ちょっと地獄
「おめでとうございます。あなたは天国行きです」
天使が満面の笑みで、私に告げた。ああ神様は、きちんとと見てくださっていたのだ。まっとうに生きてきた私の行いを。天国行きと聞いて、今までの努力が報われた気持ちになった。
足もとを見ると床は透明だった。そこから地獄に落とされた亡者は苦しそうにもがいているのが見える。ざまぁ、みろ。まっとうに生きてこなかったからだ。そうやって優越感に浸っていると、ふとある場所に自然と目が釘づけになった。
なぜならそこには、とびっきりの美女がいたからだ。しかし雰囲気からして、どうも美女がいるのは天国ではないようだ。
「あの、すみません。あそこは何ですか?」
さっき祝福してくれた天使に訊ねてみた。
「ああ、あそこは『ちょっと地獄』ですね」
「『ちょっと地獄』?! いったい、それは何ですか?」
「何って、文字通りの意味ですよ。ちょっと悪いことをした亡者がいくところです」
私は再び、その『ちょっと地獄』の方を見た。
「あなた、悪いことしたの?悪い子ちゃんなの?」
甘ったるい声で美女が、男の亡者にたずねていた。
「ええ、まあ……」
男は美女の胸に目をやりながら答えた。気のせいか、少し顔が当たっているような気がする。
「ねえ、あなた。聞いてる?」
「ええ…それはもう……」
そう答える男は、だらしがなく鼻の下を伸ばし、心ここにあらずといった様子だ。
私は再び天国の方を見た。緊張してあまり周りを見ていなかったが、改めてみると天使は全員、ガタイのいい男ばかりだった。私は男で、そっちの趣味は持ち合わせてない。美女はどこだ?美女を出せっ!
「あの~、あっちに変えてもらえませんかね?」
『ちょっと地獄』の方を指さし、私はガタイのいい天使に願いでた。
「何を言ってるのですか? あなたは天国行きなんですよ? あの世へいくうえで最上クラスなんです。自らランクを下げる亡者なんて、まるで聞いたことがない」
まったくもって信じられないといった様子で、天使が首を横に振った。その後も少し押し問答をしたが、天使は頑として首を縦に振らなかった。
少々不本意だが、こうなっては仕方があるまい。
「実は私生前、違法ギリギリのことをしていたんですよ。本当にギリギリの」
するとガタイのいい天使が、子ウサギのようにビクっと反応した。
「え!?それは本当ですか?それが本当なら、あなたは『ちょっと地獄』行きになってしまうかもしれませんよ。どれどれ……」
あわてた様子でガタイのいい天使が小さな手帳を開いて何やら調べ出した。これで『ちょっと地獄』に行けそうだ。私は内心、喜んでいた。
あわてていた天使が、元の満面の笑みに戻った。なんだが、すごく嫌な予感がする。
「やはり、あなたは天国行きです。確かにギリギリですが、罪ではありません。不本意だったけれども、家族を養うためにしたことなんでしょ? しかも、その罪滅ぼしに寄付までされている」
その通りである。本当はしたくなかった。それでも家族を養うためにはやるしかなかったのだ。少しでも足しになればと思っていたが、結果として、予想以上にもうけを出した。罪悪から多少の寄付もした。
下をみると美女悪魔が亡者にお仕置きをしている最中だった。
「『オ・シ・オ・キ』だぞ?えい」
男の亡者のお尻を叩く美女悪魔。
「痛いよー。……ぐふふ」
お尻を叩かれた男は、全く痛そうではなかった。むしろ、とてもうれしそうにしている。私には、あんな特殊性癖は断じてない。……ないが、あの男。お仕置きどころか、特殊なごほうびと間違えてはいないか? だいたい『ちょっと地獄』なんて、そんなの聞いたことないぞ。文献にものってなかったぞ。どうしてこうなった。責任者をだせ。責任者をっ!
「ええい、こうなったら今からでも悪いことをしてやる!」
「何をするんです!?」
近くにいる亡者を蹴った。亡者はバランスを崩し落ちていった。
「ほら、いま悪いことをしました」
「これは……確かにあなたは『ちょっと地獄』に……いや、これは地獄かな」
「地獄っ?!」
やりすぎてしまった。言われた途端に後悔してきた。
「いや、そこまではないな。それでは『ちょっと地獄』に……」
私が、天使たちに気づかれないぐらいの小さくガッツポーズをした時。
「助けていただいて、ありがとうございます」
落とした亡者が自力で這い上がってきた。本当に、じいさんか? そのうえ、どういう訳か感謝までしてきた。
「「ど、どういうことですか?」」
私と天使が、同時に訊ねた。
「実はモチがのどにつっかえて死にそうだったんです」
「もう、死んじゃってるからっ!」
私はすかさずツッコミを入れる。
「なんと素晴らしいっ!」
天使が、うっとりしながら言った。私の心からの叫びは、天使にとって全く関係ないらしい。
「やはり、あなたは天国行きです。さぁ、後ろがつかえてきているので、早く行ってください」
満面の笑みを浮かべた天使は、少しイラだった口調で、後ろに控えていた同じくガタイのいい天使の二人に目で合図した。すぐにガタイのいい天使の二人は、こっちに近づいてきた。
「そんなー、あっちがいい。離せっ、嫌だ嫌だーっ!」
最後の抵抗を示したが、ガタイのいい二人の天使におさえつけられてはどうすることもできず、私はついに天国へと投げ込まれてしまったのだった。