中編
家族が一同に集まった久しぶりの晩餐で、話題になったのは明日マクガイヤー公爵が謁見を望んでいるという話だ。
呼び出さないとなかなか顔を出さない公爵がどんな用事があって来るのか誰も知らないようで、家族全員興味津々だ。
「お子さんの事で来るのではなくて。確か二人いらっしゃったわね。」
母はおっとりとしているが、その言葉は核心をつくことが多い。
はっとした。
セシルのことが家族内で話題になるのは、初めてだ。
「確か何年か前に息子がここに来たことがあったな。」
「ミゲルの剣の相手を探すのに呼んだ時のことですね、父上。」
ゲオルグ兄上もあの時の事を覚えていることに驚いた。
確か顔合わせはミゲル兄上だけだったはずなのに。
「ああ、公爵の息子だっていうから楽しみにしてたけど、細いしちっこい奴だったからがっかりだったよな。もちろん、選ばなかったぜ。」
からから笑うミゲル兄上を冷ややかな視線でゲオルグ兄上が見やる。
「集められたメンバーの中で、剣の腕も勉学でも飛びぬけていたがな。」
「ええっ、あんな弱っちそうなのが!」
「ふふ、外見じゃないのよ、ミゲル。」
やっぱりセシルは出来る人間だったんだ。
「せっかく、公爵家の領地から出て来たんだ。取り込むチャンスだったのに、残念だと思ったよ。ゲオルグも身近に置きたいと狙っていたんじゃないか?」
父の言葉を聞いて、ゲオルグ兄上の様子を窺う。
「彼は非常に優秀な人間みたいですね。あらゆる分野に長け、領地で能力を発揮している。再三、こちらに誘っているのですが、駄目でしたね。」
家族全員、目を丸くしてゲオルグ兄上を凝視する。
兄が全面的に人を褒めるのも驚きだが、そして出仕を何回も断られているのに諦めなかったことにもびっくりした。
チートな兄が欲しがる人材って、どれだけすごいんだ彼は。
「以前から書簡のやり取りはしているのですが、つい最近も領地から出ることはない。と言い切られてしまいました。」
苦笑を浮かべる兄上の姿は、初めて見た。
兄上にこんな表情をさせる人間がいることに改めて驚く。
「もう一人、娘さんもいらっしゃるわね。」
母が再び、話題を投げかけた。
「ああ、珍しくうちの娘可愛い、と惚気る時があってな、うちの息子の嫁にどうか聞いたことがあるんだが…」
今度は父に向って家族全員凝視する。
あの公爵相手にそんな事言ったら、謀反起こされるぞとみんな考えたに違いない。
「急に殺気ぶつけられて、私を倒せたら考えましょう、と言われたな。」
いや~刃物飛んでくるかと思った、とか呟いているし。
だいたい、あの鬼神のような公爵を誰が倒せるのだ。
軍人バカのミゲル兄上だって無理だろう。
「父上、マクガイヤー公爵家の人間が政略結婚を承諾する訳ないでしょう。」
馬鹿なこと公爵に言わないで下さい、とばかりに非難の目でゲオルグ兄上が父上に言う。
そう、マクガイヤー家には利害で結婚をする人間はいない。
上位貴族では有り得ないほどの自由恋愛主義なのだ。
一族の人間は一生に一度運命の出会いをするという。
この人だと思ったら、例え平民でも敵国の人間でも関係ない。
その人を守り、慈しみ、全力で愛し尽くすのがマクガイヤー家の血の性質なのだ。
そのため、他を寄せ付けないほどの圧倒的な力の差を見せつけ口出しされないように、みな優秀な人間になると言う。
全ては愛する人を万難から守るために。
そのため公爵家の人間に愛された者は幸せな一生を約束されたも同然だとみんなが知っている。
それはもう上から下まで、はたまた国外でさえ、公爵家の人に見初められるのを夢見ていると言っても過言ではない。
紫の瞳はマクガイヤー公爵家の人間にしか現れず、アメジストが公爵家の象徴だ。
アメジストは真実の愛を守り抜く石とされ、侯爵家の人間のような恋人に出会えますようにと、いつしか国民の間で恋のお守りと称し紫水晶を身に着けるというのが習わしになっている。
ふと、昔見たセシルの瞳を思い出した。
あの綺麗な紫の瞳の持ち主は、今誰を想っているのだろうか。
母が隣国の王妃から聞いた噂話を話していたようだが、僕の頭の中には入ってこなかった。
昔、僕の目の前に現れた、あの煌めいていた紫水晶を瞼の裏に思い出したいから。