その2 授業風景(Part. D)
「はい、休まず転移する。」「―っ!!」
木陰に隠れる小さな背が、びくりと驚いて転移する。
その転移先の背後へと再び転移して急かせば、また慌てて転移する。
「はい今日はここまで。…中々スタミナがついてきましたね。」
しばらくハーミアを転移術で追い回し、ふらふらしてきた頃に作業を止めた。
これで本日の授業は終了である。
「いつも言っていますが、ワープは移動の魔術です。このため戦いの場においては“逃げる”“距離を取る”“攻撃を避ける”。この順で優先してくださいね。まずは、逃げるが勝ち、ですよ。」
最近の彼女は、略唱レベルだった転送術が無詠唱に近づいてきた。
転送術関連以外の成績は目立たないものの、この上達の早さには目を見張る。
幼い頃より、同じ転送術士である母を見てきたからだろうか。
「っ…ありがとうございました。それでは…放課後、支部でっ!」
荒い息で膝に手をつきながら、お礼を述べる彼女。
でもその声と表情は、不機嫌さを帯びていた。
その理由は、待ち合わせ。
この日私は、ハーミアに呼ばれて転送術士協会に行くこととなっていた。
目を合わせようとすると、ふっと視線を逸らされる。
「ふへへ、憧れの勇者様にディアスに会うダシにされて、怒っとる( *´艸`)」
「―!」
そんな精一杯の反抗に、思い切り空気の読めない追い打ちをするライト。
ああ、これは実にまずいですね…;
「ええと…それでは、またあとで…;」
今晩の食事が減らされるという無惨な通告を背中で聞きながら、
その場を逃げるように去った。
その2 終
【ひとこと事項】
・ディアス
スコラ・リンデに赴任した教師。専門は死霊術。行方不明の教師ポケットの代わりに転送術科も受け持っている。
・転移術と転送術
転送術士協会では、自身でワープする魔術を転移術、他者を移動させる魔術を転送術と呼び分けることがある。
・略唱
詠唱を部分的に省略して行使できるようになった習熟の段階を指す。
・無詠唱
詠唱を完全に省略して行使できるようになった習熟の段階を指す。
・ライト
兎のような長い耳と犬のような風貌をもつイヌウサギという種の、ディアスの使い魔。現在はハーミアの護衛を命じられ、生活を共にしている。
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・Part. D
ディアスを一人称とするパート




