表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/20

聖女シアン

 冒険者としての登録を完了した俺は、色々あって疲れていたこともあってその日はギルドの隣にある宿に泊まって寝た。ギルドが経営しているらしく、同じような冒険者が多数寝泊まりしていた。特にこだわりがなければギルドの近所に泊まるからな。ここ数日は野宿だったこともあって久しぶりの宿のベッドはよく眠れた。


 翌朝、俺は宿で朝食をとるとギルドに向かった。登録は完了したもののどうしていいのかよく分からなかったからである。冒険者は普通三~六人ぐらいでパーティーを組むことが多いが、俺は来たばかりでどのように組んだらいいのかも分からない。

 幸い、昨日と同じ受付嬢がいたので俺は声をかける。


「おはよう」

「おはようございます、今日も来ると思っていましたよ」


 今日も彼女はにこやかに応対してくれる。


「初めて来た冒険者ってどうやってパーティーを組めばいいのだろうか」

「オルクさんはパーティーの前にまず魔法を覚えた方がいいと思いますよ」


 それはそうだ。魔力があっても魔法がなければ意味がない。例えて言うなら小麦だけあっても調理器具がないようなものだ。


「闇魔法を教えてくれそうな魔術師とかいないか?」

「うーん、闇魔法はなかなか稀少ですからね。何人かいますが、皆出払っていますし……」


 受付嬢はぱらぱらと書類をめくりながら首を捻る。


「基礎的な魔法は使えますか?」

「『ショックブラスト』とか『ヒール』なら」

 前者が一番一般的な攻撃魔法で後者が回復魔法だ。家で一人で練習していた時も一応使えないことはなかったが、その時は魔力が足りなかったせいでしょっぱい威力しか出なかった。多分今なら問題なく使えるだろう。


「でしたら基礎はあるようなのでこちらの書物はいかがですか?」


 そう言って受付嬢は『基礎から始める闇魔法』と書かれた書物を取り出す。


「銀貨五枚でいかがでしょう」


 親切だけどなかなか商魂たくましい受付嬢だった。基本的に書物は複写が手間なのでそれなりに高価である。とはいえ、今の俺には金はある。銀貨は十枚で金貨一枚と同じくらいの価値がある。


「もらおう。ついでにどこかおすすめの訓練場とかあるか?」

「最初はその辺の原っぱとかでいいのでは? たまに魔物が出ますが、街の近くなら魔物が出てもすぐ逃げ込めますし」

「魔物相手に使ってみたくなったら?」

「それは仲間を見つけてからの方がいいですよ。どんなに魔力があっても初心者が魔物に一人で挑むのはおすすめしません」


 それもそうか。

 俺はお金を払って本を受け取ると、ぱらぱらと目を通す。色々書いてあるが、とりあえず使ってみるのが早そうだ。そう思った俺は早速街を出る。


 街の外は街道が何本か伸びている場所以外は草地が広がっている。当然だが旅人たちは街道を通るので、草地には無限の土地が広がっている。この辺は魔物の土地を征服して日が浅いため、都市以外の土地は未整備らしい。

 周りに人がいないことを確認すると俺は早速本を開く。


「どれどれ……まずは攻撃魔法にするか。『ダークブラスト』。闇の魔力を相手にぶつける。多分『ショックブラスト』の闇属性版というだけだろうな」


 俺は試しに誰もいない方角へ『ダークブラスト』を撃ってみる。誰もいない原っぱに直径一メートルほどの紫色の球体が飛んでいく。球体は十数メートル飛んで消滅した。


「うん……攻撃魔法って相手がいないと試しても何も分からないな」


 俺は悲しい事実に気づいて本のページをめくる。もっと試し甲斐がある魔法はないだろうか。


「『ダークブラインド』。相手の周囲を闇で覆い、視界を遮るのか。どれどれ、発動にはまず魔法をかける相手を強くイメージして……て練習出来ないじゃねえか!」


 他にも相手を混乱させる『コンフュージョン』や、相手の攻撃を防ぐ『ダークバリア』、そして一番高度と思われる相手の精神を揺さぶる『マインドブレイク』などの魔法が載っていたが、どれも実験することは出来なかった。


「あの受付嬢も闇魔法のことよく分かってなかったんだろうな……仕方ない、『ダークブラスト』!」


 仕方なく俺は誰もいないところに向けてダークブラストを連打する。所詮初級攻撃魔法と思っていたが案外奥が深い。

 発動時の俺の意識次第で威力や魔法の形状、軌道などを変化させることが出来る。一番基本的な形は球状の魔力を直線的に発射することだが、例えば線状にして二手に分けることも出来る。


 そんな練習をひたすらしていると、ふとこちらを見ている人影があるのに気づいた。黒い修道服とフードに身を包んだ少女は俺と同い年か一つ下ぐらいに見える。黒を基調とした服装ときれいな銀髪のコントラストが遠目になると美しい。首元には平和と秩序の神ディアノールの信徒であることを示す十字架をぶら下げている。

 ディアノールはこの国の国教で、ここ周辺でも広く信仰されているらしい。リエールにも立派な教会があった。そう言えば教会的に闇魔術は良くないんだったな、と思い出した俺は手を止める。


 すると彼女はこちらに向かって歩いてくる。エルナとは正反対で触れたら壊れそうなガラス細工のような繊細さと小動物のような庇護欲を感じさせる華奢な少女である。


「すいません、別にそういうつもりではなかったんです」


 彼女は開口一番俺に謝る。俺の訓練の邪魔を気にしたことを気にしているのだろうか。彼女の声は人を落ち着かせるような穏やかな響きがあった。


「そうか? それなら何か用なのか?」


 俺が尋ねると彼女はおずおずと切り出す。


「私、ディアノール教会のシアンと言います。ただいま急病の方がいるのですが、教会の薬草を切らしていて……。失礼ながらあなたの魔術を拝見しましたが、とても強いようですね。初対面で不躾ですが、もし良ければ一緒に薬草を採りに行ってもらえませんか?」


 俺は強いのか? 相手がいない訓練ではいまいち実感はわかない。

 さて、どうしよう。このまま一人で練習しても得られるものは少なさそうである。それに彼女の表情を見ると本当に困っているようである。とはいえ、もしそれが危険な任務であれば、実戦経験皆無の俺では足を引っ張るかもしれない。


「その薬草を採りに行くというのはどのくらい危険なんだ? というのも実は俺、まだ冒険に出たことがないんだ」

「え、そうなのですか!? それは失礼いたしました。かなりの魔力だったので強い方かと……」


 俺の言葉に彼女は一瞬逡巡した。が、結局諦めずに熱心に俺に頼み続ける。


「ですが急を要する病状とのことなので、出来るだけ早く行きたいんです。薬草は近くの森に自生していて場所は私が分かるのですが、たまに魔物が出るのです。私は回復や支援の魔法には自信があるのですが、相手を倒すことは出来ないので一人では行けませんし、人を探していれば時間もかかってしまいます」


 彼女のクラスは聖女か。一応俺が攻撃系統の魔法が使えるから最低限のバランスはとれている。


「そこは強い魔物は出るのか?」

「いえ、フォレストウルフなどが出る程度かと」


 ウルフと言えば、一番最初に戦うような魔物である。

 そしてさらに彼女は熱心に頼み続ける。


「それに、もし一緒に来ていただけるのであれば、何かあっても必ず回復は致します」


 そこまで言ってもらえるなら逆にありがたいか。こっちも一緒に冒険する相手を探すのも難しいからな。それに病気の人に早く薬草を届けたいという彼女の熱意も伝わってくる。


「分かった。じゃあ今から行こう。……そうだ、俺の名はオルク。よろしくな」


 俺の言葉に彼女はぱっと花が咲くような笑みを浮かべる。きっと心根が優しい少女なのだろう。


「ありがとうございます! そしてよろしくお願いします」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ