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26 触れた真実①

 カーテン越しに伝わる朝日を感じて、サラはしばしもぞもぞと体を動かした後、ぱっと目を開いた。


(不思議……最近、すごく寝付きがいい)


 元々不眠体質というわけではなかったが、最近は夜になるとすとんと眠れ、朝はすっきり目覚められるようになった。きっと、最近クレアが寝る前に淹れてくれる果実茶のおかげなのだろう。


 サラの知らないフェリエ産の瑞々しい果物をふんだんに使用した果実茶は、甘さと酸っぱさと爽やかさが絶妙なバランスで、就寝前に飲んでも胃がもたれたり口の中がやたら甘くなったりしないので、サラも好んで飲んでいた。


(今朝は……殿下は、まだお休み中なのかな)


 隣室からはことりとも物音がしない。もしかすると昨夜も、ダニエルを伴って外出していたのかもしれない。


 最近は夜の散歩に出かける頻度が高くなったようで、三日に一度ほどは昼食の前に起きている模様だ。

 だが彼について詮索しないと決めていたサラは絶対にそれには突っ込まず、その日最初に会った際には「おはようございます」と挨拶し、自分の就寝の前には「おやすみなさい」と声掛けをするようにしていた。


(殿下、ちゃんと体を休められているのかな……)


 果実茶を必要としているのはサラではなく、むしろリシャールの方なのではないか。

 それを着替えの際にクレアに言うと、彼女は苦笑してサラの髪を櫛で梳いた。


「そうかもしれませんね。殿下は昔から、夜にはお強いけれど朝に非常に弱くていらっしゃいますので」

「あの果実茶は、寝る前以外に飲んでも快眠効果は……さすがにないかしら」

「そうですね……やはり就寝前にカップ一杯飲むのが効果的でしょう。飲むのが早すぎるとお仕事中に眠くなりますし、たくさん飲めばいいというわけでもないので」

「……いつか、殿下と一緒に夜のティータイムを過ごせたらいいと思うけれど、難しいわね」


 サラが呟くと、背後ではっと息を呑む音がした。振り返ると、クレアは少し目を丸くしつつ、穏やかな表情でサラを見下ろしている。


「……いいえ、いつかきっと叶いますよ。殿下とて、今はご多忙でいらっしゃいますが……いつか、エルミーヌ様を寝所にお召しになるかもしれませんし」

「ふふ、それはきっとないわよ」


 クレアも冗談を言うことがあるのか、と思いつつサラは笑みを返す。


 リシャールとの距離は、結婚当初よりはかなり縮まったと実感している。だが、相変わらず彼とまともに話せるのは一日一度のお茶のときだけで、食事を共にしたこともない。

 そのときの会話だって、サラが一方的にしゃべってリシャールが「そうか」とか「なるほど」という短い相槌を返すことが多い。もし彼の方から話題を振ってくれたなら、サラは喜ぶよりも先に驚くかもしれない。


 サラの部屋とリシャールの寝室を繋ぐ白いドアは、ずっと閉ざされたまま。サラがこの部屋で暮らす間にドアが開くことは、一度もないかもしれない。


(国王陛下と違って、殿下は無理に子どもを作る必要もないし……そういうのも嫌がられそうだものね)


 彼にとってメリットがないのに、押しつけられた妃であるサラを寝所に呼ぶ必要はないだろう。面倒ごとや他人との無駄な関わりを嫌う彼なのだから、自分の安らげる空間にわざわざサラを呼ぶことはないだろう……きっと。


「それより……殿下におはようのご挨拶をしたいから、起きてこられたら呼んでほしいの。それまでは、本を読んで過ごすわ」

「かしこまりました。ダニエルももうすぐ出勤すると思うので、伝えておきますね」


 クレアが言ってくれたので、サラはほっとして白いドアを見やった。











 サラが異能についての本を読んでいると、ダニエルがやってきた。


「おはようございます、エルミーヌ様。殿下のお仕度ができましたので、いつも通りお茶を持っていってもらってもいいですか」

「ええ、もちろん。……あ、そうだ。クレア、準備はできている?」

「ばっちりですよ」


 サラが振り返ると、クレアはにっこり笑ってハンドサインで「了解」を示す。彼女の前のテーブルにはいつも通りの茶器の他、カットした果物がたくさん盛られたガラスボウルが。


 いつもサラが就寝前に飲んでいる果実茶は目覚めの一杯に向かないので、別の茶をリシャールのために淹れようということになったのだ。サラは茶葉から茶を淹れるのは得意だが、果物を湯で蒸らす果実茶は作り慣れていない。


 そこで、クレアの助言を受けながらリシャールの前で淹れ、これから公務をする彼が元気になれるような一杯を提供したいと思ったのだ。


(喜んでもらえたらいいけれど……まあ、そこまで期待はできないかな)


 リシャールがサラの差し出すものに一切警戒せず、素直に受け取ってくれるだけありがたいと思うべきだろう。クレア曰く、「これまでは離宮の使用人以外の者から差し出されたものには、絶対口を付けられなかったので」とのことだから、まずはここまで彼からの信頼を得られたということだ。


 それでも、ティーセットや果物入りのボウルをワゴンに載せ、リシャールの書斎へ持っていく足取りは軽いし、ついつい鼻歌でも歌ってしまいそうになる――が、淑女らしからぬことだと分かっているのでぐっと堪える。


「殿下、おはようございます。エルミーヌです」

「ああ、おはよう。入りなさい」


 書斎のドアをノックして挨拶すると、すぐに返事があった。最初の頃のような、明らかに面倒くさそうな口調でもない普通の声色を聞けただけでも、サラの調子はますますよくなる。


(今日も一日、いい日になりそう……あれ?)


 嬉々として書斎に足を踏み入れたサラだが、ふと、鼻孔に届いてきた臭いに目を瞬かせる。


 リシャールの書斎は毎日きちんと掃除がされているし、定期的に贈られるという太后自作のサシェも飾られているので、いつもほのかにいい匂いがする。だが今日はどこからともなく、ツンとするような臭いが漂っていたのだ。


 決してよい香りとは言えない臭いに、サラはそわそわと辺りを見回す。


(これは……また、動物の臭い? それに混じっているのは――)


「君、どうかしたのか」


 呼ばれ、サラは慌てて前に向き直る。

 いつも通り口元だけ空いた仮面を装着済みのリシャールが、不思議そうにこちらを見ている――ように思われた。ざっと見たところ、寝起きの彼はまだ若干けだるげだが、異変はなさそうだ。


「いえ、なんでもありません……」

「なら、茶の仕度をしてくれ。……その果実は、つまみか?」

「あ、いえ、本日はクレアの手を借りて果実茶を淹れようかと思いまして……それとも少し、このまま召し上がりますか?」

「そうだな。少しいただこう。ルーンを二粒ほどくれるか」

「かしこまりました」

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― 新着の感想 ―
[一言] 鼻がいいからねー。 なんかもうサラが姫じゃないとバレてもサレイユ王国が滅ぼされるだけな気がする(笑)
[一言] 血の匂いとか?
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