思い
仕事場の窓から見えた雪が、聖夜の時のカンケルとゲミニを思い出させる。
あの後、積もることなく止んでしまった雪は、次の日の朝に来たカンケルとゲミニを落ち込ませてしまい、機嫌取るのに苦労した。
「琴羽ー?ニヤニヤして気持ち悪いよー?」
「ごめーん」
同期に子に指摘された私は、緩んでいた口元を隠すように作業を続ける。
今日の主な仕事はラベル貼りだった。段ボールを組み立てた時にちゃんと見えるように、等間隔で張ってはまた段ボールを組み立てる。
同期の子が別作業から戻ってきた時には、殆どのラベルを貼り終えていて、私の横には段ボールの山が出来ていた。
全てのラベルを貼り終えると同時に終了のチャイムがなった。
「おーつかれーぃ!」
「おつかれー」
安全帽子のキャップ部分を手にして団扇のように扇ぐ。
「今日結構移動したでしょ?」
「うん、第1から始まって第4、第7、第8って動いたね」
「汗掻いてる」
「でしょうね。元々厚着してたし、それで動いたし」
「風邪引くなよー?」
ニヤニヤしながら肘を突いてきた同期の子。
「私こう見えて頑丈だから~」
肘を退かしながら反抗すると「ならいいんだけど~?」と言いながら自分のロッカーに駆けていく。
ロッカーに仕舞っていた傘を手に仕事場を出ると、雪を降らしていた空は別の物を降らしていた。
――雨…
友達が出てくるまで淀んだ空を見上げていた。
「ただいまー」
雨滴が玄関を少し濡らす。靴を脱ぐと同時に、バタバタと玄関に駆け寄ってくる足音。
「おかえりー」
「ニャーッ!」
ワタとは違う鳴き声が聞こえた後、ワタを抱えたリコルさんが出てきた。
「おかえりだニャー!待っていたニャー!」
リコルさんはワタの前足を使って腹話術のように操る。語尾のニャーが何とも言えない程に可愛い。そして、恥ずかしそうにしながらもワタを抱えるリコルさんが可愛い。
ワタが短く鳴くと、少し嫌そうに暴れて、リコルさんの腕の中から出る。
「あー、ダメだよぉ、ワタ」
「んふふ、ワタもご飯が食べたいんじゃない?」
ワタを抱き抱えたカンケルが頭を撫でながらワタに話し掛ける。カンケルに返すように鳴いたワタに、ピスキスさんが思い出したように指摘する。
「ワター、ご飯食べるぅ?」
顔を合わせたカンケルがワタに問うが、何1つ鳴かないワタ。
ワタの夕飯の準備をカンケルとピスキスさんに任せて、私は自分の夕飯の準備に取りかかる。
「ワター、待ってねー」
台所で準備をしていると、部屋からカンケルの声とワタの鳴き声が聞こえてくる。
ワタへの声掛けが平穏な事を感じさせて、このままずっといるんじゃないかと思ってしまう。この間の皆で遊んだ時から、薄々感じていた不安感が私の頭の中を支配しようとしている。
皆と別れるのが怖い。もっともっと皆と遊んでいたい。もっと皆と話をしていたい。
黄道12宮の皆に悟られないように、心の中に押し込めて部屋への扉を開ける。
「今度はさ、ワタも一緒に何処かで遊びましょ?」
ワタの話題を話していると、ピスキスさんが提案してくる。
「あっ!カンケルも同じ事思ってた!」
ベッドに横になりながらワタと遊んでいたカンケルが、ベッドの上に立ち上がる。猫じゃらしを持ったままのカンケルにワタが飛び付いて笑いを誘う。
「アハハッ!大丈夫?カンケル」
「大丈夫ー!何とかワタもキャッチしたよ!」
両手でワタを支えているカンケルは、私達に見せるようにワタ掲げる。
「でもいいですね!ちょっと遠くの公園にでも出掛けますか?」
「いいわね!ワタも喜びそう!」
「ワター?公園行きたいー?」
カンケルの問いに短く鳴いたワタは、まるで「行きたい」と言っているように見えた。
夕飯を食べながら、カンケルとピスキスさんとリコルさんの会話を聞く。3人の足の間をワタが楽しそうに潜って遊んでいる。微笑ましい姿に頬が緩む。
カンケルは身ぶり手振りで楽しそうに話し、ピスキスさんとリコルさんはそんなカンケルを見つめて話を聞いている。時折、3人が揃って笑うと、和やかな時間を過ごしているなと思う。
――ずっと、ここにいてほしいなぁ…
「ねぇ、琴羽!」
ピスキスさんの手が肩に乗っていて、心配そうにこちらを見つめていた。
「ん?」
「ん?じゃないよ!どうしたの?大丈夫?」
何でもないかのように振る舞った筈が余計に心配してしまったらしい。
「大丈夫だよっ」
「疲れてるなら私達帰るわよ?」
「っ!疲れてないよっ、大丈夫!ちょっと考え事?してた」
「そっ?ならいいんだけど…」
「考え事って何ー?」
ピスキスさんの肩に顎を乗せたカンケルが質問してきた。突然の事に私も慌てて理由を探す。
「あ、えっと…ワタが一緒に行きたがる公園どこかなーって」
私の声にワタが短く鳴いた。「呼んだ?」と言ってそうで笑ってしまった。
私が食べ終わるのを待っていたのか、全ての食器を重ねた私にカンケルが身を乗り出して迫ってくる。
「マルカーやろうっ!」
ピスキスさんとリコルさんは苦笑いしながら慌ただしく動くカンケルを落ち着かせる。
「待ってねー、すぐ洗っちゃう!」
「早くしてねーっ」と言うカンケルの声は楽しそうだった。
「どのコースでやるの?」
「カンケルの得意コース!」
「今日同じコースをずっと走ってたのはそういうことね」
「まさかまさかのカンケルが最初に琴羽越え?!」
ピスキスさんとリコルさんがカンケルを応援する。いつ出したのだろうか、ピスキスさんは応援用のポンポンを手にしていた。
「カンケル!抜いちゃえ!琴羽の事抜いちゃえー!」
「頑張ってー!いけいけカンケル!いけいけカンケル!」
「くらえっ!イカスミーっ!」
「あ、あ…あ!」
カンケルの攻撃によって私の操作するキャラがコースを外れ、すぐそこの崖に落ちてしまった。その間にカンケルが先を行くのが分かった。
「そのまま1位でゴールしましょっ!行けるわよ!」
「凄いよっカンケル!琴羽に勝つ?!」
「ふっふっふーっ!カンケルすごーい!」
「まだ終わってないぜー?」
あと1周ある。ゴールまでにカンケルと同じ攻撃をするとカンケルを抜ける筈だ。まだまだ私に勝つ事は出来ないぜ?
「くらえっ、イカスミ~!」
「あぁっ!」
「カンケル!」
「やったな~?」
ピスキスさんとリコルさんは画面を凝視する。
作戦通りにカンケルの操作するキャラが崖に落ちた。その間になんとかカンケルを抜けると、再び私が1位に躍り出る。
その後、甲羅での攻撃などもしてきたが、難なく避けてそのまま1位でゴールする。
「った~っ、危な~」
「あぁ~ん!」
「惜しかったね」
「えぇ、あとちょっとだったんだけど」
久しぶりに必死になった気がした。ゴールしたと同時にコントローラーを置いて伸びをする。
「まだまだだねっ!」
――楽しいなぁ……
リコルさんとピスキスさんも私に挑んできたが、呆気なく勝負がついた。
「やっぱり琴羽は強いわね」
「明日は私もカンケルと特訓しよ!」
「リコルも一緒にやろー!」
「ふふっ、精進したまえっ」
3人の話を聞いた私は、腕を組んでドヤ顔を披露する。
「…頑張りましょう!」
「私もー!」
「カンケルもー!」
私のドヤ顔を無視して円陣を組む3人。無視された事に少し落ち込んだが、3人の張り切る笑顔を見たらつられて笑顔になってしまう私。
「…いつでも待ってます!」
――きっと、私が負けた時には、皆との生活ももう少ないのだろうか。
私のこの思いを、皆に悟られないように隠す事は出来るだろうか。