黒い繋がり
ゴーレムの動きが止まったのを見た敵の統率は見事に崩れた。ある者はやけになってこちらに攻撃を続け、ある者は悲鳴を上げて逃走。また呆然とその場に膝をついた者もいた。
所詮ばらばらに飛んでくる矢程度ではシアンの防御を抜ける訳もなく、もはや形勢は明らかだった。
すると敵の中から一人の男が歩いて来るのが見える。他の男たちより恰幅が良く、目付きも鋭い。リーダー格の人物だろうか。
「お前たち、一体何者だ」
「それはこっちの台詞だ」
俺が聞き返すと男は顔をしかめた。この期に及んでも答える気はないらしい。とはいえ、俺の方もほぼ全ての魔力を使ってしまったのでこれ以上魔法を使うことは出来ない。
「『マジカル・ギフト』」
するとそんな俺の状況を察してくれたようにシアンが小声で呪文を唱える。すると、急に俺の体から失われた魔力が少しだけ戻ってくるような気がした。魔力を分け与える魔法だろうか。
「何を言う、俺たちはただの賊だ。何者も何もない。だが、お前たちのような強者となれば手を組むこともやぶさかではない。望みは何だ? 金か? 権力か?」
ただの賊が言う台詞ではない。まるでこいつが金も権力も持っているかのような物言いである。こいつの記憶を盗み見るか。
「何、金をくれるのか?」
俺は金に釣られたという雰囲気で前に出る。
そして、男との距離が近づいたところで、
「『コンフュージョン』!」
「うっ」
男の頭が黒い魔力に包まれる。男は押し殺したような声を漏らすとその場に膝をついて座り込んだ。
初めて使った魔法なのでどうなるかと思ったが、男はその場にうずくまってまともに行動出来ていないようである。俺は倒れた男の体をシアンが張っている防御魔法の結界の中に引きずり込む。
「『マインドリード』」
俺は男の脳内に魔力を流し込む。男の脳内の景色が俺にも見て取れるようになる。ワイバーンの時と違ってほぼ俺の視界と同じぐらいの鮮明さである。
まずはゴルドの件か。賊もこれだけの人数がいるとなると、こいつの関係していないところで事件が起こった可能性もあるが……記憶を辿っていくと見つかった。
こいつは恐らく森の中の基地のようなところにいて、部下たちと何かを話している。そこに部下と思われる男数人がゴルドの遺体を引きずってくる。おそらくワイバーンの記憶にもいたやつだ。
「こいつが教会に頼まれた男です」
「やっぱただの職人じゃねえか。何でこんなやつ。まあいい、とりあえず報告しておけ。確認だけさせて埋めておけ」
そこで俺は驚きのあまりマインドリードをいったん外す。まさかこいつらと教会の間に繋がりがあったとは。
「まじか……」
「どうでしたか?」
恐る恐るといった様子でシアンが尋ねる。
「こいつらが殺したらしい。だが、教会に頼まれたとか何とか言っていた」
「え、嘘ですよね?」
さすがのシアンもそれには当惑したようだった。いくら教会が腐敗しているとはいえ、汚職と人殺しでは全然違う。しかもこのような賊と繋がっているとは。
「だが、ゴルドさんは確かに街を出る前教会に行ったと言っていた」
「そうですが……それについて何か理由のようなことを言ってましたか?」
「いや、そこまでは聞いてない雰囲気だった。……もっと前のことも探ってみるか?」
「はい」
シアンが頷く。正直彼女にとっては酷な事実が明らかになりそうだが、それでも捨て置けることではないだろう。
一体こいつらと教会はどのような繋がりなのか。
「『マインドリード』」
俺は再び男の意識とリンクする。
それより前まで記憶を遡っていくと、それ以前も何回か教会の依頼を受けているようだった。しかし記憶が遡るにつれて、読み取れる内容の精度はだんだん落ちていく。自分の身に起こったことでも時間が経ってしまったことだと思い出せないのと同様だ。記憶の中で男は何度か教会に依頼を受けているようである。
大部分は魔物討伐や逃げた罪人の捕縛など普通の依頼だったが、ゴルドの件を知ってしまうと本当に罪人だったのかも怪しくなってくる。
そして彼らは代わりにお金や武器などをもらい、存在を黙認されているらしい。また、教会の指示とは関係のない盗賊行為も時々しているようだった。ただ、逆に言えば彼らはビジネスライクな関係で、教会の内情などは知らないようだった。
「どうでした?」
俺が意識を戻すとシアンが恐々尋ねる。気が付くと周りの賊はいなくなっていた。もし彼らが何らかの反撃手段を持っていれば厄介だが、そちらを気にしている余裕はない。
「こいつらは教会の下請けみたいな感じで、時々金をもらって教会の指示を聞いているらしいが、おそらく教会の内情は知らない」
「なるほど。教会と辺境伯は繋がっているので、それで討伐を免れているのかもしれませんね」
「そうなのか?」
しれっと恐ろしいことを言うなあ。
「はい、教会は聖水の販売などを黙認してもらう代わりに辺境伯に一定の献金をしています」
そこまで行くともはや教会の皮を被ったただの腐敗した権力である。
「で、どうする? というかどうすればいいんだ?」
「分かりません……でもアリアさんにはその通りに説明するしかないでしょう。それでその後にこの件を告発する? 誰に? この街にはこの件を裁く人はいないのに?」
シアンは頭を抱える。教会も辺境伯も絡んでいるのならそれと張り合える力を持つ人は街にはいない。それこそ隣の街か王国か……そこで俺は思い至る。
「なあ、もしやゴルドさんも何かを見てしまって身の危険を感じたか、告発するためにどこかへ行こうとしたのではないか?」
「それはあり得るかもしれません。ただ、何にせよまずはアリアさんに報告しましょう」
シアンは震える声で言った。
「でもいいのか? そんなことしたらシアンもこの街にいられなくなるんじゃないか?」
「だからと言ってこのようなことを見過ごすことは出来ません、例えこの街にいられなくなっても。え、でも街にいられなくなるのは……」
シアンは何かに気づいたように黙り込む。見過ごすことを出来ない、と言った時は考える間もなくという様子だった。彼女は正義感が強いからそう思うというのは理解できる。街にいられなくなって困る理由は……色々あるな。
「家族か?」
「ええ、まあそれもありますが……」
珍しくシアンは言葉を濁した。彼女が俺に対して歯切れの悪い態度をとるのは珍しいような気がする。こんな事実を知って混乱しているからだろうか。そして家族のことはそれもある、という程度なのか。それともよほど重要な何かが街にはあるのか。
「とりあえず、この場は離れた方がいいだろう」
「そうですね。ただ、街に戻る前に少し考えをまとめる時間をください」
シアンはかなり憔悴しきった様子で言う。
「ああ、俺も戻ったら聖水野郎に絡まれるかもしれないからな。それに、どの道ゴルドさんの遺品も回収したいからな」
「すみません、こんなことに巻き込んでしまって」
心底申し訳なさそうなことを言う。
「いいんだ、俺たちはパーティーだから」
「いえ、普通パーティーというのはそこまで深い関係ではないと思いますが。ふつう相手がそんな迷惑な人物だったら縁を切ってしまいます」
「せっかく俺がいい話でまとめようとしたのに」
「ふふっ、オルクさんはいい方ですね」
俺の言葉にシアンがようやく笑みを見せたので俺は少しだけほっとした。状況が状況だから仕方ないが、彼女は時折一人で思いつめたような表情を見せるので心配になる。
その後シアンが考え事をしている間、俺は森に入ってマインドリードの記憶を頼りにゴルドの遺体を探した。
ゴルドの遺体は森の奥の方に雑に埋められていた。こんなところ、探そうと思わなければ見つからないだろう。掘り起こすと、死体は腐りかけていたがゴルドは激しい怒りの表情で倒れていた。無理もない、非業の死だ。
本当は遺体ごと持ち帰りたかったが、下手なことをすると今度は街中で襲撃を受けかねない。そこで彼の剣だけを持ち帰ることにした。