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37 夜会に向けて

 徐々に気温が高くなり、長袖のドレスだと日中少し汗ばむような季節になった。


「夜会……ですか」


 リシャールの言葉を復唱し、サラは読みかけだった異能関連の本に栞を挟む。

 向かいのソファに座っていた仮面装着済みのリシャールは頷き、持っていた資料をサラに差し出した。


「ああ。これまでは色々理由を付けて断っていたのだが……できるなら来てくれ、とエドゥアールに懇願された。国民は、やっと身を固めた俺の姿を見て祝いの言葉を投げかけたいと思っているそうだ。どうせだから、王兄夫婦で参加しろとのことだ」

「わたくしも、ですか……」


 リシャールの言葉に、サラは少しだけ眉根を寄せた。


 サラは先日の毒草入り紅茶の件を、自分を疎ましく思う誰かの犯行だと考えている。それが誰なのか、どういう意図なのかまでは分からないが、できるだけ外出は控えておきたい。


 サラの表情を読み取ったのか、リシャールは薄い唇を少し曲げた。


「……君も、嫌そうだな。では、断ろう」

「いやいやいや、そういうわけにはいかないでしょう!?」


 国王が懇願するほどなのだから、サラたちの勝手な都合で断ることはできないはずだ。


(それに……城内なら監視の目も行き届いているし、人がたくさんいる夜会で手を出されることは……ないはず)


「一緒に行きましょう。わたくしも……色々と不安なことはありますが、日頃からお世話になっている陛下たってのご要望だそうですし、殿下の妃として紹介されるのは嬉しいことですもの」

「……嬉しいのか?」

「はい。だから、出席しましょう」

「……」

「殿下」

「……分かった。君がそう言うのなら」


 ものすごく渋々ではあるが、言質が取れた。

 側で様子を見ていたダニエルがすかさず筆記用具を取りに行き、リシャールの気分が変わらないうちにサインを求める。敬愛する殿下を国民に披露できるということだからか、心なしかダニエルも嬉しそうだった。


 ダニエルが差し出した書類にサインをしたリシャールが、ものすごく深い溜息をついている。彼の周りに黒いもやもやが湧いているようにさえ見えた。


「殿下……そんなにお嫌でしたか」

「嫌に決まっている」


 即答された。

 リシャールは引きこもり歴も長いし、社交界に慣れていない。それもそうか、とサラは納得しそうになったのだが。


「ただでさえ君は最近、調子が優れないんだ。それなのに夜会のような人混みの激しい場所に連れて行くなんて、いっそう体調を悪くするだろう。それに、貴族たちはきっと俺たちのことを物珍しそうに見てくる。俺は、自分の妃を皆の鑑賞対象にする趣味はない」

「……」

「あと、君は若くて可憐だからよこしまな想いを抱く連中も湧くだろう。君は変に優しいから、下心のある者が近づいても無下にできなくて、調子に乗らせてしまうかもしれない。だから、最低限の挨拶だけしたらすぐに引っ込もう。俺も人の多い場所は嫌いだし…………何だ」

「……えっ?」

「どうしてそんな目で俺を見るんだ」


 リシャールに言われ、サラは自分が不躾なほどまじまじとリシャールを凝視していることに気づいた。


(いや、だって……)


「……その、予想外で」

「何がだ」

「わたくしてっきり、殿下が夜会に出るのを嫌がられるのは、ご自分が人混みを嫌うからだとばかり思っていまして……」

「……。……ああ、まあ、それもあるな」


 今度はリシャールの方がはっとしたようで、彼は緑の目を瞬かせた後、視線を逸らした。


「……だが、夜会に出るので何が一番嫌かというと……やはり、君が不快な思いをするかもしれないことだ。俺なら慣れているから、どうにでもなる。でも君はフェリエ生まれではないし、他人にじろじろ見られるような経験もないだろう」


 確かに、サレイユにいたエルミーヌであれば、人々から賞賛の眼差しを向けられたりすることはあっても、物珍しい者を見るように観察されることはないだろう。かくいうサラもこれまではひっそりと生きてきたため、大衆の前に出るような経験はほとんどなかった。


(……そっか。殿下は、私のことを案じて――)


「……ありがとうございます。わたくしが殿下の足を引っ張るようなことをしないためにも、殿下のおっしゃるとおり、用事が済んだら速やかに戻りましょう」

「別に、足を引っ張るなんてことは考えていないが……」


 リシャールはぶつぶつ言った後、サラを見た。

 少し半眼になった彼の眼差しは、どこまでも優しい。フェリエの野を彩る若草のような目を見ているだけで、サラの心は穏やかになる。


「……とにかく、これも公務だから仕方なく行くだけだ。君も会の間、俺の側を離れないようにするんだ。いいな?」

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