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怖かった思い出



 4月も下旬、新社員達も何とか慣れてきたようで、それなりに楽しく、それでも忙しなく働いている今日この頃。


 今日も何とか仕事を終えた私は、普段買い物をするスーパーで足りなくなった卵やら野菜、冷凍食品などを買って帰宅していた。

「忘れ物、ないよな」

 普段だったら土曜日か日曜日に買い物をするのだが、先週の休日は部屋の衣替えに2日間使ってしまい、買い物に行く時間を作れずじまい。

 スーパーから自宅への帰り道、忘れ物はないかと思案しながら重い手荷物を握り直す。


 仕事専用の手提げ鞄を肩に無理矢理掛け、スーパーで買った物が入ったエコバッグと、薬局で買った洗剤が入ったビニール袋を両手に持つ。

「あー……重い」

 少なくなってから買う予定だった洗剤は、私の頭の中でいつの間にかリストから消えていて、昨日の夜にとうとうなくなってしまったのだ。

 痛くなってきた手を休めるように、1度両手の荷物を降ろしてから両手をブラブラと振る。

「……よしっ」

 再び手にして歩き出す。


「はぁあー……」

 それでも、スーパーから自宅までは普段帰るよりも遠回りな為もう少しで歩く。 

 ましてや、今日は定時から約1時間の残業。 全ての買い物を終えたときには外は暗く、いつもだったらもう家に着いている頃。

 春のはずが、冬のように感じる寒さ。

「重いし寒いし、最悪だ」

 きっと、今の時間に買い物荷物手にして変える人なんて私だけだろう。今頃、何処の家でも暖まっているのだろう。


 と思っていたら、ふと少し後ろから足音がした。良かった、私の他にも今の時間に出歩いてる人はいるんだ。

 私のように仕事帰りに買い物をしたのだろうか、と名も知らない誰かの手荷物を確認したくなった。 手荷物を握り直して、歩きながら後ろを振り返った。

「あれ……」

 いないじゃないか。もしかして幻聴だったのだろうか。つい立ち止まってしまった私は、幻聴だったであろう足音に嫌気がさす。

 再び歩き出しながら、夕飯をどうしようかと考える。


 つい昨日作ったカレーがまだ残っている。

 1人分を作るのが難しいカレーは、一人暮らしを始めてからあまり作らないようにしていた。

 しかし嬉しいことに、黄道12宮の皆が私の手料理を食べてみたいと願望を述べてきたのだ。 嬉しくてつい多めに作ってしまって、全員で食べてもまだ少し残っている。

 なんだったら、カレーに何か付け足してアレンジしたものでも食べようか。 と頭の中で付け足すものを思案していた。

 その時、タタタッと後ろから駆けてくる音。何事だ、と振り返ようとして体に衝撃がくる。

「なっ――」

 突然のことに抗議しようとしたが口を塞がれる。

 もしかして不審者か。

「んっ……んっ!」

 両手が塞がっていたが、逆に荷物を利用して不審者を攻撃する私。


 不審者の鼻息が気持ち悪く、思いっきり薬局のビニール袋を振り回すと私の体から離れる不審者。

「不審者野郎、気持ち悪いんだよっ」

 気持ち悪さと怖さでどうにかなりそうなのを踏ん張ってその場から走り去る。

 5分走って、やっと自宅が見えてきた。走る足を緩めて、後ろを振り返ったが、誰も居なかった。



 強引に開けた玄関を素早く鍵を閉めて部屋に駆ける。

「ただいまっ」

 勢いよく入ってきた私に、笑い声をあげて楽しそうにしていた部屋は静まり、黄道12宮の女性陣が私の顔を窺ってきた。

「琴羽? 大丈夫?」

 ピスキスさんの問いに、息を整えながら答えるが、皆は納得してくれない。

「ホントになんでもないよっ……本当に」

「琴羽、本当のことを教えて」

 ベッドに腰掛けていたバルゴが真剣な表情で問い質してきた。

 息が整った私は、今になって怖さが倍増して、昔の事を思い出した。


 小学生の頃にも同じようなことがあった。突然、後ろから抱っこされて、誰なのか分からない恐怖と浮遊感。おまけに口も塞がれて。

 犯人がどんな人だったか、ガタイの良い人なのは覚えている。暴れても暴れても、離される事はなかった。

「……こわ、かった」

「琴羽?! どうしたの!」

 気付くと涙が、ポロポロと溢れて床を濡らしていた。

「琴羽、ごめん。怒ってるわけじゃないの。ただ、私達には本当の事を言ってもらいたくて」

「ちがっ……怖くて、気持ち悪くてっ」

 バルゴの言葉を訂正しようにも、上手く言葉が出てこない。知らない人の温もりが、未だに残っていて気味が悪い。


 荷物も忘れて、その場に座り込んだ私。背中を撫でてくれているウルさんの手の温もりでさえ、今は嫌気がさす。

 それでも、次第に涙は治まっていき、大きく深呼吸をする。

「ケホッ……はぁ、はぁ」

「琴羽、大丈夫?」

 ピスキスさんの問いに頷く私は、皆の目の前で泣いてしまった事の恥ずかしさで顔があげられない。

「で、琴羽。何があった」

 今まで居なかった筈の声が聞こえて驚く。恐る恐る顔をあげると、こちらを睨んでくるレオさん。


 私に怒ってるわけじゃないと分かっていても、何故だか目に涙が溜まっていく。

「どっ、どうしたのだ琴羽! 何があった?!」

「レオ、落ち着いて。琴羽も、大丈夫よ」

 レオさんを落ち着かせながらも、私と目を合わせてくるピスキスさん。

「琴羽、大丈夫よ。ここには私達――黄道12宮がいる。なんでも話して?」

 頬に垂れた涙を服の袖で拭うと、笑っているピスキスさんが「ね?」と問い掛けてくる。

「うん。でも、その前にご飯食べたい……」

「んふふ、そうね。帰ってきてまだ食べてないものね」

 落ち着いてしまうと、次々に“あれやらなきゃ”と買い物の荷物を思い出す。



 そのままだった買い物荷物を片した後、夕飯の準備をする。

 大きめのグラタン皿にご飯を盛って、残っていたカレーを掛ける。多めのチーズをその上に掛けてからオーブントースターに入れ、時間を決めて温める。

「ピスキスさん、シャワーだけ浴びてきますね」

 シャワーを浴びてスッキリしたかった私は、着替えを持ってそのまま脱衣所まで駆ける。

 1人になると、昔の記憶とともに今日のことも思い出してしまう。服を脱ぎながら、頭を振って無理矢理忘れる。


 急いで出てきたら、約10分程しか経っていなかった。

「琴羽、早いのね。さっき、チンッてなってたわよ」

 部屋にはバルゴ、ピスキスさん、ウルさんの大人女性組と、レオさん、タリウスさん、リブラさんの大人男性組の6人が残っていた。

「うん、ありがとう」

 濡れた髪で服が濡れないようタオルに両肩に掛けながら、オーブントースターに歩み寄る。

 チーズが完全に溶けていて美味しそう。

 テーブルに鍋敷きとスプーンを置いてから、キッチンミトンを手に嵌めて皿を取り出す。

 チーズのいい匂いが空腹を増進させると同時に、嫌なことを忘れさせる。


 鍋敷きに出来上がりのグラタンを乗せると、外したミトンをそのままにがっつく。

「琴羽……凄く美味しそう」

「そうだな。“匂いが美味しそう”、という表現はおかしいだろうが、香ってくる匂いが美味しそうに感じられる」

「琴羽、一口ちょうだい?」

 しんみりしていた皆は、私がガツガツと食べるグラタンを美味しそうに見つめる。

 ウルさんの一言で、しんみりした空気はどこかに行ったかのように感じられた。

「ん、いいよ。なんだったら、多めに作ったから皆一口ずつどうぞ」

 涎を垂らしそうだったウルさんは、“我先に”と腕を伸ばしてきた。


「うまいっ」

「どれ、おぉやはり美味しいではないか」

「“チーズ”ってのが美味しいのかな?」

「琴羽のカレーとチーズが美味しいのよ」

「ん~っ、なにこれおいしい!」

「カレーの旨み、チーズのとろけ具合がなんともいえない」

 1人ずつ食べたい結果がこれだ。

 やっぱりグラタンは美味しくて最強だと改めて感じた。

「それなら良かった。またカレーを作って残ったら、皆の分も作りますね」

 皆は満足げに笑ってから、チーズの面白みについて話し出した。


 それから数分、グラタンを完食した私は使った物を洗い、明日の準備を軽く済ませる。 その間、皆は私の方をずっと見ていた。


「今日あったこと、話した方がいいですよね」

「ああ」

「ええ、そうね」

 レオさんとピスキスさんに即答された私は意を決して口を開いた。


 仕事が残業で遅くなったことから、不審者から逃げて急いで帰ってきた事まで。 その間、皆は声をあげることなく、相槌だけ打ちながら聞いてくれた。

「皆の顔を見て、心が緩んじゃって、泣いちゃったりしてごめん。怖くて、気持ち悪くて……」

 絶対に泣かないと決め込んで話したのに、やっぱり目から涙が溢れて、またポロポロと床を濡らしていた。

「琴羽、怖かったね。大丈夫、その男はここには居ないから、安心して」

「大丈夫よ琴羽」

 ウルさんとバルゴによって涙は拭かれて、背中を撫でながら慰めてくれる。

 ティッシュを何枚か取ると、垂れてきていた涙と鼻水を拭く。

「琴羽、話してくれてありがとう」

 ティッシュを丸めると、ピスキスさんが頭を撫でてくれた。


 女性陣3人のお陰で、早くに落ち着いた私は、昔にも同じようにされたことを話した。

「もしかして、昔琴羽を襲った人が今日襲ってきた、とか?」

「だとしても10年も経っていて、琴羽だと分かるのだろうか」

「琴羽、昔に襲われた時と今日襲われた時の男性の特徴は分かるか?」

 男性陣3人は考察をしてくれた。

「すみません、昔の事は殆ど覚えてなくて、ただガタイがいい人としか……」

「そうか」

「今日の人も、これといった特徴は分かりません……」

 不審者の格好は覚えているのだが、特徴を知ろうにも顔すら見れなかった。灯りが少なかったことと、帽子を被っていたことが原因だろう。

 不甲斐ない私が謝ると、レオさんは「気にするな」と言ったあとに顔をしかめた。

「しかし、そうなると捕まえるまで長くなるぞ」

 レオさんのしかめっ面は、焦りやら不安やらがあるように見えた。



 夜も遅くなり、子供組がちゃんと寝てるのか心配で戻っていった大人組。きっと戻ってくる事はないだろうと思い、私もベッドに入る。

 少しすると、ワタが頭から無理矢理入ってきて、ベストポジションを探るようにモゾモゾする。

「ワタ、くすぐったい」

 ニャーアと鳴くワタは、枕を調整して無造作に置いていた右腕に頭を預ける。

 体をこちらに向けるように横になるワタ。


 寝ようとして目を瞑ると、嫌でも思い出してしまう。

 寝てしまえば、忘れることもできるはずなのに、今は寝ようとする行為が怖く感じてしまうなんて。

 久しぶりの恐怖感からなのか、布団にくるまっても身が震える。

 小さい頃は、怖くても家族に甘えられたのに、今は一人暮らしでワタ以外に居ない。黄道12宮も、明日までは来ない。1人寂しく寝るしかないのだが、上手く寝れない。

 家族の有り難みをしみじみ感じる。


 溢れた涙を左手で拭っていると、横でまたモゾモゾと動く。

「ワタ?」

 ニャアと鳴きながら先程より近くに寄ってくるワタ。

「どうした?」

 あまり鳴かないワタがニャアニャアと鳴く。頭を撫でてあげると目を細めながらも鳴く。

「ワタ、寝ようね」

 もしかして、弱ってる私をワタなりに慰めようとしているのだろうか。

「ワタありがとう、もう大丈夫だから。寝ようね」

 ワタに顔を向けながら目を閉じると、ワタの鳴き声も少しずつ小さくなっていった。




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