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11 王兄妃の挑戦

 サラは、とても緊張していた。


「あのー、エルミーヌ様。本当に無理はしなくていいんですよ?」

「わ、分かってるわ。無理ならお願いするから、支援お願いね」

「……かしこまりました」


 ダニエルが不安そうな目で見てくるので、彼に強張った微笑みを向けたサラは、目の前のドアをじっと睨んだ。


 ここ数日、サラはクレアを巻き込んで『ちょっとでも殿下と仲よくなろう計画』を立てていた。

 リシャールが人間嫌いで、サラを歓迎していなくて、引きこもりだというのはよく分かっている。サラとて、彼のポリシーや考えを踏みにじる気持ちは一切ない。


 リシャールの気持ちを尊重しつつ、彼に歩み寄るにはどうすればいいのだろうか。

 クレアも最初はおずおずといった様子だったが、彼女も主君とサラが仲よくするのは望ましいことだと考えているようで、あれこれ意見を言ってくれた。


 そうして考えたのが、「日頃から少しでもいいので、殿下の部屋にお邪魔する機会を持つ」ということだった。


(殿下は書類仕事などの合間に、お茶休憩をとられる。いつも殿下のもとにティーセットを持っていって給仕をするのはダニエルたちの仕事らしいから、今回は私もちょっとだけ加わってみるって、決めたんだ!)


 そういうことでダニエルにも協力を仰ぎ、サラは今、ポットやティーカップ、焼き菓子などの載ったトレイを手に、リシャールの書斎の前に立っていたのだ。傍らにダニエルとクレアがいるので、リシャールとのやり取りや湯の温度については全く問題ない。


 よし、と大きく息を吸ったサラがダニエルに目配せすると、彼は頷いて書斎のドアをノックした。


「……殿下、ダニエルです。お茶の準備をお持ちしました」

「ああ、入ってくれ」


 返ってきたリシャールの声は、思ったよりも元気そうだ。


(……あっ。これってもしかしなくても、ドアの前にいるのはダニエルだけだと思っていたり……?)


 リシャールの声に安堵したのもつかの間、十分考えられる事態にさっと青ざめるサラだが、ダニエルは気にせずにドアを開け、手招きでサラを室内に招き入れた。


 書斎は相変わらず薄暗いものの、埃っぽさはない。サラはかなり鼻が利くのだが、閉め切った部屋というわりに空気は澄んでいて、ほんのりと甘い花のような香りさえした。

 よく見ると、壁にサシェのような袋がぶら下がっている。引きこもりではあるが、日々の掃除や換気、臭いには気を遣っているようだ。


 リシャールはデスクにいた。何か書き物に没頭しているようで、こちらを見ていない。

 そして……サラの目が正しければ、彼は仮面を付けていなかった。あの白い仮面は、デスクの端に転がっている。


 ダニエルがドアを閉めると、前髪を掻き上げたリシャールは顔を上げ――サラを見た。


(わっ……きれい)


 ついそんなことを思ってしまうほど、王兄の素顔は美しかった。間違いなく、あの肖像画よりもずっと美麗だ。


 すっと伸びた鼻筋に、薄い唇。引きこもりのためか肌は白いが不健康というほどではなく、むしろ作り物めいた彼の美貌をいっそう際立たせている。


 肖像画では薄い色で描かれていた彼の双眸は、はっとするような澄んだ若草色だった。目の前にサラがいるという驚きのためか、肖像画では半眼だった目は丸く見開かれていて、二十四歳という実年齢よりもずっとあどけない少年のように感じられた。


 ……そんな素顔を晒してくれたのも、ほんの数秒のこと。


「っ……! 何をしに来た!」


 さっと顔を背けると腕を伸ばし、仮面をわし掴みにする。そして顔に叩きつけるかのような勢いで仮面を装着したリシャールが唸るような声で言ったので、思わずサラはびくっと身を震わせ、トレイに載ったポットを落とし――


「あっ!」

「っと……!」


 ――そうになったが、ポットは空中でふわりと浮き上がり、そのまま音もなくトレイの上に戻った。


 驚いて背後を見ると、少し困った顔で右手を持ち上げているダニエルが。彼が何らかの異能を使ったのだろうということはすぐに分かる。


「あ、ありがとう、ダニエル」

「いえ、どういたしまして。エルミーヌ様にお怪我がないのならいいです、が……」


 ほんのり微笑んで言った後、ダニエルはやれやれと言わんばかりの表情でリシャールを見やった。


「殿下、僕はちゃんと申しましたよね? 殿下はエルミーヌ様とご夫婦になったのですから、いつお妃様がいらっしゃってもいいようにしてくださいって」

「それは、そうだが……!」

「それにですね、エルミーヌ様は殿下の肖像画をお持ちなんですから、急いで仮面を付けなくてもいいですって。殿下の顔なんて肖像画で何度も見ていて慣れっこですし」


(……いや、案外そうでもなかったり……)


 ダニエルは淡々とリシャールに言って聞かせているが、一方のサラは内心冷や汗ダラダラである。

 確かにリシャールの顔は肖像画で何度も見たし、サレイユではベッドサイドに置いて寝る前の挨拶をしていた。

 だが、所詮絵は絵。実物を前にすると、肖像画による「慣れ」なんてどこかに吹っ飛んでしまった。


(あんなにきれいな顔立ちだったなんて、知らなかった……)


 さすが、引きこもりだろうと人間嫌いだろうと王族だ。王侯貴族が美形揃いなのはサレイユでも同じだったが、リシャールも例に漏れずである。


 サラとて公爵家の遠縁でエルミーヌのはとこということもあり、下級貴族の娘にしては華やかな顔立ちをしていると言われていたし、エルミーヌの影武者になるくらいには美容に気を付けていた。それでも、異国の王兄殿下の美貌の前には膝を折ってひれ伏したくなってしまう。


 顔が熱くなったのを自覚するが、部屋がほの暗いおかげで誰にも気付かれずに済んだようだ。

 クレアに促され、サラはごくっと唾を呑むとトレイを少し持ち上げた。


「あ、あの、殿下。いきなりで、本当に申し訳ないのですが……あの、これを、ダニエルの代わりにお届けしようと思いまして」

「……君は俺の妃だろう。使用人のような仕事をするつもりか? どういうことだ、ダニエル」


 仮面越しのリシャールの声は低く、不機嫌であることが明らかだ。しかも、彼の不機嫌の矛先はサラではなく、ダニエルたちに向いている。


(……もしかして、ダニエルたちが私に無理強いをしたと思っている?)


「こっ、これはわたくしが勝手にしようと思っただけで、ダニエルやクレアはわたくしの我が儘を聞いてくれたのです!」

「……君が?」

「……す、すみません。邪魔をするなと言われていましたが……あの、これだけだったのです。後のことはダニエルたちにお願いするので……し、失礼しました!」


 これ以上は言い訳をするのも辛くて、サラはトレイをテーブルに置くと、さっときびすを返した。

 誰にも呼び止められなかったのを幸いにエントランスまで出ると、大きく息をついて壁を背に座り込んでしまう。

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