バレンタインデー
子供体型組とのチョコ菓子作りから数日が経ち、今日はバレンタインデー当日。
店では色んな形でチョコ菓子やチョコ菓子セットなどが売られている。今朝、沢山買い込んでいく学生を見たが、何か事情があるのだろう。
私も今朝は、仕事場に着いてすぐにお世話になっている社員さんにチョコを手渡した。
「これ本命?」
男性社員には何度も同じ事を聞かれるが、義理です!と元気良く答えると少しガッカリする。笑顔で感謝されるが、ガッカリしながら去っていく後ろ姿に笑いそうになってしまう。
「琴羽ー!一緒に来てっ!」
更衣室に戻ろうとすると、更衣室から出てくる同期に捕まった。
「へ?なんで?」
「村瀬さんに渡すの!」
友チョコとは別の紙袋には可愛くラッピングされている小箱があった。
「1人で行ってきなよ」
「無理!」
呆れたようのため息は吐く私の腕を引っ張る鈴。
「ほら、早く」
「急かさないで!」
心の準備ってものがあるんだよ!と怒鳴ってくるのを無視して鈴の背中を押す。
「村瀬さーん!」
更衣室に戻ろうとする村瀬さんを呼び止めると慌てて私の背中に隠れる鈴。
「ちょっと?!急に呼ばないでよ!心の準備がっ…!」
未だに言っている鈴の背中を押して前に出すと、丁度村瀬さんがこちらに駆け寄ってきた。
「どうしたの?浦口さん、小柴さん」
「鈴がね、村瀬さんに渡したいものがあるんだって」
私が勝手に話すと鈴が背中を叩いてきた。
「…あ、チョコ?」
「ほら鈴」
鈴の背中を今一度押して上げると、手にしていた紙袋から小箱を取り出す。
「チョコ、作ってきました!良かったら受け取ってください!」
恥ずかしいのか顔を下げてしまった鈴。
「うん、ありがとう、家に帰ったら食べるね」
モデル顔負けのキラキラ笑顔で受けとる村瀬さん。
鈴に向けてる笑顔に眩しいなぁと思ってると、村瀬さんは私にも笑顔を向ける。
「…えっと?チョコ…」
「え、あ、いや!私は作ってきてないの、ただ鈴の付き添い」
鈴の肩を叩きながら笑うと鈴からの反撃に合う。
「あ、そうだったんだ!ごめんね」
「こっちこそ時間とっちゃってごめんねー、うちの鈴が」
余計な事言わないで!と背中を叩いてくる鈴に村瀬さんはクスリと笑う。
イケメンにはイケメンが集まるようで村瀬さんと仲の良い社員が声を掛ける。遠目に見てもイケメン。
村瀬さんは私達に手を振って更衣室に戻っていった。隣の鈴を見ると嬉しそうに手を振り返していた。
「ただいまー」
私の声と玄関の音に反応するように奥の部屋から声が聞こえてきた。多分カンケルだ。
「琴羽ー!早く来てー!」
高いソプラノの声に苦笑いしながら部屋に向かって声が上げる。
「はいはい、待ってねー」
玄関の鍵を閉めて部屋に向かう。
また何かあったのかと急いで部屋の扉を開けると、黄道12宮の皆が小箱を手にしていた。
「んふふ、はい!これカンケルから!」
最初にカンケルが私の前に来て小箱を差し出してくる。
キラキラと星が輝いて見えるラッピングが可愛い小箱。
「ど、どうしたの?カンケル」
戸惑いながらも手渡された小箱を手にする。
「中見てみて!」
カンケルに言われてラッピングを剥がそうとすると、柄が消えて小箱の中身が見えるようになった。
前にもこんなことあったな。
「え、あれ?これって…」
「皆で作ったの!」
手にとって良く見ると分かる。私が教えた一緒に作った生チョコだ。
「お返しもしたいわねってなって、皆で作ったのよ」
「琴羽から教わった生チョコをカンケルやゲミニ達が教えてくれたんだ」
カンケルの説明を補足するようにピスキスさんとタリウスさんが言った。
「そうなんですね。カンケルありがとう」
うん!と笑顔になるカンケル。
カンケルからのを受け取るとゲミニやリコル達も小箱を渡してくる。
12個の小箱は全部生チョコなのかと思ったら違った。
子供体型組は生チョコだったが、大人体型組は違う物を作ってきていた。
ピスキスさん曰く、
「チョコチーズケーキよ」
らしい。
初めて見るそれは、普通のチーズケーキとは違い見た目は勿論、鼻を掠める甘い匂いが少し強い。
「美味しそ~」
見た目と匂いに好奇心が湧く。
甘い匂いに誘われたのか、ワタが近くまで歩いてきた。
「食べていいのよ?琴羽に食べてもらいたくて作ったのだから」
ピスキスさんにそう言われるとチョコチーズケーキに手を伸ばす。
「駄目だよぉ!カンケル達が作ったの先に食べてぇ!」
チョコチーズケーキを手にするより前に、カンケルを生チョコをズイッと差し出してくる。
「うん、カンケル達が作ったのも美味しそう」
カンケルが差し出してきた生チョコを手にして口に入れる。
生チョコはあっという間に溶けて、口の中には甘さだけが残ってしまった。
何故だか、前に食べた生チョコよりも凄く美味しく感じた。
美味しい!と何度も繰り返しながら皆から貰った物を食べると、ホッとしたような、でも満面の笑みでガッツポーズをする。
「ん~!チョコチーズケーキも美味しい~!」
ピスキスさんはいつもの笑顔で「良かったわ」と声を漏らす。
夕飯を食べる前にチョコ菓子がお腹を満たした。
チョコチーズケーキがまた美味しくて、発案者であるピスキスさんに作り方を教わりたい位、また食べたいと思った。
「喜んでくれて良かったわ、ねぇカンケル」
「うん!頑張って作って良かった!」
ピスキスさんがカンケルの頭を撫でる。カンケルはピスキスさんに笑顔を向けている。
2人の微笑ましい光景に私もつい見とれてしまう。
気付くと、周りの皆も大人体型組が子供体型組の頭を撫でていた。
タリウスさんがゲミニの頭を撫で、ウルさんがアリエスの頭を撫で、レオさんがリコルの頭を撫で、バルゴがアクアの頭を撫で、リブラさんがスコルさんの頭を撫でている。
私も誰か撫でたくなって近くにいたワタの頭を軽く撫でる。
若干顔を赤くしている人が何人かいた。
ワタの頭を撫でているとニャーと鳴いてベットに行ってしまった。まるでもう撫でなくていいよ、と言ってそうだ。
「あ、そういえば私、皆へのバレンタインチョコ作ってない!」
思い出したように叫ぶと、皆がキョトンとする。キョトンとした後に皆が笑いだした事に驚く私。
「作らなくても、琴羽の感謝は頂いている」
レオさんが代表して言う。
「どれだけ琴羽から感謝を頂いていると思う、今更杞憂な事を言うな」
ちょっと口調が強いレオさんだが、顔は笑っていた。他の皆も笑っていた。
「そろそろ帰るぞ」
レオさんの言葉に皆が返事をする。
いつもならカンケルやゲミニが駄々の捏ねる所だが、今日は何も言わす素直に返事をしていた。
「明日もワタと遊んでいい?」
不思議に思っていると、カンケルがワタを抱えながら私に質問してきた。
「うん、ワタも喜ぶよ」
カンケルは喜ぶあまり、抱えていたワタを高い高いして、喜びを表現する。
ピスキスさんに呼ばれたカンケルは、ワタを私に引き渡して帰って行った。
黄道12宮の皆が帰った後の部屋でワタが小さく鳴く。
「ワタも寂しいの?」
――私も寂しいなぁ。
あまり鳴かないワタが暫くの間鳴いた。