星空見上げて
3月手前にして、早くもホワイトデーの特集をしている店がちらほら見えてくる頃。
いつも通りに定時で帰れた今日。夕飯を食べてお風呂に入った後に落ち着いた私はベランダにいた。
「琴羽?湯冷めしちゃうよ?」
「琴羽ちゃん、また風邪引いちゃいますよ?」
私の部屋に遊びに来ていたリブラさんとアリエスが心配の声を上げる。
「大丈夫!マフラーしてるし、手袋もしてるから!」
夜空を見ていた私は、振り返ってリブラさんとアリエスにも一緒に見るように誘うと、少し戸惑いながらベランダに出てきた。
リブラさんとアリエスにとって、星空を見るのはどうなんだろう。自分を見られる感覚はあるのかな。
「琴羽ちゃん、いきなり星空見上げてどうしたんですか?」
アリエスに問われて少し恥ずかしげに今日あった事――星空を見上げるまでに至った経緯を話す。
星空を見上げながら今日あった事を思い出す。
「私の同僚で仲良い子が2人いるんだけどね、その2人が今日、ケンカしちゃって…」
キラキラ輝く夜空に苦笑いにも似た笑い声をあげる。
「琴羽の同僚って、どんな人?」
リブラさんが疑問をぶつけてきた。
「えっと、小柴鈴って子と砂川葵って子なんだけど、鈴は天真爛漫って感じかな。明るくて、私ともすぐに打ち解けた子」
「なんか、カンケルみたいな子だね」
苦笑いするリブラさんの呟きに私も苦笑いしてしまった。
鈴とカンケルの性格が似ている事にちょっと親近感を感じる。
「葵は、鈴とは逆で冷静沈着って感じかな。大人しくて、あまり喋らない子。鈴がコミュ力高いから、なんとか葵とも仲良くなれたんだ」
「葵さんって子はスコルに似てますね!」
嬉しそうに笑うアリエス。
白い息を吐きながら再び夜空を見上げる。
「その、鈴と葵はどうしてケンカしちゃったの?」
「何かあったんでしょうか?」
リブラさんとアリエスが首を傾げながら私に尋ねてきた。
「うん。鈴はね、同じ仕事場に片思い中の人がいるんだ。それは私も葵も知ってるの。応援もしてる」
この間のバレンタインデーの時の鈴を思い出して笑ってしまった。
「でも、今日、片思いしてる人が告白されてるのを見ちゃったんだって、それで私と葵に相談してきたの」
「その人、付き合っちゃったの?」
リブラさんの質問に私は首を横に振って答える。
「断ったらしいけど、鈴は気が気じゃなかったっぽい」
「なら良かったじゃないですか」
アリエスは微笑みながら言う。けど、問題なのはその後なのだ。
「確かに断った事には鈴も安心したらしいけど、鈴はそれでも告白する気はないらしくて。それを聞いた葵が怒っちゃって、火に油って感じで、鈴も怒っちゃって…」
今日帰ってくる前の事を思い出したら、なんか、泣けてきた。
息を整えようと白い息を何度も吐く。
「葵さんと鈴さんは何て言ったんですか?」
「“告白する気がない鈴はホントに村瀬さんが好きなの?”“鈴にその気がないなら応援する私と琴羽はなんなの?”って」
今まで葵があんなに怒ることがなかったからビックリした。
普段大人しい人が怒ると怖いと聞いた事はあったが、まさかあの葵に怖いという感情が沸き上がってくるとは思わなかった。
「葵の怒った顔に私は勿論鈴もビックリしてたよ。でも鈴はその後に他の思いが沸き上がってきたんだろうね。“葵には分かんないよ!”って。“人を好きになった事もない葵に分かるわけないもんね!”っていって鈴は先に帰っちゃったの…」
私の話の後、気まずい空気が流れた。
星空を眺めて変な空気がなくなるのを待つ。
「高校生の時にも同じ事があってね、その時にもこうやって星空見てたんだ。星に関しては全然分かんないけど、何故か星見てると解決しそうに感じてたの。だから今日もこうやって星空見上げてたんだ」
昔、いじめられて星空眺めてた頃を思い出してしまった。
「…星について教えましょうか?」
「僕も…教えてあげてもいいけど…」
おずおずと尋ねてきたアリエスとリブラさん。
いきなりの提案にビックリしたが、アリエスとリブラさんに面白く教えてもらえば、私も詳しくなれるかも。
「…ありがとう」
アリエスが指す先に目を向けながら、アリエスの話の一言一言をはっきり聞き取る。
「冬の大三角の下にはおおいぬ、うさぎ、はとってあって、上にはこいぬがあるんですよ!」
冬の大三角についても詳しく教えてくれた。オリオン座のペテルギウスと、こいぬのプロキオンと、おおいぬのシリウスの3つから出来ているらしい。
動物の星座の時にはワンワンと鳴き真似をしたり、ピョンピョンとウサギの真似をして面白おかしく教えてくれる。
鳩の鳴き方について吟味したり、子犬の鳴き真似を3人でやったり。
「大三角の真上辺りには双子座があって、右には牡牛座、牡羊座、左には蟹座、獅子座」
「琴羽ちゃんにとってはゲミニですね!ゲミニの右側にウル、僕、左側にカンケル、レオって覚えるといいですよ!」
「異様な組み合わせで覚えやすいね!」
つい一緒にいるのを想像して、このメンバーならどんな会話をするんだろうと考えてしまった。
色んな星の話を聞いていたら、リブラさんがくしゃみをした。可愛らしいくしゃみに萌えてしまった私は、ニヤニヤするのを抑えて部屋に戻ろうと促す。
「リブラって可愛くくしゃみしますよね!」
私がベランダの扉を閉めていると、アリエスが私に同意を求めてきた。
「確かに、私も可愛く思っちゃった」
微笑していると、リブラさんがこちらを見ていることに気が付いた。その顔には不満が現れていて、頬が微かに膨らんでいる。
「…可愛くないもん」
っていってる側からもう可愛い。
「でも今のはちょっと守りたくなっちゃうなぁ」
「じゃあレオとかタリウスが、さっきの僕みたいにくしゃみしたら、可愛いと思う?」
レオさんやタリウスさんが、あの厳つさで可愛いくしゃみをしたら…
『フン、寒くなどない!…くちゅんっ…忘れろ』
強がりながらも可愛くくしゃみをするレオさんと
『寒さに強くなければならないのだが…くちゅんっ…』
口周りを手で覆って可愛くくしゃみをするタリウスさん。
何故かギャップに萌えてしまった私がいる。
「2人の厳つさで可愛いくしゃみはギャップ萌えに繋がるね」
とびきりの笑顔を2人に向けると、きょとん顔になる。
多分、私の言った『ギャップ萌え』という言葉が原因だろう。
「あの2人が可愛いくしゃみしたら、やっぱり可愛いと思うの?」
おずおずと尋ねてくるリブラさんに、今度こそ分かりやすく伝えてあげる。
「ん~、ちょっとキュンキュンしちゃうかもね」
「キュンキュン?ドキドキもする?」
「ドキドキもしちゃうかも」
リブラさんの質問にここまで答えると、何故かリブラさんは頬を染めた。
その後、ワタが足にすり寄ってきた事で話は終わった。
「ワタ~」
アリエスはワタを抱き抱えて頭を撫でる。アリエスはベッドに腰かけると足にワタを乗せて体を撫でる。
アリエスと隣に腰かけてワタの表情を見てみるとうっとりとしていた。
「ワタ、気持ち良さそうですね」
「そうだね!リブラさんも触ってみたら?」
あまりワタに触らないリブラさんは猫が苦手なのだろうか。
自ら触ろうとしないリブラさんに誘ってみたが、おずおずと手を伸ばすだけで、触ろうとはしない。
「ほらリブラ!」
アリエスにも誘われた事で、恐る恐る伸ばしていた手が優しく背中を撫でる。
リブラさんの緊張がワタに伝わったのか、リブラさんに顔を向けて短く鳴く。
「…可愛い」
リブラさんの頬が緩むのを見て、私とアリエスは顔を見合わせて笑った。
存分にワタを撫でたリブラさんは満足げに笑っていた。
「アリエス、そろそろ帰ろ」
リブラさんの提案にアリエスも賛同する。
寝そうになっているワタを私が抱き抱えると、アリエスは少し痺れながらも難なく立ち上がる。
「琴羽ちゃん、明日もお話聞いてもいいですか?」
「うん、私も聞いてもらいたいから助かるよ」
アリエスは嬉しそうに笑う。笑い声とワタの鳴き声が重なった。
「じゃあ明日、琴羽ちゃんが帰ってくるの待ってます!」
アリエスとリブラさんはワタにも手を振っている。
思い付きでワタの前足を2人に向けて振ると楽しそうに笑った。
「ワタも、また明日にゃ~って言ってるよ」
「わぁ~、また明日ねー、ワタ~」
アリエスとリブラさんは楽しそうに笑いながら帰っていった。
ふと、ワタの爪が目に入った。
「あ、ワタ~、爪伸びてる~」
切よっか~?とワタに尋ねると短く鳴いて私の腕から離れた。まるで、“いや”と駄々を捏ねてるように聞こえて、1人で笑ってしまった。