二人でもパーティー
翌朝、俺が宿の食堂で朝食をとっているとシアンがやってきた。今日も修道服をきっちりと着こんでいる。
俺は慌てて残っていたパンを口の中に押し込む。
「あ、すいません朝食中に」
それを見た彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。そんな申し訳なさそうにされると逆にこっちが申し訳なくなる。
「いや、全然いいんだ、おはよう」
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
改めてシアンはお礼をする。几帳面な人物らしい。
「それより病気の人は助かったのか?」
「はい、あの後薬草を煎じて飲んでもらったら大分良くなりました」
シアンは嬉しそうに言う。それは良かった。
「それで昨日のお礼の件なのですが……」
それを言うためにわざわざ来てくれたのか。何て律儀な人なのだろう。エルナという前例があるせいで、他人に気を遣えるし暴言を吐かないし暴力も振るわないし心優しいという彼女はまさに理想的な人物に思えた。もし誰かとパーティーを組むなら能力的に強いとか弱いとかよりも性格を優先したい。
そうか、パーティーか。そこで俺はそのことに思い至る。
この空気だし、ダメ元で頼んでみるか。
「それなら一つ頼みがあるんだ」
「え、何でしょう?」
こちらから頼むのは予想外だったのか、シアンは少し驚く。
「昨日も言った通り俺はこの街に来たばかりの冒険者なのだが、良ければ一緒にパーティーを組んでもらえないか?」
「ぱ、ぱーてぃー!?」
予想外だったのだろう、俺の言葉にシアンは驚く。彼女にしてはらしくない反応だ。
「せっかくなら多少とはいえ知り合いの方がいいかなと思って……。でも教会所属の聖女だと、冒険者するのは難しいか?」
「いえ……それは多分大丈夫なのですが……」
そう言って彼女は少し考える素振りを見せる。今まで冒険者になることなど考えていなかった、というように。
とはいえそれもそうか。別に魔法が使えるからって誰もが冒険者を目指す訳ではない。教会で怪我や病気に悩む人を助けるのも立派な仕事である。
そして彼女は少し悩んだ末、答えた。
「いえ、分かりました。ではいったんお試しということにしませんか? それでもし不都合があるようでしたら遠慮なく言ってください」
この時の俺は彼女の言葉を冒険慣れしていないが故のただの謙遜と思っていた。
「ありがとう、何か恩に付け込んで無理言ったみたいで悪いな」
「いえ、全然そんなことないです。それに昨日一緒に薬草採りにいって、それも案外悪くないなって思いました」
「なら良かった。じゃあ早速ギルドに行くか」
「はい……あ、すみません、ちょっとだけ待ってください」
そう言ってシアンは足早に奥へと駆けていく。トイレか。
それなら今のうちに朝食を片付けておくか、と俺は食器を返そうと立ち上がる。すると突然、後ろからすごい勢いでこちらへ歩いて来る気配があった。俺はとっさに避けようとするが、混雑していたこともあって避けきれない。
「痛っ」
どかっ、という衝撃とともに肩に勢いよく何かがぶつかり俺はその場に尻餅をつき、食器がごろごろと周囲へ転がっていく。思わず肩にぶつかって来た相手の方を見ると、そこには筋骨隆々とした明らかにカタギではない目つきのやばい男が立っていた。
一瞬、俺の中で恐怖と怒りが拮抗したがすぐに後者が勝利する。
「何すんだ」
気づけば俺は声を荒げていた。が、男はそんな俺の声を無視して傲然と言い放った。
「一つ警告しておく。あの娘と関わるのは早々にやめろ」
「おい、一体どういうことだ!」
意味が分からない。
「ふん、言葉通りの意味だ。すぐにこの意味は分かる」
「おい待てっ」
そう言って男は去っていく。俺は問い詰めようと慌てて立ち上がるが、視界の端にシアンが戻ってくるのが見えた。
そこで俺はふと彼女にこのことがばれない方がいいような予感がした。何というか、言えば彼女が傷つきそうな予感がしたのである。だから、俺はやむなく男を追うのをやめた。
「どうしました?」
「いや、ちょっと転んでトレイを落としてしまってな」
俺は何食わぬ顔でそう言って、トレイを返却口に戻すのだった。
その後俺たちは何事もなかったかのように、すぐ隣にあるギルドに向かった。今日は朝ということもあって、起きて依頼を探しにきた冒険者たちでいっぱいである。
俺と一緒にやってきたシアンを見て受付嬢は小さく驚いた。
「まあ、ついにシアンさんも冒険者デビューですか!?」
「ええ、色々ありましてそれも悪くないかなと」
どうも二人は顔見知りらしく、彼女ははにかみながら答える。教会の仕事とかで顔を合わせる機会があったのだろう。
「闇魔術師と聖女ですか。あまり見ない組み合わせですが、確かに相性はいいですよね」
そう言えば教会的には闇魔術は良くないと言っていたな。シアンは気にしないのだろうか、と思ったが冷静に考えれば闇魔術を使っている俺に声をかけてきたのは向こうである。きっと彼女は実力主義なのだろう。
そんなことを考えているとシアンは登録用紙を書き終える。
『名前:シアン 性別:女 年齢:17 クラス:神官』
げっ、実は俺より年上だったのか。全然気づかなかった。
用紙を受け取った受付嬢はにっこり笑って神官の上に二重線を引くと、『聖女』と書き直す。
「ちょっと、何するんですか」
珍しくシアンが慌てて止めようとする。
「クラスは正確に書きましょう」
「でも、自分で自分のこと聖女って名乗るの恥ずかしいじゃないですか!」
シアンは顔を赤くして反論するが、受付嬢は勝手に登録用紙に印を押す。まあ、気持ちは分からなくもないが、恥ずかしがっている彼女は少し可愛い。
ちなみに聖女は一般的には神の奇跡を使って回復や防御の魔法を得意とする者がそう呼ばれるらしい。
「それでどうします? 他にもパーティーメンバーを探しますか? それとももう依頼を受けます?」
受付嬢が俺たちに尋ねる。とはいえ他のパーティーメンバーの当てもないしな。俺はとりあえずシアンの方を見る。
「とりあえず一度この二人でやってみませんか?」
「確かに、他にメンバーを募るにもお互いの実力もよく分からないしな」
「そうですね、お二方とも魔力は並外れてますが実戦経験はあまりないですものね」
お二方とも、ということはシアンも強いのか。
「依頼は難度に応じて大ざっぱなランク付けをされてます。簡単に言えばAランク相当の魔物と戦う危険がある場合はAランク、という感じですね。もちろん戦闘以外に難しいことがある場合もありますが。とりあえずDランク辺りから始めてみてはどうでしょう?」
「もっと上いけないか?」
昨日倒したキングフォレストウルフがAランクだったということを思い出しつつ言ってみる。すると受付嬢は困った顔をする。
「もちろん可能ではありますが、実際の戦闘とは試合のようによーいどんで始まる訳ではないので、慣れるまでは実力より下のランクを受けた方がいいですよ」
「オルクさん、これなんてどうでしょう」
が、シアンは受付嬢の話を聞かずに依頼を探していたようで、壁に貼りだされている紙のうちから一枚を指さす。
『題名:隣街に向かった父を探しています ランク:B(+)
概要:一週間ほど前に隣街に向かった父が行方不明になりました。魔物に襲われたか盗賊に襲われたものと思われます。助けてください』
「ランクBですか……しかも状況によってはそれ以上の危険がある依頼ですが……」
受付嬢が少しだけ渋い顔をする。しかしシアンは哀願するような目でこちらを見つめてくる。そんな目で見られては断れる訳がない。
「人助けか。シアンらしい依頼だな。やってみるか」
俺が答えるとシアンは嬉しそうに頷いた。
彼女は丁寧な外面とは裏腹に、意外と芯が強いところがある。そんなシアンの人柄を受付嬢も知っているのか、諦めたようにため息をつくのだった。
明日から夕方のみの更新に変更します