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ピスキスと留守番

ピスキス目線の話です。



 琴羽の部屋なのに、琴羽がいない部屋で私達はまったりとゲームに興じる。

「琴羽いないと、やっぱり寂しいね」

「そうね。きっと今頃、楽しんでるわよ」

「お土産、楽しみね!」

「カンケルね、ぬいぐるみ買ってきてもらう約束したよ!」

「えー、あたしも指定すれば良かったなぁー」

「んふふ。スコルは、何買ってきてほしい?」

「えっと、お菓子」

「あー、スコルのお土産食べたーい!」

「うん、私も皆と食べたいなと思って、琴羽に伝えておいたの」

 スコルは、自慢の長い三つ編みを抱くように触れながら、嬉しそうに笑う。スコルの癖だ。


 ここにきてもう8ヶ月。今までにないくらい琴羽には優しくしてもらって、レオは心を許しているし、カンケルは毎日が楽しそう。

 勿論、私も琴羽には感謝している。これまでの人達には申し訳ないけど、こんなに離れたくないと思ったのは琴羽が初めてだった。

 でも、私達は黄道12宮。私達にもちゃんと帰る場所がある。今はそこが元あった場所からずれてしまっていて、日中は琴羽の部屋で寛ぐ形で毎日を過ごしている。

 この琴羽の部屋とも、残り4ヶ月でお別れだと思うと淋しい。

「ねぇ、そろそろ休憩にしましょ?」

「そうね、カンケル、リコル休憩よ。紅茶淹れてくるわね」

 部屋を出て台所に向かう私の後ろを、飼い猫であるワタがトコトコと駆け寄って付いてきた。

 部屋から「あ~、ワタ行っちゃった~」という残念そうなカンケルの声が聞こえて軽く微笑みながら、紅茶パックとカップを手にする。



 さて、ここで気になってる琴羽の事よ。

 琴羽の部屋には琴羽ではなく、私達――黄道12宮の女性陣、という琴羽が作ったグループがゲームを楽しんでいる。

 部屋に飾ってある今日の日付を見てみると、赤色で書かれていることから、今日は祝日。つまり、琴羽は仕事がなく休み。

 じゃあどこにいるのか。


 それは、昨日のお昼まで遡る――


「あ、明日友達と水族館に行ってきます」

 昨日も休みだった琴羽は、お昼時にご飯を食べながら、今思い出したかのように発言した。

「すいぞくかん?」

「って何?  琴羽」

 食べてる途中である琴羽に疑問をぶつけるゲミニとカンケル。暫くの咀嚼のあと、琴羽は説明をした。

「お魚さんや、他の海の生き物を展示している場所で、色々見て回る施設だよ」

 テレビ番組で特集されているのを思い出した私は、興奮したように食いついたのは未だに恥ずかしい。

「イルカショーとかあるやつよね?」

「そうだよ」

「テレビで見たイルカが可愛かったの! 写真撮ったら見せてちょうだい!」

 琴羽は微笑みながら、私のお願いを承諾してくれた。



 そうして今朝、おしゃれをした琴羽はあまりしないというメイクも施して出掛けていった。

「写真も楽しみだね!イルカとか、アシカ? とかもいるんでしょ?」

「そうなのよ。それに琴羽、写真撮るのが上手じゃない? 早く琴羽の撮った写真見たいのよ」

 今から待ち遠しい琴羽の写真。

 元から、“スマホ”という機械でよく景色などの写真を撮ってたらしい琴羽。 私達が来てから、小さいカメラを買って色々撮ったお陰で、凄く上手に写真を撮る。

「よっぽど楽しみなのね」

「ええ」

 バルゴの笑みが皆に伝染するように笑った。



 お昼を食べ終えた後、また琴羽の部屋で皆でゲームを楽しむ。午前とはメンバーも変わって、ゲミニとアクアとアリエスとリブラが楽しそうに対戦ゲームを楽しんでいる。

 バルゴとスコルは商店街の方へと散歩に出掛けてしまい、ウルはおやつを作りにそのまま戻ってこず。

 ベッドに腰掛ける私の太ももにカンケルが座ってきて、カンケルの太ももにはワタを乗せた状態で一緒にテレビ画面を食い入るように見つめる。

「あっ、あ~」

「リブラ強い~」

「え、ごめん」

「リブラいっけ~!」

 どうやらアクアとアリエスがペアで、リブラとゲミニがペアになって対戦してる。

「アハハッ、アクア負けちゃうよ~」

「あ、カンケルまで!」

「カンケルー、分からないよ?もしかしたら僕たちが勝っ――っあ!」

 テレビ画面に大きく勝敗が出される。リブラとゲミニペアが勝った。


 落ち込むゲミニとアリエスを慰めるカンケルは可愛くて優しい。

「頑張れば今度は勝てるよ! 元気出して!」

「うん、ありがとカンケル」

「カンケルは優しいね」

 そしてゲミニとアリエスも可愛い。お互いに頭を撫でながら慰めている姿はまるで兄弟。 前に琴羽も「兄弟に見えてきますね」と言っていたっけ。

「琴羽がね、沢山努力すれば少しずつ勝てるようになるよって言ってたの! だから沢山努力しよう!」

 カンケルのキラキラの笑顔を見ていると、こちらも笑顔になってくるから不思議。きっと琴羽のお陰。



 ゲームを再開して数10分、ピンポーンというチャイムがなった。

 今朝、琴羽が言っていた「チャイムがなってもすぐにドアを開けないでくださいね」という言葉を思い出して、壁に取りついている玄関モニターで来客を確認する。

 今までに見た事のない男性の人。眼鏡が掛けていて、ちょっと薄汚れた洋服を着ている。

「誰?」

 いつも間にか後ろから覗き込んでいたリブラが小さく呟く。

「リブラ、ゲームはいいの?」

「リコルとバトンタッチしてきた」

「あらそうなの。……誰かしらね」

 生憎、玄関モニターの使い方はレオにだけ話していった琴羽。私はそのまま玄関まで行き、ドアを開けた。


 良く見ると、男の人は小さな紙切れを手にここへ来たようだった。

「あ、えっと。ここって浦口琴羽の家……」

「ええ、そうよ」

「俺、琴羽の父なんだけど、今琴羽って……?」

 なんと! 琴羽のお父さん!

「あら、琴羽のお父様? ごめんなさい、今琴羽はお友達さんとお出掛けなのよ」

 琴羽が友人と出掛けている間を留守番をしていることを説明すると、理解してくれたらしい琴羽のお父さん。

「あー……じゃあ琴羽に伝言してほしいんだけどいいですか?」

「ええ、ちょっと待っててください」

 駆け足で部屋に戻ると、ゲームを楽しんでるアクア達を無視して、紙とペンを手にする。

 玄関で待っていた琴羽のお父さんに、紙とペンを見せながら「忘れないように伝言を書いてくれますか?」と尋ねると、快く紙とペンを受け取って書いてくれた。

 その後、琴羽のお父さんは帰っていった。


 ワタを抱えながら、ゲームで楽しむアクア達を眺めていると、固定電話がなる。

「リコル、音小さくして」

「はーい」

 音が小さくなったのを確認してから、受話器を耳に当てる。

「はいもしもし浦口です」

『あ、琴羽なんだけど、ピスキスさん?』

「あら、琴羽なのね。ピスキスよ」

 相手が琴羽だったことで緊張していた気が緩まって、いつもの口調のまま話を続ける。 小さい声で様子を窺っていたアクア達も、私が琴羽だと言ってから煩くない程度でまたもやゲームに夢中になる。

『ピスキスさん、今日ってまだ誰も来客とかない?』

「数分前に琴羽のお父さんが来たわよ」

『……マジか』

 琴羽の声が少しだけ下がった気がした。

「琴羽?」

『あ、お父さんなんて?』

 数分前に預かった伝言の書いた紙を手にして読み上げる。

「なんか、お金を3万円貸してほしいって」

『3万?!』

「ええ、受け取るのに電話してくれたらまた家に来るって言ってたわよ」

『……そっか』

「琴羽? どうしたの?」

『あ、いや。帰ったら事情説明するよ』

「あら、そう?」

 『うん』という言葉を最後に琴羽は電話を切ったらしい。私も受話器を置く。



 ベッドに腰掛けた私は、太ももに座るワタを抱えながら琴羽のお父さんから預かった伝言の書かれた紙を見つめる。

 今でもゲームを楽しんでいるアクア達は、キャッキャワーワーとはしゃいでいる。

 ワタの背中を撫でながら琴羽のお父さんの真意を考える。

 “金を3万円貸してほしい”

 紙に適当に書かれている文は、琴羽が書く字とは全然違って少し汚い。

 伝言を伝えた後の受話器から聞こえた琴羽の声は、明らかに声のトーンが下がっていた。

 普段の琴羽の声は、アルトよりちょっと高めの声――黄道12宮でいうとスコルに似た声で、私も皆も聞き慣れている。 それがたまに低くなることがある。そんな時は大体琴羽が嫌な気分になったときだ。

 お父さんからお金を貸してほしいと言われて、琴羽は嫌な気分になったということだ。


 何で嫌な気分になるのか。

 お父さんも、きっと琴羽と同様に仕事をしてお金を得ているはず。

「ピスキスー?」

「だいじょぉぶー?」

 ハッと前を向くと、アリエスとカンケルが声を掛けてきたのに気付く。アクアやリブラ、ゲミニやリコルも心配げに私を見上げていた。

「ふふっ、ごめんなさいね。大丈夫よ。ほら、ゲーム楽しみなさい?」

 安心させるように笑うと、皆も笑ってくれて何とかゲームを再開させる。

 分からないことは聞けばいい。

 琴羽が帰って来て、お土産を渡された後に、こっそりと部屋で尋ねればきっと答えてくれる。

 琴羽自身も、“事情を説明する”と言っていたのだから。



 窓から入ってくる光がオレンジ色であることに気付く。結構ゲームを楽しんでいた。

「あら、もうこんなに時間が経っていたのね」

「あ、ホントだ」

「えっと、6時?」

「5時よ、5時30分ね大体」

 カンケルの呟きを訂正しながら、皆に時刻を告げる。

「あ、そうだ!」

「リコル?」

 何か良いことでも思い付いたのか、リコルが勢い良く立ち上がる。そのまま、カメラが収められている棚に手を伸ばす。

「商店街のおじちゃんがね、“5月の夕焼けは綺麗だから、暇な時に撮ってみな”って言ってたの!」

 リコルはそのままガラス戸を開けてベランダに立つ。

「わぁあ……」

 景色に見とれているリコルは、そのままカメラを構える前に私達に呼び掛けてくる。

「ピスキス! リブラ! すごいから見て!」

 そんなリコルが微笑ましくて、うふふと笑いながらベランダから景色を覗き見る。

「あら本当。綺麗ね」

「眩しい……」

「スッゴいオレンジ色だね!」

「凄くキレイ!琴羽に見せようよ!」

 私が感想を述べると共に、皆も口々に感想を述べていく。


 夕日が沈む時がこんなに幻想的だった事なんて知らなかった。琴羽に会ってから、知らなかった事が沢山あったのだと改めて思う。

「リコル、撮らなきゃ!」

 リブラの一言に「そうだった!」と慌てたリコルは、カメラを夕日に向けてファインダーを覗く。

 パシャ、という音を合図に私達はベランダを後にする。

 写真が出来た時に、リコルが撮ったのだと伝えた後の琴羽が思い浮かぶ。きっと驚いた後に、綺麗だとリコルを褒めるだろう。

「琴羽、驚くかなぁ」

「驚くわよ」

「そうだといいなぁ」

 小さく呟くリコルは、手にしたままのカメラを見つめる。



 その後、少ししたら夕日は沈み、暗くなり夜がくる。琴羽はまだ帰ってこない。

「もう外暗いのに帰ってこないね」

「そうね、バルゴは帰ってきたのにね」

 散歩に出掛けていたバルゴとスコルは、夕日が沈み暗くなって直ぐに帰ってきた。

 琴羽の事だから大丈夫だと思うが、最近合った出来事のせいで少しだけ心配になってしまう。


「なんだ、琴羽はまだ帰ってないのか」

 いきなりやってきたレオとタリウスがきょろきょろと琴羽を探す。

「そうなのよ、まだ帰ってないの」

 心配なのよ。と付け足して時計を眺める。

「……心配なのも分かるが、そろそろ夕飯の準備を手伝え」

 レオの言葉に、そういえばそろそろウルが料理を作り終える頃だと思い出した。

「そういえばそうね」

 今日は何かしら。と笑いかける私に、タリウスが「ハンバーグを作ろうとしてたぞ」と教えてくれた。

「ワタ、ご飯食べて待っててね」

 ワタへの餌を器に盛ってから、琴羽の部屋を後にした。



 食事は皆揃って食べるのが決まりになっている。カンケルやゲミニはあまり噛まずに飲み込んでしまう癖があるため、皆で監視する為だ。

 そうして、琴羽の心配をしながらも、美味しく作られたハンバーグや白米を完食して琴羽の部屋に戻る。 私1人で琴羽の部屋に再び行くと、琴羽が帰ってきていた。

「琴羽! 帰ってたのね!」

「ただいま~ピスキスさん」

 琴羽は帰ってきたばかりなのか、いつもは直ぐに脱ぐ上着を羽織っていた。

「今帰ってきたの?」

「……うん、ついさっきかな」

「お疲れ?」

 友達と遊びに行ったはずの琴羽は、残業仕事から帰ってきたような顔をしていた。

「ん? ん~、まぁ遊び疲れたかな」

 上着を着たまま、ベッドに体全部を凭れさせる琴羽。

「……んふふ、そうなの」

「うん」

 笑いが伝染して琴羽も笑い始める。


 近寄ってきたワタの体を撫でながら口を開く琴羽は、笑っていた顔から真逆になっていた。

「前に、私の両親が離婚したって話したの覚えてる?」

「ええ」

 日中に来た琴羽のお父さんについてだろう。

「小学生の頃に離婚して、そのまま帰ってこなかったの。お母さんもお父さんも」

「どういうこと?」

 離婚してしまったのなら、どちらかが子供を引き取るんじゃないのか。

「私の家は、ばあちゃんじいちゃんも一緒に住んでたし、お父さんもお母さんも、お互いがお互いに“お母さんが家にいるだろう”、“お父さんが家にいるだろう”って思ってたらしい」

 なんて無責任な親なのだろう。

「まぁ、じいちゃんばあちゃんに面倒見てもらってたから大丈夫なんだけど」

 琴羽の無理した笑顔をこれまで何度見たことか。今日もまた無理してる。


「でも、私が高校生の時に、新しい家族を作ったお父さんがいきなりやって来て、“お金ちょうだい”って」

 今日来たお父さんと同じなんだ。 今分かったって後の祭りで、伝言として紙に書かせた私は、琴羽にとっては失態だったのだ。

「お母さんは1度も来なかった」

 琴羽は静かに泣いている。嗚咽を鳴らさずに、涙だけが目から流れている。

「お母さんが来ていたらまだ良かった。でも毎回来てたのはお父さんだけ。お父さんだけが……」

 気付いたら私自身も泣いていた。嗚咽を鳴らさずに泣いている琴羽の事を思わず抱き締める。

「琴羽、もっと泣いてもいいのよ。ごめんなさいね、私、そんな事知らなくて……」

 知らなかったからって許される事ではないのに。

「いいよ。ピスキスさんが悪い訳じゃないから。だから泣かないで」

 何で私が、琴羽より泣いているの? もっと泣くべきなのは琴羽なのに。


 ワタが近寄ってきた。

「ほら、ワタも言ってるよ。“ピスキスさん泣かないで~”って」

「違うわよ。ワタは琴羽を心配してるのよ、そんな顔して」

 検討違いな事を言う琴羽の顔を両手で挟む。

「んう、え~? しょんなことないよ~」

「んふふ」

 両手で挟まれてるにも関わらず、訂正しようとする琴羽に笑ってしまう。

 ワタを撫でるために手を離した私は、琴羽に優しく問いただす。

「で、何でいきなり電話してきたの?」

「うん。 友達と遊んでる時に、実家から電話来て“お父さんに琴羽の住所教えちゃったから近い内に尋ねるかも”って言われたから、急いで確認したかったの。 出来れば、お父さんの容姿を伝えて居留守使えないかなと思って」

 “いるす”って何だろうと思ったが口にしない。

「琴羽のお父様が来たときね、ちゃんと玄関モニター確認したのよ。……その時に琴羽に電話すれば良かったわね」

「ううん、私がもっと早くに電話すれば……」

「いいえ、私がちゃんと電話していれば……」

 琴羽は“もっと早く電話してれば”と、それに対抗するように私は“ちゃんと電話していれば”と言い続ける。


 何度も言い合っていると、ワタが私の琴羽の間に入ってきて私達の言いあいを止める。

「んふふ、ワタが“ケンカだめー”ですって」

「ピスキスさん、ワタ本当にそんな事言ってるんですか?」

 やっと笑ってくれた琴羽。

 泣いてる琴羽よりも、怒ってる琴羽よりも、やっぱり笑って楽しそうにしている琴羽が1番好き。


 その後、私達――黄道12宮にお土産を渡したり、撮ってきた写真を見せてくれながら楽しそうに笑う琴羽。

 今日みたいに琴羽を悲しませない。

 残り4ヶ月は、目一杯に琴羽を幸せに、そして悔いの残らないように琴羽を甘やかす。

「ンフフ」

「どうしたのだ、ピスキス」

「なんでもないわ」

 私のこの目標は、レオにも教えられない。




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