暴虐幼馴染エルナ
回想
幼いころのエルナは昔話に出てくる聖女のような天使のようにいい子だった。俺たちは親同士の仲が良かったし、家も近くだったから自然と仲良くなり、よく一緒に遊んだ。中でも好きだったのは「英雄ごっこ」である。
俺が棒きれを持って剣聖となり、エルナが聖女になり、力を合わせて魔物を倒す。なぜそうだったかと言えば、俺は剣聖アレクセイの息子でエルナは聖女シルダリアの娘だったからである。
ついでに言えば、俺は知らなかったが当時すでに俺たちは婚約させられていたという。俺たちが剣聖と聖女を継げば晴れてお似合いの夫婦という訳だ。もっとも、それが当然という雰囲気で育てられたから疑問を持ったのはつい最近であるが。
その日もいつもと同じように俺たちは家の庭で遊んでいた。俺たちの家はどちらも広かったからいつも互いの家を行き来していたが、その日は俺の家だったような気がする。
「大変ルクス、西の方に魔王が復活したの」
エルナが慌てた表情でこちらに走ってくる。
「何だと? それは大変だな、倒さなければ」
俺がわざと深刻そうな表情で応じると、エルナは目を閉じて祈りを捧げるような仕草をした。
「剣聖ルクス、神からのお告げで今回の敵と戦うには聖剣エクスカリバーが必要とのことが分かったわ」
「な、それはどこだ!?」
「案内する」
俺がエルナに手を引かれて歩いていくと、庭の端に聖剣っぽい棒切れが突き立てられているのに気づく。
「こ、これが聖剣エクスカリバー!?」
「そう、これを抜けるのはルクスしかいない」
「分かった、うおおおおおおおおおお!」
俺は大仰な身振りをしながら剣を抜く。例え土に刺さっているだけだったとしてもすんなり抜いてはいけないのだ。それを見てエルナは嬉しそうにする。
「さすがルクス、よし、魔王を倒そう」
「よし、喰らえセイクリッドソードブラスト!」
「ホーリー・エクスプロージョン!」
さすがに魔王役なんてものは存在しなかったので、俺たちは空中に向かってオリジナルの技を打ち込んでいく。そしてひとしきり技を使い終えたところで魔王は倒される。
「よし、ようやく魔王が倒れた……ふう、今回は危ないところだった」
「ありがとうルクス。あなたのおかげ。実は今日はあなたに渡したいものがあったの」
「ん、何だ?」
急に、今までのごっこ遊びにはなかった流れが出てきて俺は困惑する。するとエルナは少しもじもじしながらきらきらした宝石がついたブレスレットのようなものを取り出した。
「こ、これは……?」
「プレゼント。ルクスがこれをつけていれば、私たちはずっと一緒にいられるから」
「あ、ありがとう」
そう言って俺はブレスレットを腕に嵌める。
それが俺とエルナの黄金期であった。
現在
「ちょっと、何回も言うけど剣聖になるあんたが私より剣が弱いってどういうこと!?」
俺は痛む肩をさすりながら無様に尻餅をついている俺に容赦なくエルナの罵声が飛ぶ。少女ながらにエルナの一撃は重く、もろにそれを受けた肩はずきずきと痛む。
「だから言ってるだろ、俺は剣には向いてないんだって」
「は? 何甘えたこと言ってるの? あんたは剣聖にならなきゃいけないの。大体、私にすら勝てないなんて向いてる向いてない以前の問題じゃないの?」
俺の言葉にエルナは眉を吊り上げて激怒する。その表情ですら美しく見えるのが余計に腹立たしい。
俺と同い年で十五になったエルナは美しい金色の長髪に透き通るような碧眼、そして人形のように整った顔を併せ持つ、類まれな美少女に成長していた。
今は剣術の稽古をしているため、ポニーテールにしているがそれもそれできれいだ。ラフなシャツとスカートに、肩・肘・膝を守る防具と胸当てしかつけていないのだが、それなのに立派な騎士のような風格がある。
普通の私服を着ているときはどこかの姫ではないかと見まがうような厳かな雰囲気もあるという完璧女子だ、見た目だけは。
しかし幼いころはいい子だったはずのエルナはいつのまにかとんでもない暴君に成長していた。俺の父と母が魔物討伐で家を留守にするのをいいことに、彼女は頼まれもしないのに俺に“稽古”をつけに来るのである。
どこでこうなってしまったのだろうか。明確なタイミングは思い出せないが、俺たちのごっこ遊びが「お稽古」に進化してから少しずつ雲行きが怪しくなっていったような気がする。
そもそもエルナは母の跡を継いで聖女になるはずで、俺との稽古は最初はただのお遊びだったはずだ。しかしその「お遊び」で俺がエルナに叶わなかったのがお気に召さなかったのだろう、気が付いたらこうなっていた。
「ほら、十秒以内に立ち上がりなさい? そうしないと稽古を再開するけど」
今も彼女は俺を見下したまま理不尽なことを言う。竹刀を使っているとはいえ、エルナは一切の容赦をしないから俺の右肩は激痛が走ったままである。
「はい、十、九、八、七……」
こういうときのエルナは本当に容赦しないことを俺は経験で知っている。仕方なく近くに転がっている竹刀を拾って立ち上がろうとする。
「いてて……」
しかし足でも捻ったのか、うまく力が入らない。
「三、二、一.全く、立ち上がることすら出来ないなんて本当にがっかり」
そう言ってエルナは無慈悲にも竹刀を振り上げる。俺は尻餅をついたまま慌てて竹刀を構えるが、体勢差がある状態でただでさえ俺より強いエルナの一撃を受けられるはずがない。
「痛っ」
次の瞬間、衝撃が走ったかと思うと竹刀は俺の手から離れてどこかに飛んでいき、エルナの一撃が俺の腹に命中する。
「ごほっ、ごほっ」
容赦ない一撃を受けて俺は思わず吐きそうになる。
が、そんな俺を見ても彼女は表情を変えない。このままではそのうち殺されるか、それに近い大怪我をさせられる。そう思った俺は無駄と知りつつも必死で訴える。
「やめてくれ……やっぱり俺に剣は向いてないんだ。それに俺には魔力がある。だから魔術師の方が向いてるんだって」
「だから何度も言ってるでしょ。あんたは剣聖になるの。それにいくら魔力があっても魔法の一つも使えないでしょ?」
「それは……俺に魔法を学ぶ機会がもらえないから。毎日毎日こんなことされたらどんな才能があっても使える訳がない」
俺は必死で反論したが、一方で自分の才能の無さも痛感していた。いくらエルナが横暴とはいえ、家で本を読む時間ぐらいはある。また、父は剣聖とはいえ仕事柄、最低限の魔法に関する本は置いていた。
俺は密かにそれを読んでは練習をしていたのだが、今まで使えたのは基本的な魔法ばかりだった。
「は? あんたがこそこそ魔法の本読んでるのを知らないとでも? 大体、こんな根性のなさじゃ剣だろうが魔法だろうが芽が出る訳ないでしょ。だからまずはその腐った性根から叩き直してあげるって言ってるの」
そう言ってエルナはこんこんと竹刀で俺の足をつつく。
「ほら、早く立ちなさいよ。寝っ転がってるあんたを攻撃しても何の訓練にもならないから」
こいつ……。お前の言っていることなんて今のご時世、時代錯誤野郎しか言わないような精神論だぞ。こんないかれた精神論で稽古をつけられたところでまともに上達する訳もない。無駄に体にあざが増えていくだけだ。
とはいえ、立ち上がらなければまた殴られる。俺は恐怖に駆られて体を起こそうとする。
「うっ」
そこで再び俺の足首に痛みが走る。そう言えば足首を捻ったんだった。
そんな俺の情けない悲鳴を聞いて再びエルナの表情が怒りに染まる。まさかこれ以上怒りに染まる余地があるとは思っていなかったが。
「何あんた、もしかして怪我してるの? それならさっさと言いなさいよ。『ヒール』」
彼女はしゃがむと、竹刀を置いて俺の足に手をかざす。呪文を唱えると彼女の手から聖なる光が溢れ出て足首の痛みが引いていく。
そう、こいつは鬼のように剣が強いが、別に聖女としての魔法も使えない訳ではない。というか、同年代ではトップクラスだろう。
そうだ、そう考えると俺はこいつに殺されることすらなく、一生しごき続けられるのではないか。
そこで俺の中に明確な恐怖の感情が現れた。今のこの辛さは辛いとはいえある程度慣れた。耐えられないというほどではない。
だがこれが一生続く? そんなことは絶対嫌だ。
「治った? 全く、自分の体のことぐらい自分で把握しておきなさいよ」
そう言って彼女はしゃがんだまま俺に尋ねる。
そこでふと俺は気づく。もしかしたら今はチャンスなのでは? こいつは今竹刀を持っていないし、俺が怪我をしたと思って油断している。
そしてもしこの機を逃せば今日もあと数時間はぼこぼこにされ続けるだろう。そして明日も、明後日も。そんなのはもう嫌だ。俺は心を決めた。
18時にもう一話投稿予定です。