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前編

僕は逃げていた。

毎日毎日続く勉強にも飽きていたし、優秀な兄達と比べられるみそっかすな自分に嫌気が差していた。

面白くない毎日を我慢していたけど、とうとう今日はやってられるかと勉強部屋から逃亡した。


不満が爆発したのは原因はすぐ上の兄のミゲルとのやりとりがきっかけだ。

今日の朝餉の時間にミゲル兄上が自慢げに僕に話しかけてきた。

これから側近候補として何人かの貴族子息達と会うと。

次男のミゲル兄上は長男のゲオルグ兄上が王位に就いだら、この国の軍を率いる地位に就く予定だ。

体格は良く、運動神経も抜群で、強い軍人になるだろうと期待されている。

まあ脳筋ではあるが。

その兄上の側近候補となれば将来、軍の幹部候補生ということになる。

剣の相手や戦略の授業を一緒に受け、兄上の周りを支える者達になるのだろう。

長男のゲオルグ兄上にもすでに側近候補の者達が固めていて、将来この国を統治する授業を一緒に受けている。

ゲオルグ兄上は冷静で常に思慮深く、優秀で教える先生方は絶賛しているくらいだ。

周りの側近達は非常に優れている兄上に心酔しているとも聞いている。

すでに賢王になるだろうと目されている。

こんな優秀過ぎる兄達を持って、コンプレックスを持たない人間がいるだろうか。

知に優れている長男に武に優れている次男、そして何の取柄もない平凡な三男の僕。


僕は将来、外交に携わると言われている。

だからか今まで一緒に授業を受けてきたミゲル兄上は朝こんなことを言った。

「今日から別行動だな。まあ、お前は愛想笑いの練習でも頑張れ!」

ショックだった。

確かにミゲル兄上の剣の相手にもなれないし、勉強もゲオルグ兄上に遠く及ばず普通の人並みしか出来ない僕はいいところが何もない。

頑張っているけど…、頑張っているのに…僕にはそれぐらいしか出来ないと告げられて。

今は誰にも見られず、一人で居たかった。


「そこに誰か居る?」


灌木の陰に蹲っていた僕は人が近づいていたのに気が付かず、びっくりした。

思わず固まって息をひそめていたけど、木の脇から誰かが顔を覗かせた。

少し長めの灰色の髪を一つにまとめ、僕よりちょっと大きい貴族の男の子が僕を窺っていた。

その子の瞳は綺麗な紫色をしていて、僕の顔をじっと見つめ目を見開いて驚いた表情をした。


「どうしたの?どこか痛いの?そんなに泣いて…」

いっぱい悔し涙を流して、まぶたが腫れぼったくなっているのが自分でもわかる。

泣いてひどくなった顔を見られた僕は恥ずかしくて、勢いよく顔を背けた。

「なんでもない!」

僕の態度で何かを感じたのか,それ以上理由を聞かなかった。

僕とちょっと離れた所に静かに座り、おもむろに話し始めた。

「僕さ、今日初めてここに来たんだ。なんか第二王子のお相手がどうのこうのとかで。」

ああ、兄上の側近候補として来た子なんだ。

「でさあ、僕以外にも十人位いたんだけど、第二王子は体格のいい奴3人選んでそれ以外はお払い箱~。」

兄上らしい選び方だよな。

「剣の師らしい人が焦ってて見てて笑っちゃったよ。剣が上手い奴見事に抜かして選んでいるからさぁ。」

ぷっ。ハロルド師匠の慌てる様子が見えるようだ。

「なんか馬鹿馬鹿しいから抜け出して来ちゃった。あの王子の相手は大変そうだしね。」

にかっと笑う少年は側近候補に漏れたと言うのに晴れやかな様子だ。


「それでいいの?」

「ん、なにが?」

僕は不思議だった。

「側近候補になりたかったんじゃないの?だから今日来たんじゃないの?」

だって兄達の近くにいたら、出世の近道だろうに。

「ん~、呼ばれたから来ただけだけど。」

あっけらかんと答えた後、いたずらっぽい笑顔になる。

「王宮に来てみたかったのもあるし、王子様方がどんな人が見たかったしね!」

そう言って僕の顔にぐっと顔を近づけた。

「なら、君の側近にしてもらおうかな?どう?」

整った顔が間近に来て、思いがけない言葉に驚いた。

こんな僕についてもいいことないだろうに。

嬉しかったけど、コンプレックスで歪んだ僕はつい素直じゃない言葉がでてしまう。

「優秀じゃないと選べないなぁ。」

泣いて腫れた顔で、無理やり笑いながら答えた。

「まずは挨拶出来ないとね。」

「あ、そうか!」

その子は立ち上がり、貴族が王族に対してする綺麗な礼をしながら、自己紹介した。

「お初にお目にかかります。私、マクガイヤー公爵の長男、クライス・ド・セシル・マクガイヤーと申します。」


驚いた。

あのマクガイヤー公爵の子供だったとは。

マクガイヤー家は代々切れ者だが変人が多く、当代の公爵もかなり優秀で宰相にもなれる能力があるのに出仕を嫌がって、領地を離れないと聞いている。

しかも武芸に優れ、当主自身も一騎当千の兵であるという。

深刻な問題が起きた時だけ、ご意見番として王宮に来るぐらいのひきこもりとか。

能力が高く非常に頼れる存在だが、怒らせたら身の破滅を覚悟するしかないとか数々の噂の人物だ。

そんな噂の人の息子だったらさぞかし頭も良く、武芸も出来るに違いない。


「僕にはもったいないよ。兄上達の方の所がいいんじゃないかな。」

せっかくの申し出だけど。

「だから~、お呼びじゃないってさっきなったばかりだって!」

ぴかぴかの笑顔で君が言うから、つられて僕も笑い出してしまう。


「僕は外国に行く仕事になるよ。」

「いいね、色んな所に行けるの楽しそう!」

「五か国語話せないとだめなんだよ。」

「じゃあ、勉強しとく!」

「少しは剣も使えないと。」

「武芸はけっこう得意だよ!護衛するよ!」

「君は…」

「君じゃなくて僕の名前セシルだよ!」

明るい君と話していると、つまらなかった未来が違うものに見えてくるから不思議だ。

その日は、侍女長に見つかるまでおしゃべりし、そしてその後たくさん叱られた。

そして、まもなく慌てた様子の公爵が現れ、攫うようにセシルは連れ去れらた。

でも、僕達は約束したんだ。

僕が大きくなったら、ずっと君が一緒にいて支えてくれること。

君が近くに居てくれたら、僕は頑張れる。

その日が来るまで、僕は僕の出来る限りを尽くそう。


その約束を励みに、頭がこんがらがりそうになりながら五か国語を学び、外交術をマスターしたり今までやってきたのに。

6年後、兄上から君の話を聞いた時は信じられなかった。












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