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ワイバーン

 街を出た俺たちは人気のない街道を歩いた。俺が最初リエールに来たときに通った街道と違い、こちらは打って変わって人通りがない。街から離れると俺たち以外の人影は遠くに数人いるぐらいといった感じであった。


 事件がどこでどのように起こったのかすら分からないため、俺たちは念入りに地面や周辺の草地を見ながら進んだため、進みは遅かった。


 分かりやすく血痕や武器などが落ちていれば良かったのだが、なかなかそういう痕跡もない。しかも俺たちが気づかなかっただけで実は現場を通り過ぎているという可能性も否定出来ず、調査は難航した。


「まずいな……俺たちのパーティー、探索が得意な人がいないんだが」

「そうですね。てっきり私も、もっとこの辺で魔物の動きが活発になっているとか思っていました」


 普通に考えて一人旅をしている人物が行方不明になるとしたら魔物に襲われてだろうな。しかし歩いているとのどかな街道でとても何かに襲われそうな雰囲気など全くない。


 そんなことを思っていると、突然視界の端にワイバーンが映った。ワイバーンは竜の亜種で、巨大な翼と鉤爪、尻尾を持つ。今空を飛ぶワイバーンも身長十メートルはあろうかという巨大なものだった。

 ただ、魔物の中ではそこまで狂暴ではなく、時々降下しては動物を食べ、再び空に戻っていくという感じである。肉が少ないからか、人間はそこまで好まないらしく、ワイバーン討伐に失敗した人間以外で殺された人間の話は聞いたことがない。


 もしワイバーンが急降下してゴルドをぱくりと咥えて空に戻り、空中でゆっくり食べたとかだったら探しようがないな、などと思っていると。


「そうです! この辺を飛んでいるワイバーンならゴルドさんの失踪を目撃している可能性があります」

「まあそれはそうだが……目撃していたとしてどうするんだ?」


 シアンが名案を見つけた、みたいなテンションで言うがワイバーンは人間の言葉を理解しないし、話すことも出来ない。


「闇魔術が使えるのであれば何とか心を読むことが出来るのでは?」

「確かに闇魔術は精神に関する物が多いが……心を読むようなものは知らない」


 心を読むというからにはおそらく高度な魔術なのだろう、残念ながら受付嬢から売りつけられた本には高度な魔術は載っていなかった。俺の言葉にシアンは少し落胆する。

 が、シアンは諦めなかった。


「そうですか……。あ、でももしかしたらオルクさんほどの方でしたら今使えるかもしれません。呪文は『マインドリード』。魔力を相手の脳に侵入させて心の中を覗くようなイメージで使ってみてください」


 ふと俺は何でシアンがそんな闇魔術に詳しいのか疑問に思ったが、それよりは知らない魔法を試すチャンス、という気持ちが勝った。

 俺は大空を優雅に羽ばたくワイバーンを見ながらその頭部に狙いを定める。ワイバーンはそんな俺たちのことなど眼中にないようでのんびりと空を舞っている。


「『マインドリード』!」


 俺が唱えると闇の魔力がビームのようにワイバーンの頭部に向かっていく。

 すると、途中でそれに気づいたワイバーンは無造作にそれを鉤爪で払った。

 鉤爪に触れた魔力は音もなく霧散する。

 さすがに魔物の王者である竜種の亜種だけあって、耐魔の力も持っているようであった。


 そして、魔法を使った俺に気づいたワイバーンは一声雄たけびを上げると、こちらに向かって恐ろしい形相で飛んでくる。どうも俺たちは敵意を持っていると認識されたらしかった。


「なあ、ワイバーンって普段襲って来ないだけで強さ的にはAランク以上じゃなかったか?」

「そうですね……すみません、事件を解決することだけ考えてそのことを忘れていました……『セイクリッド・バリア』」


 シアンが呪文を唱えるとワイバーンの目の前に聖なる光で巨大な盾が形成される。

 ガコン、と勢い余ったワイバーンが顔面から盾に体当たりしたが盾はびくともしなかった。盾までの距離は十メートルほどあるが、相手が巨体なのですぐ近くに感じる。


「今のうちにお願いします」

「分かった、『マインドリード』!」


 俺は再び呪文を唱える。

 しかしマインドリードを使おうにもワイバーンの脳に魔力を侵入させるというイメージは存外難しい。一歩でも間違えるとワイバーンの頭を吹き飛ばしてしまう魔法に変わってしまいそうなのである。使い慣れていないということもあってうまく威力を載せることが出来ない。

 結果、再びワイバーンの鉤爪に一蹴される。


「そんな、オルクさんの魔法でも弾かれるなんて」

「いや……繊細な魔法だから威力を上げるのが難しいんだ」


 例えるなら細い穴にこぼさずに水を注ごうとすると注げる水の量が減ってしまう、というような感じだろうか。

 俺が失敗しているうちにワイバーンは今度は翼でバリアを強打した。

 ピキッ、と嫌な音がしてバリアに亀裂が入る。

 このままマインドリードを何度も試している余裕はなさそうだった。


「仕方ない、一度撃ち落とす……『ダークブラスト』!」


 俺は多めに魔力をこめて直径二メートルほどの魔力の球を作る。


「そんな大きなダークブラスト、初めて見ました」


 驚くシアンを横目に魔力の球体はバリアに阻まれているワイバーンの元へゆっくりと飛んでいき、その巨大な翼に命中した。ワイバーンの翼は魔力の球体よりもさらに大きかったが、手加減なしの攻撃魔法によりズブリとえぐられる。

 次の瞬間、ワイバーンの巨大な翼にはきれいな円形の穴が空いていた。


「キィェェェエェ!」


 ワイバーンは鋭い悲鳴を上げてどさりと地面に落ちる。翼に大穴が空いてはこのような巨体で飛び続けることは不可能だったのだろう。

 しかし地に落ちたワイバーンはなおも奇声を上げながらこちらに駆け寄ってくる。さすがにAランク魔物だけあってバイタリティは凄まじい。


「シアン、もう一度動きを止めてくれ」

「分かりました……『セイクリッド・バリア』!」


 再び聖なる盾が形成されるが、ワイバーンはそれに気づいてか気づかずにか、物凄い勢いで突進する。ドン、と鈍くて重い音が響いてワイバーンの動きは止まる。


「よし。『ダークブラスト』!」


 俺は再び黒い球体を生成する。今度の目標は胴体である。相手が死んだら記憶は読めないし、かといって気絶させて動きを止めないと『マインドリード』を通せる気がしない。

 そんな板挟みに苦しみつつ、今度は球体をワイバーンの胴体をかすめるように飛ばす。球体が通り過ぎて消えていくと、ワイバーンのあまり太くない胴体が半円形にえぐれていた。


「キュェェ……」


 限界に達したのか、ワイバーンは弱々しい悲鳴を上げてその場に倒れる。


「ふう、殺さずに仕留めるのは難しいな」

「いえ、Aランク魔物を生きたまま気絶させるのも十分でたらめだと思いますが。あと普通、口で説明しただけでこんな高度な魔法使えませんよ」


 シアンが呆れたように言う。


「そうか? とはいえ、問題はここからだな」


 そう言って俺はワイバーンの頭部の近くまで歩いていく。

 急に目覚めたときの保険だろう、シアンが俺とワイバーンの間に聖なる盾を出してくれる。ありがたい。


「『マインドリード』!」

 俺は今度こそ魔力を狭い穴に注ぎ込むように、ワイバーンの脳に送り込む。

 すると不意に俺の視界が真っ暗になった。もしかしてワイバーンの思考を読むことに成功したのだろうか。俺は何とかここ数日の記憶を遡ろうとする。

 ワイバーンの中では下を通る人間のことなどいちいち記憶されておらず、ゴルドの記憶を探すには記憶を全て遡らなければならず、すごく大変だった。せめて何日前かだけでも分かれば良かったのだが。


 どのくらい長い間退屈な平原の映像を眺めた後だろうか。不意に俺は馬に乗って街道を駆ける一人の人間が数人の人間に道を塞がれる映像を発見した。

 残念ながらワイバーンの記憶の解像度ではそれがゴルドなのかはっきりとは特定出来ないが、この周辺でそんなに何人も失踪しているということはないだろう。


 ゴルドらしき男はしばらく口論していたが、やがて戦いになった。が、多勢に無勢。すぐにゴルドは負ける。ゴルドの生死は不明だったが、そのまま彼の体は運ばれていき、一人がその場に残った何かをしていた。おそらく現場を隠蔽しているのだろう。

 俺はさらに男たちがその場を去って少し離れた森に入っていくのを見た。その森にゴルドを隠しただけなのか、そこを拠点に活動している賊なのかはよく分からない。ちなみに薬草をとりにいった森ではない。


 そこまで見て俺はようやくワイバーンとのリンクを切った。


「どうでした?」


 そんな俺をシアンは心配そうに見つめる。


「かなり手間だったが、大体分かった」


 そして俺は今見た内容をシアンに説明する。

 今のところ予想の範囲内であったこともあり、シアンは表情を変えずに言った。


「なるほど。この辺に賊が棲みついたかもしれないということですね。賊であれば必ずしも殺されたとは限りませんし、行きましょう」

「ああ」


 こうして俺たちはその森に向かった。

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