死者蘇生
森に辿り着いた俺は不安にさいなまれながらシアンが出てくるのを待った。こちらのやることは死体を持ってくることに比べれば簡単だから仕方ないが、それでも何か起こっているのではないかと心配になる。
「とはいえ俺がいても助けになるかは微妙だしな」
もちろん見つかって衛兵などと戦闘になれば役に立つことは出来るが、これからやることを考えると衛兵を攻撃魔法で倒すのはまずい気がする。シアンがどうにか怪しまれないように抜けてきてくれるのを待つしかない。
こればかりはシアンを信じるしかない。
じりじりしながら待っていると、数時間後、シアンと浮浪者風の男が死体を担架に載せて運んでくるのが見えた。いや、あれは死体のように見せかけて布をかけているが、アンドリューのアンデッドか。そしてシアンもいつもの修道服から丈夫な服に褐色のマントという地味な旅装に着替え、荷物を背負っていた。
「大丈夫だったか!?」
何にせよ無事に戻って来てくれたことにほっとする。
「はい、すみません遅くなってしまって」
「いや、それはいいが……こちらの方は?」
「手伝ってくれた方です」
そしてシアンは街で何があったかをかいつまんで説明する。彼女は家に戻ると、両親に見つからないように置手紙だけを残し、貴重品と旅に必要なものだけを残して出発した。
問題は貧民街の方だった。死体を抱えたまま街を歩いて出るのはさすがにまずい。そこで彼女は懇意にしていたこの男に相談した。貧民街の裏手は街の外に繋がっているが、そこには葬儀を行えない人や見元が不明な人が葬られる無縁墓地がある。そこで彼とともに遺体を運んでいるように見せかけながら街を出た。
街さえ出てしまえば、無縁墓地には人目などない。そしてここまで歩いて来たという訳である。
「でも、もし街の外で見つかったらどうするつもりだったんだ?」
賊が通行人を襲う程度には人通りのない地域とはいえ、遺体を運んでいるのは遠くからでも目に付くだろう。
「アンデッドになる危険性が高いので隔離して埋葬する、と言いますよ。一応聖職者ですし」
アンデッドになる危険が高いというかもうアンデッドだけどな、と思ったが黙っておく。
「そしてありがとうございました」
そう言ってシアンは浮浪者風の男に銀貨を渡している。男は彼女にぺこぺこと頭を下げて去っていった。
こういう日々の暮らしに困っている人々がいる一方で教会が不正な方法で儲けているのは許せない、と俺は改めて思った。
「じゃあ行くか」
俺たちは賊の首謀者が巣食っていた森の奥に入っていく。あれほどの人数の賊だったが、全員逃げ去っていたようであった。真人間に戻ったのか、よそでまた賊をしているのか。
そこは森の奥だがちょっとした平地になっており、賊も本拠として使っていたようで、遺していったテントや焚火跡がある。ちなみに近くにはゴルドの遺体も埋まっている。
「こちらが教会の禁書です」
そう言ってシアンは荷物から一冊の黒い装丁の分厚い書物を取り出す。タイトルはなく、目次もない。分厚いのはどうやら紙のせいらしく、ページ数自体はそこまで多くなさそうだった。
そんな書物の中に一枚のしおりが入っているところがある。そこを開くと、『死者蘇生』と書いてあった。
熱心に読みこんだのだろう、確かにこのページだけ他のページよりインクがかすれている。
「残念ながら私には使いこなすことが出来ませんでした。やり方がまずかったのか、魔力が足りないせいなのかは分かりません」
「分かった、読んでみる」
書物に書かれている内容は簡潔であった。
死者の魂は消滅する訳ではなく、どこかを彷徨っているか、あの世に向かうかのどちらかである。術者はこの魂を見つけ、闇の魔力で体に引き戻す、それだけだった。簡潔すぎて全然分からない。
「まず魂っていうのはどうやって見つけるんだ?」
「それについてはアンデッドの場合、魂は体に残っています。これは感覚的な話になるんですが、人が生きているという状況は魂と体が100リンクしています。しかしアンデッドのリンク度は50ぐらい。それが時間が経つとさらに減っていき、リンクが減っていくにつれて知性や感情が消滅していくのです」
「つまり、魂を連れ戻すだけだとアンデッドを作ることは出来ても人を蘇生することは出来ないと」
「はい」
シアンは無情にも頷いた。ふざけんな、と作者に文句を言いたくなったがある意味仕方ない面もある。マインドリードの時もそうであったが、魔術というのは感覚的なもので理屈で使い方を説明するのは難しい。中には「魔力をふわっと使う」「ばーんと拡散させる」など擬音語ばかりで説明するような魔導書もあるという。それに比べればまだましかもしれない。
「きっとこれ書いた人は魂を連れ戻しさえすれば勝手にリンクを繋げることが出来るような凄腕の魔術師だったのでしょうね」
天才は普通の人に自分のやっていることをきちんと説明出来ない、とよく言われるパターンか。
「まあ、凄腕の魔術師じゃなきゃ死者蘇生なんて出来ないしな。とりあえず一回やってみるか。失敗したら何か問題が起こったりはするか?」
「私が試した限りでは特に。通常は失敗するとアンデッドとして復活することが問題だと思いますが」
それはその通りである。
アンドリューの上に被さっている布をまくると、そこには土気色の表情をして全身を縄で縛られ猿轡をかまされたアンドリューが横たわっている。生前は名のある武人だったというが、その雰囲気は見る影もない。
しかしシアンの処置のおかげなのか体の腐敗は止まっていた。
「『死者蘇生』」
俺は精神を集中させて静かに呪文を唱える。隣でシアンがごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。
突然、俺の視界が暗転し、アンドリューの身体が透けて頭の中に光る球のようなものが透けて見える。これが魂だろうか。大きさはちょうど心臓ほどである。逆にアンドリューの体以外の物は全て闇に包まれて見えなくなった。
だが、特にこれ以上何も変化はなかった。魔導書に書かれていたのは、魂を体に戻すということだが、どう見ても魂はすでに体に戻っている。これ以上一体何をすればいいのか。俺は困惑する。
が、そこでふとシアンの言葉を思い出す。彼女は魂と体のリンクが足りないから彼はアンデッドのままだと言っていた。ならば魂と体をリンクさせればいいのか、でもどうやって、と思った時だった。
突然、黒い魔力の紐のようなものが現れて魂と頭を繋ぐ。正直俺にも何がどうなっているのか分からないが、これが成功だと思うしかない。俺はそう信じて魂と脳のリンクを続けていく。
魂が黒い紐まみれで見えなくなったころ、ようやく俺は「これで終わった」という感触を得た。それが正しいのかももはや分からないが、俺はそこで魔法を終える。
すると視界が急激に戻ってくる。直前まで真っ暗闇だったせいか、目がチカチカする。そして体にはぐっしょりと汗をかいている。気が付くと、俺はかなりの疲労感を覚えていた。
「ふう……」
「大丈夫でした? もう数時間も戻ってこないので心配しましたよ」
見ると空はすでに真っ暗になっており、俺が見た光はシアンが起こしたと思われる焚火のものであった。
「何かそれらしいことはしたが、これが正解なのかは分からない……」
「うぅ……」
そこでアンドリューが苦し気にうめき声をあげる。
「すみません!」
シアンが慌てて猿轡を外す。
「う……もしや……俺は……生き返ったのか?」
アンドリューは俺たちを見て怪訝な顔をした。アンデッドが言わなさそうな台詞が出て来たので俺の鼓動は早くなる。もしや、俺は本当に蘇生に成功したのか?