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一つ、お尋ねしたいことがあるのですが。

作者: 縁側 熊男

 この街には、おかしい男がいるらしい。

 その男はいつも黒のスーツを着ていて、ひたすらウロウロしているんだとか。

 見た目は非常に不気味で、身長が200cmほどあるのにも関わらず、腰を90度に曲げていて、頭の位置が腰ぐらいにあるらしい。

 そして、向こうが自分を見つけると、近寄ってきて、こう言うのだ。

 「一つ、お尋ねしたいことがあるのですが。」

 そう言って、一つの質問をしてくる。

 怖いと思って逃げるんだけど、いつまでも追いかけてきて逃げられない。

 答えるまでどこまでも追いかけてきて、答えさせる。

 でも、正直にその質問に答えないと……。


 「『ほんとぉ?』って言われて、殺されちゃうんだって!」

 「えっ、何それぇ~ 怖いぃ~」

 遠くで、クラスメイトがそんな風に言っているのが聞こえる。



 私は「小牧安奈こまきあんな」。1ヶ月前にこの街に引っ越してきた高校一年生。耳はいい方だ。

 「あっ、あの子また一人でお弁当食べてるね」

 「仕方ないじゃん あんな感じだし 安奈だけにwww」

 こういう転校生という立場はいじめの対象になりやすい。そういうものだと思って、私は生きてきた。私は親の仕事の都合で、かなり頻繁に、何度も引っ越しをしている。だから、これまで私は親友というものを持ったことがない。そして、何度もいじめられてきた。ただ、途中から入ってきた異物という理由だけで。

 この学校では、先ほどの二人組が私の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに何かを言ってくる。

 「あっ、立った」

 「行く当てもないのに、どこに行くんだろうねぇ~」

 立ち上がって少しトイレに行こうとするだけでこのザマだ。


 こういう時に責めるのは、いつも自分だった。

 いつも考え事をするのは学校からの帰り路。近くを車などが通ることもないので、歩きながらずっと様々なことを考えている。

 引っ越しをするたびに私はいじめられてきた。といっても、そこまで大それたものではないのかもしれない。たかが、悪口や陰口を叩かれるだけで、暴力を振るわれた経験は一度しかない。それでも、気にしていないふりをしていても、かなり精神はすり減らされていく。慣れているといえども、だ。

 そしてその原因について考えるとき、真っ先に自分が原因だと思った。何か、自分に非があるのだと思った。いじめられるのは、いじめられるだけの理由が自分にあるのだと思った。最初は転校生だからだと思っていた。けれど、それだけの理由で毎回いじめられることはないはずだと最近気づいた。何かあるのだ、自分には。

 知りたい。自分がどのようにみられているのか。自分が何者なのかを。

 だが、そんなの聞けるはずがない。笑われるか、無視されるか、適当に悪口で返されるかだ。そんなのは答えではない。


 そんなことをいつも考えて帰り路を歩いていた。が、今日は違った。

 気づけば、周りに人がいなかった。元々人通りは少なかったが、この時間だと2,3人ぐらいは歩いていていいはずだった。どれだけ歩いても、人が一人もいない。一か月間見てきた景色とは、不思議と違うような感じがした。

 曲がり角を曲がると、しばらく、100m程直線の場所がある。そこを過ぎると家はすぐだ。しかし、異質に感じた帰り路の終わりはもっと異質だった。

 少し歩くと、前から男が現れた。遠く、100m以上先から私の方に近づいてくる気がした。不思議と私は動くことができなかった。動こうとすら考えなかった。何も考えず、ただその黒スーツの男が近づいてくるのを待っていた。身長は低い。いや、腰が曲がっているのだ。90度に腰が曲がっているから低く見えたのだ。顔はなぜか見えない。

 そして、私の目の前に立ち、こういった。

 「一つ、お尋ねしたいことがあるのですが」


 そう聞こえた瞬間、私は我に返った。今までなぜ立ち止まっていたのかはわからなかったが、目の前には男がいた。黒スーツ。90度に曲がった腰。とらえられないゆらゆらとした雰囲気。そして、あの言葉……。間違いなく、昼休みに彼女たちが話していた都市伝説だった。彼女たちが言っていたとおりなら、次に質問をしてくる。

 「はい、なんでしょう」震えながら、私はそう答えた。

 ここで逃げても無駄だとわかっていた。なら、ここで質問に答えるのがベストだった。向こうに嘘だと判断されたら死ぬ。その恐怖でいっぱいだった。どんな恐ろしい質問をしてくるのか……。


 「あなたは犬派ですか、猫派ですか?」

 「…… は?」


 拍子抜けだった。何を言っているのだ、この男は。

 「いや、だから、犬派か猫派か聞いているのです」次第に顔が見えてきた。その顔は非常に不気味に感じたが、特に人間離れしているかと言われれば、違った。

 「…… どちらかというと猫派ですけど……」拍子抜けしたせいか、意識しなくても本当のことが口に出た。

 「そうですか、なるほど……」男は手帳を取り出し、何かを書き込んでいる。"正"の書きかけのようなものがあるのがちらっと見えた。

 「ご協力ありがとうございました」そう言って男は笑いながら、すでに曲がっている腰をさらにまげてお辞儀した。そして、私の横を通って、後ろの方に歩き去っていった。

 私はすっかり気が抜けて、しばらく立ち尽くしていた。これが死ぬかどうかの瀬戸際なのか?振り返ると、男は見えなくなっていた。


 それから私は混乱したまま、なんとか家にたどり着き、母の挨拶に適当に答えて、自室にこもった。何が起こったのかが分からなかった。あれが、この街の都市伝説……。明らかに異質な空間で出会った、不気味な男。たが、その顔は普通で、笑顔は優しそうに見えた。しかし、あれは初対面の人に突然聞くような質問なのだろうか……。なぜ、あんな質問をしたのだろうか。しかも、私以外にもたくさんの人に聞いているようだった。なぜ……。

 知りたい。あの男は何なのか。何がしたかったのか。


 次の日、また普通に学校に行った。そして、授業をうけて、休み時間にはあの二人組が悪口を投げてくる。いつもの、今までの一か月間で過ごした日常と同じ。ただ、私の意識は、完全に昨日あった男に向かっていた。授業も、悪口も、耳に入らなかった。今日の帰り路にまた会えるのか。それだけを気にしていた。

 そして、帰り路はいつもと変わらなかった。程よく人が歩いていて、特に違和感も感じなかった。結局、家に帰るまで何も起こらなかった。あの異質な雰囲気は何だったのだろうか……。

 次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、帰り路は普通だった。学校での生活も変わらず、あの二人組は悪口を飛ばし続ける。


 ある休日、宿題もすべて終わり、特にやりたいこともなかった。そして、気が付けば、学校に向かっていた。目的は学校ではなかった。この道のどこかであの男は出るのかもしれない。もしかしたら、地縛霊みたいに、あの直線の道でしか出ないのかもしれない。私は、ひたすら通学路をウロウロしていた。まるで、あの男のように。

 なぜ私はあの男に執着しているのか、それは分からなかった。あの男について、なぜこんなにも知りたいと思うのかは自分にはわからなかった。ただ、話がしたい。質問したい。その気持ちがいっぱいだった。そして、次に会った時には、どうするかをもう決めていたのだ。

 家を出たのは昼過ぎだった気がする。それから何もせずにウロウロしながら夕方まで過ごしていたのだ。だが、無意味ではなかった。あの異質な違和感が突如訪れたのだ。


 また遥か彼方から、男が近づいてくる気がした。最初にあったときはなぜか軽く意識が飛んでいたが、今度ははっきりと見える。体も動く。はじめは見えなかった顔も見える。私は自ら近寄って行った。この好機を逃してはいけないと思った。

 聞いてやるのだ。

 男が私の目の前に立った。今度は動揺していないから、男の姿がはっきりとわかる。男の口が動き出すのが見えた。そこで、私は大胆な行動に出た。

 「一つ、尋ねたいこ――――」

 「お一つ、質問させてください!」

 男の質問を遮って私は叫んだ。私はこの後どうなるかはわからなかった。もしかしたら、殺されるのかもしれないと少し考えていた。それでも、知りたかった。知ることで、何かが変わりそうな気がした。

 男は驚いたような顔をしていた。

 「はい、なんでしょう」しばらくしてから男はこういった。

 まずは第一段階クリア。これを受け入れてくれなければ、何も始まらなかったが、何とかなった。そして、次が本題だ。はっきりと聞いてやるのだ。

 「あなたはここで何をしているのですか!」なぜか力が入ってしまって、叫ぶように質問した。もうどうにでもなれという気持ちだったと思う。正直、ここで殺されたりしても後悔はなかったかもしれない。

 男はしばらく黙っていた。でも、真剣に考えているようだった。そして、しばらくすると、手帳を取り出してこちらに開いて私ながらこう言った。

 「私と会った人の情報を記録しているのです」そう答えてくれた。手帳の中には様々な項目があり、"正"の文字や、文章で書かれたものもあった。

 「どうして、そんなことを……」私は口を止めることができなかった。疑問が次から次へと言葉になっていた。

 「私は…… 自分が何者かを知りたいのです」そう彼は答えた。続けて彼は昔話を始めた。


 「私が目を覚ました時に持っていたのはこの手帳とペンでした 他には何もありませんでした そして、手帳の初めにはこう書かれていたのです 『自分が何者かを知りたければ、他人の情報を集めろ 決して自分がどのように見えるかなどと尋ねてはいけない ただ自分以外の誰かの情報を集めて、それと自分が自分で思う自分の情報と照らし合わせて自己を確立させろ』と 私は、それに従って存在してきました 自分で質問を考えて、時には同じ質問を多人数の人にしたりしてきました それで分かったこともありますが、この『自己を確立させろ』っていう目標は達成できていません……」

 彼から出る言葉の一つ一つが異質に感じた。やはり、人ではないのかもしれないとか考えていた。だが、私は親近感を覚えていた。

 「嘘をつくと、あなたに殺されると聞いたのですが……」

 「えっ、そんなことはしませんよ! せっかく質問を聞いていただいた大切な方に」

 私は少し安心した。話を聞いているうちに、彼はそんなことをしないだろうとは思っていたが、やはりあの噂は嘘だったのだ。

 「もし嘘だったらどうするんですか? 他人の正しい情報が得られないといけないんじゃ……」

 「せっかく答えていただいた答えを嘘かどうかなんて考えるのはやめました 嘘も答えのうちです 大切に受け止めないと……」

 器が大きいのだろうか……

 「逃げられたこととかありました?」

 「はい、それは何度も…… できるだけ追いかけたりしますけど、なんせ、こんな不便な体なので……」

 追いかけはするんだ……。あと、その体型は……意図的な感じじゃないんだ……? 

 「あと、なんで一つしか質問しないんですか? せっかく答えてくれる人がいるのなら、聞けばいいのに……」

 「それはあまり引き止めたくないからです あと、私と会話していると気が悪くなる方が多いようで……」

 そういえば、私、めっちゃ質問してる。

 「あっ…… すいませんでした 一つとか言っておきながら、いっぱい質問しちゃって……」

 「いえ、構いません 私も楽しかったですよ では」

 彼は、笑いながら過ぎ去ろうとしていた。前と同じように、私の横を通って。

 「あっ、私への質問はいいんですか⁉」私はすぐさま振り返って問いた。彼は、まだそこにいた。

 「はい、あなたがやさしい方だという情報をいただきましたので」そう言って、振り返りもせずに彼は去っていく。また、消えてしまいそうな感じがした。

 「あの!」

 私は精一杯叫んで引き留めた。彼はやっと振り返って私の言葉を待っていた。

 「あの…… また会ってくれますか⁉」心の底からの声だった。

 「…… はい、その機会があれば、是非」

 そう言って、彼は過ぎ去ってしまった。追いかけても、角を曲がったところで消えてしまった。

 一つ残っていた疑問は、彼が私と会ったことを覚えていたのかということだった……。彼の言動の中から、その答えは分からなかった。


 その夜、私はある決意を家族に話そうとしていた。今日は珍しく父が帰ってきて、3人での夕食となった。私にとっては好機であった。

 「ねぇ、次はいつぐらいに引っ越すの」私は父に問う。

 「何だ急に…… 分からないが、半年後ぐらいになってしまうかもな…… すまないな、いつも」父は少し申し訳なさそうに言った。いままで何回も聞いたことがあったので、この言い方は聞き慣れていた。いつもだったらこの気まずい空気のまま終わるところだったが、私は絶対に成し遂げたいことがあった。

 「私、一人暮らししたい!」

 「えっ?」

 父は、ついでに母も、静かに驚いていた。

 「私は、どうしてもこの街を離れたくないの! でも、お父さんの仕事の邪魔をしたくないから、一人暮らしをしたい……」言えば言うほど、私の声は小さくなっていた。正直、無謀だと思った。今までこのような生活を続けておきながら、急にやめたいと言うのは。

 「…… そうか、分かった」父は小さくそういった。ほぼ即答であった。

 「そのようにお前が考えるなら、そうしたらいい 仕送りもするから、お金のことはある程度安心して暮らしていい」付け加えるように父は言った。こういうことに関して、母は口を出さない。

 こうして、案外すんなりとこの街に住むことが決まった。ただ、不安要素が一つ残ってる。


 次の日、学校での生活は変わらなかった。彼女たちは休み時間になるごとに私の悪口を言う。そのたびに、私の心はすり減っていたのかもしれない。その原因は私にあると思っていた。その考えは今も変わらない。そういわれるだけの何かがあるのだ、私には。

 知りたい。自分がどのようにみられているのか。自分が何者なのかを。


 だから――――――


 昼休みになり、お弁当を食べる前に私は立ち上がった。私の目的は、今も談笑している。そして、私は、彼女たちの前に立った。

 「えっ、何?」彼女たちは、こっちを向いている。

 ついにここまで来てしまった。引き返せない。ちゃんと言うんだ。私は彼とは違う。ちゃんと、このことを質問できる。

 「あなたたちから、私はどのように見えますか!」

 大声で叫んだ。クラス中の全員がこちらを向いていた。

 しばらく沈黙が流れた。答えてもらえないかもしれない恐怖がわいてきた。

 「何、こいつ とうとうバカに――――――」そう言おうとしていた一人をもう一人が遮った。

 「うっとうしい 誰とも深く関わろうとしないでメソメソしてるくせに、成績はそこまで良くない 何しに学校来てるの? 退学したら?」

 そのもう一人は、クラス全員が聞いている中でこう声高らかに言い放った。

 また、沈黙が流れた。誰も声を出せなかった。


 「そう見えているんだ…… ありがとう!」

 そう大きく叫んだ。すごくさわやかな気分だった。

 彼女たちを含め、私以外の全員があっけにとられていた。私はその全員を気にも留めず、笑顔で席に戻って、お弁当を机の上に出した。

 もうクラスのみんなは各々の話に戻っていた。だが、彼女たちはそのまま動かなかった。

 「あいつ、本当にバカなのかなぁ……」私の話を受け入れようとしなかった方の彼女が言う。


 私が昼ごはんを食べていると、目の前に先ほど大声で私を罵った彼女がたっていた。何を言われるのだろうと少し緊張して、食べるのを中断した。

 「ごめん、見直した 今までのこと許してくれるんだったら、仲良くしてほしい」彼女は笑いながらそう言った。

 「うれしい…… ありがとう!」

 今の私は気分が良かった。それに、彼女は、私を教えてくれた一人目の人だったから。

 「こちらこそ、ありがとう 私は草薙遥くさかりはるか あっちで納得してなさそうなのが今井晴海いまいはるみ これからよろしく お弁当一緒に食べない?」

 「うん!」

 この遥と晴海は、私にとって、初めての親友となるのだが、それはまた先の話。


 こうして、私は、自分を築き上げていこうと思い始めた。自分一人で考えてもダメだと教えてくれたのはほかでもない、彼だった。


 家の場所が反対方向なので、遥と晴海と一緒に帰ることはできなかったが、その方がいいかもしれないと思っていた。ほかの人と一緒だと、彼に会えないことは知っていたから。


 

 数日後の帰り路、またあの異質な雰囲気を感じた。もう不気味ではなかった。私は、あの道まで駆け足で進んだ。案の定、そこには彼が腰を曲げて立っていた。

 「一つ、尋ねたいことがあるのですが」そう彼はお決まりのセリフを言った。

 「はい、なんでしょう」明るく私は答えた。




the end



 

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― 新着の感想 ―
[良い点]  文章はかなりうまくなったと思う。相変わらず文法は守ってないけど。話としてはきれいにまとまってる。俺は素質があると思うから、頑張って。 [一言]  今度はなんかコメディでも書いてみたらどう…
2017/03/05 23:51 退会済み
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