後編
次の日、朝食をとった後じっとしていられず、父の執務室がある中央棟に向かった。
運が良ければ謁見前の公爵に会うことができないか、と考えたからだ。
中央棟の入り口からこちらに向かい歩いている人影があった。
いつもより機嫌が悪そうに眉間にしわを寄せているマクガイヤー公爵その人だった。
僕の顔を認めた途端、さらにしかめたように見えるのは気のせいだろうか。
なんと言って切り出そうか、一瞬迷ったが、公爵の方から話しかけてきた。
「リオン王子、昔うちの子と会った時の事覚えておられるか?」
ほとんど話したことのない公爵からいきなり本題をふられびっくりしたが、まさにちょうど聞きたい事だった。
「は、はい、あのセシルは…」
「その場所で待っててもらえないか。そうすれば分かる。」
勇気を振り絞ってセシルの事を聞こうとしたけれど、話す気はないとばかりに顔を背け言葉を叩きつけられた。
セシルと出会った場所、あれ以来特別な場所になった所。
くじけそうになる度に訪れ、セシルと会った時の事を思い出してはやる気を出していた。
今、あそこに行って何が分かるというのだろうか。
横を向いた公爵の頬に傷が線のように走っているのが目に入る。
「あの、頬の傷はどうしたのですか?」
公爵のような猛者を傷つける人がいるのか気になったのだ。
「これは、我が家の子猫がつけたものだ。」
良かった、人じゃなかったんだ。
それにしても公爵でも飼っている猫には甘いんだな。
「よほど、可愛い子猫なんでしょうね。うらやましいです。」
その言葉を聞いた公爵はギンッとこちらをにらみつけた後、うらめしそうな顔で、
「失礼する!」
ものすごい勢いで中央棟の奥に向かっていってしまった。
何か失言したかな、と悩みながら足は裏庭の方に向かった。
公爵の言う通り、思い出の場所に何かあることを祈って。
久しぶりに訪れたそこは、あの日と同じ何も変わったところなんて無かった。
目新しい何かを期待した僕はがっかりして、あの日と同じ場所に座り込んだ。
「そう、うまくはいかないか…」
張りつめていた気持ちがぷつんと切れて、思いっきり息を吐いた。
しばらく膝の間に見える地面を眺めていると、人の気配を感じた。
かつてセシルが顔を出した場所から、顔を覗かせている人がいる。
あの日は少年だったけど、今日はものすごい麗人がその場にいた。
「約束覚えてる?」
その姿が目に入った途端、目が熱くなり視界が滲んできた。
「遅いよ、セシル…。君こそ約束忘れたのかと…。」
灰色だった髪の毛は銀髪になっていたけれど、あの日に見た紫の瞳の色は変わらずに輝いていた。
「遅れてごめんね、でも五か国語話せるようになったよ。」
「うん…」
「剣も頑張ったよ、父から一本取れるようになったんだから。」
「うん…、それはすごいね…」
「だから、一緒に連れて行ってくれる、かな?あなたの行く所全部。」
君が僕のために本当に頑張ってくれたのが分かって嬉しい反面、そんなのどうでも良かったのにと思う自分がいた。
外国語が出来なくても、剣の腕がなくても、僕の答えは昔から決まってたのに。
セシルの事を知りたくて、別れた後マクガイヤー家の動向を度々調べていた。
僕が集めた調書には嫡男は領地から出るの嫌い、妹は語学留学で有名な隣国の学院に入学することが書かれていた。
妹の名前はクリスティーナ・ド・セシル・マクガイヤー。
もしかしたら、と思い始めた。
僕が出会ったのは嫡男なのか、妹なのか。
どっちか悩んでいたこともあったけど、今となってはそんなことはどうでもいいことだ。
「もう、僕から離れないでよ、セシル。」
僕の答えを聞いた彼女はとびっきりの笑顔になった。
僕はこのぴかぴかの笑顔に魅せられて、ずっと君に囚われている。
最初に会った時、少年の姿だったことはこの際些細なことだ。
後できっちり説明してもらうけれど。
僕は至上の紫水晶を手に入れた。
この後、セシル側のお話を掲載予定です。