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16 異能について

 特別な許可がない限り、サラの行動範囲は離宮の中だけに絞られる。

 国民は長らく独身で恋人の影すら見られなかった王兄殿下がようやく結婚したということで安堵し祝福する反面、敵国であるサレイユの王女を娶るなんて大丈夫なのだろうか、という気持ちもなきにしもあらず状態らしい。


 よって、サラがあちこちふらふらするのはよろしくないから、というのが理由らしいが、サラはあまり気にならなかった。


(さすが異国……どれもこれも、見たことがないタイトルのものばかり……)


 本日サラは、ダニエルを連れて離宮の書庫に来ていた。条件付きで一般開放もされる王城の大図書館と違ってここはこぢんまりしているが、読書好きのサラでも初めて見る書物ばかりで、落ち着いて本を探せるいい環境だと思われた。


 手近なところにあった本を抜き取って、ぱらぱらと中を見てみる。どうやら戦記物らしいが、これまでフェリエの史実に基づいた物語はほとんど読んだことがないので興味を惹かれた。


「ダニエル、これもお願い」

「かしこまりました。……いやー、もうかなりの量ですよ。まだ探します?」

「ええ、迷惑でなければ」


 サラが遠慮がちに言うと、本を受け取ったダニエルは驚いたように目を丸くし、空いている手を振った。


「滅相もないです! 本は読まれてこそ意味がありますからね。それに、フェリエの書物に興味を持っていただくのは僕たちとしても嬉しいですから、遠慮なさらずに選んでください!」

「そう? ありがとう。……あっ、あそこのシリーズを全部取ってもらっていい? それから、そこの高いところにあるのも……」


 ダニエルの言葉にほっとしたサラは、せっかくだからとたくさん本を持って帰ることにした。サレイユもフェリエも使用する言語は同じで、書き文字も微妙なスペルの違いはあるが問題なく読める。


「付き合ってくれてありがとう。……本当に負担じゃないの?」


 振り返ったサラは、荷物持ちのダニエルに尋ねた。ただ、荷物持ちといっても彼が両手に本を抱えているわけではない。


 ダニエルは手ぶらで、給仕がトレイを持っているときのように右手の平を上に向けている。その手の平から拳一つ分ほど空けた空中に、高く積まれた二十冊近い本が浮いているのだ。


 ダニエルの異能は、近くにあるものを浮かせたり移動させたりする力。先日サラが落としそうになったティーポットを異能で浮かせてくれたことがあったが、こんなに重そうな本でも本当に大丈夫なのだろうか。


 不安になるサラに問われたダニエルは、ふわっと笑った。


「全然平気ですよ。この異能って、対象の重さはほとんど関係ないんです。どちらかというとバランスが問題なので、こうやってちゃんと積んでいれば問題ないんですよ。ふにゃふにゃしたものの方が運びにくいんです」

「そうなのね……」


 異能とは、本当に不思議な能力である。

 先ほど借りた本の中にも異能に関する研究論文があるのだが、ダニエル曰く「全ての異能が判明しているわけじゃないんです」とのことだ。


 ダニエルのようにものを移動させる異能や、クレアのように触れたものの温度を変える異能はわりとよく見られるので本にも記載されているが、歴史上一人しか出てこなかった異能や、最近になって新しく発見された能力なども、枚挙にいとまがない。


 今日借りた論文は少し古めのものなので、最近発見されたものについての記載はないそうだが、サラには十分だ。


(まずは、フェリエの人や異能の基礎を知りたいからね)


 サレイユでは、「フェリエでは異能持ちがよく生まれます。異能は恐ろしい能力です」ということしか教わらなかった。一緒に勉強していたエルミーヌはそれを聞いて恐ろしさで震えていたが、サラは逆に、「どんな種類の異能があるのだろう」と好奇心を擽られていたものだ。


「エルミーヌ様は、変わっていますよね。サレイユから来た人の大半は、異能を恐れています。……僕やクレアの能力は攻撃向きではないのですが、怖くはないのですか?」


 そっとダニエルに問われたので、サラはしばし考えた後、窓の外を見やった。

 そこから臨める中庭で、いつもの庭師たちが植木の剪定をしていた。彼らの中には鋏を持っている者が大半だが、中には両手を広げて風を起こし、散らばった枝や葉を集めている者もいた。


「……怖いか怖くないかと聞かれたら、微妙なところね。さっくりと断言することはできないもの」

「……そうですか」

「だって、異能に限ったことじゃないでしょう。……調理に使う包丁は便利だけれど、人に向ければ凶器になる。刺繍入りのリボンはとてもきれいだけれど、首を絞めることもできる」


 ダニエルの能力だって、その気になれば誰かを上階から突き落とすこともできる。クレアの異能も、触れた相手を火傷させたり高熱で弱らせたりできるはずだ。


 だが、それは彼らの持つ異能に限ったことではなく、サラたちが普段使う道具も同じなのではないか。


「少なくともわたくしは、ダニエルやクレアが異能の力を日常生活に役立てているところしか見ていないわ。先の国境戦に出撃した人たちだって……人を殺すためだけの能力だとは限らないと思って」

「……エルミーヌ様は、そう思われるのですね」

「変かしら?」

「いえ。……異能持ちとして、とても嬉しいです」


 ダニエルは微笑み、きれいに積んだ本を見上げる。


「エルミーヌ様が殿下のお妃になってくださって、本当によかったです」

「どういたしまして。……あ、そういえば、殿下も何か異能を持ってらっしゃるの?」


 フェリエに生まれたからといって、全員が異能持ちになるわけではない。そしてその能力の出具合も個人差があるそうだ。

 何気なく聞いたつもりだが、ダニエルは少し困った顔になった。


「……いえ、それらしいものは持ってらっしゃいませんね。少なくとも僕は、殿下が何かしらの異能の力を発揮されたところは見たことがありません」

「そう」

「ただ……殿下はそのことを、ちょっと気にされています。ですので、殿下に異能のことはお聞きにならないでください」


 ダニエルに頼まれ、そういうことかとサラも表情を引き締めた。


 サラもちらっと聞いたことがあるくらいだが、平民よりも王侯貴族に異能の力が出やすい傾向があるという。代々の王族はたいてい何らかの異能を持っていてそれを国のために役立てるものらしいので、王族でありながら異能を持たないというのは、リシャールにとって心苦しいことなのかもしれない。


(ひょっとしたら、殿下のお母様が精神的に不安定になったというのも、関係しているかもしれないな……)


 その可能性に思い至ったサラは、ゆっくり頷いた。


「分かったわ。教えてくれてありがとう、ダニエル」

「いいえ。ただ、僕たちでお答えできることであれば何でもお教えしますので、本を読んでも分からないことがあれば何なりとおっしゃってくださいね」

「ええ、頼りにしているわ」

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