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ミスリルゴーレム

 周囲に広がる平原の中央に小ぢんまりとした森がぽつりとある。リエールのような大都市より少し小さいぐらいだろうか。確かに街道を歩く人を襲う賊が隠れるにはうってつけの森である。


「とはいえ森の中では相手がどれくらいの規模でどんな者たちか分からないので困りますね。それに木々などに隠れて奇襲をかけられては厄介です」

「そうだな。いっそ森に火でもかけてみるか?」

「発想が物騒ですね。それに冬でもないのに火をかけるのは難しいですよ。ファイアーボールでも使えれば別ですが」


 さすがに少し引かれてしまった。実際のところ、生きている植物に火をつけて燃え広がらせるのは難しい。


「うまくいくかは分かりませんが、ここは私が呼びかけてみます、『ラージボイス』!」


 その名の通り声を大きくする魔法である。基本的な魔法なので誰でもすぐ使えるようになるようなものだ。

 シアンは大きく息を吸い込む。俺は少し彼女から距離をとった。


「森の中にいる賊に告ぐ! あなた方がそこに隠れているのは分かっています。今すぐ出頭しなさい! もし犯行を続けるようであれば周辺に通報して軍の出動を仰ぎますよ!」


 魔法の効果のせいで耳がびりびりするような声量が辺りに響き渡った。森の木の葉もかすかに震えていたように見える。やがて一人の男が木々の間からこちらを伺っているのが見える。


「『ダークブラスト』!」


 俺は森から離れたまま、男の足を魔法で撃ち抜く。男は悲鳴を上げてその場に倒れた。その後俺たちは森から十メートルほど離れたところから状況を見守る。


「『セイクリッド・バリア』」


 俺の目の前に俺たちより一回り大きいぐらいの聖なる防壁が出現する。そしてシアンが軽く防壁に触れると驚くべきことに魔法の防壁は透過した。

 近くから見れば白く輝く光が見えるのだが、遠くからでは何もないように見えるのだろう。シアンは俺のことをすごいすごい言うが、実は彼女本人もかなりの技量ではないか?


「これで後から出て来てくれればいいのだが」


 少しして他の男が出てきて、負傷した男と何か話しながらこちらを見る。さらに少しすると、数人の武装した賊が森から出てこちらへ歩いて来る。


「お前たち、俺たちが誰だか分かってるんだろうな?」


 その中の一人がこちらにドスの効いた声で叫ぶ。男の目付きは凶悪犯罪者のように歪んでおり、明かに賊であった。手には短剣を構えており、身体には身軽な皮鎧をまとっている。ワイバーンの記憶で見た賊と服装の雰囲気は一致する。やはりこいつらの仲間がやったのだろう。


「知らない、誰だ名乗れ」

「ふん、せいぜいあの世で悔やむことだな」


 そう言って男はこちらに走ってくる。賊であれば集団の名前を名乗るような気もするが、と俺は軽く違和感を覚える。悪名高い賊は大体〇〇団、××隊というような名前がついているイメージがある。


「気を付けてください、左右からも来ます」


 シアンが短く言う。

 男の部下と思われる、似たような恰好をした賊が二手に分かれて俺たちを左右から挟み込もうとする。


「『ダークブラスト』!」


 俺はまず右から来た賊に巨大な球体を発射する。

 が、これまでの敵と違いこの賊たちは軽い身のこなしでそれを避ける。そして短剣を構えてこちらに突っ込んでくる。


「ならばこれでどうだ」


 今度は魔力を四角い面状にして放出する。これなら身のこなしでかわしきることは出来ない。


「何だとっ!?」


 賊二人は避けようとするが間に合わず、壁に自ら突っ込むように魔力の塊に衝突し、倒れる。ただし慣れない形状だったから威力はさほどでもないはずだった。倒れた賊たちは体のところどころに穴が空いたような傷を負っている。


「馬鹿め、正面ががら空きだ」


 そう言って最初の男がこちらに短剣を振り下ろす。

 カン、と甲高い音がして短剣の刃先が見えない壁に当たって折れる。弾かれるのではなく折れるということは、なかなかの威力の一撃だったのだろう。当たっていれば危なかったかもしれない。

 しかし男はそれを見て呆然としている。


「馬鹿はお前だ……『ダークブラスト』!」


 今度はそいつの腹に魔力を撃ち込んで倒す。ぐわっ、と悲鳴を上げて男は倒れる。闇魔法で倒すと魔法を撃ち込んだところが傷ではなく風穴のようになるため、何度見ても慣れない。


 一方、左手から襲い掛かって来た賊たちの攻撃はシアンによって弾かれていた。男たちは目にも留まらぬ速さで斬撃を繰り出すが、全てが聖なる盾に阻まれる。


「私は防ぐことしか出来ないのでお願いします」


 シアンがこちらを振り向く。よそ見するほど余裕なのか。すぐに至近距離からのダークブラストで二人を倒す。


「ふう、これで全員か?」

「しかし闇魔術というのも難儀ですね。体に穴が空くのは私の魔法で治せるのでしょうか……え」


 シアンは何かに気づいたように絶句した。

 何だ、と尋ねようとして俺も気づく。


 周囲には驚くべき光景が広がっていた。


 いつの間にか俺たちをぐるっと取り巻くように数十人の賊が円形に布陣していたのである。戦闘に集中していたとはいえ、気づかぬうちにここまでするとは。


 さらに正面の森からどすんどすんという何か巨大な存在が動くような音が聞こえてくる。

 釣られて前を見ると、森からはのそのそとミスリルで出来たゴーレムが現れ、日差しを浴びて体がキラキラと光る。森の中にいるときは身をかがめていたのか、外に出てその身を起こすと全長は五メートルほどもあった。人間のような形をとっているが胴、腕、足がそれぞれ二つほどのパーツから出来ている上に顔には表情がないので少し不気味だ。そして右手には身長に見合う巨大な剣を、左手には大きな盾を持っている。ちなみに剣も盾もミスリルである。


「オルクさん、ミスリルには抗魔の効果があるのでこちらの魔法は通りづらいと思います。逆に、ミスリルの剣であれば私の防御魔法を破るかもしれません」


 シアンの表情に恐怖が宿る。

 ミスリルは物理的な硬度では黒鋼などに劣るが、抗魔の効果により武器や防具の優れた素材として高値で取引されている。そんなミスリルで出来た巨大なゴーレムがいるというのは尋常ではないことだった。


「それもそうだが、最近の賊は森にゴーレムを飼っているのか? やばすぎだろ」

「もはやただの賊ではないでしょうね。ゴルドさんは何かの陰謀に巻き込まれた可能性が高いです。どうしましょう?」

「とりあえず人間の攻撃を全部防いでくれ。魔法が通りづらいと言っても通らない訳じゃないだろ」

「はい」


 ゴーレムがどすんどすんと地響きを立てながらこちらに歩いて来る。それに合わせて周囲から矢や投げナイフなどひゅんひゅんと飛んでくる。


「『セイクリッド・フィールド』!」


 シアンが祈りを捧げるような動作をすると、俺たちは聖なる光で包まれ、飛んできた矢やナイフなどはぱらぱらと周囲に落ちていく。相変わらず味方にいると頼もしい力である。


「すいません、量が多いので長くは持ちそうにないです」

「大丈夫だ。どの道あれがこっちまで来たら終わりだからな……『ダークブラスト』!」


 俺はありったけの魔力をこめてダークブラストを発動する。というか、この戦いが終わったら俺はいい加減これ以外の魔法を覚えたい。

 俺の目の前に生まれた黒い球体は少しずつ大きさを増していく。

 が、それをゴーレムは待ってくれない。どしんどしんとこちらに近づき、剣を振り上げる。

 が、すぐに黒い球体はゴーレムの身長に並ぶほどの大きさとなった。それを見て、周辺から飛び道具で攻撃していた賊たちも思わず手を止める。


「喰らえ!」


 手元を離れた魔力の塊がゆっくりとゴーレムに向かって飛んでいく。ゴーレムはすぐにミスリルの大盾を構えた。盾も三メートルはあるし、厚さも五十センチ以上があるだろう。


 だが次の瞬間、盾は消滅した。


 一方の魔力には盾と同じ大きさに穴が空き、ドーナツのような形となってもゴーレムに向かって飛んでいく。輪の上の方はゴーレムの顔の辺りに、下の方は腹の辺りに。


 そして。


 ゴーレムの頭と腹部がごそっと何かでえぐりとられたようなくぼみが出来た。その衝撃のせいか、重要な機能が欠損したのか、ゴーレムの動きが一瞬止まる。


「くらえ!」


 俺は剣を抜くと跳躍してゴーレムに突きかかる。

 俺が跳ぶと目線がちょうどゴーレムの腹部の辺りの高さになる。俺はそこに全力で突きを繰り出す。

 俺の中にある魔力と反応して剣がまばゆいばかりの紫に光り輝く。剣先がゴーレムに触れそうになる直前、一瞬だけ見えない何かに阻まれる。もしやこれがミスリルの抗魔作用だろうか。しかし剣に宿った魔力はその壁を打ち破り、ゴーレムの腹部に触れる。


 ベリッ、という鈍い感触とともに俺の腕に痛みが走る。


 何という固さなんだ、こちらの腕が痺れそうになる。

 が、すぐに衝撃は固い物を貫く感触に変化する。

 

次の瞬間、バキッと剣にひびが入り、どしん、と地響きを立ててゴーレムは倒れた。

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