撒いて食べて
2月に入って3日。つまりは2月3日。
「何をそんなにソワソワしてんすか?」
いつものように作業していたのにも関わらず、飯村さんに指摘されて驚く私。
「え、そんなにソワソワしてた?」
「してましたよっ、ですよねっ?」
飯村さんの横には同期で仲の良い子がいた。無口な為にあまり喋る所を見ないが、よく周りを見ていて色んな事に気が付くし、とても礼儀がなっていて良い子。
飯村さんの問い掛けに首だけを動かして肯定を主張する。
「ほらぁ!どうしたんすか?何かあるんすか?」
「んー、まぁ、ね」
「えー?なんすかなんすかー?」
「プライベートな事だからヒミツー」
えーっと嘆いている飯村さんを無視して作業を続ける。背後から「教えて下さいよー」と可愛い声が聞こえてくるが、今は仕事中。
集中して作業していたからか、後ろからのブーイングが聞こえなくなったと気が付いた時には、2人の姿はなかった。近場にいた社員に聞くと、別の作業場に移動したらしい。代わりに村瀬さんが段ボールを組み立てていた。
村瀬さんは社員の中でも上位に位置するくらいのイケメンさん。いつもの決まった場所で大きい機械が操っているのだが、今は何故か段ボールの組み立てに勤しんでいた。
村瀬さんは私が見ていた事に気付いた。
咄嗟に顔を反らして作業に勤しむ。
「浦口さん、これ何処に置いとけばいい?」
先程組み立てていた段ボールを4つ程重ねて持ってきた村瀬さん。
「えっと…あっ、じゃあそこに!」
村瀬さんが持っていた段ボールは、現在私が組み立てていた段ボールと一緒な事に気が付く。
「あれ?もしかして同じ?」
村瀬さんも気付いたらしい。
「うん、同じだよ」
「…多くない?」
苦笑い気味に尋ねてくる村瀬さんに私も釣られて苦笑いで答える。
私の足元には束になった段ボールがあと4つ。村瀬さんが作業していた場所にも束になった段ボールが4つ。私が組み立てた段ボールと全部を会わせると100個近くある。
「あと少しだし頑張ろう!」
村瀬さんが最後に組み立てると同時に終了のチャイムが鳴る。
「こーとはーっ!」
村瀬さんと別れてすぐに名前を呼ばれた私は何処から聞こえたのか周りを見渡す。すると、奥の方から走って来る誰かが私の名前を叫んでいた。目が良い私はそれが誰なのかすぐに分かった。
「どーいうことっ、何で琴羽が村瀬さんと話してんの?!」
同期の子が2人揃って私の元に来た。荒れた息のまま私に問い詰めてくる小柴鈴と、何も喋らずに私の答えを待っている砂川葵。
お互いに下の名前で呼び会う程に仲が良い私達だが、鈴は村瀬さんに片思い中。仕事場で話すと必ず村瀬さんが出てくる程に好きみたい。
「別に、たまたま同じ段ボール組み立ててただけだよ?」
「本当に?!本当にそうなのね?!信じるよ?!」
「大丈夫だよっ、私には気になる人もいないんだから!」
本の少し話しただけで好きになる訳がない。
「ほら行くよー」
まだ一言も喋ってない葵の手を取って更衣室に向かう。
何度も聞いてくる鈴から逃げるようにして退勤したお陰で、息が荒いまま帰路に着いた。
「ただいまーっ」
息を絶え絶えに玄関に入ると豆が飛んできた。
「鬼はそとーっ!」
「私は鬼じゃないよーっ」
悪ふざけで豆を投げてくるカンケル。靴を脱ぎながらカンケルに擽りを繰り出す。すると、キャハハと笑う可愛いカンケル。
「もー仕事で疲れてるのにダメでしょ?カンケル」
「キャハハッ!ヒヒッ、キャーハハハッごめんなさーいっキャハハハハッ」
カンケルの笑い声に叱った筈のピスキスさんも笑っている。
「ハーッ、くすぐったい」
擽りを終えても暫く笑っていたカンケル。擽られた脇腹を擦るカンケルは、息を整えると私に問い掛ける。
「カンケルの『鬼は外』どうだったぁ?」
「バッチリ!もうすぐ鬼役の人来ると思うから、その時はさっきよりも思いきり投げてね」
「分かったー!」
ジェスチャーを交えながらカンケルと話していると、自分が子供に戻った気分。
「そろそろ皆を呼んでくるわね!」
ピスキスさんが皆を呼んでくる間に、前もって買っておいた節分用の豆を枡に開ける。
「カンケル知ってるよー!歳の数だけ食べると良いことがあるんでしょ?」
「よく知ってたね、カンケル」
「タリウスに教えてもらったー」
歯を見せて笑うカンケル。頭を撫でると照れたようにも笑う。
「いよいよ今日だな」
ピスキスさんが皆を呼び出すとレオさんが気合いの一言を放つ。
「鬼はそとーってなげるのよね?」
「投げるんじゃなくて、正しくは撒くんだぞ」
「じゃあ私は綺麗に撒こっ!」
「アクア、一緒に撒こう!」
「良いぜー!じゃあどっちが沢山撒けるか競争だ!」
「程々にね」
「僕達に当たらないようにしてよ?」
「じゃあ僕はウルとやるー!」
「よーし、誰よりも沢山撒こうね!」
レオさんの一言に他の皆も一斉に喋りだす。何人かペアになって投げるらしい。
ピンポーン
インターホンの音に皆が驚く。さっきまで話していた声が聞こえなくなるくらい驚いたみたい。
「鬼役さんが来たかな?」
私の言葉に肩をビクッと動くカンケルとゲミニ。いざ鬼が来ると怖いと感じるのか。
「鬼役は人間ですからね?大丈夫だよ!さっきみたいに投げれば逃げてくから」
カンケルの肩に手を置きながら言うと、強ばる顔が笑顔になる。それを見たゲミニも笑顔になる。
「鬼が来たぞ~っ」
玄関を開けると鬼の面を被った人が迫ってきた。最初の1発は私が軽く投げる。それだけでは帰らないのが鬼だ。
「鬼だぞ~、鬼が来たぞ~」
鬼はちゃんと靴を脱いで家の中に入って来た。律儀な鬼だ。
ワタの威嚇をしている音が聞こえる。
「鬼はそとー!鬼はそとー!」
「「「鬼はそとー!!」」」
鬼の面に怖がっていたカンケルだったが、意を決して投げた事で、後に続いてゲミニとアクアとアリエスが豆を投げる。
鬼は帰る気配がない。
「鬼は外ーっ!」
レオさんが投げた豆が聞いたのか、鬼が呻き声を上げる。それを見逃さず、他のピスキスさん、タリウスさん、バルゴなども豆を投げる。
部屋の手前まで来ていた鬼が少しずつ戻り始めた。そこからは皆で総攻撃。
「「「鬼はそとー!!!」」」
「「鬼は外っ!鬼は外っ!」」
「鬼は早く出てって!」
「「鬼は外ー!!」」
「このっ!このっ!」
「鬼はそとー」
鬼は逃げていった。靴を履く余裕はなかったのか、靴を手に持ったまま裸足のまま逃げる鬼が滑稽に見えた。
鬼が逃げた後には、玄関から家に向けて豆を撒く。
「福は~内ー!」
「「福は~内ーっ!!」」
「「福は内ーっ!!」」
皆が私のマネをしながら豆を投げる。
一頻り豆を撒くと、遠くからも同じ掛け声が聞こえてきた。今日は色んな家庭で豆を撒いていることだろう。
豆を撒き終えると、私は皆にあるものを見せる。
「ジャジャーン」
これなーんだ?と皆に問うと、カンケルとゲミニが挙手する。
「「えほうまきー!」」
早く食べたいのか、涎を滴ながら答える2人。
「今年は北北西を向いて食べるらしいです!」
早く食べましょ!とテーブルに皆の分を分けていく。種類は女性陣と男性陣で違い、華やかな具材に目を輝かせてる。
「カンケル知ってるよ!食べてる間は喋っちゃダメなんでしょ?」
「僕も知ってる!喋らないで食べきると願いが叶うんでしょ?」
カンケルとゲミニが恵方巻を手にしながら話す。
「覚えていたのね、凄いわカンケル」
「ゲミニも凄いな、偉いぞゲミニ」
カンケルの頭をピスキスさんが、ゲミニの頭をタリウスさんが撫でる。なんて微笑ましい光景だろう。
ワタはエサを目にすると一心不乱に食べ始めた。
「それではいきますよ?絶対に喋っちゃダメですからね?笑うのもダメですよ?」
「分かったから早く食べようよー」
念を押す私にウルさんが催促する。それほど食べたいのだろう。
「それでは――」
「「「いただきまーす!!」」」
「……」
モグモグと咀嚼する音だけが部屋に響く。
「……」
皆の後ろ姿が可愛いと思ってしまう私は末期だろう。
そうだ、願い事どうしよう。何も考えてなかった。食べるのに必死で願い事なんてすぐに忘れてしまう。
「……」
皆との思い出が無駄になりませんように――
「あー、やっと食べ終わったー」
食べ終わったのは皆バラバラで、一番最初にレオさんが食べ終わり、続いてタリウスさん、バルゴ、ウルさんと食べ終わる。一番最後に食べ終わったのは私だった。
誰1人喋らずに食べ終えることが出来て、カンケルとゲミニは大層嬉しそうに話している。
ワタもエサを完食していて、スコルさんやリブラさんが猫じゃらしで遊んでいる。
「最後に歳の分だけ食べましょう!」
私の提案に皆は豆を手にして少しずつ食べ始める。
「でも実際、私達って何歳なのか分からないのよね」
「え?」
バルゴさんの言葉に私は耳を疑った。
「もう何年も前に私達が生まれて、今まで何回もこんな風に過ごしたわ」
ピスキスさんが豆を食べながら説明をしてくれる。
「今までに世話になった人は沢山いるの、それは今になっても忘れないわ」
今でも世話になった人達の名前は覚えているらしい。昔話をするピスキスさんの顔は穏やかで優しい。でもどこか、今までの苦労を纏っているような雰囲気。
「今まで色んな事があったわ」
「そうだな」
夜空を見上げながら話すピスキスさんにレオさんが優しく微笑む。
「これからも色んな事があるさ」
な、琴羽!と突然問い掛けてきたタリウスさんに変な声で返事してしまった。
「私との生活もまだ半分ありますからね!」
――もう、半分しかないんだ。




