【幕間】 シアン Ⅰ
幼いころから、私は他人に合わせるのが苦手だった。
別におちこぼれだった訳ではない。
勉強も出来たし、魔法の覚えも速かったからお父さんとお母さんもいつも私を褒めてくれた。
でも、そういうことが出来るからといってうまく生きていけるという訳ではないと思う。やろうと思って出来ないことはなかったけど、私はうまく生きるということだけが出来なかった。
両親が熱心なディアノール信者だったこともあって、私は幼いころから教会の施設で育てられた。よそで言う学校みたいなところで、勉強や礼拝、時には遊んだりもした。そこには同年代の子も何人かいて、似た境遇の者同士自然と友達になった。彼らは特別にいい人でも悪い人でもなく、普通の子供だったと思う。でも、私だけ何か違った。
最初に違和感を覚えたのは六歳のころだった。
皆と外で遊んでるとき、誰かが虫を捕まえて、解剖しようと言った。それは子供らしい好奇心と無邪気な残虐性の発露だったと思うのだけど、私はそれが嫌だった。そういうのやめようよ、可哀想、というようなことを言ったがみんなは、だって虫だよって首をかしげた。
その後も似たようなことが何回かあった。十歳ぐらいの時、私たちが街で遊んでいると、視界の端に物乞いが映った。私は可哀想、と言って食べ物をあげようとしたけど止められた。
何でって聞くと親からああいう人には関わらない方がいいと言われたからだと言う。他の子たちも私が意見を求めるとそっと目を伏せた。私に賛成にしろ反対にしろ、一言ぐらい何か言ってくれてもいいのに。
極めつけはやっぱり聖水の件だと思う。大人たちもさすがに一抹の罪悪感があるのか、出来るだけ子供の私たちの前で聖水の話をすることはなかった。
しかしあるとき、たまたま私たちはその現場に遭遇してしまった。他の子も別にそれがいいことだと思った訳ではないんだろうけど、その時言葉を発したのは私だけだった。
私が口を開くとなぜか微妙な空気になった。友達は私にもうやめた方がいいよって言ったけど私はやめなかった。そしたら、なぜか私が悪いみたいな空気になった。
それから、その子たちと話すことはだんだん減っていった。
前にある人にこの話をしたら、「シアンは正義感が強い人だね」と言われた。でも、それだけではないと思う。他の子も私とそんなに価値観が違っていたとは思えない。
ただ私は、他人の優先順位が一律なんだと思う。友達も、解剖されそうになっていた虫も、物乞いも。前にこの街では(もしかしたらこの国全体でも)珍しい異教徒の人がいて、他の子はその人をなぜか避けていたけど、私は何も思わなかった。
そんな私は自然と教会の中では腫物のような扱いになっていた。表立っていじめのようなことをされなかったのは、やっぱり友達も悪い子ではなかったというのと、たまたま私の魔力が高かったからだと思う。
まあ、私と関わらない方がいいという噂が流れているというのはどうしても耳に入って来たけど。
その後も色々あって、私はオルクさんと出会った。
そもそもの発端は私が教会で当番の時に一人の男性が駆け込んできたことだった。聞いてみると妻が難病にかかり、治療には月光草という簡単には手に入らない薬草が必要ということらしかった。大司教様なら魔法で治せるかもしれないけど、あいにく大司教様は現在王都に出張中で留守だった。
私は教会の神官の方々に月光草がないか尋ねたが、ないということだった。
そこで私は今度はお金を貸して欲しいと頼んだ。街を探せばどこかには売っているだろう。しかし誰も私にはお金を貸してくれなかった。私のためじゃないはずなのに。
仕方なく私は一緒に薬草を採りに行ってくれる人を探した。しかしたまたま会った冒険者は皆別の依頼を受けていると言った。急を要する依頼だったのでそれが本当なのかはいちいち追及しなかったけど。
途方に暮れた私は一人で森に行こうと思った。私は攻撃魔法は使えないけど、魔物に会ってもずっと防御魔法を張り続けていればそのうち諦めて去っていってくれるかもしれない。
そんなことを考えて森に行く途中、私は街の外で一人魔法の練習をするオルクさんと出会った。
オルクさんは膨大な魔力を持つなのに自分が強いと思ってないというちょっと変わった人だったけど、初対面の私の願いを快く聞いてくれた。
その後も彼はキングフォレストウルフを一刀両断にするなど規格外の力を見せた。そして私の依頼を手伝ってくれたのにも関わらず謝礼を要求しなかった。それについては急いでいたあまりギルドを通さない依頼にしてしまった私が悪かったのだけど。
翌日、パーティーを組んでくれないかと言われた時には驚いた。本来私は教会勤めだから冒険者にはなれないのだけど、私の場合はむしろいなくなって欲しいとすら思われているかもしれない。
だからそれはある意味問題なかったけど、その時すでに私は私と仲良くしようとする人が嫌がらせを受けているのではないかという疑念があった。本来ならその事情を話して断るべきだったのかもしれないけど、私はお試しという予防線を張ったとはいえ、つい申し出を受けてしまった。
自分でもそんな自分の決断に驚いたけど。隠し事をしてまで誰かと一緒にいたいと思うことがあるなんて。
その後私たちは依頼を受けて街に出た。そして運悪く聖水売りの現場に遭遇してしまった。私は止めようと思ったけど、何とオルクさんは私の代わりに行ってくれた。私は教会内でも腫物みたいな扱いになってるから何を言っても許されるけど、ただの冒険者に過ぎないオルクさんがそんなことをしたら。
結局、野次馬の後押しもあって詐欺師が逃げていったから解決(?)したけどこの後オルクさんがどうなるか分かったものではない。だから私は神官が去った後オルクさんに言った。
「気遣ってもらったのはありがたいです。でも、これで街にいられなくなるかもしれないんですよ。もうこういうのはやめましょう」
「俺は旅人だから、そうなったらまた別の街に行けばいいさ。でもシアンはそういう訳にはいかないだろ?」
私はなぜかその言葉を聞いて不愉快に思った。
「他の街に行けばいいなんて、私とパーティーを組みたいという気持ちは嘘だったのですか」
言ってしまってから私は驚いた。本当はもっと、「自分を大事にしてください」とかそういうことを言おうと思っていたのに。
私は彼にパーティーを組んでもらって嬉しかったのだろうか。一人でいるのは慣れていると思ったいたけど、やっぱり心は仲間になってくれる人を求めていたのだろうか。
私の言葉はオルクさんにとっても予想外だったのか、狼狽する。
「いや、そういう訳では……」
「すみません、つい変なことを言ってしまって……」
その後私たちはお互い何と言ったらいいか分からず黙り込んでしまった。でも、今までの教会の人たちが私といるときの腫物に触るような沈黙と違ってその沈黙は悪くなかった。
今まで私にとっては私と家族を除いた他人は皆同じ存在に過ぎなかった。でもそんな私にもようやく特別な他人が出来たのだろうか。
そしてふと思う。オルクさんは私の秘密を知っても嫌いにならないでいてくれるかな、と。
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