ゲームとジャム
何でもない日。仕事でもない日。
良いことも悪いこともない日。当たり前の毎日。
「琴羽、またボーっとしてる」
今日何度目かの言葉。バルゴに言われては「してないよ」と反論してみるが、バルゴが他の皆に同意を求めて私が負ける。
「してた?」
「してたよ、ねカンケル」
「んふふ、してた!」
今度はカンケルの言葉によって自覚する。
大体理由は分かっている。昨日の出来事だ。
昨日、久し振りに元お父さんと会った。
家に何度も来られるのが嫌で、近くのコンビニで待ち合わせていた。
「3万、ありがとう」
「返さなくて良いからもう絶対来ないで」
3万円を確認するお父さんに、強めに言い放ってから家に戻ろうとした私。しかし、お父さんはそんな私の腕を掴み引き留めた。
「あー、その。 真波の住んでる所教えてくんない?」
もしかして、私から3万円借りといて、お姉ちゃんからも借りようとしているのか。
「~っりえないから! 私から借りといてお姉ちゃんからも借りるって言うの?!」
お父さんの手を払った私は、久し振りにこんな大声で怒鳴った。しかもコンビニ近くで人通りも多い場所で。
お父さんが何か言い返すよりも前に、思ってることを伝える。
「お父さんに新しい家族がいるのは分かってる。でも真波お姉ちゃんも同じように家族がいるの。 旦那さんが頑張って働いても小学生の子と幼児がいる。 真波お姉ちゃんのお腹の中には、3人目の子が居るんだよ!」
人通り多い道で私は何をやっているのだろう。
出そうになる涙に耐えながら、そのままお父さんに強く当たる。
「ギリギリで生活してる人から、お金を借りようなんて、どんな神経してんだ! お父さんの新しい家族にも、中学生の子がいるんだから分かるでしょ?」
最後に問い掛けると、お父さんは項垂れて悩んでいた。思ってることを口に出した後で、周りの目に気付いて私も少々顔を伏せてしまった。
気まずくなった私は、項垂れて悩むお父さんをそのままに、早足で家へと戻った。
昨日の今日で、その事が気掛かりで何も考えられない。何か楽しそうな事、起きないかな。
昼前な事もあり、今日も来客はなさそう。
「あら、そろそろお昼よ琴羽」
「うん、そうだね。食べてく?」
「ピスキスがきっと作ってるから、1度戻るわ。カンケル、リコル、1度帰るわよ」
元気に返事をするカンケルとリコルは、遊んでいたものを片付け始める。
食器を洗う水が未だに冷たい5月。
水で冷えた手をこたつで乾かしているとバルゴがやってきた。
カンケルとリコルは昼寝だそうで、バルゴは散歩前に私と話したくてやってきたらしい。
「う~っ、寒いっ」
「そんなに寒いかしら?」
「寒いよ~、さっきまで洗い物してたから手は凄く冷たいんだから」
ほら。とバルゴの腕に未だに冷たい手で触れてみる。
「冷た~い!」
サッと腕を引っ込めてこたつに突っ込むバルゴを見て笑ってしまった。
バルゴと話し込んでいると突然チャイムがなる。インターホンを確認する事なくドアを開けると、ばあちゃんの友達がニコニコと笑って立っていた。
「定子さん、久し振り」
「予定あった?」
定子さんは、私が小さい頃からばあちゃんと仲が良く、姉の好きな豚汁や私の好きな赤飯を沢山作ってはお裾分けしてくれる。
「いや、今日は仕事も休みだし、まったり過ごそうと思ってた。上がってく?」
「いや、この後また帰って仕事場行かなくちゃだから」
定子さんはお寿司屋で働いている為、酢飯を沢山持って来てた。
「そっか」
「今日はこれ。イチゴ」
床に置いといた段ボールいっぱいのイチゴ。私の好物の1つだと知ってるからか、楽しそうに笑って見せてくれた。
「毎年恒例の大量イチゴ。実家にも送ったの?」
「うん昨日。で、琴羽にもやってくるついでに様子見てきてくれって頼まれてんだ」
ずっと笑ってる定子さんに釣られて私も笑ってしまう。
「あ~、元気って伝えて。イチゴありがとう、美味しくいただきます」
「おう。んじゃあ、元気で楽しそうだったって伝えとくわ」
段ボールごと受け取った私を見て、定子さんは笑いながら玄関を閉めていった。
さて、どうしたものかと沢山のイチゴを凝視する。
「琴羽、こんなに沢山のイチゴ、どうしたの?」
「バルゴ、貰ったんだけど、イチゴ大好きだったりする?」
頬に手を添えて考えるバルゴ。その間にイチゴの入った段ボールをテーブルに置く。
「カンケルは何でも食べるし、ゲミニやスコルは甘いの好きだし、アクアはフルーツならなんでも大好きだし」
う~ん。と悩むバルゴ。
収納棚から大きめのタッパーを取り出す。ピンク色の蓋を取って、熟していない物だけを取り分ける。
「やっぱり皆大好き!」
「へ?」
「イチゴの話よ! 琴羽が“イチゴ大好きだったりする?” って聞いたんじゃない」
あぁ。と適当に相槌を打ちつつ、イチゴを取り分ける手を止めない。
タッパーいっぱいになったイチゴ達を、蓋してから冷蔵庫に閉まった。
「で、琴羽は何やってるの?」
「熟してあるイチゴと熟しきってないイチゴを分けてるの。先に熟してあるイチゴを食べないと、ホントに食べれなくなっちゃうからね」
実家暮らしの時から、毎年この時期になると摘み取ってくるイチゴ。その後暫くはイチゴを食べたくないと思えるほどに沢山ある。
さて、どう消費しようか。
大きめのタッパーに分けても、未だに段ボールに沢山あるイチゴ。一気に沢山のイチゴを消費する方法はないか。
「そうだ、ジャムを作ろう!」
これなら、朝にパンに塗って消費する事が可能だ。
「琴羽? どうしたの?」
バルゴに向きかえって、手に取った1つのイチゴを見せる。
「バルゴ、イチゴジャム作ってみない?」
「へ?」
ドヤ顔でバルゴを見つめながら、イチゴジャムの作り方について頭で検索していた。
料理サイトのレシピを頼りに材料を揃え終える。
「イチゴ、多すぎじゃない?」
「でも、サイトにはこの量でって書いてあるし」
大粒だったら少なく感じるかもしれないが、今回使うのは小粒や、熟しすぎたイチゴの為に多く見えるのかもしれない。
「バルゴ、手伝ってくれる?」
「……もちろん!」
散歩する予定だったバルゴは、私の我が儘を聞いてくれた。
ボウルに入ってるイチゴたち。
「まずは、綺麗に洗ってヘタを取る」
ボウルに入ってるイチゴたちを、軽く水で洗ってヘタの部分を手で取っていくバルゴ。
手慣れているバルゴを見ながら鍋を取り出す。
「イチゴをジャムにするのはやった事ないけど、出来るの?」
「出来るよー」
ヘタが取れたイチゴを次々と鍋に入れていく。水道を止めたバルゴが最後の2、3粒を入れて全てのイチゴが鍋に収まる。
「砂糖入れまーす」
量っておいた砂糖をドバッと入れた私は、そのまま火を掛けずにイチゴを見つめる。
砂糖が全体に掛かるように少しばかり混ぜた私は、鍋に火を掛けないまま残りのイチゴを摘まむ。
「琴羽、火掛けないの?」
「うん、なんかイチゴの水分が出てくるまで30分くらい待つんだって」
そうなの。と呟くバルゴに1粒イチゴを差し出す。
「甘いよ」
「……そりゃ、完熟してるもの」
そういって手に取ったイチゴを頬張るバルゴ。
散歩する予定を変更したバルゴが30分をどう待つかというと、いつものように私との対戦ゲームだった。もはや黄道12宮は私の持っているゲームをほぼやりきっている。
「新しいゲーム機買おうかなぁ」
正直、私自身使っているゲーム機に飽きてきている。
「え、新しいゲーム機って、最近出たばかりの?」
バルゴの発言で、最近よくコマーシャルで宣伝されているゲーム機があったのを思い出した。
「う~ん、きっと高いと思うんだよね」
「そりゃそうよ。1万円以上するんじゃないかしら」
テーブルに置きっぱなしだったスマホに検索をさせてみる。検索結果で1番上に出ているサイトにアクセスすると、本体の画像とともに値段やら周辺機器などの紹介が書かれている。
「うわっ、たかっ!」
「何円だったの?」
「本体価格3万越え」
「そんなにするのね」
1万円程度なら新しく買おうと思っていたが、最新ゲーム機はやはり高い。
約10年程前に買ったゲーム機は、一人暮らしの今でも大活躍のようで、バルゴも楽しそうに遊んでいる。
「何か、新しいソフト買おうかな」
「いいわね。選ぶの手伝うわよ」
「あ、じゃあバルゴの好きなの選んでいいよ」
え、いいの? と狼狽えながらも嬉しそうにするバルゴ。
「うん。今日私の我が儘に付き合ってくれたお礼に」
散歩しようと来ていたバルゴに私の我が儘でとどまってくれているのだから、お礼をしなくてはならない。
笑顔で頷いたバルゴは嬉しそうで、提案した私も何故か嬉しくなった。
イチゴの事を思い出して、放置していた鍋を覗いてみるとイチゴから出た甘そうな水分がイチゴを浸していた。
「大体30分経ったのかな」
「いよいよ火にかけるのね」
うん。と頷いた私は、コンロを覗き込みながら火をつける。中火に設定して、木ベラでイチゴ全体を軽く混ぜておく。
「これで沸騰したら、吹き零れないように火で調節しながら掻き混ぜてくの」
「底が焦げちゃうから?」
レシピに書いてあった事をバルゴが言い当てたことに驚いた。
「そうみたい。よく分かったね」
「そりゃ、私も料理はするもの」
苦笑しながら木ベラで鍋全体をかき混ぜるバルゴ。イチゴを軽くつついて固さを確かめている。
「柔らかくなるまで待つのだ~」
「んふふ、いきなりどうしたの?」
イチゴをつつくバルゴが昔の興味津々な私に見えて、当時のばあちゃんを思い出す。
部屋に戻った私とバルゴは、台所と部屋のドアを開けといて鍋が見えるようにしてからゲームを再開する。
「バルゴはどんなゲームが好き? アクション系?」
性格が違う黄道12宮は好きなゲームの種類も違ってくるだろう。
「アクション好きよ。これもアクションよね?」
テレビ画面を指差すバルゴに肯定するように頷く。
今やってるゲームもアクション系で、よく黄道12宮の男性陣が好んでやっている記憶がある。
「アクション系でバトルものが多いからなぁ」
「似たようなのないかしら」
「ちょっと待って、検索してみる」
ゲームを中断して、再びスマホに検索させてみる。
今持っているゲーム機のソフトは大体何円するのか。
10年程前に発売されているものだからか、ソフトの値段は5千円もしない。
「……ホラーは」
「……やめてあげて」
前に借りたソフトで私自身、今後絶対やらないと誓ったのだ。 あの時のカンケル達の泣き声が頭に響いた。
「ストーリー性あるのは?」
「……いいわね。どんなの?」
紹介されている文を黙読してバルゴにも分かりやすいように伝える。
「有名なのが2つあって、1つはゾンビが出てくる有名シリーズ。主人公がゾンビを倒しながら無事に生き延びれるか、みたいな」
実をいうと、前に友人から借りてプレイしたシリーズものと同じ。
「それ、前にやったやつじゃない?」
「物語が違うだけで、去年やったのと同じシリーズなの」
苦笑しながら大体の説明を終えると、バルゴは首を振った。
「……もう1つは?」
「もう1つはアクションRPGもあり、ストーリー性も高い有名シリーズ。“1度やり始めたらエンディングまでプレイしたくなる”らしい」
有名シリーズだということは知っているのだが、生憎プレイしたことはないので面白いのか分からない。
私が今持っているソフトと似たようなソフトを検索させてみる。
「あとは、私が持ってるやつに似たようなソフトかな」
「……ことはっイチゴ!」
1秒程の静まりから、「あっ!」と声を上げた私は、台所へと駆け寄る。
ダダダッと駆け寄った鍋は吹き零れる寸前だった。すぐさま火を弱めると溢れそうになった物はスススッと鍋の中へと収まっていく。
「だいじょうぶっ?」
「なんとかね」
木ベラで鍋の底に付いてしまったであろうイチゴを掻き混ぜる。
「ちょっと付いちゃってるけど大丈夫でしょ」
「柔らかくなった?」
木ベラの先でチョンチョンとつついてみる。
「元から熟しすぎで柔らかかったからなぁ」
まぁ大丈夫でしょ。と柔らかいことを伝えると、バルゴも試しに木ベラでつついている。
「もう少し待ちましょう」
バルゴの判断で、再び部屋へと戻る。
ゲーム機ソフトのパッケージを取り出して、検索して出て来たソフトパッケージと見比べる。
「う~ん、これとかどう?」
スマホの画面をバルゴに見せる。
バルゴに紹介したソフトは、私が持ってるカートレースでキャラ同士競うソフトと同じキャラが出てくる。
「最大4人で遊べるらしいし、コースも沢山ですぐには飽きないと思うよ」
スマホ画面を操作して、遊べる内容や使えるキャラクターなどを表示させる。
「あ、これ私がよく使うキャラ」
「うん」
「で、これがカンケルがよく使うキャラで、これはゲミニとかアクアが使うキャラだ」
表示されてるキャラを次々に指差して教えてくれるバルゴ。
バックボタンを押してホームに戻ったスマホで、再び検索バーに文字を入力する。
「もう1つ候補があるんだけどね」
前置きした私は、あるソフトのパッケージを画面に表示させてバルゴに見せる。
「これも同じキャラが出てくるゲームソフト」
ジャンルは少し変わってスポーツアクション。
「へ~、知らないキャラもいるわ」
「これも最大4人で遊べるよ」
黄道12宮の皆は、知らないことには興味津々に聞いてくれるから教え甲斐がある。
キャラクター紹介ページから、1つ1つタップして詳しい紹介文を読んでいるバルゴ。
中身の無くなったコップを持って台所へと向かうと、麦茶を注ぐついでに鍋を掻き混ぜる。
「いつ買いに行くー?」
部屋にいるバルゴに聞こえるように声を張る。
イチゴは程よく柔らかく、食パンに塗れば美味しそう。出てきたアクを取り除いて、冷蔵庫から以前使ったレモン汁を適当に入れる。
「いいの?」
「うわあっ」
気配もなく近付いてきたバルゴに思わず声を上げてしまう。
「いいよ。だってお礼だし、選ぶ人がいないと買えないでしょ」
おどけるように笑ってみせると嬉しそうに頷くバルゴ。
素直なバルゴにのほほんとしながら鍋のイチゴをつつく。
「出来上がり?」
「うん、味見してみる?」
いいのっ? と食い気味に尋ね返してくるバルゴに笑いながら、小皿に本の少し盛ったイチゴジャムをスプーンで掬って口許に持っていく。
「ん……あまい!」
「ホント?……おぉ、あま~い」
同じスプーンなまま私も味見してみると、丁度良い甘さに悶える。
「これ、パンケーキに掛けても良さそうね」
「お、それ良いね! 早速作ろう!」
ちょっと遅めのおやつは、手作りのパンケーキとイチゴジャム。
提案が即採用されたバルゴが狼狽える中、ホットケーキミックスを見つけた私は早速作り始める。
「バルゴ、手伝って」
安心させるように笑ってバルゴを振り向いてみると、何故か震えているバルゴ。
「~っ早く作って早く食べましょ!」
満面の笑みで私の腰に腕を回してきた。良かった。泣いてなかった。
何だか、昨日の事なんてちっぽけに思えてきた。
午前中は、何か考えるにも昨日のお父さんとの事が気掛かりで、黄道12宮の皆からも心配されてたけど。
「琴羽、焼くわよー」
「大きいのおねがーい」
午後からは、願っていたように楽しそうなことが舞い込んで、ずっとバルゴとも話せて。
仕事でも何でもない日、良いことも悪いこともない日で当たり前の毎日だけど、そんな日があることが幸せだ。
「やっぱり皆大好きよ」
「へ?」
「……んふふ、琴羽のことよ」
もしかしたら、バルゴは知っていたのかも。