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絶縁

 これまでの人生十五年はエルナとともに歩んできたというのに、決断に至るまでの時間は一瞬だった。状況的に長考が許されなかったのはあるが、何よりこれまで積もり積もった不満が爆発したのだろう。

 そして一度決断してしまうと思考は早かった。どうすれば一番確実に、そして効果的にこの場を抜け出せるか。


「痛てて、全然痛みが引かない……」


 俺は出来るだけわざとらしく聞こえないように言う。幸い(全然幸いじゃないが)足は治されても体中に痛みが残っているため、それを言葉にすれば嘘にはならない。


「え? ヒールしたのに」


 自慢のヒールが効かなかったことに珍しく動揺の表情を見せるエルナ。

 俺はもうひと踏ん張りとばかりに痛みで顔をしかめる演技を続ける。まあ半分ぐらい素なんだが。


「もしかして折れた?」


 ヒールで骨折を治すことは出来ない。それはさすがのエルナも同じである。さすがに骨折はまずいと思ったのか、少し顔を青くしたエルナが俺の足に顔を近づける。


 今だ。


「うおおおおおおおおおお!」


 俺は突如絶叫すると、まずエルナの近くに置いてある竹刀をありったけの力で蹴り飛ばす。俺の足にぶつかった竹刀はすごい勢いで庭の反対側へ飛んでいく。


「え、あ、ちょ……」


 エルナは何か言おうとするが、とっさの状況の変化に理解が追いつかないようで、うまく言葉が出ない。こんなに動揺している彼女を見るのはいつ以来だろう。


 今ならいける。俺はすぐに立ち上がると自分の竹刀をエルナに向かって振り下ろす。いくら暴君とはいえ幼馴染の女子相手にこんなことはしたくないが、これも正当防衛だ。


「ちょっと、何するの!?」


 動揺していてもエルナの戦闘センスは衰えておらず、とっさに両手をクロスして俺の竹刀を受ける。


「痛っ」


 しかし竹刀を素手で受けたエルナは悲鳴を上げて後ろによろめく。


「ちょっと、何するの!? そんなだまし討ちで私から一本とって嬉しい?」


 どうもエルナは俺がエルナに意趣返しをしようとしていると誤解しているらしい。だが、仕返しは手段であって目的ではない。それをここではっきり言ってやらなくては。


「もうたくさんだ! 俺は剣術も稽古も大嫌いだし、剣聖になんてなりたくない! だからもうこんなところは出ていく!」


 俺の言葉にエルナは最初理解が追いつかないようだった。


「え、ちょっ、はあっ? ……何それ」


 が、そこはさすがはエルナと言うべきか、理解が追いついて来るとともに徐々に感情が怒りにシフトしていく。


「それどういうこと? ちゃんと説明して」


 普段は怒りを手当たり次第殴り掛かってくるような勢いの声音だが、今回は不気味なほど平静な低音だった。まるで嵐の前の静けさのように。

 わめきたてるのではなくこういう怒り方をするエルナを見るのは初めてで、思わず雰囲気に飲まれそうだったが、俺は歯を食いしばって言い返す。


「言葉通りだ。俺は家を継がないし、お前を幼馴染とも思わない。どこか新天地で静かに暮らす!」

「そんな勝手なことが許されると思う? 父上には言ったの?」


 おそらく父は俺がエルナと仲良く稽古に励んでいると思いながら王都で仕事中なのだろう。まさか幼馴染にぼこぼこにされているとも言えず、父にはこのことを話していないからな。

 別に父のことが嫌いかというとそうでもなかったが、この時の俺は完全に頭に血がのぼっていた。


「うるさい! 俺がこんな理不尽な目に遭っているとも知らずに呑気にほっつき回っている奴なんか知るか!」

「へえ……じゃあ本当にあんたが勝手言ってるだけなんだ。それなら、遠慮なくその根性を叩き直して……え?」


 徐々に声のトーンが下がってきたエルナだったが、自分の手に竹刀がないことに気づいてはっとする。

 どうも全てのことを暴力で解決しようというのは脊髄反射的なものらしかった。ふう、竹刀だけは遠ざけておいて良かった。


「根性根性うるせえんだよ。俺の人生なんだから俺の好きにする!」

「え、ちょっと待って……私はただあんたがこのままじゃ剣聖になれないと思って、で、剣聖を継げないと婚約の話もなくなるだろうからって……」


 武器がないと分かったからか、先ほどまでと打って変わって弱々しい態度を取り始めるエルナ。その姿はどこにでもいる普通の女のようで、俺はその姿を見てさらにうんざりする。


「所詮今までの態度は武器があるから偉そうにしていただけだったんだな。失望した、もう聞きたくない」

「違うって! そういう訳じゃないから、私はただあんたと……」


 声に込められた感情も怒りから何か違うものに変化していくようだったが、もはや聞きたくなかった。


「うるさい! とにかく俺はお前にはもううんざりだし、それに剣聖の息子なんてのもうんざりだ!」

「ちょっと待って! 私の話を聞いて!」


 エルナが叫んでいるが今更何を言われても心を変えることはない。俺は踵を返すとそのまま駆け出した。後ろからエルナが何か呼びかけてくるが、心を閉ざして聞かないようにする。

 一度だけちらりと振り返ったが、エルナはショックだったのかその場に立ち尽くし追いかけてくることはなかった。

 あんな奴にもまだ怒り以外の心があったのか。俺はそう思った。

 

 そして、それと同時に体中から解放感のようなものが湧き上がってくるのを感じた。

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