バドミントン
3月も後半に入って、昨日春分の日を迎えた。少しずつ日没が遅くなりつつあるものの、それでも外にいるのは寒くてマフラーが欠かせない。
日没直後の空がこんなに綺麗だったんだと最近思い始めていた。
定時丁度に終わった今日だが、明日の仕事の準備として担当者と少しだけ残っていた。
今夜は何を食べようかと考えながら道を歩いていると、見覚えのある人影が2つ。前に皆で相撲をやった場所だった。
2人の周りには、もう1つ影がある。見たことのあるようなジャージに頭を捻って見た所、私の家の前が通学路になっている中学生だ。
何かやっていたのか、3人で汗を拭きあっている。それでも尚、楽しそうに皆で話しては笑っている。
話が聞こえる位置まで行くと、相手側も気付いたようだ。
「あれ?琴羽!おかえり!」
「え、琴羽が帰ってくる時間?!ヤバい!またレオに怒られるー!」
挨拶を交わしてくれるリコルに対して、慌てたように家に掛けていくアクア。
「アッくーん、バイバーイ」
ジャージ姿の少年は、アクアが片付けを放り投げて先に帰ったにも関わらず、文句も言わずに片付け始めた。
「ごめんねー」
ジャージ姿の少年に謝っているリコル。私も一緒になって謝ると、その子は笑顔で大丈夫だと話す。
「学校に友達がいない僕をアッ君から誘ってくれたので、僕は嬉しいです! それに、アッ君のお陰で最近は少しずつ友達が増えていて……アッ君には感謝しっぱなしです!」
アクアのお陰で、学校で孤立していた子を助ける事が出来たのなら私も嬉しい。 私としてはあだ名を付けてくれるぐらいアクアと仲良くしてくれる事に感謝しかない。
私は、カンケルやゲミニと接する時のように、少年の前にしゃがむ。
「そっか。こちらこそ、アクアと仲良くしてくれて嬉しいよ。ありがとね」
少年の頭を軽く撫でると嬉しそうに笑う。
「お家どこかな?もう遅いし、お姉ちゃんが送ってくよ?」
「大丈夫です!僕の家、隣なんで!」
少年は、片付けた道具を抱えて指差した方へ駆けていく。玄関の扉を開けてこちらに向かって軽く礼をする少年に、私とリコルは手を振り返す。
少年が家中に入った事を確認した私は、リコルと手を繋いで帰路に着いた。
「全く……何度言えば分かるんだアクア」
私とリコルが部屋に入ると、ベッドの前に正座してるアクアと、ベッドに腰掛けて足組みながら呆れているレオさん。 窓に寄りかかりながら苦笑いしているスコルさん。 スコルさんの前に座ってレオさんとアクアの様子をただ眺めているリブラさん。
見るからに説教している場面に出くわした私。
「リコルも、ここに座りなさい」
レオさんは、アクアの横を指差してリコルを呼ぶ。戸惑いながらもレオさんの言う通りにするリコル。
「リコル、今何時だと思ってる」
「……5時40分」
「アクアが駆け足で帰って来た時間は5時30分だ。10分の間、リコルはどこで何をしていた」
レオさんは静かに怒っていた。宥めようとしたが、スコルさんとリブラさんの表情がそれをさせなかった。
「……アクアが駆け足で帰っていったから、友達と後片付けをしてた」
「それだけか?」
「……琴羽が、友達を家まで送ってくよって言って。でも友達の家が空き地のすぐ横だったから大丈夫ってなって、後は琴羽と手繋いで帰って来た」
リコルの詳しい説明にレオさんは満足したようで、私に感謝の言葉を掛けてきた。
レオさんは、それでも遅くまで遊んでいた事に関しては怒っているようだ。
「……何故、日が暮れる前に帰ってこなかった」
「「……」」
アクアもリコルも喋ろうとしない。
「……アクア!」
レオさんの大きな声に、呼ばれたアクアは肩をビクつかせる。
「言いなさい。何故暗くなる前に帰ってこなかった」
レオさんの声が重く感じた。やっぱり宥めることは出来ない。
「……リク、ずっと一人ぼっちだったから」
どうやってこの険悪なムードを壊せるか考えていると、やっとアクアが口を開いた。
「……遊ぶことをあまりしないから、俺が楽しい遊びを沢山教えてたら……遅くなった」
だからって遅くなるまで遊ぶのは……。
「だからといって、遅くなるまで遊ぶのは危険だ。 友の家が隣だからと言って、遅くなるまで遊んでいいわけではない。 母が心配するかもしれない。それを分かっているのか」
レオさんの言葉を聞いて、首を振るアクアとリコル。
前にバルゴと喧嘩した時とは違って、声を荒げることもなく静かに怒っているレオさん。そのせいか、アクアもリコルも反省しているようだ。
「……アクア。リコル。反省しているのか」
声には出さず頷く2人。
「もう、遅くなる前に帰ってくると断言出来るか」
頷いた2人は俯いてしまい顔が見えない。もしかしたら泣いてるかもしれない。
「……反省しているのならいいんだ。泣かせてすまない」
顔が見えない状態でも、レオさんは2人が泣いていると知っていたらしい。 流石に何十年、何百年と一緒にいるのだから分かるのだろう。
「琴羽もすまない。俺達が居たから晩ご飯の準備出来なかっただろう」
突然レオさんから謝られた私は戸惑ってしまう。
「大丈夫ですよ!えっと、何ならまた皆で遊びます?」
自分は何を言っているんだ。
案の定、レオさん、アクア、リコルは目が点になっているし、リブラさんとスコルさんも動きが止まった。
「な、な~んて! さて!晩ご飯の準備しなくちゃ!」
恥ずかしくて居たたまれない私は台所へ逃げた。
前に皆で相撲して遊んだのが楽しかったからって、今はそれを提案するところじゃない。
何とか晩ご飯を作り終えた私は、何事もないように部屋に入った。
アクアとリコルは12宮部屋に戻ったようだ。
「ん~!美味しそうな匂い!いただきまーす」
自然だろうか。いつも通りだろうか。
「琴羽」
レオさんに呼ばれた私は、いつものように返事をする。
「……どうしました?レオさん」
「今日アクア達が遊んでいたのは何だったか分かるか」
リコルとリクという友達が片付けていた道具を目にしたが、あれは何だったかな。
「……えーっと、あ。バドミントンだと思います」
「バトン……?」
「バドミントン、です」
分かりやすくゆっくり教えると、レオさんはゴホンと咳を1つ。
「その“バドミントン”とは、どういった遊びなんだ?」
まさか私が先程言った言葉を信じるなんて。
「ラケットっていう網を張った所で羽を打ち合うんですよ」
大雑把な説明になってしまったが、レオさんはイメージが出来たみたいだ。
「あれか?正月の時にやった羽根つきと同じ感じか?」
「大体そんな感じです」
顎に手を添えて考えているレオさん。
「いつ遊ぶんだ?」
遊ぶ気満々に見えるレオさんに、笑いを堪えながら週末に遊ぶ事を提案する。
「……ふむ、いいな」
久しぶりに皆で遊べると思うと、今から楽しみだ。
楽しみな出来事があると、こんなに早く週末が来るものなのか。
「アクア、リクという友達を呼んでくると良い」
アクアは目をキラキラと輝かせながら頷くと、空き地横の家に駆けていった。
レオさんはバドミントンと準備をしながらも、アクアが駆けていった方を気にしている。
「なんだ琴羽。何かあったか」
私の視線に気付いたらしい。適当にあしらってバドミントンの準備をする。
戻ってきたアクアは、リク君と手を繋いでいた。微笑ましい2人を目にした私は、軽く笑いを起こしながらもリク君に自己紹介をする。
「この間ぶりだね。改めて、私は浦口琴羽です。 今日は突然呼んじゃったりしてごめんね? 良ければアクアと一緒に遊んであげて?」
リク君が大きく頷くと、手を繋いでいたアクアが引っ張っていった。
前に相撲で遊んだ時のようにアミダくじでトーナメントを決める。
1回戦、第1試合はアクア&リク君対アリエス&タリウス。
前の相撲の時とは違い、2人1組になって戦うダブルスだ。
「絶対勝とう!アッくん」
「おう!絶対勝つよ!」
アクアはリク君と拳を握りあっている。
「足引っ張っちゃったらごめんね」
「いや、それは此方こそだ。楽しんでいこう」
前回勝つ気でいたタリウスさんだったが、今回は楽しみが上なようだ。
この試合、どう考えてもリク君とアクアチームが有利だろう。やったことないアリエスとタリウスさんよりかは、経験値がある。
「前もって言ったように、10点先取で勝ちです。打ち返せなかった場合は勿論、相手の囲いの線を越えた場合も失点になります。いいですね?」
ここまで言うと、アクアに催促されたので試合を開始する。
私が考えたように試合は進んだ。今続いているラリーでアクア達が点を取ると――あ。アクア達マッチポイント。 それを追いかけているタリウスさん達は4点。
「ごめ~ん!」
「いや、さっきのは俺が動いた方が早かった。すまない」
喜んでいるアクア達とは別に、2人して肩を落とすタリウスさんとアリエス。
「アクア!リク君!マッチポイントだから、次点取ったら勝ち進めるよ! タリウスさん!アリエス!時間制限はないからゆっくり焦らずね!」
お互いのチームに声を掛けると、羽を手にしていたリク君がサーブする。
第1試合の結果は、アクア&リク君の勝利。第2回戦に勝ち進む事が出来た。
アクアとリク君はハイタッチをして肩を組んでいた。
負けてしまったアリエスは同じチームのタリウスさんに頭を撫でられていた。 微笑ましい場面に顔を綻ばせながらラケットを手にする。
「第2試合!琴羽&リブラ対レオ&ゲミニ」
今回は私も参戦するのだ。黄道12宮にリク君だけだと、1人余ってしまうから私も参加したのだ。
ちなみに、その間だけ審判を変わってくれたのは、先程負けてしまったタリウスさん。
バドミントンなんて何年ぶりだろう。そうだ、中学時代に従姉妹と遊んだ時にやったなぁ。
「……琴羽、聞いてる?」
昔の思い出に浸っていたらリブラさんが顔を覗き込んできた。
意外とゲミニが大活躍して、私とリブラさんは勝利を掴めなかったが、汗を掻きながらもリブラさんは笑っていた。
程よく掻いた汗をタオルで拭うと、審判を頼んでいたタリウスさんとバトンタッチして、再び元の位置に立つ。
第3試合、ウル&カンケル対バルゴ&スコル。
男性陣が終わり、今度は女性陣だ。 体格の差ではバルゴ&スコルチームが有利に見えるがどうなるのだろう。
「勝つわよ!スコル!」
「あ、うん」
バルゴの迫力に押されているスコル。ちょっと温度差がある2人だが、ああ見えて実はお洒落好きという共通点がある。 その為、意外と仲良しでよく私の服を漁っているのを見る。
「ウル!頑張ろうね!」
「うん!高い羽は私に任せて!」
カンケルとウルさんは目線を合わせてお互いに拳を作っている。
ウルさんの背が高い事で、ウルさんによる高打点でのスマッシュが点を稼いでいる。 7対3でウルさんとカンケルチームがリードしている。
「バルゴー、勝つんじゃないのー?」
私の挑発にバルゴはラケットを高く振って答える。
「このままじゃ負けちゃうよー?」
「分かってるー!」
整ったのを確認して、羽をカンケルに渡す。
第3試合の結果は、ウル&カンケルチームの勝利。
ウルさんとカンケルがハイタッチしている一方で、負けてしまったバルゴが落ち込んで地面に手を付いている。 そんなバルゴの背中を宥めるように撫でているスコルさん。
2回戦の第1試合は、アクア&リク君対レオ&ゲミニ。
1回戦の時と同じように、アクアとリク君は拳を握りあっていた。
「よーっし!次も勝とうぜ!」
「うん!」
口を開けて笑う2人。レオさんとゲミニは、それを見ながらも作戦を練っていたようだ。
「いいか?先程と同じように俺は右だ。ゲミニは左を頼むぞ」
「うん!任せて!」
お互いに勝つ気満々だ。
試合は僅差で、アクア&リク君チームの勝利。
見応えのある試合だった。リク君のサーブで点を取ったり、レオさんによるジャンプサーブで点を取り返す。 ラインギリギリで打ち返すゲミニに、転がりながらも打ち返すアクア。 両者ともに、攻撃を仕掛けては守りも出来ていた。
いつの間にか私の隣にはペアだったリブラさんがいた。
「お疲れ様」
「ありがとー」
リブラさんの手にはペットボトルが2本収められていた。1本を私に渡してくると、リブラさんは慣れた手つきでキャップを開けて口に含む。
この日の為に、前もって買ってきた飲み物を保冷バックに入れて持ってきたのだ。 皆が好きなタイミングで飲めるように、保冷剤も入れてきた。お陰で温くなる心配もない。
2回戦の第2試合は、ピスキス&リコル対ウル&カンケル。
男性陣に私が入った事で、4チーム作ることが出来たが、女性陣は3チームしか出来なかった。 その為、1つのチームだけシード券を手にする事が出来るのだ。その1つのチームがピスキス&リコルチームだった。
「頑張ろうねピスキス!」
「えぇ!大丈夫よリコル!運は私達の味方よ!」
ピスキスさんの“運は私達の味方”発言にリコルは良く分からず首を傾げている。 そんな可愛いリコルに勝ってもらいたい。
「さっきの調子で次も勝とうね!カンケル!」
「うん!ジュースで水分ほきゅー出来たから大丈夫!」
“水分補給”を上手く言えないカンケル。そんなカンケルにも勝ってもらいたい。
結果は、ピスキス&リコルチームの勝利。序盤は互角の戦いだったが、後半になってリコルが連続で点を取った事で勝利をもたらした。
そういえば、アクアやリク君に混ざって、リコルもバドミントンで遊んでいた事を思い出した。だから活発に動けたのかな。 ウルさんによる高打点でのスマッシュも動体視力が働いて華麗に打ち返していた。
「リコル凄いわね!」
「エヘヘ、そんなに凄くないよ?」
またまたご謙遜を。
もしかしたら、遊びの延長で凄い技とか繰り出しそうだ。
「……負けちゃったね」
「ね」
「……悔しいね」
「ね」
ラケットを持ったまましゃがんでいるウルさんとカンケル。小さい声だが、近い場所にいた私には会話が聞こえた。
「アクア達に今度誘ってもらう。で、もっと上手くなる」
「うん、カンケルなら出来るよ」
ウルさんがカンケルの頭を優しく撫でていた。
決勝戦は、アクア&リク君対ピスキス&リコル。
1回戦から2回勝ってきたアクアとリク君。体力の消耗が激しいかと思ったが、合間に水分を取ったのか、回復しているようだった。 しかし、2回試合をしたことで、プレイスタイルを見極められてると不利だろうか。
シード券を使って勝てたピスキスさんとリコル。つい先程試合が終わった為、体力的にはしんどいだろうか。 しかし、アクア&リク君チームよりは試合をしていない為、プレイスタイルを見極められる事はないだろうか。
私の考えではピスキス&リコルチームが有利だろうか。
両者ともに、真剣な顔つきだ。
「この試合に勝った方が優勝だよ!どっちも頑張れ!」
私の横では、リブラさんが小さい声で応援していた。大声を出すのが恥ずかしいのだろう。
リコルが守りに徹しているようで、アクアのスマッシュやリク君の早いサーブを拾っている。 アクアも負けじと何度もスマッシュをするが、リコルに拾われる度に声を上げて悔しがっている。 リク君は打ち返してくる羽が緩くなってるのを見る度に攻撃を仕掛けてくるが、ピスキスさんが身を徹して威力を殺しに掛かっている。
そんな試合を間近で見ている私とリブラさんは感嘆の声を上げる。
長い試合を終わらせたのは、アクア渾身のスマッシュだった。
「10対9でアクア&リク君チームの優勝!」
私が読み上げた試合結果に、アクアとリク君はラケットを手離してお互いに手を組んでピョンピョンと跳ねている。まるで乙女。それほど嬉しいのだろう。
「ハァハァ……負けちゃったね」
「ごめんなさいね。私、足引っ張っちゃったわね」
リコルもピスキスさんも息が上がっていて、しゃがみこんでいる。ピスキスさんの言葉に首を降るリコル。
「そんな事ないよ。凄く楽しかったもん」
「そうかしら?」
「そうだよ。ピスキスがペアで良かったよ」
リコルもピスキスさんもお互い楽しそうに笑っていた。
「今日はありがとうございました!アッくんとペアで楽しかったです!」
すべてを片付けた後、優勝商品をアクアとリク君に与えた。今回の優勝商品は好きなお菓子とジュースということで、私達からアクアとリク君に買ってあげた。
「リク君。これからもアクアと仲良くしてもらえるか?」
代表して、レオさんがリク君に尋ねる。
「はい!アッくんは僕の親友なので!」
「そうか。それは有難い。親友だからといって、暗くなるまで遊んでちゃ駄目だぞ」
レオさんはリク君の頭を撫でると早足で家に帰っていった。
「……はい!」
丁度日が傾いている。久しぶりに夕焼けを見た私は、何だか分からない暖かさを感じた。
リク君は家に帰り、私達も家へと歩き始める。丁度自分の影を見た私は、昔に影踏み鬼をやった思い出が甦った。
影踏み鬼をやった当時、私には親友と呼べる人が居なかった。
いいなぁ。




