ひといきも必要です
嘔吐表現があります。
嫌な方や不快に思った方は無理せず読まない事をオススメします。
今日はやけに気だるかった。
仕事場では同期仲間だけでなく、顔を合わせた人達にも顔色を心配された。
家では子供体型組に心配され、大人体型組には頑張りすぎだと叱られた。
――ちゃんと寝て、疲れ取らなきゃ……。
大人体型組に叱られた後、思いつきで浴槽にバスロマンを入れて浸かってみた。前に近所の人に勧められて手に入れたバスロマンがここで活躍された事に浸かりながら喜ぶ。
バスロマンは何個も貰ったのでまだまだあるが、やっと1個を消費出来た。
これで後は十分睡眠を取れば、明日の朝には全快になるだろう。
――そう思っていた。
「ん~…ゲホッゲホッ…ハァ…」
――ダメだ、頭痛い……。
頭は痛いし、喉も痛い。
「――とりあえず、電話…しなきゃ…」
生憎今日は平日で仕事だ。休むにしても電話しなきゃ無断欠勤になってしまう。それは避けたい。
テーブルに置いてあるスマホに手を伸ばすが、取れる気配がない。
視界がおかしいのか、スマホが遠くに置かれてるように見える。
ベットから落ちてしまうアクシデントに、自分自身マジでヤバいなと思ってしまう始末。
スマホを取るのにこんなに苦労する事はないだろう。
「あ、おはようございます…えっと、浦口琴羽なんですが、今日休みます…」
『あ、はいっ、浦口さんですね』
「はい、チーフの藤原さんに伝えてください…」
『はい!声が可笑しいですけど、風邪ですか?』
「…だと、思います」
風邪であってほしい。
風邪だと思う。
「これは風邪…これは風邪…」
――寝れば治るはず…
ベットに戻ると、丁度ワタが起きたらしい。抱き抱えたい衝動を押さえて毛布を被る。
――…は…とは……ことは…琴羽
誰かに呼ばれて目が覚めた。
「琴羽っ!大丈夫?」
聞いたことのある声。
良く見ると、見たことある露出の少ない服装。見たことある長い髪。
声の主はスコルさんだった。
「あ、スコルさん…おはよ…」
心配させないように口角を上げる。
「琴羽…待ってて!ピスキス呼んでくる!」
スコルさんがいなくなって、やっと今がお昼だということに気付く。
――どうしよう、食べる気しないし、食べなくても大丈夫かな…
「琴羽!琴羽?!」
――あ、スコルさん、ホントにピスキスさんを…
「琴羽!大丈夫?!熱!熱は、何度なの?!」
――そうだ、熱、計るの忘れてた…
「わかんない……」
「体温計どこ?」
ピスキスさんの手がおでこに置かれてる。冷たい。
ピスキスさんに変わって、スコルさんが体温計を探そうとしているのが分かる。
――体温計、どこだっけ…?
「え、っと…タンス横、棚…2段目…」
スコルさんが棚を漁っているのが分かる。
「あった!」
体温を計ってる間、ずっとスコルさんが側にいた。
ピスキスさんは帰ったのかな。いない。
違う。台所だ。何かやってる音がする。
「琴羽、昨日から辛かったの?」
――スコルさん、そんな顔しないで…
「きの…は、少しだるい…だけ、だった…」
――大丈夫、風邪だから寝てれば治るから、だから、そんな顔しないでよ
「スコル、琴羽何度だった?」
「38.6…」
――私、そんなに熱あったんだ…
体温計がなると、すぐさまスコルさんに取られたから、何度だったのか知らなかった。
ピスキスさんに指摘されるまで気付かなかった熱。
――馬鹿だなぁ、私。
指摘されるまで熱に気付かないのも、スコルさんの心配そうな顔にも、何でこんなに考えられないの。
早く頭痛いの治ってほしい。
「琴羽、台所使ってお粥作ったわ、食べましょ?」
台所で何かやっていたのはそれだったんだ。
有難いけど、今は食べたくない。
「琴羽?起きれる?」
「ごめ、ね…今は、いらない…かな」
スコルさんとピスキスさんは黙ってしまった。
「いま、食欲ない…」
――ごめんなさい、ピスキスさん
「駄目よ、一口でも食べなさい」
いつもより口調が強いピスキスさん。
「琴羽、食べよう?」
スコルさんも催促してくる。
ピスキスさんに食べさせられて何とか3口程を食べた。
「偉いわね、琴羽」
ピスキスさんに頭を撫でられる。ふわふわする。
「琴羽、お薬飲もっか」
子供扱いされているようだ。
「琴羽、薬どこにある?」
「えっと…さっきと同じ所」
スコルさんが探しだした薬と、ピスキスさんが用意してくれた水がテーブルに置かれる。
薬を飲むことに苦手意識があるが、飲まないと治らない事は知っている。
顔を歪ませながら飲むと、ピスキスさんとスコルさんに頭を撫でられる。気持ちいい。
「薬飲んだし、後は寝るだけね」
寝ようとして思い出した。
「ピスキスさん、スコルさん…ワタを預かってくれる…?」
帰ろうとしていたピスキスさんとスコルさんはキョトンとした後、笑顔で引き受けてくれた。
――これで心置きなく休める…
ワタに風邪移したらお金掛かるし、風邪を引いてしまったワタを見るのも辛い。
ピスキスさんやスコルさんの心配そうな顔も辛そうな顔も嫌だ。だから早く治ってくれ、風邪よ。
――気持ち悪い…
気持ち悪さに目を覚ました私は、時計を見て驚く。
――寝始めたのが13時前で、今が…14時…
まだ1時間程しか寝ていないらしい。
頭痛は軽くなった気がするが、今度は気持ち悪さが出てきてしまった。
「んっ!…ハァ…」
食べたお粥が逆流してくるのかな。それは嫌だ。ピスキスさんが折角作ってくれたお粥。ピスキスさんとスコルさんが食べさせてくれたお粥。
そう思うと吐きたくない。
「うっ…んぅ…はぁ…」
吐きたくないと思う分、喉元まで何かが上がってくる。
気持ち悪いのをなくすには、無理せず吐いた方が楽だと聞いたことがある。トイレまでの距離はどれくらいだったかな。
ずっと重いままの体を動かしてトイレに向かう。
「――うっ…オエッ、エッ…はぁはぁ…」
最初に見えたのは白。多分、お粥だ。ピスキスさんガッカリするかな。
「――んっ…うっ、エッ…っんえっ!ゲホッゴホッ!…はぁっはぁっ…」
普段は気にもしない床の冷たさにビックリしてしまう。
白が出ないと分かると、今度は黄色。きっと胃液だ。胃液は無色透明だと聞いたことがあったが、デマだったのかな。
口から出てきた物の匂いが鼻を掠めてまた吐いてしまう。
――…つらい…
便器の白さが眩しくて目を瞑って呼吸をする。
吐き気が治まってベットに戻ろうとすると、部屋の電気が点けられる。
「なんだ、歩き回る程元気じゃないか」
皮肉たっぷりの口調に簡単に声の主が分かる。
「…なんですか、レオさん」
今レオさんと話すとなると頭が痛くなりそうだ。
「ん、まだ顔色悪いな…」
まさか、あのレオさんが――私の心配を?
「なんだその顔は、まるで私が琴羽の心配をするなんて、とでも思っているのか」
レオさんが手にしているのは見覚えのある物。懐かしい物。
「…冷えピタ?」
「ピスキスに持っていけと言われて持ってきただけだ」
レオさんはそのまま冷えピタを私の額に貼り付けてきた。
「…気持ちぃ、です」
小さな声でありがとうございますと言うと、レオさんは帰っていった。
吐いたことで疲れたのか、少し眠れそうだ。
4時間程で目が覚めた私はピスキスさんが作ってくれたお粥を食べて薬を飲んで寝た。
きっと明日には全快だ。
「――琴羽?聞いてる?」
「あ、はい…」
今の状況に少し疑問を持ちながらピスキスさんからのお叱りの言葉を聞いていた。
「やっぱりね?思うのよ。琴羽は自分の事なんか二の次にし過ぎなのよ!」
昨日の今日で喉の痛みも頭の痛みもなくなった。今日は土曜日で休みだ。
微熱で37.7度あるが、体温は高い方なので問題ない。
「別に怒ってる訳じゃないのよ?心配なの!」
ピスキスさんの後ろにはスコルさんがいて、何も言わないまま私を見つめてる。
「スコルから琴羽が大変だって知った時、私凄く心配したんだから!琴羽の事だから笑って誤魔化して1人で治そうとするでしょ?私嫌なの!」
ピスキスさんが涙目になりながら私を説得しようとする。
「ごめんね、ピスキスさん」
「っ、ほら、琴羽はずるいわ。そんな顔で見つめないで」
私、今どんな顔してるんだろう。
「もう、琴羽は自分の心配をちゃんとして?私達がいなかったら昨日の琴羽、ずっと辛いわよ」
「うん、ごめんねピスキスさん」
ピスキスさんの涙が凄く綺麗に流れる。もらい泣きしないように顔を強張らせていたら、ピスキスさんに笑われてしまった。
「…んふふ、きっと琴羽のその顔は癖になってるのね」
「私どんな顔になってるの?」
疑問に思った私はピスキスさんに質問してみたが、ピスキスさんはスコルさんと顔を合わせた後に
「ひみつっ」
と言って笑った。