決断
「オルクさん」
リエール郊外でシアンが今後の行動を決断するのを待っていると、シアンが意志を決めたという様子で話しかけてきた。
「決まったのか」
「聞いて欲しい話があります。私たちのパーティーはお試し期間なので、この話を聞いたあなたは私とパーティーを解消することも出来ます。でも、それでもパーティーでいてくださるなら手伝って欲しいことがあるのです。代わりに私はオルクさんに高度な闇魔術を教えることが出来ると思います」
「分かった」
俺はごくりと唾を飲み込む。そしてシアンは語り始めた。彼女が抱える最大の秘密と教会のことについて。
俺は彼女が何かしら抱えているとは思っていたが、まさかここまで重い話とは思わなかった。動機はともかく、やっている行為だけ見れば普通に犯罪である。
何で闇魔術のことを知っているのか、と思ったこともあったがそんな事情で勉強していたとは。
「……と言う訳でアンドリューを蘇生することが出来れば有効な証人となるでしょう。闇魔術の蘇生術の力がどれほどのものかは分かりませんが、ゴルドさんも蘇生することが出来るかもしれません。私たちの証言と合わせればきっと不正を正すことが出来ます」
いつの間にか俺たちはそんな重大な問題の真っただ中にいたのか。
元の俺なら断っていただろう。辺境伯や教会を相手にして勝てるかは分からない。しかも、勝ったとして俺たちが何かを得られるとは限らない。ただ相手が断罪されて終わるだけかもしれない。
だが、今の俺には何もない。いるのは相方だけだ。シアンは断ってもいいとは言うが、彼女が悪いのならともかく(アンデッドを匿うのは悪いが)、教会が悪いだけなのに相方として技量も性格も申し分のないシアンを見捨てたくはない。
さらに俺の脳裏にはゴルドの遺体の怒りに満ちた表情を思い出す。このようなことをした教会は許す訳にはいかない。
「分かった」
「……いいんですか?」
俺の言葉にシアンは驚きを露わにする。
「いい。なぜならシアンは悪くないからだ」
「それはそうですが……普通会って数日の人と運命を共にしますか?」
「何年一緒にいようと運命を共にしたくない奴はいるからな」
俺の言葉にシアンはなぜか感じるところがあったようである。確かに彼女はこの街に長くいるが、お世辞にもうまくいっているとは言えないからな。
「分かりました。でしたらどうするかを考えましょう。私たちは最低限、アリアさんへの報告とアンドリューの確保のために街には戻らないといけません」
「分かった、なら俺はこれからギルドとアリアさんに報告する。シアンはアンドリューの確保と旅の支度をしてきてくれ。おそらくしばらくは帰れないだろう。そしてさっきの森で落ち合おう。一人で大丈夫そうか?」
「何とかなると思います」
俺たちが一緒に動いた方がいいのか分かれて動いた方がいいのかは微妙だが、先ほど聖水を売っていた神官に喧嘩を吹っかけた俺はまた絡まれるかもしれない。
一方、先ほどの賊たちが教会に俺たちのことを報告しているのかは不明だった。頭みたいなやつは倒したし、仲間というよりは下請けって感じの連中だった。出来る限り目立たないようにばらばらに行動してさっさと街を後にした方がいいだろう。
闇魔術はその後でゆっくりと勉強すればいい。
俺たちは別れて街に入ることにする。俺は一応持っている服を着替えた。
ただ歩いているだけなのに周りから見られているような気がして、気が散るが俺は出来るだけ目立たぬようにアリアの店を目指す。俺の姿を見るとアリアは軽く驚く。
「早かったですね」
色々なことがあって忘れていたが、そう言えば依頼を受けたのは今朝のことだった。とりあえず言葉を濁して伝える。
「とりあえずどうなったかは分かった。だが、少々面倒なことになっている」
「本当ですか?」
アリアは不穏な空気を感じ取ったのか、俺を中に通してくれる。
周りに人気がないことに気づいた俺は話すことにする。
「おそらくだがゴルドさんはあの日教会で教会と辺境伯が何らかの不正な取引をしているのに気づいた。そしてそのことを告発するため、アルクに向かった。が、途中で教会の息のかかった賊に見つかって殺された」
そう言って俺はゴルドの遺体から回収した剣を差し出す。
「何と……」
アリアの顔面がさあっと青くなっていく。やがて彼女の目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。俺は無言でそれを見つめることしか出来なかった。
少しして、彼女は目元をぬぐう。
「すみません、取り乱してしまって」
「いや、当然の反応だ」
「そう言えば父はアルクの領主様の武器を打ったことがあったので、その伝手を使おうとしたのかもしれません」
なるほど、確かに何の関係もない人にいきなり教会の不正を告発しても妄言と思われて終わるかもしれない。
「とりあえず報酬はお支払いします。ただ……これは冒険者としての依頼ではなく個人的な願望なのですが……父の無念を晴らすことは出来ないのでしょうか」
当然ではあるがアリアは無念そうな面持ちをしていた。
彼女の気持ちはもっともだが、これから俺がやろうとしていることは一歩間違えれば大犯罪になりえる。それに成功すると決まった訳ではないのでいたずらに期待させる訳にもいかない。
「どの道他の件で俺は教会に睨まれてるからな。この街にはいられないし、一応他の街で告発してみる。うまくいくかは全く分からないが」
「そうですか。では陰ながら応援しております……あ、その剣折れてしまったんですか?」
ふとアリアが俺の腰の剣に気づく。
「戦っている最中にな」
「でしたらささやかですが、私から贈り物があります。店の中から好きな剣を一本持っていってください」
「いいのか?」
報酬についてはすでにギルドに預けられているはずだから、アリアから「依頼は達成された」という覚書をもらってギルドに行けば受け取ることが出来るはずだ。それとは別にもらいものをするのは少し悪い。
「いいんです。オルクさんの今後を応援して私が勝手に渡すだけなので」
「そういうことなら」
俺は店の中の武器を見て回る。色々な武器があるが、普段は魔法を主体にして戦う以上、使わないときに鞘に入れておける剣がやはり取り回しがいいだろう。扱いに一番慣れてもいるし。
店内には色々な剣があった。黒鋼をふんだんに使った硬度が高いもの、抗魔の力が付与されたもの、魔物討伐の魔力が込められたもの、など。
俺はその中から術者の魔力に反応して威力が上がる魔剣を選んだ。前に折れたものと効果は変わらないが、ゴルドさんが丹精こめて打っただけあって前のものよりも丈夫そうである。値段は金貨百枚を超えていたが……それについては教会の腐敗を正すことで返そう。
「ではご武運をお祈りします」
こうして俺はアリアの店を出た。次はギルドだ。
ギルドに戻ってくると、俺の姿を見るなり受付嬢が困惑した様子で声をかけてくる。
「あの、オルクさん、一体何をしたんですか? 教会から抗議が来ていますが。あと本人が来たら出頭するようにという要請も」
「すいません、迷惑かけてしまいまして」
そう言って俺はふと気づく。受付嬢にはどの程度事情を話すべきだろうか。職業柄口が軽いとは思えないが、いらぬことまで話すと巻き込むことになってしまう。
「いえ、ちょっと聖水を売ってる人たちと揉めただけで」
それで彼女はある程度察したようだった。あそこまであからさまにやっていると、よそから来た冒険者は定期的に揉めるのだろう。
「そうですか。とりあえず教会の要請は伝えましたので」
「それと、先ほどの依頼は達成しました」
そう言って俺はアリアからの覚書を見せる。
「分かりました。でしたらこちら依頼者からお預かりしている報酬です。あとここからはあくまで一般論ですが、冒険者ギルドは冒険者が犯罪や違約などを行わない限りは中立です。なので、教会と揉めようが領主に睨まれようが、平等に依頼を斡旋しますので」
一般論と言いつつ、受付嬢の話は完全に俺に向けたものだった。
「ありがとう」
色々終わった後、またこの街のギルドに戻ってこられたらいいな、と思いつつ、俺は報酬を受け取って出発するのだった。