ピンク色のあめと“おさけ”
ワタ視点の話です。
私の名前はワタ。真っ白い体が名前の由来なのだ。
私のご主人様は、髪の毛が胸元まである為、顔が小さく見える。 髪の毛を結んでいる時は、笑った顔がハッキリ見えるから私は好きだ。
見た目はとても優しい人で、初めて逢った時からこの人とゆっくり住みたいと思った。
ご主人様と初めて逢ったのは、私が寒さで体を震わせている時。 眠気から覚めて、少しずつ明かりが私の体を暖めてくれる頃、私の顔を覗き込んできたのだ。
あの時の事は今でも覚えている。 私に話し掛けてきた時は私を引き取ってくれるのかと思ったが、その時は駄目だったのだ。
長い事私を見つけてくれる人はいなくて、3度目の夜を過ごすのかと思っていたら、また私の顔を覗き込んできたのだ。 あの時は驚きと安堵から伏せてしまった。
ご主人様に拾われて初めての夜、私は久し振りに深く眠った。
恵まれた私だが、唯一疑問に思っていることがある。
気付いたら部屋にいるカラフルな人達だ。
何処から来て、何処に帰っていくのか。ご主人様とはどのような関係なのか。
今日はそんな不思議なカラフルな人達とご主人様と私で、外に出掛けた。
私は、安心する狭さのゲージに入って、ご主人様の手によって外に出たのだ。
「見てワタ。桜が綺麗だよ」
「凄いねー、ずっとピンクだよ!」
「すごーい! ピンクだー!」
「コラ、他の人の迷惑になるだろう。走り回るな」
凄い。ホントにピンク色が空を飾っている。
すごいです! ごしゅじんさま!
「これは、凄いな」
「ピンク色の桜と、晴天の青色の空が良いバランスね」
「皆で写真撮ろうよ!」
「いいねーアリエス!」
ご主人様に抱っこされた私はカメラを見つめる。
ご主人様がいつも手にしている物なので恐怖心もなくなって、無事に私達を写真に納めただろう。
「それにしても、桜の花びらが舞い落ちてくるね」
「ねー。まるでピンク色の雨みたい」
「ピンク色の雨って……」
「ふふふ、こんなに幻想的な雨なら打たれても良いかもね」
「ピンク色の雨、綺麗だね」
ピンク色のあめ? 何味なのだろう?
桜の花びらが地面に落ちて、緑だった地面がピンク色に変わっていく。
桜の花びらを踏まないようにしても、あまりの多さにやっぱり踏んでしまう。ションボリしながら歩いていると、ご主人様に抱っこされた。
「ワタも、一緒にご飯食べようね。ワタのおやつも持ってきたよ」
あっ! それは!
最近2晩に1回貰える美味しいおやつ! よく、ゲミニくんという男の子が私にくれるおやつ!
たべたいです!
私は思わず叫んだ。
「なにー? そんなにお腹空いたのー?」
ご主人様は私のおやつを仕舞ってしまい、いつも私が食べている物を用意する。
ちがいます! わたくしがたべたいのは、さきほどてにしていたおやつです!
「ゆっくり食べるんだよー?」
やっぱり私の言葉をご主人様は分かってくれない。でも、そんなご主人様でも私は好き。私を拾ってくれたご主人様だから。
ご主人様が用意してくれたご飯を食べ終えた私は、ご主人様がおやつを出してくれるのを待っていた。
「んー、この卵焼き? 美味しいわねー」
「バルゴありがとう! 一昨日から試行錯誤してやっと納得する卵焼きが出来たんだー!」
「努力することは良いことだ。俺もこの卵焼き好きだぞ」
「ホントですか?!」
ご主人様とお話しをしているのは、いつもピンク色の服を着てる金色の髪が綺麗な女の人と、いつも本を持ち歩いている厳つそうな見た目の男の人。
ごしゅじんさまー……。
私がご主人様を呼ぶと、ご主人様と話していた2人がこちらを向く。
「ふふ、どうしたのワタ」
「む、ワタはもうご飯を食べ終えたのか。早いな」
2人は私の頭を撫でる。頭を撫でられるのは気持ちが良いから大好き。
もっとなでてー……。
不意に私は喋ってしまう。
「んふふ、ワタは頭を撫でられるのが好きなのかしら」
「ハハッ、かもな」
女の人が笑うと、男の人も笑う。普段は厳つそうに本を持って、何を考えているのか分からないが、それは私の偏った考えだろう。
頭を撫でてもらった私は、もう一度ご主人様の近くに寄り添う。
「わっ、ビックリしたぁ。ワタぁ、ご飯食べ終わったの?」
はい、たべおわったのでおやつをください!
ご主人様は私を抱っこすると、私専用のご飯容器を確認した。
「アハハッ、綺麗に食べ終わったねー」
ご主人様は笑う。その顔は幸せそうで、私まで幸せな気分になる。
私はご主人様の胸に顔を押し当てて、幸せな気分に浸る。
「お?ワタは食べ終わって眠くなったのかな?」
ご主人様はまた笑う。
「う~ん、この後カンケル達がワタと遊ぼうとしたけど、寝かせた方が良いよなぁ」
あそぶ!!
私の鳴き声がご主人様を驚かせてしまった。
よくご主人様が食後の運動について話し掛けてくるが、私は聞こえない振りをして無視していた。
私は運動がちょっぴり苦手で、部屋の中でも暴れる事はなかった。 だけど、今日カンケルさん達と遊んでいると、運動もそれほど苦ではないのだと思い知った。
「ワタ~、こっちにも猫じゃらしあるよー」
こっちにも! この! この! 捕まえられない!
「ワタ~、ほぉら。カラフルな猫じゃらしだよー」
ふえた! カラフルだ! てい! やぁ! こうしてくれる!
「わぁー、ワタ~やったなぁー?!」
!くすぐった、い~。
カンケルさんに捕まったと思ったら擽られた。
何とかカンケルさんの手から抜け出しご主人様を探す。
「あ、ワタ。カンケル達は~?」
かんけるさんからにげてきました。
しゃがみこんだご主人様の足と足の間に顔をすっぽり納めると頭を撫でられた。
いろんな人から頭を撫でられた私だが、やっぱりご主人様の手が一番気持ちが良い。
「んふふ、ワタ~!」
くすぐったい。でもカンケルさんとは別で、気持ちが良いくすぐったさ。
「あ、琴羽いた」
「あれ?リブラさんどうしたの?」
私とご主人様の時間を割ってきたのは、いつも大人しくて男の人にしては髪が長い人。
「それが、ピスキスとバルゴとウルがお酒勝負始めちゃって……」
おさけしょうぶ?何だろう?
ご主人様を見ると顔が引きつっていた。これはご主人様が困った時の表情。
「前にピスキスさんとレオさんでも勝負してなかった?」
「うん、その時はレオがギリギリで勝ったよ」
「……なんでまた」
ご主人様は困った顔をしながら笑った。
「うふふ、私はもっと飲めるわよ~」
「私だって飲めるし~!」
「ウルはそろそろ止めといたら~?」
ご主人様に抱っこされたままの私は、今まで見たことの無い光景に絶句していた。
ご主人様も絶句しているのだろうか、ご主人様の声が聞こえない。
「ど、どうしよう……?」
やっと聞こえた声はご主人様ではなく、先程の大人しそうな男の人だった。
「そろそろ3人共止めとけ。時間の無駄だ」
「何よレオ~!この前ピスキスに勝ったからって~」
胸の大きい女の人がレオさんに寄り掛かって文句を放つ。
普段は優しくてカンケルさんと一緒にいる人なのに、何をどうしたらあんなにへにゃへにゃになるのか。
「バルゴとピスキスも止めとけ。 他の人に迷惑を掛けるだろう」
いつも本を持ち歩いている人――タリウスさん?が他2人に注意をする。
「嫌よ~!ピスキスに勝つためにやってる事なんだから、タリウスは邪魔しないで♪」
「んふふ、そうよ~タリウス。この勝負の勝敗は、ちゃんと本に書いといてよ~?」
女2人の主張にタリウスさんはため息を吐いた。
不意に、地面が近くになった。私がご主人様の腕から降りると、ご主人様はそのまま変な匂いがする女の人3人組に近寄っていった。
心配な私は、ご主人様の後を着いていこうとしたが、タリウスさんに抱っこされて行くことが出来なかった。
「こーらっ」
タリウスさんの腕から降りようとしたが、此方の方がご主人様がよく見える。
ご主人様は女の人3人の頭を軽く叩いた。
「飲んでいいとは言ったけど、ここまで飲んでいいとは言ってないよ? それに、そんなに酔ってたら他に花見を楽しんでる人の迷惑になっちゃうでしょ?」
沢山の人間がいる中、少し距離が離れていても聞こえてくるご主人様の声は優しい。 ご主人様は怒ってるようで怒ってなかった。さすがご主人様!
ご主人様の言葉をきちんと聞いていたのか、女の人3人は正直に謝った。
ご主人様は満足したように“おさけ”というものが入っていた容器を持ち上げる。
「まったくもー、どれ程飲んだらベロンベロンになるの?」
ご主人様はお片付けをしているようだ。
「ホントにごめんなさいね」
「いや、怒ってないよピスキスさん。ただちょっと、羨ましいだけだから」
ご主人様はお片付けをしながら、髪が水色の女の人とお話しをしている。
「皆ー、もう大丈夫だよー」
ご主人様はこちらに向かって呼び掛ける。
「すまないな、ピスキスは酔うと言う事を聞かなくなるんだ。バルゴやウルも、そんなピスキスに乗して攻め立ててくるんだ」
まったくどうしたものか。とタリウスさんは息を吐いた。
だいじょうぶですか?
私の呼び掛けにタリウスさんは頭を撫でてくれた。
「……ワタもすまないな。琴羽の事を追おうとしたのに咄嗟に抱いて止めたりして。 しかし、もしワタが近づいていたらあの3人に何をされるか分からないからな」
私はあの3人に何をされそうになったのだろう。
その後、ご主人様の合図でいつもの部屋に戻ってきた私。
私は、ご主人様のベッドに座って忙しそうに動くご主人様を目で追った。
今はあのカラフルな人達はいない。ご主人様に挨拶して帰っていったのだ。 それから、ご主人様はまたもやお片付けをしているようで、忙しそうにあちこちに動いているのだ。
「……よし、終わったぁ」
ご主人様はお片付けを終えたのか、いつもの場所に座って体と机を密着させる。
おつかれさまです、ごしゅじんさま。
「……んふ、ワタも楽しかった?」
ご主人様は私の側に寄り添ってきた。
私はご主人様を休ませたくて言ったのに、ご主人様はそんな事知らずに私の為に疲れたであろう体を動かしたのだ。
ご主人様は腕を伸ばして私の体を撫でてくれる。
ごしゅじんさま……たのしかったです。
「んふふ、楽しかったかな? だったらいいなぁ」
はい、たのしかったです。
「んふふ……」
ごしゅじんさま?
動かなくなったご主人様に呼び掛けてもいつものように反応してくれなくなった。
ご主人様に近寄って様子を伺ってから、ご主人様が寝ていることに気付いた。
……おつかれさまです、ごしゅじんさま。
おやすみなさい。