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40 フェリエの制裁①

 サラは時間を掛けて、自分の生まれや境遇、今に至るまでにどういうやり取りがあったのかを説明した。


 自分は男爵家の娘で、十二歳の頃に事故で両親を喪い孤児になったこと。

 その後はとこの関係にあたるエルミーヌ王女に引き取られ、彼女の影武者として育てられ、侍女として仕えるようになったこと。

 約一年前の国境戦でサレイユが敗北した後には、国王の命令によってサラがエルミーヌの身代わりになったこと。


 ……ちなみに、フィルマンとのやり取りは割愛しようとしたが、「王女は市井でやっていけるのか」と国王に尋ねられたため、どうしても説明が必要になった。


 元恋人と元主君の恋愛沙汰について話すときほど鬱憤が溜まることはなかったが、隣でリシャールが静かに怒ってくれ、話を聞いた国王が「うわ、何その屑男」、太后が「同じ女として、どうかと思います……」と言ってくれたので、だいぶ溜飲は下がった。


 リシャールは始終言葉少なで、サラの手を握っていた。だがサラが言葉に困ったときは優しく肩を抱いてくれ、サラが思いきって真実を告げると頷きながら話を聞いてくれていた。


「……なるほど。義姉上はエルミーヌ王女の侍女で、王家の我が儘に振り回されてきたと……」

「申し訳ありません……」

「謝る必要はない。義姉上が暴露すればサレイユもあなたのことを生かさなかっただろうから、ずっと抱えるしかないだろう。……まったく、あの王家は本当に懲りない。国境戦で追い返すだけじゃなくて、王族の首を持ってこいと言えばよかっただろうか」


 まだ幼さ残る顔立ちでとんでもないことを言う国王の傍ら、しばらくの間黙っていた太后がおもむろに口を開いた。


「……エルミーヌ様――いえ、サラ様。実はわたくしは、あなたの正体に予想が付いておりました」

「……え?」


 サラだけでなく、リシャールの声も被る。


「太后陛下、それはいったいどういうことですか……? 俺もそんなの、聞いていません!」

「わたくしも、完全な自信があったわけではなかったので。……サラ様、あなたはわたくしの異能についてご存じ?」


 太后に問われ、サラは首を横に振った。


「ええ、そうでしょうね。……リシャールは知っていますよね?」

「……太后陛下の異能は、『触れたものの記憶を読む』力ですよね」


 どことなくしっくりこない様子でリシャールが言ったので、サラは首を捻って彼の顔を見上げた。


「ものの記憶……ですか?」

「ああ。俺も数年前に初めて知らされた。これまでにもあまり例がなく、非常に珍しい異能だとされているんだ」

「リシャールの言うとおりです。わたくしは……全てのもの、というわけではありませんが、触れたものが『経験してきた』世界を読み取る力を持っているのです」


 ――太后曰く、指輪や勲章、年季の入った茶器などの多くは、「記憶」を持っているという。

 どういう場所で作られたのか、どういう人が買っていったのか、どういう人がそれを使い、次の世代に受け継いでいったのか――まるでその「もの」が見てきたかのような世界を、部分的にではあるが読み取ることができるという。


「わたくしが読み取れるのは、長い間人の感情に触れてきたもの。家宝の剣や宝飾品などだと、かなりの確率で『記憶』を読めますし、寿命の短い紙や一定の感情を注がれることのない家屋などからは読むことができません」


 そして、と太后は、緑の目をサラに向けた。


「……サラ様。あなたは以前、愛用しているコサージュをわたくしに貸してくれましたね。今日も身につけているようですが」

「はい。……あっ、まさか」


 先日の襲撃で破損してしまったコサージュ。今日の訪問の際、太后から「コサージュを着けるように」と指示があったので不思議に思っていたサラだったが、そこまで言われてピンと来た。


 おそらく太后は、サラが愛用しているコサージュに興味を持ち、「記憶」を見てみようとした。

 そうして――彼女は気付いたのだろう。


 太后は頷き、「もう一度、貸してくれませんか」と言った。

 サラが緊張しつつトレイに乗せて渡すと、太后はそれを手にとって目を閉じ、かなり長い間沈黙した。


 今、彼女はコサージュの記憶を読み取っているのだろう。先日よりもずっと長い時間黙っているので、前回よりしっかり読み取ろうとしているようだ。


 サラたちが見守ることしばらく。

 太后はゆっくり目を開け、サラを見ると微笑んだ。


「……コサージュが持つ最初の記憶は、下級貴族の男性が女性にそれを贈っている場面です。やがて女性はそれを身につけてささやかな結婚式を挙げ、生まれた娘にもよく触らせ――女性が事故で亡くなるその瞬間も、コサージュは記憶していたようです」

「っ……!」


 サラの体が震え、リシャールがぎゅっと抱きしめてくれる。

 彼の胸の温かさに身を委ねつつ、サラは太后の言葉を待った。


「母親の死後、コサージュは十歳そこそこの娘の手に渡りました。娘は自分とよく似た少女に出会い、彼女の住む城へ連れて行かれ――大きくなっても、辛いことがあるとそのコサージュに呼びかけていましたね。政略結婚が決まった後も、リシャールと仲よくなりたいと願っていたあなたの声。リシャールとすれ違ったときには辛い思いを吐き出す声を、コサージュは記憶していました」

「そ、そこまで読み取られていたのですか……」


 そういえば、フェリエに向かう船でも気合いを入れるために、リシャールの肖像画とコサージュを並べてこっ恥ずかしいことを呟いた気がする。


 これまでの自分の痴態をあけすけにされたようでざあっと青ざめた後、頬を火照らせるサラだが、太后は微笑んで手を振った。


「あら、そんなに恥ずかしがらなくていいのですよ。……本当に断片的な記憶だけでしたが、サレイユ王に蝶よ花よと愛でられて育った王女にしては不可解な場面が見られたので、妙だとは思っていました」

「……それで太后陛下は、私の正体を――?」

「いえ、そもそもコサージュから読み取れる記憶は『視覚』はともかく、『音声』まではうまく読み取れないことが多いのです。ですから、前回の短時間で読み取れるだけの情報では、あなたの過去について確信を持つことができず……そうしているうちに、サレイユの者にあなたを襲わせる結果になってしまいました」

「……いえ、そんなこと! ……あの、陛下。発言してもよろしいでしょうか」

「ああ、どうぞ」


 国王に続き太后も頷いてくれたのを確認し、サラはきちんと座り直した。


「私を襲ったのは、サレイユ人ではないかということですが……それで、間違いないと思います」

「何か、他に思うことでもあるのか?」

「……。……殿下、先日私は殿下が淹れてくださったお茶を辞退したことがありましたよね」


 隣を見上げて問うと、リシャールは目を丸くした後に頷いた。


「あったな。……それについて、教えてくれるのか?」

「はい。実は――」


 サラが紅茶に入っていた毒のことを言うと、一瞬国王と太后がリシャールに視線を向けたのが分かった。

 だが続く説明を聞くと、二人とも難しい顔になって顔を見合わせる。


「……サレイユから取り寄せた茶に、毒か」

「リシャール、あなたは当然、サラ様のカップに毒草なんて入れていませんよね?」

「当然です! ……そういうことか。俺が君に毒を盛ったのだと思って、君は俺を避けていたんだな」

「……はい。誤解させるような行動をして、申し訳ありませんでした」

「違う、君を悲しませたのは、毒を盛った張本人だ。……待てよ、では、毒はあらかじめ茶缶に入っていたと……?」

「私は、そう思っています」


 もしサラが本当のエルミーヌだったら、紅茶に毒を入れたりはしなかっただろう。

 そして、リシャールに毒入りの紅茶缶を渡した者――おそらく使者の目論見は。


「サレイユは……私をエルミーヌ様として消そうとしたのだと思います。最初は紅茶に入れた毒で、次は夜会の襲撃で。茶缶には細工をし、最初の茶葉にだけ毒が混じるようにすれば、後で缶を調べられても毒が検出されることはなく……妃殺しの罪を殿下に着せることができる」

「……そうか。フェリエ側の仕業を装って義姉上を殺害し、人質の王女を殺したとして侵略戦争を吹っかける……といったところか」

「しかし、毒入りの茶缶を作ったとしても、それを飲むのがサラ様だけとは限らないでしょう。今回は偶然、リシャールは別のものを飲んだようですが……」

「……いえ、使者は俺と話をしたとき、味が濃いから俺の舌には合わないだろうとやんわりと遠ざけてきました。それに……きっと当時の計画としては、毒を呷るのは俺でも妃でもよかったのでしょう」


 なるほど、と渋い顔をする国王に太后が問うと、彼の代わりにリシャールが苦々しげに口を開いた。

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