39 告白
本城で開かれた夜会の真っ最中に起きた、血みどろの事件。
国民たちに対して情報規制が入ったがそれでも、多弁な民たちの口を完全に封じるには至らない。
「殿下が、いきなり『黒き獣』に変化したらしい」
と、ある者は怯えた顔で言い。
「刺客は王兄妃殿下のことを、『悪魔』と呼んでいたそうだ」
と、ある者は難しい表情で言い。
「刺客は妃殿下を襲う際、『フェリエ王家に、栄光を』と叫んでいたという」
と、ある者は呟いていた。
夜会の最中に王兄妃が襲われた事件に関して、速やかに捜査が始まった。
と同時にリシャールは本城に召喚され、離宮にいるサラは何日も彼に会えない状況になってしまった。
「クレア……殿下は、大丈夫なの? 元気にされているの?」
サラが急いて尋ねると、本城へのお遣いから帰ってきたばかりのクレアはサラを安心させるように微笑んだ。
「ええ、大丈夫ですよ。ただ、殿下の異能についての情報管理と、エルミーヌ様を襲撃した犯人についての尋問に手こずってらっしゃるようで」
クレアの言葉にひとまず安堵したが、同時に巨大な槍で胸を刺されたかのような衝撃を受ける。
(……私のせいだ)
実は昨日、ダニエルが現状を報告しに来てくれたのだがそのときに、「襲撃犯は、サレイユ人の可能性があります」と言っていたのだ。
彼はサラを襲う際に、「悪魔」とか「フェリエ王家に、栄光を」と叫んでいた。だから最初は、サラを疎ましく思う親王家の過激派かと思われたのだが、どうもそうではなさそうだと分かったという。
すぐさま国王は、城に滞在していたサレイユの使者を捕まえて事情を吐かせようとした。だが彼は「そんな男は知らない」「なぜ我が国がエルミーヌ様を害さなければならないのだ」の一点張りで、埒があかないそうだ。
(私が真実を言わない限り、きっとこの問題は解決しない。それに、フェリエ内での問題がサレイユに伝われば、国王がどう出るか分からない……)
そこでサラははっとし、部屋の天井を睨み付けるように見つめる。
(もしかして、これが目的……? それなら――いい加減、私も腹を括らないと)
「失礼します、陛下」
「ああ、よく来てくれたね、義姉上」
サラを出迎えた国王エドゥアールは、以前と同じ穏やかな微笑みを浮かべている。だが夜会の事件で憔悴しているのが明らかで、まだ十代後半だというのにその表情はかなり老けて見えた。
サラが通された本城の応接間では、国王と太后、そしてリシャールが待っていた。サラが無理を言ってこの場を設けてもらったのだが、顔を上げたリシャールの緑の瞳と視線がぶつかり――また会えてよかった、と一番に思った。
「失礼します、本日はわたくしのために時間を取っていただき……」
「はい、そこまで。……義姉上、私や母上より優先するべきことがあるでしょう?」
はやる気持ちを抑えて礼儀正しく挨拶しようと思ったら、国王が割り込んできた。
驚いて顔を上げると、微笑む国王と太后、そしてその向こうで気まずそうに視線を逸らすリシャールの姿が目に入り――じわっと涙腺が緩んだ。
「……し、しかし!」
「それじゃあ、国王命令。……エルミーヌ妃よ、兄上のもとへ行きなさい」
笑顔で下されたのは、これほどなく優しくて思いやりに満ちた命令。
サラは目を丸くした後、リシャールを見て――ドレスの裾を掴むと、彼に駆け寄った。
「っ、殿下!」
「妃……」
すぐさまリシャールが立ち上がり、飛びついたサラを難なく抱き留めてくれた。
温かい、優しい匂い。
獣の姿になってもなお彼が纏っていた、サラが大好きな匂いだ。
「……すまない、俺は……」
「おやめください! あなたは私を助けてくださいました! 謝るべきなのはむしろ、私の方です! それなのに……あなたが謝らないでください!」
「君……」
「ごめんなさい、殿下。私のせいで……」
絞り出すようなサラの言葉に、リシャールの腕が硬直した。
だがすぐに彼はぎゅっとサラを抱きしめると、つむじに額を押し当ててくる。
「……君のせいじゃ、ない。たとえ君が何を隠していても、悪いのは――君の命を狙った者だ。だから、謝らないでくれ……!」
「……殿下、私、あなたに言わないといけないことが……あるんです」
「ああ、もちろん聞くよ。そのために俺も太后陛下も来たのだし……さ、座って」
いつもならサラの方が彼をなだめるというのに、今は真逆だ。
洟を啜るサラはリシャールに手を引っ張られて彼の隣に座り、そんな二人を国王と太后が少し悲しそうな笑顔で見守っていた。
「夫婦が再会できて、なによりだよ。……さて、義姉上。我々は今、夜会の件について捜査を進めているのだけれど……それに関して、君からどうしても言いたいことがあるということだけれど、早速聞いてもいいかな?」
「はい……」
そう、このためにサラは今日、忙しい国王たちに無理を言って時間を取ってもらったのだ。
もう、散々悩んだしウジウジした。
その結果、サラは大切な人の尊厳を失いかねない事件を引き起こしてしまったのだ。
――ぎゅっと、手を握られる。
そちらを見ずとも、リシャールがサラの右手を握ってくれたのだと分かる。
(殿下……)
若草色の目はきっと、サラと同じ方向を見てくれているだろう。
サラの勇気を支え、今から何を言っても受け入れようと構えてくれているだろう。
(どうか私に、勇気を……)
数度深呼吸し、サラは国王と太后を真っ直ぐ見つめる。
「……まずは、お詫びいたします。わたくしは……長きにわたり、皆様を騙しておりました」
「……」
「わたくしは……私は、サレイユ王女エルミーヌではありません」