よろしくね
不意に目が覚めた私は、そのままボーっとしながらベッドから起き上がる。ベッド側の壁に付けられている時計を見上げて時間を把握して驚く。
「…あ?6…10…10時半?!」
驚いた反動でベッドが音を鳴らす。昨日のままだった服を急いで脱いで、最近買ったモコモコの服に袖を通す。
白のモコモコの服、タイツに冬仕様の短パンを身に纏うと急いで髪型を整える。顔と歯を軽く綺麗にしてバックを手にすると、出しておいた靴を履いて玄関を駆け出す。
近所の神社はそこそこ有名らしく、初詣にくる人が多い。神社付近になると、初詣帰りの人が歩いている。
沢山の人を掻き分けながら神社に着くと、赤い鳥居がデカデカと目に付く。鳥居を前に息を整えた私は、鳥居に向かって深く礼をする。礼をした後に深呼吸をすると、胸がキュッとなった気がした。
境内に入ると、沢山の人があちこちにいる。
最初に向かったのは手水舎。水を手に掛けたり、口を濯いで身も心も清めてから参道に行くのが基本。手水をとる為に手水舎の列に並んで、順番が来るまでに手順を思い返してみる。手に掛けた後で口を濯ぐ筈。その後に柄杓にも掛けて終わる、筈だ。問題は手に掛ける時にどちらから掛けるか、だ。
確か左手からだった筈、と考えた所で私の順番が来たようだ。
右手で柄杓を持ってそのまま水を汲んで左手に掛ける。一気に左手が冷たくなる。柄杓を持ち替えた後に右手にも水を掛ける。掌を受け皿に水を含んで濯ぐ。口の中までもが冷たく変わる。最後に柄杓に水を流してから元あったように伏せておく。
手水舎を出て、参道に出来てる列に並ぶ。冷たくなった手を擦りながら順番を待つ。お金の音と鐘の音が少しのズレで鳴る。
何回か鐘の音を聞いていると、前の人が御賽銭を入れる。前の人の作法を見ながら願い事を考える。やっぱり無難に1年を楽しく過ごせますように、とかだろうか。残り少ない12宮との時間を楽しめますように、とかかな。
色々と考えていたら前の人が横にずれた。私の番だ。
軽く礼をしてから御賽銭を入れて鐘を鳴らす。深い礼を2回した後、高い音を出すように拍手を2回。
両手を合わせて願い事を心で唱える。皆との時間を少しでも楽しく過ごせますように。
最後に深く礼をしてから踵を返す。
御神前を後にした私は、お守りを買う為に授与所に立ち寄る。色んなお守りがある中、1つのお守りを手にして巫女さんに渡す。代金と共にお守りの入った袋を手にする。入る時に潜った鳥居を再び潜って神社を後にする。
お昼ご飯の準備をする前に部屋を温かくすべくストーブを付ける。6度と表示された部屋の温度に少し驚きながらも、お昼を何で食べるか考える。
台所に行くと、残りのじゃがいもが目に付いた。この間無くなったと思い、沢山買ってきてしまい、使い道に迷っていた。
そうだ、じゃがバターにしよう。同じ買い物の時にバターも買っておいたのを思い出して、冷蔵庫を開ける。手探りでバターを見つけると、バターを薄く切る。沢山のじゃがいもも半分に切って切り口を上にして皿に盛り付ける。じゃがいもの上に切ったバターを乗せて、軽くラップをしてからレンジに入れる。
5分くらいかな、と温めをスタートして2分。
「ワター、そこ熱くないのー?」
ワタが一向にストーブの前から動きません。もうほぼ成猫に近く、飼い始めた時より体も大きくなったワタ。
温めをスタートして4分。
インターホンの音が部屋に響く。
「こんにちはーっ!」
玄関の戸を開けると、近所の人が大きな袋を抱えて立っていた。
「花形さん、どうしたんですか?その袋」
花形さんは私の問いに袋の中身を見せるようにして話す。
「畑で凄く取れたの!沢山在りすぎて食べきれないから、周りに配ってるのよ!」
良かったら使って!と袋ごと渡された物を素早く腕に抱えて礼を言う。
「え、でもこんなにいいんですか?本当に」
「いいのよ!いいのよ!」
花形さんはそのまま玄関の戸を閉めて行ってしまった。
因みに袋の中身は全てじゃがいも。私でもこんなに食べきれない。
花形さんから貰ったじゃがいもを1つ1つを手に取りながら見ていると、レンジから音が鳴った。
じゃがいもの袋を冷蔵庫の脇に置いて、レンジに手を掛ける。レンジを開けると、湯気と一緒にバターの良い匂いが立ち上がる。串で1つのじゃがいもの刺すと簡単に通った。丁度良いぐらいだ。
部屋には寝ているワタがいるだけで、他には誰もいない。誰1人として来ない事を珍しく思いながら熱くなっているじゃがいもをフォークで刺す。
じゃがいもの皮を取りながら昔の思い出が蘇った。便秘しがちの私がお腹痛くなると、いつもじゃがバターを作ってくれたばあちゃん。
『じゃがいもは便秘にいいんだよぉ』
初めて作って貰った時に言っていた事だ。何故じゃがバターかと言うと簡単に作れるかららしい。じゃがバターを食べた後には便秘が治って腹痛もなくなる。それからはじゃがいもを食べるようにした。確か、一番最初に覚えた料理がじゃがバターだ。
昔の思い出に浸りながら、何個目かのじゃがいもをフォークで刺す。
「何食べてんのー!」
テレビも付けずにじゃがバターを食べていると、突然カンケルとアクアが遊びに来た。
「じゃがバターだよ」
じゃがばたー?と首を傾げるカンケルと、俺知ってる!と元気に言うアクア。
「カンケル知らないのかよ!じゃがバターってのは、じゃがいもとバターで作る料理なんだぞ!前にカンケルとゲミニが昼寝してる間にピスキスに作ってもらったんだ!美味しかったぜー!」
「むぅーっ、カンケルも食べたいー!」
ドヤ顔で説明するアクアに、カンケルは頬を膨らませて抗議する。
「あっ、私の食べる?」
カンケルは私の言葉に目を輝かせながら私を見てくる。いいの?!と訴えてくるような目に、私は食べて良いように催促する。
「わーい!」
1つのじゃがいもを手で掴んで食べようとするカンケルを止める。
「カンケルっ!手で掴むと手が汚れるからこのフォークで皮を剥いて食べよう?」
私の持っていたフォークをカンケルに渡すと、少し慌てながらにじゃがいもを口に入れる。
「んー!おいひぃー!」
残り少ないじゃがバターをカンケルにあげる。嬉しそうにしたカンケルは全てのじゃがバターをあっという間に完食してしまう。
「んー、美味しかったー」
「よく食えるなカンケル」
俺達さっき昼食ったばっかじゃん!と言うアクアに驚いた。
「えっ、2人ともさっきお昼食べたばかりなの?」
カンケルよく食べきったね、と言う私の言葉にカンケルは答えた。
「だって美味しかったからー!」
「あ、あのさ」
遊んでいたカンケルとアクアが同時に私を見る。
「明日ね、実家に帰る予定なんだ」
突然の言葉にカンケルとアクアは手を止める。
「それで、一応明日の内に帰って来るつもりだけど、遅くなっちゃうと思うんだ」
レオさん達にも言っといてもらっていい?と尋ねると、2人同時に元気の良い返事をした。
「琴羽の実家ってどんな所?」
「カンケルも琴羽のじっか見たーい!」
「琴羽の実家ってどんな感じ?」
「カンケルもじっか欲しー!」
アクアは質問ばかりしてくるし、カンケルは実家を良く分かっていないようだ。
「んー、私の実家はここより田舎の所にあるよ。私が小さい頃はよく庭でお姉ちゃんとかと遊んだし、近くの川で釣りしたり、周りも森で、自然いっぱいって感じかな」
その後も昔の話を聞いてきて、3人で仲良く話した。
話し込んで何時間後、あまりに帰ってこない2人を心配してタリウスさんとバルゴが迎えに来た。