知っている事
先日、リブラさんとアリエスが仲良く話を聞きに来てくれた事に安心しつつ、3月始めの行事を思い出していた。
「どうしたんだろう?凄く顔がへにゃへにゃしてるよ?」
「“萌え”ってやつだよ、きっと」
楽しそうに話しているリブラさんとアリエスに顔がにやけてしまう。
3月始めの行事と言えば――
「ひな祭り」
ひな祭りに欠かせないのが雛人形だが。
「どうしたんだろう、琴羽ちゃん」
「さぁ、何か悩み事でも、あるのかなぁ」
楽しそうに会話が弾んでいるリブラさんとアリエス。
買うのは絶対無理だし、近くにレンタルされてるのを探すか。レンタル料金も桁が変わるだろうし。
「琴羽ちゃん!」
考えていると誰かに呼ばれて顔をあげる。
「どうしたんですか?大丈夫ですか?もしかして…僕達のこと、まだ怒ってますか…?」
楽しく話していたはずのリブラさんとアリエスが心配そうに私を見ていた。
「ご、ごめんね…僕達のこと、キライになった?」
「ちっ違うよっ!大丈夫!キライになってないから、泣きそうな顔しないで?」
リブラさんとアリエスの目には涙が溜まっていて、瞬きするとすぐに流れそうだった。
何とか2人を落ち着かせて、考えていた事を話した。
「ひな祭り…」
「楽しそうだね!リブラ」
普通の男の子であれば、女の子の行事であるひな祭りを貶したり、あしらったりするのだが、リブラさんとアリエスはまるでいつから女の子だったのかと問いたいぐらいキャピキャピしている。
仲が良いお陰かな。
ひな祭りを黄道12宮に教えるとしては、ひな人形を見せない訳にはいかないだろう。
「琴羽ちゃん、その…“ひな人形”というの、少し見せてもらえませんか?」
私がスマホでひな人形について調べていると、キャピキャピしていた2人が態度を変えて訊ねてきた。
そんな2人を不思議に思いながら、私はスマホを操作して画像を表示させる。
「これがひな人形だよ」
差し出したスマホの画面を凝視する2人は、真剣にひな人形を見つめる。
「やっぱり…」
「これ…そうだよね?」
アリエスの問いにリブラさんは画面を見ながら頷く。どうやら見たことがあるようだ。
リブラさんとアリエスの話によると、昔お世話になった人に教えてもらって黄道12宮の皆で作ったらしい。
よくよく話を聞くと、黄道12宮は具現化することが出来るらしく、大体の作りを把握すると作れるようだ。
私にプレゼントしてくれた物も、作りを把握した上で具現化したらしい。
「ピスキスとレオに聞いてみて、持ってきますよ!ねっリブラ」
「え、大丈夫なのかな?」
具現化で作ったひな人形は共有ルームでずっと飾ってある為、そう簡単に承諾出来るか不安だ。
「無理して持ってきてもらわなくても大丈夫だよ」
黄道12宮が知らないことを教えてあげようと思っていた私は、ひな人形を知っていた黄道12宮にホッと安心するのとは別に、“教えなくても分かっていたのか”という残念な気持ちもある。
私の考えでは、黄道12宮に知らない日本の文化を教えてあげようと思っていたのだが、知っている文化もたまにあることに毎回驚かされる。
「待っててください琴羽ちゃん!ピスキスとレオを説得出来たら持ってこれますから!」
アリエスは私の為に張り切っている。そんなアリエスにあたふたしながら後を追うように帰っていったリブラさん。
リブラさんの膝で寝ていたワタが起きてしまい、布団に潜ろうとしている。そんなワタを抱き締めて腕の中に収めながら考える。
黄道12宮が来るようになってから半年が過ぎていて、それまで色んな事を教えたし、逆に教えられた事もあった。
今思えば、私よりも知ってる時もあったな。
気付いたら、夜も遅くなっていてそろそろ寝なくちゃいけない時間だった。ワタがまた膝で寝てしまって少し動きづらいが、ワタを寝床に移す。私が膝掛けとして使っていた物をワタに軽く被せると、起きることなく楽な体勢をとる。
「こーとはっ」
「わぁっ」
後ろから誰かに肩を叩かれたと思ったピスキスさんだった。
ワタに目線を戻すと変わらず寝ていた。
「ピスキスさんっ、ビックリするからやめてよ~」
ワタを起こさないように声を潜めながらピスキスさんに注意をする。
「ごめんなさいね。それよりっ、ひな祭りやるんですって?」
「えっなんでそれを…」
「アリエスとリブラにひな人形を見せたいって言われてね。そろそろその季節だって思い出したの。アリエスとリブラはレオの説得を試みてるわよ」
アリエス、本当にやってるんだ。
少し気まずそうにする私を他所にピスキスさんはベッドに腰掛けて話す。
「そういう楽しそうな事は最初に私に言ってくれればいいのに~」
ピスキスさんは楽しそうに話す。寝ているワタに気遣っていつもより声を潜めている。
「あ、それは…知らないと思ってたから、私が教えてあげようと思って…内緒にしてたんだ。ごめんね」
大丈夫よ~。と笑うピスキスさんは、手招いて私をベッドに座らせる。
「琴羽は私達を喜ばせるのが得意なのね」
ピスキスさんは私の頭を撫でながら話し出した。
「以前、カンケルが誘拐された事を話したわよね?」
ピスキスさんの問いに慌てて頷くと、クスッと笑ってまた頭を撫でられた。
離れていくピスキスさんの手を眺めていると、ピスキスさんは再び話始めた。
「それから少しの間、私達は人間に対して警戒心が強かったわ。でも、その後の人達と関わっていく内に徐々に薄れていったの。凄く良くしてくれる人もいれば、何もしない人もいた。でも、外には絶対出してくれなかった。」
ピスキスさんは辛そうに顔を歪めて昔話をする。私は、それを静かに聞くことしか出来ない。
黄道12宮の皆は髪の色は勿論、服も普通ではない。その奇抜なファッションが、今までの人達には怖くて、一緒に外を歩く事が出来なかったのだろうか。
「琴羽は凄く良くしてくれるし、私達の事を外に出してくれた。そんな事してくれる人は今まで居なかったから、私達は今、凄く楽しいの。だから、琴羽は――」
「琴羽ちゃーん!!」
大きく私を呼ぶ声にピスキスさんと私は声をした方に顔を向ける。
「琴羽ちゃん!!レオが許してくれたよー!!」
アリエスはリブラさんを連れて私に報告をしてくれたみたいだ。
アリエスの大声に起きないワタに感嘆する。
まさか、あのレオさんを説得させてくるとは思わなかった私は、アリエスに無理矢理連れられてきたのか、眠そうなリブラさんにお疲れ様とだけ言っておく。
「んふふ。アリエス、リブラ眠そうよ?」
笑うピスキスさんは先程までの辛そうな顔ではなく、いつもの笑顔をアリエスに向けていた。
「あっ、リブラごめんねっ」
ピスキスさんに言われたアリエスはハッとしてリブラさんに謝った。眠そうに目を擦るリブラさんは怒ることなく許すと、フラフラになりながら私のベッドに横になって寝てしまった。
「あ、リブラ?ここは琴羽のベッドよ?一緒に帰ってあげるからもう少し頑張って?」
ピスキスさんが優しい口調でリブラさんに説得するが、リブラさんは眠気がマックスなのか、ピスキスさんの言葉を聞こうとしない。
結局、完全に寝てしまったリブラさんをピスキスさんが背負ってアリエスと一緒に帰っていった。
帰り際、「ひな祭り、一緒に楽しみましょうね!」とアリエスに誘われた私は、嬉しくて何度も頷いて「うんうん!」と大声で返事してしまった。
あの時、ピスキスさんは私に何と言おうとしたのだろうか。