懐かしい家
いつものように朝起きると、朝ご飯の準備前にストーブを付ける。部屋の温度は7度。寒い台所は今の季節には厳しい。台所用のスリッパをパタパタと鳴らしながら冷蔵庫と水道を行き来する。
朝ご飯を作り終えた頃には部屋は温かくなっていて、白い息は見えない。
朝は大体、同じテレビを見ながらご飯を食べる。今の時間帯は注目の商品をオススメするコーナー。私と同じ年齢の女性キャスターが元気に商品を紹介している。
仕事ではない今日は、ご飯食べた後に少し休憩する。テレビは芸能界ニュースに変わった。
ご飯の後片付けを終えると、パジャマから着替える。あまりお洒落でなかった私が、東京から帰省してお洒落だったら、ばあちゃん達は驚くかな。
『あんれまぁ!お洒落になったなぁ!』
ばあちゃんが言いそうな言葉を予想して笑ってしまった。
全ての戸締まりを確認して家を出る。
仕事場と駅は逆方向に位置している為、いつもとは違う道を歩く。実家は茨城県。電車とバスを乗り継いで2時間以上。
電車には沢山の人がいた。私みたいに帰省する人が殆どだろう。運良く私は降り口の近くに座る事が出来た。
東京を出ると、少し人が少なくなった。私の横に座っている人は眠そうにしていて、時折首がコテンとこちら側に傾く。笑いを堪えるように唇をキュッと締める。
電車の乗り継ぎの為、1度降りる。目的の電車が来るまで後少し。近くの自販機で飲み物を確保した私は、周りを見渡す。東京よりも人が少ない。見つけたベンチに座ってから飲み物を二口。
目的の電車には、吊革に掴まる人がいない。それほど人が少ない。
1時間程経つと、やっと茨城県に入った。後はバス移動だけだ。
覚えのある建物が少しずつ見えてきた。良くお姉ちゃんと買い物に来た所だ。
実家付近にバスが止まる。景色を眺めていた私は急いでバスを降りる。後は歩きで実家に向かう。
10分程歩くと見覚えのある懐かしい家が見えてきた。実家だ。
「ただいまー!」
インターホンを押さずに玄関を開けると、テレビの音が聞こえる。
「あぁ、帰ってきたのか」
私の声にじいちゃんがお出迎えをする。じいちゃんは台所にいるであろうばあちゃんに大声で話し掛ける。
「ばあちゃん!琴羽!帰ってきたぞ!」
ばあちゃんの驚き声が聞こえてきて、私は笑ってしまった。
「あっりゃっ!琴羽、帰ってきたのけっ」
「帰ってきたよー」
居間に足を踏み入れながら笑うと、ばあちゃんも釣られて笑う。
「あんれまぁ!お洒落んなったなぁ!」
今日は2人のお姉ちゃんも家に来るそうで、唐揚げやカレー等、私達の好物を用意していた。
上のお姉ちゃんは結婚して子供が3人いる。上からアミちゃん、ミキちゃん、もう1人はまだお腹の中。旦那さんともうまくやっているらしい。
真ん中のお姉ちゃんは私みたいに上京して1人暮らし。最近彼氏と同棲を始めたらしい。
ここまで言うと分かるだろうが、私だけが恋人いない。
お昼まで後2時間あるので、テレビを見て時間が過ぎるのを待つ。
「ばあちゃんっ!」
テレビを見ていたら、玄関からばあちゃんを呼ぶ高い声。
「ばあちゃーん?」
少し低い声も後から聞こえる。呼ばれているばあちゃんは台所で調理をしていて、聞こえていない様子。
居間の引き戸から小さい手が見えたと思ったら、アミちゃんだった。
「あー!おねーちゃん!」
「あ、琴羽も来てたんだ」
引き戸が大きく開かれると、真波お姉ちゃんが顔を出す。台所に行こうとするアミちゃんを捕まえて座らせる。ミキちゃんの手を引いて座らせるように促すと、私の横に座ってきた。
「あっれ!アーミちゃんっ!来たのか来たのかーっ」
一仕事終えて戻ってくると、すぐさまアミちゃんに声を掛けるばあちゃん。とても孫を可愛がっている。否、ひ孫になる。
「紋奈は?」
「あや姉はまだ」
ばあちゃんに聞こうにも、アミちゃんと遊んでいて聞こえていない。
「なんか…琴羽お洒落になった?」
「そればあちゃんにも言われたー」
アミちゃんと遊んでいた筈のばあちゃんが席を立って、私達にカレーを勧めてきた。
「私あや姉が来たら食べるー」
「アミっ、お腹減った?カレー食べる?」
私はあや姉が来てからと伝える。まな姉がアミちゃんに聞くと、アミちゃんは即効で食べる!と答えた。
「へー、アミちゃん福神漬け食べるんだ?」
「食べるよっ」
スプーンを握りながら私の質問に答えるアミちゃん。
「辛くない?私がちっさい頃は辛くてダメだったんだけど」
「辛いよっ」
でも美味しいっ!と笑うアミちゃんは天使のようだ。
「あ~っ、アミっ髪!」
アミちゃんのお母さんであり、私の姉であるまな姉はアミちゃんの髪に四苦八苦。腰の位置まである髪を纏めようとするも、アミちゃんが暴れる為に上手く纏められない。
「アミちゃん、まっすぐ前向いて?」
私の言葉に素直に従うアミちゃん。その間に上手く纏めるまな姉。
「琴羽ナイス」
「ばあちゃーん!来たよー!」
アミちゃんの残したカレーをまな姉が食べてると、玄関から聞き覚えのある高い声。あや姉だ。
「もー、やっと来たー」
待ちくたびれよーと言う私にあや姉は苦笑いして誤魔化す。
「おー、紋奈!カレー食うか?」
あや姉が来て早々に、カレーを勧めるばあちゃん。首に巻いてたマフラーを取りながら答えるあや姉の言葉に、すぐさまお皿にご飯を盛り付けるばあちゃん。
私も食べる!と言おうとしてやめた。席を立って私自身のカレーを分ける。すぐ側にある棚からプラスチック製のスプーンを2本取って席に戻る。1本をあや姉に渡すと、福神漬けに手を伸ばす。
カレーを食べたお皿を私が洗っても、残りのおかずは未だにテーブルに沢山ある。
「アミもぉいらなーい」
鼻息を深くしたアミちゃんはチラリとまな姉の顔を見る。まな姉の顔はえ?と驚いた表情をしている。アミちゃんの大好きな唐揚げはあと4つ程残っている。カレーを残した上で唐揚げを食べようとしたアミちゃんだったが、そう簡単には行かなかったようだ。
「アミおままごとしたい」
ばあちゃんに言ったアミちゃんだったが、ばあちゃんは耳が遠くなっていて、聞き取れていない。
「アミままごとしたい!」
何とか聞き取ったばあちゃんは隣の私に取ってくるように言ってきた。何処にあるのか分からない私に、場所を伝えてくるばあちゃん。面倒くさいが、アミちゃんが五月蝿くなるから仕方なしに取ってくる。
おままごとをして機嫌が良いアミちゃんは、ミキちゃんの邪魔も許している。
「ミキちゃんやめてよぉ」
何度ミキちゃんが邪魔しても怒らないアミちゃんは良い子だ。
「ままごと飽きた」
アミちゃんがままごとしている間に私達はミキちゃんの撮影会をしていたが、ままごとに飽きたアミちゃんが乱入してきた。
「おっ、姉妹2ショット!レアじゃね?」
あや姉が撮ったのは綺麗にアミちゃんとミキちゃんが手を繋いでいる写真。アミちゃんは写真取られるのが嫌いなようでカメラを向けると逃げていく。仕方なしにずっとミキちゃんを撮っていたが、2人同時に撮れるのは凄くレアだと思う。
「アミねっ、縄跳び出来るよ!」
お父さんに買って貰ったと言うピンク色の縄跳びを見せながら、皆に言うアミちゃん。まな姉は知っているようで、頷きながら凄くアピールしてくる。まな姉が親バカだ。
「アミ、外で跳んできたら?」
「やってくる!おねーちゃんも来てっ!」
アミちゃんに手を引かれた私は、靴を履いてアミちゃんと一緒に外に出る。
「行くよっ?見ててっ?見ててっ?」
何度も言ってくるアミちゃんに、見てるよーと言うと、いきなり跳び始めた。
おー!とアミちゃんを見るあや姉と、数えているばあちゃん。
「おねーちゃん跳べる?」
少し息が上がっているアミちゃんに縄跳びを渡されながら聞かれた私は、当然のように答えた。
動きやすい服装で来たので、問題ない。
「二重跳び見せてあげる!」
縄跳びを終えると、居間でまったりとテレビ見たり、遊んだりして過ごした今日。
二重跳びを見たアミちゃんが、自分もやる!と意気込んだが、全然出来ず不貞腐れた。不機嫌になってしまったアミちゃんを見て、あや姉が思い出したようにゲームの存在を出す。
あや姉のゲームのお陰でアミちゃんの機嫌が直った所で、まな姉達は帰っていった。
私とあや姉でゲームを完クリしてゲームを終えた。懐かしさと楽しさで涙が出てきたが、見つからないように拭う。
その後、晩ご飯の準備をして久しぶりの4人で晩ご飯を食べた。お昼の残りのカレーを食べて、残りのカレーをうどんに絡めて食べるか、とじいちゃんとばあちゃんは話していた。
「今度はいつ来んだ?」
帰り間際に私とあや姉に聞くばあちゃん。
「半年後、とか?」
笑いながら私に聞いてくるあや姉。あや姉は結構な頻度で来ているらしい。
「う~ん」
次がいつになるか分からない私は、唸るだけで答えが出てこない。
「とりあえず、来る前の日に電話するよ」
そう言うと、ばあちゃんとじいちゃんは笑った。
暗くなった道を歩きながら、まだ見えるじいちゃんとばあちゃんに手を振る私とあや姉。
「あや姉、半年後にまた来るの?」
「ん?うん、彼氏が結構こういう所が好きみたいで、夏には来るよ」
「ふ~ん?」
「夏になるとさ、カブトムシとクワガタとか、結構ここいるじゃん?だから来るついでに捕まえて遊ぶんだって」
「へ~、彼氏さん、結構なガキ大将っぷりだね」
「あ~、うん、でも優しいし、馬鹿だけど頼りになるよ」
「…のろけか」
「琴羽が聞いてきたんだろっ」
「のろけを聞きたくて聞いたんじゃないよ」
バス停までの道のりを色々な話をして歩く。
「琴羽どっち?」
「こっち」
帰り道を聞かれた私は、電車を探すように振り向く。まだまだ電車は来ないようだ。
「じゃあ逆か」
あや姉は止まっている電車に急いで乗る。見送るように電車の戸が閉まるまで側にいる。
「琴羽も彼氏作れよ」
「分かってるよー」
「いい人いないなら、紹介するし」
「んー」
「恋のアドバイスも出来るから」
「んー」
「レインしてくれれば少しは協力するから」
「んー」
あや姉の説得に曖昧な返事しかしない私は、本気で心配しているあや姉に怒られてしまった。
「んー、今は彼氏はいいかなぁ、なんて」
「甘い!」
突然大声を発するあや姉にビックリした私だが、そんな私を気にも止めないで話をするあや姉。
「そんな事言ってたら、いつまでも彼氏出来ないよ!私みたいにガツガツ行かないと!分かってんの?!琴羽!」
説得の途中で電車の戸が閉められた。少しずつ動き出した電車に私は軽く手を振る。中にいるあや姉は口を動かしているが、何を言っているのか分からない。
良く分からない見送りになってしまったが、私の電車が来るのを静かに待つ。
久しぶりに見たばあちゃんとじいちゃんは、少し動きが遅くなっていた。シワシワの手で料理を作って、シワシワの手で皿を洗って。それ以外にはあまり変わっていなかった2人。
電車来るまでの間、空を見上げると、綺麗な星が沢山輝いていた。
――これからも、じいちゃんとばあちゃんが長生きしますように。