質隕石の一種だろうね。それと、肝心なことなのだけど僕らの家にはシェルターなんてもんはない。あるとするならあそこに見える倉庫くらいだろうね。
父さんが賭け事に大金つぎ込んでボロクソに負けたという過去があるせいで、シェルターを購入できたいないんだよな・・・」
「えっ・・・それは本当なの、お父さん?」
私は、先ほどまで母のことを抱えていた父に質問してみた。
・・・にしても、普段は無口な変態の兄が急に早口で話し出したから驚いてしまった。
「コハク・・・デバイが言ったことは本当のことだ。それどころか、また最近、大金を投資につぎ込んだおかげでかなりの額を借金しているのさ。へへ・・・」
「えっ・・・?あなた、なんでそんな大事なことを教えてくれなかったの?」
「そりゃー・・・言ったら母さん、怒るだろ?」
「まぁ、当然ね・・・」
「だから言わなかったんだよ・・・」
そんな感じで父と母が言い合いをしていた。こんなにも一刻を争う事態だというのに・・・。
私は、我が家にシェルターがないという衝撃の事実を今、この危機的状況下で初めて知ったのだ。これまでの日々を騙されていたような気分である。それに、借金という言葉に対して悪い印象しかなかった。
「・・・じゃあ聞くけど、私達は一体どこに避難すればいいの?避難できなかったら私達、死んじゃうかもしれないんだよ?」
「・・・ふふふ、ははは・・・・・・」
私が真剣な話しをしているというのに隣で腕組みをしている兄が突如、笑い出したのだ。不気味である。そして・・・
「そのことなら安心してくれていいぞ、我が妹のコ・ハ・クちゅあん・・・この兄に任せてくれよ」
(・・・いや、なにいきなり『我が妹』とか言われなきゃならないの?それにねっとりとした言い回しが気持ち悪い・・・)
胸を張って言われても信じていいのか判らなかったし、何より鳥肌が立つくらい気色が悪かった。
そんなことを私は思ってしまったが、とりあえず兄のことを信じるだけ信じてみることにした。
・・・その後、兄のデバイは寝間着と肌着の間から一つの鍵を取り出すと倉庫の前へと走って行き、私達に鍵を見せびらかしてくる。いかにもそれは、『これはなんなの?』とか尋ねてほしいのだろう。
そんな表情を兄はしていた。
そのため、私は兄の理想としているであろう妹を演じてあげることにしてみた。とんだ偏見でしかないのだが・・・
「ねぇ、お兄様?その手に持っている鍵はなんなのですか?こはくに教えてくださいな?」
今の台詞は即興で思いついたものだがやってみるともの凄く恥ずかしかった。
「えー・・・っとね、これはね、ハアハア・・・」
(いいから早く言ってくれ!!)
私は言うのを勿体ぶっている兄に対して結構イライラしているようであった。そして、兄は私の殺気か何かを感じとったようで説明し始めた。
「これなんだけど、倉庫の鍵です、はい・・・。とりあえず開けるので待っててください、はい・・・」
兄は私に睨まれたのが嬉しかったのか嬉しくなかったのかよく判らない表情で倉庫の鍵穴に鍵をさした。その後、倉庫の扉を開くと内側のスイッチをポチポチと押していった。
すると、倉庫内に照明が点き、そこに目を疑うようなものがあったのだ。
「兄さん、これは何?」
「ん?なにって、見たまんまの物じゃないか。分からないか?まぁ、いいや。これはな・・・惑星脱出用ポッドだ。またの名を『兄の箱舟』ってね・・・」
「兄さん、その二つ名みたいなのは余計。きもいです」
私は、ついついありのままの気持ちを言葉にして伝えてしまった。
「そうか、そっか・・・気持ち悪いか。悪かったね、コハクちゃん。とりあえずというかなんというか我が家にはシェルターはないが、この脱出用ポッドはあるんだよ。そして、このポッドは兄である僕がそこらへんに落ちてる廃棄物から作製したんだよ」
「「えっ・・・!?噓でしょ?こんなときに嘘はやめて・・・」」
見事に私と母の言葉がシンクロした瞬間だった。
「だって、いつも私のむ・・・なんでもなくはないけど、変な視線で見てくるあの兄さんだよ!?なのに、本当に作ったの?」
「デバイ・・・いくら引きこもり気味で職業につけてないのはまだしも嘘だけは吐いちゃダメって教えてきたでしょ?」
「・・・嘘なんて言ってないですよ、母さんにコハクちゃん」
「そうなんだよな、デバイ・・・って、本当なのか?俺も耳を疑ったぞ?昔からあれだけひとさまに嘘だけは吐くなって言っただろ?」
ついには、父もデバイに対して言い出した。
私と母は兄の言うことを信じていないのだが、父は半信半疑のようであった。
「はぁー・・・本当のことなんですけどね。それより急がないともうそろそろ隕石が大気圏に突入しそうですよ・・・」
そればかりは兄の言う通りであった。
「お母さん、お父さん、もういっそのこと家族四人でこの惑星から脱出しましょうよ、ね?」
しかし、私の思いが母と父に通じることはなく・・・
「すまんな、コハク。俺には仕事も家のローンもあるんだよ。お前と一緒に行きたいのはやまやまなんだが、ごめんな・・・」
「あのね、コハク・・・私もお父さん達と一緒にいたいし、それにこんな小さなポッドに家族四人が乗れるわけないでしょ・・・」
父と母からそのように言われてしまった。
「あの・・・それに付け加えるようであれなんだけど、この僕がいざというとき用に作った脱出用ポッド、時間と材料と費用の関係で二人までしか乗れない設計なんだ。それに、今は非常食とか詰め込んだままってのもあって実質一人までしか乗れないんですよ。すまないね、我が妹よ」
とのことだった。まぁ、最後の言葉は不要でしかないのだが。
そのため、脱出用ポッドを使うなら私しか乗れないということになるらしいのだ。それに、私一人だけが助かってしまうというのも後味が悪すぎる。
だから、助かることを前提にするのなら家族四人で、全員で助かりたいと感じていた。
「・・・そんな、だったら私は乗れません。だって、私だけが生き延びるなんて嫌だもの・・・」
そうやって必死に言葉を紡いでいく度にポツリポツリ・・・と涙が頬をつたっていった。
「・・・大丈夫!ここには、コハクの兄の僕がいるんだぞ。だからせめてコハクちゃんだけでも安全な場所で生きていてくれ」
「そうだぞ、コハク。お前だけでも脱出しなさい。今後は無責任な父も反省して生きていくから・・・」
「そうよ、コハク。母さんもコハクのこと信じてるからね。またいつか会いましょ・・・」
兄と父と母の三人は、そう言うと私の目の前からまるで砂のお城が崩れていくかのように、すぅー・・・っと消えていった。
それに伴い、私の目からはとめどない涙が流れてきたのだった・・・。
・・・・・・そこで、私は意識を取り戻した。
「ここは・・・脱出用ポッドの中なの?じゃあ、お母さんにお父さん、あの変態ながら頼もしいのか判らない兄は、どこかしら?」
ゆっくりと身体を地べたから起き上がらせて脱出用ポッドに備えつけられている一つの窓から外の様子を窺った。
もう、そこには、父や母の姿はなく、どこまでも広がっているように思える宇宙空間しかない。
ただ、惑星コッカスポッカスが遠くに小さく見えるだけであった。
また、宇宙空間に脱出用ポッドで出てみて初めて判ったことなのだが、あのとき地上から目視で確認できていたよりもはるかに多くの隕石らしき物体がコッカスポッカスに向かって・・・いや、引きつけられているという表現の方が正しいのかもしれないが降下していっていた。
「・・・そんな、嘘だと言って、誰か・・・ねぇ、神様・・・いるんでしょ?私の目に映らないだけで。だったら、助けてよ、手を差し伸べてよ、私の家族のことを・・・いや違う、コッカスポッカスに住まう人々のことを・・・・・・」
そんなことがあってからしばらくの記憶がごっそりと抜け落ちていた。判然とした記憶があるのは、脱出用ポッドの窓から見える景色が氷塊や雪などで覆われた状態であり、吹雪に見舞われている未知の惑星に到着したという頃からのことである。
このときの私には、家族は生きている、コッカスポッカスも無事である、いつか皆と再会できる日がくる・・・そんなことを天に祈るくらいのことしかできなかった。
――それからの生活はというと、この未知の氷に覆われた惑星にたどりつくまでの間、乗ってきた脱出用ポッドに積んである食料を摂取し、時折、防寒対策のための厚手のコート等を身に纏いポッドから降りて氷の惑星を探索したりしていた。
それと、生きていく上で欠かせない酸素についてだが、未知の惑星にも多すぎず少なすぎない十分な量が存在していた。そのことについては有り難いとしか言いようがなかった。
また、惑星を探索する回数を重ねていくにつれ脱出用ポッド内の食料が底をつきかけてきていた時期もあった。
だが、そのような悪いことだけではなく好いこともあった。それは、脱出用ポッドよりも広くて天井のついている洞窟を発見できたということ。
そして、その洞窟こそ現在も住み続けている拠点となる場所であった。
未知なる氷の惑星に到着してから約一カ月が経過していた頃のこと。
食料については何としてでも自力で調達するしかなかったため、探索初日に奇跡的に発見することのできた分厚い氷に覆われた湖のような水のたまった場所にて魚釣りをして必死に食料を手に入れるようにしていた。
これも、幸いなことに頑丈な釣り竿が脱出用ポッドに積み込まれていたおかげであるとしか言いようがない。
そして、とある日の釣りからの帰り道のことである。前方の氷塊の真下、そこには甲羅が青白く透き通ったこれまでの人生で出くわしたことのないカニの子どもらしき個体がいたのだ。
そんなカニのような生物を見かけてしまった私は助けずにはいられなかった。
「おー・・・い、生きてますか~?それとも・・・おっ、動きはあるみたいね・・・」
青くビードロのように透き通った見た目をしたカニの子どもと思われる個体が生きているという事実を確認した私は釣り竿のグリップ側を氷塊に近づけていき、テコの原理を上手く利用するかのようにしてなんとかカニの子どものような個体を救出することに成功したのだ。
・・・そんなことがあった翌日のことであった。
「いたいってばー・・・さっきからなんなの?やめてってばー・・・・・・」
あまりにも強烈な痛みだったため私は夢の途中で目を覚ましたのだ。
すると、私の目の前には昨日の釣りからの帰り道に救出したカニの子どものような生物と同一個体と思われるものがやって来ていたのだ。
――それからというもの、三日に一回くらいの頻度で私のもとへと訪れては何かしら悪戯のようなことをするようになっていた。
そうして、いつからか私は『アイスガニのキャメロン』と呼ぶようになっていたのだ。
・・・ここまでが私とキャメロンの初めての出会いと、そうなった経緯についてである。
ときは現在。時刻については不明だが、何だか小腹が空いてくる。
この頃には、私が氷の惑星に到着云々のことについて思い出すのをやめていた。
(さて、これからどうしたものか?朝食っぽいのもまだだし、昼食についても考えていない。ともかく、釣りにでも行ってみるか。まだ少しは食料が残ってるけど。まぁ、ともかくそうと決まれば即実行するしかないな・・・)
なんてことを思った私は、ほどなくして洞窟の外へと何時でも出て行けるように支度をしていく。
・・・そんなときだった。現在地から遠くも近すぎもしない場所から、
『ズドーーー・・・ン』
という隕石でも衝突したのではないかというくらいの地響きが私の身体へと伝わってきたのだ。
「何かしら?今の音が隕石第一号で、これからもっと降ってくるとかないわよね?冗談じゃすまないから・・・」
今の地響きが隕石によるものではないことだけを祈りつつ私は支度を終えると洞窟を後にした。
・・・私は、先ほどの音の正体がどうしても気になってしまい地響きの発生源であると思われる場所に向かって歩いていた。そして、もうすぐで歩き出してから約五分が経過する。
・・・今、私がいる場所からだいたい二〇〇メートルほど歩いて行った所だろうか。その場所には何らかの物体が落下してきたことによりできたと考えられるクレーターらしき穴ぼこがあるのが確認できた。
「あっ・・・あれは何?」
気づいたときには思わず声に出してしまっていた。
というのも、この惑星に脱出用ポッドで着いてから初めて今回のような経験をしたためである。
・・・そうして、私はゆっくりと何らかの物体によってできたとしか考えられないクレーターの方へと歩み寄っていく。
その後、何とかクレーター中央のくぼみが見える位置まで私は、やって来たのち視線を徐々にクレーターの最深部へと向けていく――
(・・・きっとあれがこのクレーターをつくった原因となるものね。それと、何?このなんとも言えない既視感は・・・。私は、あれを知っている気しかしないわ・・・)
そこで、私は思い出したのである。クレーターの最深部にある物体が私の乗ってきた脱出用ポッドに瓜二つであるということを。
ただ、私の乗ってきた脱出用ポッドとは異なるところもあった。それは、形状である。私の乗ってきたポッドよりも小さく丸みを帯びていたのだ。
また、しばらく時間が経過すると、プシュー・・・という空気が漏れ出してくる音と共に丸みを帯びたポッドのような物体の搭乗口らしき場所が真下に向かって開き出した。
「おぉー・・・何か判んないけど凄いわ。これは見ものね・・・」
私は、眼下にて起きている不思議な光景に関心していた。
その後、完全にポッドらしき人工物のドアが開き終えると、中からショートボブの髪型で紅玉のように赤く燃え滾った色の瞳をした少女が独り降りてきた。
そんな少女に対し、私は目が釘付けになっていた・・・
「あのー・・・ここは、花園ですか?辺り一面が銀世界なのですが?」
ポッドらしき人工物から降りてくるなり少女は、小首を傾げてそのように私に尋ねてきたのだが、この惑星は花園などではない、むしろほど遠い・・・と直感が伝えてきているような気がした。
それに、このよく判らない状況について相談したいことがあるのは私の方である・・・
「あの、貴方の言う『花園』ってのがなんのことなのかさっぱりでして、ここには私もつい三カ月くらい前に辿り着いたというか漂着したというか、なんと言うかまだ知らないことばっかりなのよ・・・」
ひとまず、こちら側の聞きたいことなどについて伝えてみた。
「そうでしたか、金色の髪の少女。とりあえずと言ってはなんですが、まずは貴方の住まいに案内してほしいです!私、長旅で疲労困憊です。それと、私、ナユタ。ナユタ=プロテア=レザーム言うです、宜しくです・・・」
なんだか知らないが先に自己紹介をされてしまった。というわけで私も自己紹介である・・・
「・・・うん、宜しくね。ナユタ=プロテア=レジャジャさん・・・」
かなりの長さの名前だったためか私は思いっきし舌を噛んでしまった。痛い・・・。
「はい、宜しくです。黄金の少女。いやはや、こうまじまじ見ると可愛らしいおにゃのこですね・・・」
そう言うと、きらりと八重歯を光に反射させて私に見せてきた。
「えー・・・っと、貴方のことは、どう呼べばいいのかな?あ、それと私の名前はコハク。そのままだけどコハクって呼んでね」
やっぱり、自分の名前を相手に名乗る瞬間は少し恥ずかしいものである。
「ではでは、改めて宜しくです・・・コハク。素敵なお名前です・・・!」
「こちらこそ宜しくって感じなんだけど、さっきから私達何回くらい『よろしく』って言ったんだろうね?」
「えとえと・・・全部で五回くらいじゃないですか、多分。それとさっきのことなんですけど、私のことは、ナユタ=プロテアでいいですよ。レザームは、単なる出身地の地名みたいなものなんで・・・」
(そうなのかな~・・・?)
なんてことを思ったが、本人が言うならそういうことにしておくことにした。
「そ、そうなんだね。よく判らないけど、これからナユタ=プロテアさんって呼ぶね」
「コハク・・・。『~さん付け』は結構ですよ?やっぱり、ナユタ=プロテアじゃなくてナユタと呼んでください。変更よろしくです・・・」
「じゃあ、そうさせてもらうんだけど・・・」
「けど、なんですか?」
「いや、ただね、ナユタ=プロテアって名前の『プロテア』の部分が、お花の名前みたいだなーって」
「そうなんですよ、コハク。私の母がだいのお花好きで、名前に植物の名前をいれてくれたです。だから、私の故郷ともいえる場所の家の周りにはたくさんのお花が植わってたですよ。でも、どこ吹く風の噂によると私の故郷は半分ほどの地域が、最近無くなったばかりなんだそうで。それで、その噂の真実を確かめるために母の待つ家に戻ろうとしているのですが、乗ってた機械がエンジントラブルとかで、この分厚いシャーベット状になった雪の地面におっこちたです・・・」
私は、ナユタからこの惑星に流れ着くことになった理由について聞かされたのだった。
「そうだったのね。でもそれならナユタの乗ってきたポッドみたいなのを修理すればいいんじゃないの?」
「それは・・・・・・」
私のふとした質問に対して答えづらいのかと思ったが、少しばかり無言になった後・・・
「その、あれ・・・なんですよ。私の準備不足としか言えないのですが、いざというときのための予備の部品を持ってきてないです。全くもってゼロのまま旅行に出てたです。だから、もう帰れないかもなのです。母には申し訳ないですが・・・」
私はナユタの禁句について聞いてしまったのかもしれない。かくいう私も、もう二度とコッカスポッカスには戻れないのかもしれないが・・・。
「そう、だったのね。あのね、私のことであれなんだけど、私もかくかくしかじかで・・・現在の生活に至るのよ。だけどね、強く生きていかなきゃなー・・・って思うのよ。だからってのはあれなんだけど、ナユタも私と一緒に助け合って生きてかない?出会って間もない私に言われてもっていう感じなんだろうけど・・・」
「そうですね、コハク。前向きに生きていかないといけないですよね。それなら、お互いに頑張りましょ、夫婦として・・・」
「え?夫婦って言ったかしら?もしそうだとしたらそれは、ちょっとどころかだいぶ別な話しな気がするのだけど・・・」
「そうですか、そうですよね。コハクは私と夫婦じゃ嫌ですよね。ごめんなさいです・・・」
ナユタは明らかに私の言葉で傷ついてしまったように見えた。
「えー・・・っと別に嫌とかじゃないからねって、ポッドに戻ろうとしないの!さっきのは私の言い方が悪かったわよ、ごめん。私とナユタは夫婦でいいからそういうわけでとりあえず私の住んでる洞窟に案内するからね、ちゃんと付いてくるのよ?」
困ったなー・・・とは思いながらも私は、ナユタにそんな言葉をかけたのだった。
「本当ですか?私達、夫婦でいいのですか?私が夫でコハクが奥さんですね。話しがずれてしまいましたがコハク、案内よろしくするですよ」
ナユタは、先ほどまでよりも確実に元気になっていた。
(私たちが夫婦とは、いきなりのことでよく判らないが、せめて順序というものを踏んでからにしてほしかった・・・)
そんなことを考えていると、ナユタが私の顔を見てにっこりと微笑んできた。こうしてみると、意外にナユタって可愛らしい顔をしているじゃないか。ともかく、
「あっ・・・そうだったね。じゃあ足下に気をつけて私のところまであがっておいで。待ってるから・・・」
「は~いです。ちゃんと待っててくださいよ、コハク・・・」
そんな彼女に意識を集中させて私は、じっと待っていた。
・・・・・・―――
「ふぅー・・・お待たせしたです、コハク。ではでは早速ですが案内してくださいです」
「うん、それは判ってるんだけどナユタ、荷物とか持っていかなくて平気なのかな?」
ナユタが両手には何も持っていなかったため、私はつい聞いてしまった。
「え~・・っと大丈夫ですよ。もし仮に盗まれたとしてもなんとかなりますので・・・」
彼女のその自信がどこから湧いてきているのか私には判らなかった。
「そっか・・・」
だが、とりあえず返事だけはしておいたのである。
「コハク、理解してくれたのならそれでオッケーです。では、今度こそ気を取り直して案内よろしくですよ・・・」
「じゃあ、こっち・・・」
私はナユタの手をとって洞窟まで案内することにした。
そんなこんなで現在、私はナユタという少女と共に生活をしている。
そして今日も、ナユタには振り回されるに違いない・・・なんて思っているが前よりも不思議と嫌な感じがなくなっているのだ。
ともかく、私達はこれからどんなときもすこやかなるときも助け合って共に生活していくしかないのだろう。それと、こうしている間にも、やんちゃで悪戯っ子なナユタが何かをしでかすんじゃないかという気がしてきた。
(では、私達は二人でこれから先、悩んだりしつつも協力し合って生きていきたいと思います・・・)
私は、コッカスポッカスできっと生きているであろう家族に向かって静かな祈りを捧げた。
そのときであった・・・
「こらー・・・それは私のだから持ってっちゃだめよー・・・。パンツ返してちょうだい!?」
「・・・二ヒヒッ。取り返せるものなら取り返してみるですよ、コハク・・・・・・」
私たち二人の生活は、とにかく飽きがこなさそうです・・・・・・。
最後までお読みいただき有り難うございました。もうちょい刺激が強い作品を求めていらした方がいましたらすみません。そのうち全20話くらいの少し濃い百合作品をあげていくので、そちらの方も楽しみにしていただければと思います。
そして最後に、Have a good day!