5話
長い講義が終わり、今日の授業は終わり。特に用事もないため、このまま家に帰ろうかなと、その場で肘をついて小さく唸っていた。
「十華」
不意に後ろから、友人が私に抱きついて来て、こちらの顔を覗き込んだ。まるで恋人にするかのように、可愛らしい笑みを浮かべている。
「んー、どうした?」
「この後暇ぁ?駅の近くに新しいカフェができたんだけど、一緒に行かない?」
「へぇー、そうなんだ」
「パンケーキが美味しいらしいよ」
「パンケーキかぁ……パフェの気分」
「マジか。でもそこ、いちごパフェもあるらしいから。ねぇねぇ行こう行こう」
「んー……」
友人に体を揺さぶられながら私はどうしたものかと考えた。別に行っていいのだが、今日は赤音がご飯を作ってくれている。お腹をすかせて帰りたい。けど、パフェも食べたいという衝動にも駆られた。
不意に、無機質な機械音が聞こえる。スマホにメールが届いた音だった。
私はすぐに鞄からスマホを取り出し、メールの中身を確認した。
「あー……ごめん。ちょっと急用」
「えぇー。最近付き合い悪くない」
むっとした表情を浮かべる友人に苦笑いを浮かべ、優しく頭を撫でてあげる。
「私も忙しいの」
「うぅー……」
「今度埋め合わせするから」
「言ったなぁ。絶対だかんな」
「うん。それじゃあね」
軽く手を振り、私はその場を後にした。
大学を出て、私はそのまま電車を乗り継いでとある住宅街に足を運んだ。
鳥の鳴き声に、近くの公園からの子供の声。それらを聞きながら、私は先ほどメールを送って来た人物の前に立つ。
「お待たせ、大神くん。待ったかな?」
「いえ。俺も今来たところです」
「そっか。じゃあ行こう」
彼の手を取り、私はにたりと笑みを浮かべた。
薄暗い部屋の中、大きなベットの上で私は産まれたままの姿で喘ぎ声をあげていた。
視界に見えるのは、高い天井と余裕のない表情を浮かべる、私と同じで産まれたままの彼の姿。
「はぁ……ぁ、んっ、ンァ……はぁ、あ……んっ」
あの後すぐ、彼は簡単に誘いに乗ってきた。初めて体を重ねたときの彼の様子は、今思い出しただけでも笑ってしまう。
「んぁっ!?」
今じゃすっかり本性を現して、獲物を喰らう狼になってるけど。
これでいいんだ。赤音を守るためなら、私はこの狼に食べられても……。
何度も、何度も、何度も……彼の赤音への好意を私に向けさせるように……。
激しくベットが軋む。体に強い刺激が来れば、流石の私も声が出てしまう。そういう時、自分も女だと実感してしまう。
私はうっすらと目を開けて彼をみる。しっかりと彼と目があい、見つめあいながら行為を続ける。
だけど、私は奥歯を噛みしめる。
こんなに必死に赤音への好意をそらそうとしてるのに、なのに!何度やっても彼の目は私を見ていない……赤音への気持ちを消すことができない……
————— 嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!
「はぁ……ねぇ、十華さん」
「んっ、な……に」
行為中にこうやって話しかけられたのは初めてだった。わずかな動揺を悟られないように、私はいつも通り振る舞った。
「十華さん、俺とこんなことしてますけど、好きな人とかいないんですか?」
冷めるような言葉だった。とてもくださらない言葉に。
好きな人?そんなの、いるはずがない。
「なんで?」
「別に、興味本位ですよ」
腰を振りながら、苦笑いを彼は浮かべる。
本当にいつも通りの、年齢にしては少し幼い笑み。
「それだけ美人なら、男がたくさんよってくるでしょ?」
「からかわないで……」
私は、彼が思ってるような綺麗な人間じゃない。それに、他人に興味なんてない。私は、赤音以外の人間に特別な感情を抱いたりなんてしない。
不意に、ベットの軋む音が止み、彼は腰の動きが止まる。
「十華さんって、赤音の事が好き、なんですか?」
ガッ!と、急に心臓を掴まれるような息苦しさと緊張に襲われる。ドクドクと痛いぐらいに心臓が脈をうつ。
「……はぁ、好きだけど?可愛い妹だし……」
だけど、私が勘違いしてると思っているのか、彼はまた少し幼げな笑みを浮かべる。
「あぁ、そういう好きじゃなくて……“恋愛対象”としての、好きですよ」
私はボロが出そうで何も答えなかった。当然、それが肯定になるのはわかってた。案の定、彼に「沈黙は肯定ですよ」。なんて言われた。
「まぁ、なんとなくわかってましたけど。十華さん、ヤってる時全然俺のこと見てくれないし……」
寂しそうな表情を浮かべる彼に対して、私はただ冷たい感情を抱くばかりだ。
なんだ、気づいてたんだ。意外。思ってたよりもちゃんと私の事見てたんだと。
「お互い様でしょ」
「あっ、バレてました?けど、やばいのは十華さんの方ですよ。未成年とこんなことして」
「赤音のため、だもの」
「じゃあ、そんな赤音に、この事言ったらどうなりますかね」
その顔は、笑顔のはずなのに顔に影が落ち、少しばかり恐怖を与える顔だった。酷く悪い顔をしてる。
「脅し?」
「そんなところです。実際、十華さんがあんな誘惑しなければ、こんなことも言わなかったんですよ?」
また、彼は腰を動かし始め、私を犯し始めた。
その顔を見て、私はあぁと、やっぱりと納得する。
「最近想像しちゃうんです。学校で、赤音を見ると」
その顔はよく知ってる顔だ。女の子に対しての、酷く醜い欲求を求める顔。
そこにいるのは……
「十華さんが、俺の下で乱れてる姿見て、赤音で想像するんです」
一匹の狼の姿だった。
「……あれ、十華さんが自分でシてくれるんですか?」
さっきまで私が彼に押し倒されていたが、今はそれが逆になり、彼を見下ろす形になっている。
「赤音にそんなことしたら、許さないから」
「……へぇそんな顔もできるんですね」
悪い顔をしてるのか、今まで見たことない私の顔に、なぜか彼は酷く嬉しそうな顔をする。
不愉快だ。
「でも、好きなら考えませんでしたか?」
その言葉に、私はすぐに彼の考えていることがわかった。
————— やめて
「あの赤音を」
————— やめて
「自分の手で汚したいって」
————— やめてっ!
ベットが激しく軋む。
私は、すぐに彼の口を勢いよく塞いだ。
「それ以上喋らないで」
考えたくもない言葉。これ以上赤音を汚すような言葉を言わないで欲しかった。
長い長い沈黙。しばらくすると、彼が口を塞ぐ私の手をどけて言葉を発する。
「何度シても、俺の気持ちは変わりませんよ。俺は、赤音が好きです。もちろん、そういうこともしたいですよ」
にっこりと笑みを浮かべ、私を見上げる彼。私はただただ顔を歪ませるだけだった。
彼の目は一色に染まってる。赤音だけしか見ていない。決して、私の方には振り向くことはない。
「だから早く俺にくださいね。十華さんがいいっていうまでこの関係は続きますし、もし何かしたら、十華さんに無理やりされたって、警察に言いますから」
脅しの言葉を発しながら、彼は体を起こして私のことを抱きしめた。
ねっとりとした言葉は耳元で私の脳内に送り込まれ、不快な気持ちにさせる。
「恨まないでくださいね。悪いのは、十華さんなんですから」
その時、私は思った。彼は危険だ。このままじゃ、彼に私と赤音の世界が壊される。
「それじゃあ、続きシましょうか」
赤音がこの狼に食べられる前に、私が狩らないと。じゃないと、全部壊れてしまう。それだけは、絶対にダメだ……。
行為が終わり、彼はそそくさと着替えを始めた。そんな彼の姿を見つめながら、私は後ろから彼に抱きついた。
「咲夜くん」
「んっ、なんですか?あっ、またヤる時はこっちから連絡しますね」
「うん。だけど、もう連絡しなくていいよ」
「え、何が……」
振り向いた彼は、ピタリと動きが止まる。私はにっこりと笑みを浮かべ、彼の耳元に口を寄せる。
「だって、もう意味ないし」
腹部に痛みを感じ、彼はそのままベットに倒れ、私は彼の上に乗ってグリグリと何度も肉を奥へ奥へとえぐっていく。
「ダメだよ咲夜君。君が食べていたのは、赤ずきんじゃなくて猟師なんだよ」
言葉にならない、色気もない汚い喘ぎ声を上げる彼に優しく、年上らし声音、表情でにっこりと笑みを浮かべて手にしていたナイフを押し込んでいく。
本当なら抵抗することもできるだろうけど、彼はただもがき苦しむだけだった。流石に、自分が殺されてるってこと自覚できていないようだった。
「悪いのは君だよ。君が、私と赤音の世界を脅かすから。だから、こんな結果になっちゃった」
「ぅ……あガァ」
「ウンウン、苦しいんだね。大丈夫、もうすぐ楽になるよ」
泣きじゃくる子供をあやすように、私は優しく彼の頭を撫でてあげる。
「来世では、好きになる相手はちゃんと考えるんだよ」
もがき苦しんでいた彼は、そのままピタリと動きを止めた。
しばらく彼のお腹で俯き、私も動こうとしなかった。だけど、ため息をひとつこぼした瞬間、まるで何かの蓋が開いたかのように、急に笑いが込み上がってきて、そして……
「赤音……赤音……」
赤音への感情が、勢いよく吹き出してきた。




