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4話

 カラスの鳴き声。車の行き交う音が遠くから聞こえ、それらに聴き耳をたてながら、晩御飯の仕上げをおこなっていった。

 その時、扉の開く音が聞こえ、私は火を止めてすぐに玄関の方へ向かった。


「赤音おかえっ……」

「あっ、お姉ちゃんただいま」

「こっ、こんばんは」


 帰ってきた赤音はすぐ、私に笑顔を向けてくれたがそれどころではなかった。

 彼女のそばには同じ制服の男子生徒がいた。背は高め、顔立ちは良くて優しそうな、だけどぱっと見可愛いという印象も受ける男の子だった。

 ただただ戸惑った。だけど、心の動揺を赤音に悟られないように、私はいつも通り笑みを浮かべた。


「えっ、と……」

「友達の大神おおがみ咲夜さくや君。もうすぐテストだから一緒に勉強しようって」

「お邪魔します」

「あぁそうなんだ。いらっしゃい」


 歓迎するかのように私は彼に笑みを浮かべる。

 すると、彼はじっと私の方を見た後、赤音の方を向いて笑みを浮かべる。


「赤音のお姉さん、美人だね」

(赤音……?)


 わずかに口元が引きつってしまった。

 馴れ馴れしく妹の名前を言う彼に、ただただ不快な気持ちになる。

 それに反して、赤音は花が咲いたかのように満面の笑みを浮かべて、嬉しそうにしていた。


「えへへっ、そうでしょう。自慢のお姉ちゃんなの」

「なんで赤音が自慢げなの?変なの」

「えっ、変なの?」


 二人の仲よさそうな姿は、微笑ましくもなんともない。

 不愉快で、心の中に何か黒くてドロドロとしたものが溜まっていく感じがして、吐きそうなほどすごく気持ち悪い。


「お世辞でもそう言ってくれて嬉しいよ。あっ、大神君。よかったらご飯食べていかない?」

「えっ、いいんですか?」

「うん。カレーだけどいいかな?」

「はい、いただきます」


 純粋に嬉しそうにお礼を言う彼に、私は変わらず笑みを浮かべた。


「お姉ちゃんのご飯って、すっごく美味しいんだよ!」

「だから、なんで赤音が自慢げなの?ホント、赤音おかしすぎる」

「わっ、笑わなくてもいいでしょう」


 あぁそっか、なるほどね。あぁ嫌になるなぁ……。

 私の中で、何かがストンと落ちて納得した。それは、私が一番嫌な結果だった。


「さぁ、もうできてるから、勉強前に食べちゃお」


 本当に嫌になる。気持ち悪くて気持ち悪くて……

 必死に込み上がってくる吐き気を抑えながら、私は二人と一緒にリビングに戻った。

 晩御飯は和気藹々としていた。しかし、それは表面上だけであって、私は二人の光景が不快にしか感じなかった。

 赤音が「美味しい」と言ってくれるのは嬉しいが、彼に言われるとその嬉しさが掻き消されて不快になる。


「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」


 数十分後、無事に晩御飯は終了し、私は洗い物を片付けていた。


「お粗末様。赤音」

「ん?」

「片付けはいいから、部屋で勉強しておいで」

「あっ、うん。ごめんね。咲夜君、部屋に行こう」

「うん。あっ、お手洗い借りてもいいかな?」

「いいよ。部屋を出て左にすぐだよ」

「ありがとう」


 二人はそのまま部屋を出て行った。

 遠く、扉の閉まる音と階段を上がる音が聞こえる。

 物音が、私の出しっ放しの水音だけになったら、そのまま蛇口を止めて私も部屋を出た。




 トイレの水の流れる音がして、少し遅れて扉が開く。


「大神君」

「あっ、お姉さん」


 私は出てきた彼に声をかければ、少し慌てながら、彼は扉から離れた。どうやら私がトイレを待っていたのだと思ったのだろう。

 予想通り彼は


「すみません、待たせてしまって」


 と言ってきた。


「あぁ違うの。トイレじゃないの」

「え、じゃあ……」

「大神君、赤音のことが好きでしょ?」

「はぇ!?」


 

 あぁ……その反応やだなぁ……


 突然の質問に動揺する彼は、顔を真っ赤にしてあたふたしている。

 答えが目に見えてわかると、酷く不快だ。今すぐにでも黙らせたくなってしまう。


「あー、もちろん恋愛的な意味だよ」

「なっ、何言ってるんですか。からかってるんですか……」

「からかってないよ。声がね、違ってたの。少し上ずってて、目もすごくいとおしい感じ」

「あの、えっと……」


 あぁすごく不思議だ。心の中は気持ち悪くて仕方ないのに、私の笑顔は、声音は、しっかりと普段通りだった。


「素直に言ってくれていいんだよ。怒ったりしないから」

「あのえっと……」


 もう答えは出ている。でも、私はどうしても言って欲しくなかった。

 何度も何度も嫌だ嫌だと叫びながらも、私はその二文字の言葉を待ってしまっていた。


「はい……好きです」

「……どういうところが好き?」

「えっと……素直で裏表がないところです。取り繕ったりしないで、自分の感情を素直に伝えて」


 きっと今、彼は赤音のことを考えているだろう。それが酷く嫌だった。

 やめてほしい……そんな愛おしそうな顔であの子のことを考えないで。


「なんていうか、守ってあげたくなる可愛さがあります」


 守るだなんて……軽々しく言わないで欲しい……不快な気持ちは膨らむばかりだ。

 男なんてみんな同じ。彼は、ただ赤音を汚そうとしているだけ。


「あ、ごめんなさい。俺、こんな……恥ずかしいな……」

「そうね。あの子純粋だから、他の子よりも魅力的に見えちゃうよね」


 あぁ本当に不快だ。

 これ以上赤音を見ないで……貴方みたいな卑しい狼が、あの子を……私の赤音を欲しがらないで……あの子は私の大事な妹……誰にも渡したりしない。


「けどそっか。赤音が好きなら仕方ないか」

「え?」


 ゆっくりと手を伸ばし、指先を服に這わせる。

 一瞬ピクリと彼が反応し、思わずくすりと笑ってしまった。


「私、結構大神君好みだけどな」

「か、からかわないでください……」

「照れちゃって、可愛いね」

「あの、ぉ……姉さん……?」


 指先から手のひらへ服を滑らせ、そのまま彼の頬に触れる。

 ビクビクと体を震わせるその姿は、狼というよりは羊のようにも見える。


「あの子、そういうの疎いから、付き合っても満足できないけど、いいの?」

「べ、つに、俺は……そういうの……求めてない、です……」


 彼は一歩、一歩と後ろに下がっていく。だけど後ろは壁。私はそのまま彼の顔の横にゆっくりと手を置き、にっこりと笑みを浮かべ、そのまま耳元に口を持っていく。

 

「本当に?」

「ぁ、はい……」

「強がらなくてもいいよ。大神君も、男の子でしょ?」


 頬に触れていた手を、そのまま彼の体の上を這うように移動させ、太ももに触れて優しく撫でてあげる。


「私なら、大神君を満足させてあげられるよ?」



「お姉ちゃん?」



 不意に聞こえた声にすぐに反応し、私は彼から体を離した。


「っ!あ、赤音!?」

「あっ、咲夜君もいる。トイレの前で何してるの?」


 不思議そうにしながら近づいてくる赤音。私はゆっくりと顔をあげると、にっこりといつも通りの笑顔を浮かべる。


「ちょっとお話ししてただけだよ。ごめんね、大神君引き止めちゃって」

「ほんとだよ。これで赤点とったらお姉ちゃんのせいだからね」

「ごめんって。じゃあ私はリビングにいるから」


 赤音の頭を撫で、私はそのまま彼の横を通り過ぎようとした。だけど、彼のポケットに紙を入れ、赤音に聞こえない声で囁いた。


「連絡、いつでも待ってるから」


 二人に軽く手を振り、「勉強頑張って」という言葉を残して、私はリビングへと戻って行った。


「ん。咲夜君どうしたの?」

「えっ。あぁいや……なんでもない……」

「そう?じゃあ早く勉強しよう。目指すは赤点なしっ!」




それから数時間後、勉強が終わったようで二人が二階から降りてくる。丁度赤音が彼をお見送りするところで、私も一緒になって玄関先で見送った。


「ありがとね咲夜君。これで赤点はなんとか回避できそう」

「それはよかった」

「また勉強教えてね」

「えっ、あぁ……うん」


 チラリと私の方を一瞬見た後、彼は苦笑いを浮かべながらそう答えていた。その反応を見て、思わず笑みを浮かべてしまった。


「いつでも、遊びに来ていいからね」

「ぁ……はい」

「また学校でね」

「うん。それじゃあ、お邪魔しました」


 二人で彼に手を振って見送る。パタリと扉が閉まれば、しばしお互いにだんまり状態。


「赤音」

「ん?」

「今日、一緒にお風呂入らない?」

「ん?別にいいよ」

「ついでに、寝るのも一緒」

「珍しいね、お姉ちゃんからそんなこというなんて」

「ダメですか?」

「ううん、全然いいよ」

「じゃあ、早速行こうか。勉強で疲れた体もほぐしてあげる」


 赤音を後ろから抱きしめたまま、一緒にリビングへと向かった。

 一緒にテレビを見て、約束通りお風呂に入って洗いっこして、髪を乾かしあって、私のベットで一緒に寝た。



 赤音……私の赤音……大丈夫だよ、私が守ってあげる……


 嘘つき狼から、私が守ってあげるからね……


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