冒険者登録
無事武器を手に入れることが出来た俺は馬を借りて街を出た。
そこでふと考える。これからどこに行こうか。大ざっぱに言えば辺境方面と王都方面の二択がある。
冒険者などを目指すなら辺境の方がいいだろうし、逆に商売や研究などに携わるなら王都の方がいいだろう。剣技もだめで魔法も使えない俺は、手元にある金を元手に王都で商売でもした方がいいだろうか。
が、そこで俺は思い出す。そう言えば確か父は今仕事で王都に向かっていたはずだ。もし顔を合わせて連れ戻されでもすれば恐ろしいことになる。父に恨みはないので思うところはなかったが、出来るなら自立して生きていける手段を見つけてから改めて向き合いたい。
そんな訳で俺は馬を駆って辺境へ向かうことにした。確かに剣技に自信はないが、たまたま魔剣を手に入れたのである程度は補えるだろう。もしくは手持の金貨で食いつなぎながら魔法の練習をしてもいい。辺境なら優れた冒険者がたくさんいるだろうし、その中には金を払えば優しく魔法を教えてくれる者もいるだろう。
先のことを色々考えるのは楽しい。それがどの程度実現するかは分からないが、今まではひたすらエルナの言うがままに生きていくことしか出来なかった。
でも今は自分がどうするかを自分で決めることが出来る。俺は自由だ。そう思うと、単調な馬の旅もテンションが上がってくる。
その夜、初めての野宿をした。テントを張るのも何回も失敗したし、火を起こすのにもやたら時間をかけてしまった。それでも誰も俺を怒鳴りつけたり暴力を振るってくる人はいない。そんな解放感に浸りながら俺は初めての野宿を満喫した。
そんな旅を三日ほど続けたころ。俺が目標に定めていた辺境の都市リエールに着いた。辺境とはいえ、魔物の領域と直接接しているほどではなく、そこそこの規模もある。
さらにその先にいくつかの小都市があり、そちらが本当に魔物が棲息している領域の近くという感じだ。まずリエールで冒険者として登録して実力をつけてから実戦に出るというのが俺の計画だった。
リエールはオルメイア辺境伯という貴族の拠点となる都市だけあって、本格的な外壁を備えた立派な城壁都市であった。近づいていくにつれて冒険者や兵士、行商人などが増えていく。俺はそんな旅人たちとともに街に入っていく。
ちょうど夕方という時間だったこともあり、仕事から戻った冒険者や飲みに出る男たち、そんな彼らを呼び込もうとする飲み屋のおっちゃんやお姉さんの声がやかましい。また、街の中央の方には大きな教会があるのが目についた。
せっかくだし酒場で祝杯でも上げようかと思ったが、とりあえずは冒険者登録でもしておくか。宿に泊まるにしても素性不明の旅人よりも登録してある冒険者の方が有利らしい。
そう考えた俺は冒険者ギルドに向かった。どこにあるかなど全く知らなかったが、街中をうろうろしていると、街の中央にでかでかと看板が出ていたのですぐに分かった。隣にはギルド直営と思われる酒場があり、中からは陽気な声が聞こえてくる。
逆にギルドの方は任務に出る時間ではなかったこともあってやや空いていた。中には受付のカウンターがあり、壁にはいくつもの依頼の紙や賞金首の似顔絵などが張り出されており、数人の冒険者がそれを眺めている。中にはパーティーの欠員募集や、逆にパーティーに入れて欲しいというような希望も張り出されていた。
とりあえず俺はカウンターに向かう。ギルドの制服を身に着けた受付嬢がにこやかに応対してくれる。
「どのようなご用件でしょうか?」
「他の街から来て、冒険者登録したいんだ」
「ありがとうございます。ではまずこちらの書類を記入お願いします」
そう言って俺は一枚の紙を渡される。
当然だがその中には名前を書く欄があった。ルクスのままでは万一エルナや父が探しに来たとき見つかってしまうか。
『名前:オルク 性別:男 年齢:15』
そう考えた俺は本名のルクスを少し変えた変名を書き込む。
が、その次の『クラス』と書いてあるところで手が止まる。
「冒険者登録は初めてですか?」
受付嬢が尋ねる。
「そうだが」
「パーティーを募集するにしろ、依頼を受けるにしろ、その人がどんなことを得意とするのかが分からないとやりづらいですよね? そのため『剣士』『炎魔術師』『神官』などその人がどんなことが得意かがすぐ分かるクラスを書くのです。得意なことを教えていただければ私がそれにふさわしいクラスを考えますが」
慣れているのだろう、非常に丁寧な説明ではあったが、そう言われて俺は少し困惑する。というのも俺は何が得意なのかよく分からないからだ。
「実は、魔力はあるんだがどんな魔法が使えるのかよく分からなくて」
「なるほど。それでしたら別途手数料はかかりますが、診断させていただきましょうか?」
「本当か? 是非頼む」
ギルドはそんなところまでフォローしてくれるのか、と俺は感心する。
確かにそもそも何の魔法が使えるのか分からなかったらどう勉強すればいいかすら分からないからな。それをちゃんとしたギルドの人が診断してくれるというのであれば安心だ。
「ではこちらへどうぞ」
そう言って俺は奥の部屋へ通される。そこは何もない個室だったが、受付嬢が球状の宝石のようなものを持ってやってくる。人間の頭ぐらいの大きさのそれはうっすらと白がかかった透明であった。宝石というよりも水晶球に近いのかもしれない。
「これは?」
「魔法使いの方が魔力を流し込むと魔力に応じて光ります。それを見ればどのような魔法が向いているのか分かるのですよ」
「へえ。とりあえず魔力を流し込めばいいのか?」
「はい、そうです」
俺は受付嬢が差し出した球に右手をかざす。そして体の中をめぐる魔力を右手に集め、右手から球に注ぎ込むようなイメージをする。俺のイメージに沿って魔力が球に注ぎ込まれ、球はゆっくりと紫色に染まっていく。そう言えばあの魔剣の宝石も似たような変化だったが、同じ材質なのだろうか。
俺の魔力が注がれるにつれて球はどんどん濃い紫色に染まっていく。それを見る受付嬢の表情がだんだんと驚愕の色に染まっていく。
「あの、そろそろ……」
彼女が言ったときだった。
バキッ!
鈍い音を立てて水晶玉が割れた。しまった。
「す、すいません、こういうの初めてで……」
多分だがこれは高価なものだろう。それを俺の不手際で割ってしまうなど申し訳ないことだ。受付嬢も困惑の表情である。
「本当にすいません」
「いえ……これは本来色で魔法の適性を、濃淡で魔力の強さを測るものなのですが、まさかこれほどの魔力をお持ちとは!」
え、もしかして俺ってすごく強いのか?
「これほどの魔力を持ちながら、今まで誰にもそういうこと言われなかったのですか?」
受付嬢は不思議そうに尋ねる。しかし言われてみればそういう記憶はない。一人で魔法を使った時もすごい効果はなかったような気がする。
「いえ、特には……」
「それはおかしいですね。普通こんな魔力があったら気が付くものですが」
彼女は首をかしげる。とはいえ今まで自分の魔力が高いと思ったことは全くない。
「そうか? それで俺の適性は何なんだ?」
「この色は闇魔術を表しています。使える方は珍しいですし、教会では嫌う者も多いですが、冒険者であれば問題ないでしょう。精神の作用する魔法が多く、攻撃や妨害にも役に立ちますよ」
そう言えば父は剣聖であった。剣聖はただ強い剣士と思われがちだが、教会に認められた聖なる戦士という側面もある。ということは闇魔法が禁忌とされていてもおかしくはない。
だが、それはあくまで使ってはいけないというだけで使えない理由にはならないはず。
何か封印でもされていない限り。だが、最近封印を解いた記憶も……と思ったところで俺はふとあることに思い至る。
もしやあのブレスレットか。
あれを渡して来た時のエルナがそのことを知っていたのかは分からない。だが、そうと考えれば異常に高値で売れたことも説明がつく。……くそっ
「あの……どうかしました? 弁償でしたら構いませんよ? オルクさんのような強力な闇魔術師がうちに所属していただければその分の利益なんてすぐ戻ってくると思いますので」
「あ、ありがとう」
何か思いつめていたらいつの間にか弁償しなくてよくなっていた。何か高価そうなものだったのでほっとする。
そうだ、エルナが意図していたとしてもしなかったとしてもそれは過去のこと。今の俺は新たな人生を歩むんだ。過去のことは忘れよう。
「では、クラスは闇魔術師で登録しておきますね?」
「はい、お願いします」
こうして俺はリエールの冒険者として新たな一歩を踏み出したのである。