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17 忠臣たちのたくらみ

 ダニエルと一緒に自室に戻ると、ちょうどクレアが茶の仕度をしているところだった。しかも、サラの目が正しければそれらはリシャール用の茶器だ。


「ただいま。……もうそろそろ殿下のお茶の時間ね」

「あ、お帰りなさいませ、エルミーヌ様。……もう少ししたら官僚が出て行かれると思うので、その後でお茶をお持ちする予定です」

「そう。……今日もわたくしが持っていってもいいかしら?」


 ダニエルが浮かす本を一つ一つ受け取ってテーブルに置いていたサラは、尋ねた。


 サラがリシャールと結婚して十日ほど経ったが、サラが日課にしていることがあった。

 ひとつめは、「殿下に、『おはようございます』もしくは『おやすみなさいませ』の挨拶をすること」。ふたつめが、「一日一度は殿下の部屋にお茶を持っていくこと」である。


 初回の不意打ち訪問で懲りたので、サラが書斎に行く際には必ずダニエルを通して一報を入れ、リシャールに不快な思いをさせないようにする。そうすれば、彼は少々迷惑そうにしつつもたいていのことは許可してくれるのだ。

 ダニエル曰く、「なんだかんだ言っていい刺激になってますよ」とのことなので、ただの迷惑行為ではない……とサラは思っている。


 リシャールの一日のスケジュールは不規則なので、起床や食事、お茶や就寝の時刻が毎日決まっているわけではない。だからサラの方が彼に合わせ、ちょうどいいときには挨拶をしたり差し入れをしたりするようにして、彼と関わりを持つようにしているのだ。


(太后様にも殿下のことを頼まれたし……少しずつ、近づいていかないとね)


 サラの問いに、クレアは嬉しそうな笑みを返した。


「ええ、もちろんですよ。今日はですね、茶菓子にドライフルーツ入りのバターケーキを作ってもらったのです」

「殿下、甘いものが好きですからね。きっと喜びますよ」

「それはいいわね。もしかしてバターケーキには、マルロの実やリコのリキュールも入っている?」

「正解です! 本当に、エルミーヌ様の鼻はよく利きますね!」


 傍らでダニエルが「それって褒めてるのか?」と突っ込んでいるが、サラはふふんと胸を張った。


「数少ない、わたくしの能力だからね。……ダニエル、殿下の様子を見に行って、わたくしが持っていくことを伝えてもらってもいい?」

「かしこまりました」


 ダニエルが書斎に行っている間に、サラはクレアが切り分けるバターケーキを観察することにした。

 細身のナイフでさくっと切られた断面から、黄色の生地が覗く。そこには、ドライフルーツがまんべんなく散らばっており、甘酸っぱいリコの香りが強くなった。


「……前から思っていたけれど、フェリエのバターケーキは細長くて生地の色も黄色いのね」

「焼く際に長方形の型を使っているからですね。生地が黄色いのは……全卵を使うからでしょうか」

「ああ、そういえばサレイユでは卵白だけで作っていたわ。だから色が違うのね」


 サラの母は公爵家の娘ながら料理が好きで、よく手製の菓子を作ってくれたので手順は知っていた。王城で働くようになってからもエルミーヌのおこぼれをもらうことがあり、母が作ったものよりもきめが細かくて口当たりのいい白いバターケーキをよく食べさせてもらっていたものだ。


 クレアは少しだけ目を丸くしたが、すぐにふふっと笑ってケーキを二つ、切り分けた。いつもは一切れだけなのだが、今日はリシャールに二切れ食べてもらうのだろうか。


「エルミーヌ様、官僚たちが本城に戻りました。エルミーヌ様がお茶をお持ちすることも伝えましたよ」


 戻ってきたダニエルが言ったので、サラはよし、と気合いを入れ、クレアが一通りのものを揃えてくれたトレイを持ち上げた。


「それじゃあ、行きましょうか。クレア、ドアを開けて」

「はい」


 クレアとダニエルを伴い、サラは胸を張ってリシャールの書斎に向かった。

『ちょっとでも殿下と仲よくなろう計画』実行初日、トレイを持ったままエントランスでまごまごしていたときが遠い昔のことのように思われ、なんだかこそばゆいような気持ちになってくる。


「殿下、エルミーヌ様がお越しです」

「……ああ、入ってくれ」


 リシャールの張りのない声を聞き、三人で入室する。


(相変わらず薄暗いな……えっと、殿下の仮面装着、よし)


 念のためさっと確認してから、一礼してデスクに歩み寄る。

 先ほどまで官僚相手に公務をしていたからか、デスクには新しそうな書類が積まれ、その横にはインク壺やサラの握り拳大はありそうな印章が置かれている。まだまだこれから書類確認作業があるのだろう。


 いつもの白い仮面を被ったリシャールは、けだるそうに椅子に寄り掛かってサラを見ていた。表情は読み取れないが、頭の傾き加減から疲れていることはなんとなく分かる。


「お疲れ様です、殿下。お茶をお持ちしました」

「……ああ、いつもありがとう」


 リシャールに言われ、サラはほっとした。

 彼からすれば、サラが来るたびに仮面を付けなければならないので正直迷惑だろう。だが、彼は律儀に「ありがとう」と言ってくれるし、「もう来なくていい」などとは絶対に言わない。


 茶の準備は異能で湯を温められるクレアに任せ、サラはバターケーキの乗った皿とフォークをデスクに置いた。


「こちら、マルロ入りのバターケーキです」

「……いな」

「えっ?」


 ぼそっと言われたので慌てて聞き返す。何かリシャールの気に障るようなことでもしてしまっただろうか。

 だが、ケーキを見ていたリシャールはサラを見上げると小さく息を呑み、少し顎を引いて顔を背けた。


「……いや、君に非があるわけではないから安心してくれ。ただ……いつもより、茶菓子の量が多いと思って」

「あ、そういうことですか」


 それは先ほどサラも思ったことだ。


「クレアが切ったのですよ。きっと、お疲れの殿下に二切れ食べていただきたく……」

「……フォークも二つあるようだが」

「……確かに」


 リシャールの言うとおり、よく見るとトレイにもう一つフォークが残っていた。

 クレアが数を間違えたのだろうか、と思ってフォークを手に振り返るが、壁際に立つダニエルも茶を淹れるクレアも、にこにこ笑うのみ。


(……えっ? これって、もしかしなくても……)


 フォークを握ったまま、サラはリシャールを見た。

 彼もサラを見ていたらしく、仮面越しに彼と視線がぶつかる。


「……」

「……」

「……君」

「……はい」

「……もし、この後急ぎの用事がないのなら……食べていけばいい」


 かなり躊躇いがちに言うリシャールから、サラは視線が離せなかった。


 だから、彼女の背後でダニエルとクレアが「してやったり」と言わんばかりの笑みを浮かべていることにも気付かなかったし――そんな二人をリシャールがじろりと見ていたことも、知らなかった。

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