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初めての任務

「では早速なんですが、今回必要なのは『月光草』と呼ばれるもの薬草で、これは森の奥深くで月の光が当たるところのみに群生しているのです」

「聞いたことはある。確か手足の痙攣によく効くんだよな」

「はい、そうです」


 俺たちはシアンの案内で街の西方にある大きな森に向かう。基本的に森には大した魔物が出ることはなく、動物が棲息しておりリエールでは狩で生計を立てている者もいるという。


 入ってしばらくは外から日光が届くが、進んでいくに従って辺りはどんどん暗くなっていく。シアンはあらかじめ用意していたランタンを取り出して灯りをつける。歩いていると、周囲からは時々カサカサと動物が移動するような音が聞こえてくる。

 上を見上げるとびっしりと大木がめぐらす枝と葉で光が遮られているが、意外と木と木の感覚は広く、歩くのに不自由はない。


「木の根に気を付けてくださいね」

「本当だ、結構大きいな」


 そんな他愛のない会話をかわしながら俺たちは森の奥へと進んでいく。シアンは時折方位魔針を取り出して方向を確認するが、迷いなく歩いていく。ちなみに方位魔針というのは小さな透明な球の中に魔法の針が入っており、常に一定の方角(物によって北だったり南だったりする)を向き続けるという魔道具である。


 三十分ほども歩いた後だろうか。不意にシアンが唇に指をあてて立ち止まる。俺はどうした、と尋ねようとしたがそれを見て口を塞ぐ。

 立ち止まって耳を澄ませてみると周囲に何匹か動物の気配があるのが伺えた。足音は少しずつこちらに近づいて来る。そして森の奥に赤い光が見えてくる。最初は二つだけだったが、だんだんと周囲に光は増えていく。


「あれはフォレストウルフです。彼らは森の中の動きに長けており、暗いところでも目が利きます」


 シアンが小声で言う。あの赤い光がフォレストウルフの目なのだろう。光は正面以外にも見え、こちらを包囲しているようであった。


「どうする?」

「オルクさんは魔術師ですから自分から敵に突っ込んでいくようなことはないですよね?」

「そうだな」

「でしたら私がこの周辺に防御魔法を張ります。そしたら恐らく魔法に反応して突っ込んでくるのでそこを攻撃してください」


 俺は初めてで緊張してしまったが、シアンの方は落ち着いていて頼りになる。


「分かった」

「ではいきます……『セイクリッド・フィールド』」


 シアンがランタンを置き手を合わせて唱えると、ぱっと彼女から魔力があふれ出し俺たちの周囲に聖なる光によりドーム状の結界のようなものが形成される。

 魔法の維持には集中が必要なのかシアンは手を合わせて祈りを捧げるような姿勢を取り続ける。

 そしてそんな魔法に反応したのか、四方八方から軽快な足音とともにフォレストウルフが迫ってくる。


「『ダークブラスト』!」


 手始めに正面から来たウルフに向かって黒い球体を発射する。闇の魔力を正面から受けたウルフは一撃でその場に倒れた。それを見てシアンが小さく息を飲む。


「『ダークブラスト』!」


 よし。気を良くした俺は、今度は同時に球体を二つ生成する。そして右手からやってくる二体のウルフに向かって飛ばした。こちらも球体が直撃し、一撃で悲鳴を上げる間もなくその場に倒れる。

 それを見た残りのウルフたちは手強いと見たのか目の光を消した。そんなことが出来るのか。今まで目の光を目印にしていたので、暗い森の中では位置が見えづらい。試しに闇雲に撃ってみたが、木の幹に穴を穿つだけだった。


「ウォォォォン!」


 不意に近くで吠え声が聞こえたかと思うと、次の瞬間にはウルフは左手から迫っていた。


「『ダークブラスト』!」


 とっさに俺は今までよりも大きい球体を作り出し、左手側から二体並んでやってくるウルフに撃ちこむ。巨大な球体はウルフ二体を同時に巻き込み、魔法が当たった部位を消し飛ばした。グロテスクな映像が広がるが、今はそれどころではない。


 後方から現れたウルフがこちらに向かって飛び掛かる。そして。

 バチッ

 という音とともに結界に衝突して阻まれた。が、よく見ると今までのウルフと違い、特徴的な漆黒のたてがみと口からはみ出るほどの鋭い牙が生えている上に体格も二倍ほどある。


「こ、これはもしや……キングフォレストウルフ!?」


 それを見たシアンが驚きの声を上げる。何だ、もしかして強敵なのか?


「グォォォ!」


 ウルフは喉を唸らせながら今度は鋭いかぎづめで結界に攻撃する。

 ゴキッ、

 と鈍い音がして今度は結界に亀裂が入る。どうも今までのやつとは格が違うらしい。そいつに向き直った俺は剣を抜いた。これも一回魔物相手に試してみたかったのだ。


「やあっ」


 俺が魔力を込めた剣を振り降ろす。相手も軽い身のこなしで避けようとはするが、エルナに比べると断然動きが遅い。俺の剣を避けきることが出来ず、剣は固い感触とともに命中し、胴体が真っ二つとなって倒れた。

 戦闘が終わると俺はほっと息を吐く。初めての戦闘だからどうなるかと思っていたが、エルナに比べると全く大したことはない。あいつのおかげでついた実力と思うとしゃくではあるが。

 そしてゆっくりと結界が消滅し、シアンは驚きの声を上げる。


「オルクさん……確かに豊富な魔力をお持ちとは思ってましたが、見事なまでの剣技までお持ちなのですが」

「いや、俺は剣のセンスは全くないが」


 社交辞令とはいえそこまで褒めてくれなくてもいいのに、とは思う。が、シアンの表情を見るとどうもそれは本心のようだった。なぜなら普通社交辞令を言うとき驚きに満ちた表情はしないからだ。


「いえ……少なくともその辺の中級冒険者の剣士には余裕で勝てると思いますが。しかも硬い外皮を持つキングフォレストウルフを一刀両断なんて。普段はこんなところに出てこないAクラスの魔物ですよ。道理で群れの動きが統率されていると思いました」


 そんなものか。Aクラスと言われるとかなり上位ではあるが、実感が湧かない。


「一刀両断に出来たのはこの剣のおかげだな。とはいえ、シアンの魔法がなければ背後から襲われて負けていた。だから二人の勝利だろ」

「そこまでの実力を持ちながら謙虚な方なのですね」


 シアンはなおも俺を驚きの目で見つめる。ここ数年外界と隔絶されてひたすらエルナにぼこぼこにされてきたのでさっぱり実感が湧かないだけで、謙虚とは違う気もするが。


「それより薬草は急ぎなんだろ? 先に行こう」

「は、はい」


 恥ずかしくなってきた俺は話題をそらした。

 その後は大した魔物に出会うこともなく、俺たちは森の奥にある泉に辿り着いた。当然ながら泉の上には木は生えないので光が入る。そのため、泉のほとりには白い花を咲かせる月光草が生えていた。シアンはそれを見るとほっとした表情で摘んでいく。


「良かったな、無事手に入って」

「はい、おかげ様でどうにか助けられそうです」


 そう言ってシアンは年相応のあどけない笑顔を浮かべる。きっちりした物腰と聖女というクラス、そして病気の人を助けたいという強い使命感から忘れがちだったが彼女も俺と同い年ぐらいの少女であった。


 その後俺たちは街まで一緒に戻った。帰りもはぐれウルフが一体襲ってきただけで、特に大した脅威もなく戻ることが出来た。

 街のすぐ手前まで戻ってくると、彼女は改めて頭を下げた。


「今日は本当にありがとうございました。一体何とお礼したらいいものか」

「いいっていいって。それにギルドを通さずに受けた依頼で報酬をもらうの良くないらしいからな」


 例えるならキャバクラで嬢が店を通さずに客と遊ぶようなものだろうか。何かもっとましな例えを思いつけば良かったが。

 俺の言葉に彼女ははっとする。


「す、すみませんそんなことをさせてしまって。急いでてそこまで思い至らなかったです」

「いや、それは別に分かってたからいい。それよりも早く病人を助けてあげてくれ」

「は、はい……」


 が、なおもシアンは何かを逡巡するようにその場にとどまってこちらを見つめてくる。何か言い残したことでもあるのだろうか。


「あ、あの、改めてお礼をさせていただきたいのですが、オルクさんはどちらに滞在していますか!?」


 大したことでもないのに、なぜかそれを尋ねる彼女は勇気を振り絞ったという雰囲気だった。


「ああ、冒険者ギルドの隣の宿だ。シアンは……教会か」

「はい、そうです。それではまた」


 そう言ってシアンはもう一度俺に頭を下げて街の中へと消えていった。同じ聖女でもエルナとはえらい違いだ。出来れば彼女のような人とパーティーを組みたいな、と俺は思った。


 そう言えば教会に所属していて病人を助けるという仕事なのに通りすがりの俺を当てにするというのはどうしてだろう。教会は手伝ってくれないのだろうか。

 ふと疑問に思ったが、教会も別の何かで忙しいのだろう、と思い直した。

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