アクマの我が儘
「もうすっかり雪なくなっちゃったなぁ」
炬燵に入りながら外を眺めるアクア。
雪が降った日から3日経った今日は土曜日。雪の影響で仕事が休みになった事を良い事に皆で雪合戦したのが馬鹿だった。昨日は殆ど筋肉痛で腕を動かすのが難しかった。
何とか今日治った私は、炬燵に入ってまったりと過ごしていた。
「何かね、この時期に東京に雪が降るのは50何年ぶりだって、ニュースでやってたよ」
3日前に見たニュースを思い出してアクアに言う。
「へぇー、もっと降ってほしかったなぁ」
驚きの声を上げるアクアは外を見ながら呟く。
「…1月頃にまた降るよ」
そう言うと、アクアは顔を輝かせて喜ぶ。跳び跳ねるのはいいけど、飛び過ぎて頭ぶつけないでよ。
「琴羽ー!何かこんなの貰ったー!」
散歩に出掛けていたリコルとゲミニとタリウスさんが帰って来た。ゲミニが何かを私に見せてくるが、強く握っていて何か分からない。
「ゲミニ、落ち着いて!靴ちゃんと脱いで!」
「そんな強く握っていたら見せたいものも見せられないだろう?」
リコルとタリウスさんがゲミニの気を落ち着かせる。
「これ!」
ゲミニが見せてきたのは紙で、赤い帽子を被った、もじゃもじゃ髭のおじさんの絵が描いてあった。
見るからにそれは、あと少ししたら始まるイベントのお知らせだった。
「あぁ、これね」
リコルの知ってるの?の言葉に頷いて説明する。
「もう少ししたら始まるイベントのお知らせだよ」
『イベント』の言葉に反応したゲミニが私に聞いてくる。
「イベント!イベントって何!どんな事するの?」
「ん~っとね、12月の終わり頃にやるイベントなんだけどね、ん~」
私は考える。イベントの内容を教えてあげた方がいいのか、お楽しみとして内緒にしとくのか。
そんな考える私を見て、ずっと待っているゲミニやリコル達。
「その時までの内緒!」
えー?と言うゲミニに、楽しみだね?と言うと元気の良い声で頷く。
「ワター!おいで~」
暇な私はワタで遊ぼうと思ったが、ワタがこっちに来てくれない。猫は気紛れ、というのが言葉を思い浮かべてガッカリする。
何をするでもなく、適当にテレビを着ける。
丁度回したテレビは、映画の特集をやっているようで、来週公開される映画の内容を少しだけ話していた。ゲストとして呼ばれたであろう俳優さんが最後に宣伝を言い始める。
3人いたゲストが居なくなったと思ったら、今週の映画ランキングが始まる。
私の気になっていた映画が6位に入っていて、無性に見たくなった。前に借りて読んだ事がある漫画のアニメ版だ。
1位は今有名になっているアニメ映画だった。友達も見たらしくて、SNSサイトに見た事を上げていた。
「これ面白そう!見たい!」
「え」
アクアが炬燵に寝転がりながら見ていたらしい。突然の提案に思わず声が出てしまった。
「コラ、アクア!急に言われたら琴羽が困るだろ!」
タリウスさんがアクアに注意をする。それに便乗して私もアクアを説得する。
「うーん、今日はちょっと無理かなー」
アクアがブーイングの声を上げるが、続けて私は言う。
「今日は土曜日で、結構混んでると思うんだよね。それに今日は新しい映画が公開される日で、人混みが疲れるからあまり行きたくないかなー」
苦笑いしながら説得すると、アクアは納得したのか何も言わない。
「いいもん!俺1人で見てくる!」
突然立ち上がったと思ったら、玄関に向かって歩きだす。
「ちょっ、ちょちょちょっ!待ってアクア!」
後を急いで着いていって、玄関前でアクアの腕を掴んで動きを止める。
「今日は無理だけど、別の日に行こう?」
別の日?と怪訝そうに私の言葉を復唱するアクア。
「うん。いつ行こうか?土日を避けて行きたいからー、有給取って見に行こうか!」
笑顔で日程を決めていく。次第にアクアは笑顔になって、早く行きたいね!と私に言ってくる。
「良かったな、アクア」
玄関前で話していた私達はタリウスさんの姿に驚く。
部屋に戻ってタリウスさんに決まった日程を話す。
「その、琴羽、俺も見に行きたい、のだが…」
突然黙ってしまったタリウスさんはしどろもどろに本音を言う。一瞬考えた私だが、笑顔で了承した。
「楽しみ、だな」
ですね!と相づちする私は、赤くなっているタリウスさんの顔を見て笑う。
映画を早く見たくてうずうずしているアクアと手を繋いで映画館に向かう。
アクアが映画見たいと言った3日後にショッピングモールに行く事が出来た。留守番をレオさん達に頼んだ為、少しレオさんと口論になって、出掛けるのが遅れてしまった。
「アクア~、ちょっと歩くの早いかな~」
手を繋いでも尚、アクアは早足でズンズンと前を歩く。私の隣を歩いているタリウスさんも呆れたように笑って私とアクアを見る。
「この間テレビで見た映画でいいの?」
映画館の前に着いた私達は映画ポスターを前に決める。この間の土曜日にテレビで見た映画は後20分後に上映されるらしい。
「うん!見たい!」
「タリウスさんもいいですか?」
一応タリウスさんにも確認を取る。
「あぁ、これでいいぞ」
微笑みながら了承するタリウスさんはアクアを見て口を開けて笑った。跳び跳ねてポスターを見ようとするアクアがツボに嵌まったのだろう。
自動券売機で上映券を買って約10分。そろそろポップコーン等を買おうと思い立った私は、アクアとタリウスさんに問う。
「ポップコーンとか食べる?ジュースもあるよ」
アクアとタリウスさんは一瞬固まった後に、考える素振りを見せる。
「ん~、何があるの?」
答えを待っていた私はアクアの問いに一瞬戸惑ったが、レジ上に書いてあるポップコーンの種類を見やる。
「え~っと、塩と、バター醤油とキャラメル、それからチョコレートキャラメルの4種類。どれがいい?」
タリウスさんが全種類を復唱しながら考える。
「俺ねー、バター醤油!美味しそう!」
先に答えが出たのはアクアだった。腕をピシッと上に伸ばしたまま私を見つめるアクア。見つめてくる目からは、買って買って!と訴えてくる。
「じゃあ、俺もそれにしよう」
少し考え込んでいたタリウスさんもアクアのバター醤油に便乗する。
タリウスさんとアクアには椅子に座って待っててもらう間に、3人分のポップコーンとジュースを買う。
「ポップコーンのバター醤油をLサイズ。」
私もバター醤油にし、3人で1つを食べよう!となった為、大きいサイズを買う。店員さんは私の言葉を聞いてレジを打つ。
「それから、オレンジジュースとアイスコーヒーとフルーツミックスをそれぞれMサイズで」
レジに置かれているメニューにそれぞれ指差しながら頼んでいく。早く言っても尚、聞き返す事もないままレジを打っていく店員。
「お待たせ!そろそろ始まるし、もう入ろうか!」
ジュース3つとポップコーンをお盆に乗せてもらった私は、アクア達の元に戻ったと同時に中に入るように呼び掛ける。
上映券を店員に見せると半分を千切る。それを手にした私達は上映するスクリーンに入る。私達のは3スクリーンだった。
中はまだ少し明るく簡単に席を見つける事が出来た。自分のジュースを右手側のホルダーに置いて真ん中に座ったアクアにポップコーンを渡す。
「ポップコーン食べる時は静かにね?それと、声をあげたりはしゃがない事、分かった?」
私の声かけにポップコーンをポリポリ食べながら軽く返事をするアクア。ポップコーンの殆どをアクアが食べそうだ。
少しすると、暗くなってスクリーンが光りだす。始まる前に映画を見る際の注意事項が流れる。隣に座っているアクアが手を口の前に持っていくのが分かった。
良かった、と思うと同時に今度は映画宣伝が始まる。他の映画宣伝を見て、またアクアが見たいと言い出したらどうしよう。と思っていたらアクアに服を引っ張られるのが分かった。
「ん?」
小声で聞き返す私にアクアがスクリーンを指して言った。
「あれ面白そう、俺あれ見たい」
小声で話したのは良いと思うけど、せめて私の財布事情を心配して?
アクアがアクマに見えた私だった。
スマホ画面に表示されたのは大きい15と20だった。
「面白かったぁ~!」
飲み終えていないジュースを持ちながら、アクアが思いの丈を叫ぶ。
「アクア、まだ店の中なのだから静かにするんだ。他の客に失礼だろう」
アクアに注意をするタリウスさんも、顔は緩んでいる。面白かったんだろう。
「どうでした?面白かったですか?」
タリウスさんに映画の感想を訪ねる。グッズコーナーにいるアクアを見ていたタリウスさんは、顔を私に向けて答えた。
「あぁ、面白かったし楽しかったぞ」
良かった、と言うとタリウスさんは続けて言う。
「今度は皆と見たいな」
――それは少し無理があるかも…
「そうですね…」
タリウスさんはアクアのいるグッズコーナーに早足で向かう。後に急いで着いていく私。
「アクア、楽しかったか?」
不意にアクアに聞くタリウスさん。
「うん!楽しかった!」
無邪気に笑うアクアは可愛い。続けてアクアは言う。
「今度は皆と一緒に見たいね!」
その無邪気な心が私に攻撃してきた瞬間だった。




